|
カテゴリ:シナリオ
![]() 東海随一の紅葉名所「香嵐渓」に老夫婦がやってきました。恒例の「もみじまつり」は前日に終 了したのですが、それでも駐車場には大型バスが何台も駐車していました。 夫: 12月に入ったからモミジの落葉が心配だったけど、山全体を見た限りでは大丈夫そうだね。 巴川に映る紅葉もまだまだキレイだ。 妻: 何度も訪れているけど、これまでにタイミングを外したことは一度もないのよね。今年も 当たり!これほどキレイだとまた激写しちゃいそうだわ。 色づいたモミジの大木が両サイドから頭上を覆い尽くし、紅葉のトンネルとなっている遊歩道を ゆっくり進みながら、時折、脇を流れる巴川と、そこにせり出すモミジを堪能しました。そして、 ほどなく遊歩道の途中にある香積寺の石段の前に着きました。 夫: この香積寺の境内も見どころだよ。ここまでの遊歩道の景観とは全く趣が違うからね。京 都のお寺にいるような気分に浸れるよ。さあ、登ろう。 妻: 山門のところから見おろした景色も素敵なのよ。そこもビューポイントね。 夫: 階段の途中では止まらないで、登りきってから一緒に振り返ろう。 山門前に着いて見た景観は、やはり素晴らしくて、思わず感嘆の声をあげる二人でした。そして、 暫くの間カメラやビデオの撮影に夢中になっていましたが、何気なく足元を見ると赤くて細長い ものがうごめいているのが眼に留まりました。 夫: オォ~、ヘビじゃないか?しかも赤いヘビだよ。モミジに染まっちゃったのかな? 妻: あら、本当!体長は40cmくらいかしら、細くて可愛いわね。まだ子供なのかしら? 夫: そろそろ冬眠するはずなのに、どうして、こんな場所でウロウロしているんだろう? 妻: 毒ヘビかもしれないから、あまり近づかない方がいいわ。とはいっても、赤いヘビなんて 初めて見たから、記念に写真を撮っておくわ。ちょっと腰が引けるけどね。ヘビさん、 お願いだから動かないでよ。あら、ファインダーから覗くと少しも怖くないわ。 蛇: マズイな。人間に見つかっちゃったよ。僕の体は赤褐色だから、紅葉にまぎれてカモフラ ージュできていると思ったけど、ちょっと動きすぎちゃったかな?人間の目にはかなわな いよ。ねえ、写真はかまわないけど、僕を捕まえたり、体に触ったりしないでね。 妻: あら、私に言っているの?心配はいらないわよ、絶対に触ったりしないから。赤いヘビを 見たのは、私、初めて。あなたは何というヘビなの? 蛇: 僕は「ジムグリ」だよ。まだ子供なので体も小さいし赤褐色だけど、大人になると体長は 80cmぐらいになって、この色も退色するんだ。僕は毒を持たないし、人を噛まないおとな しい性格なのでペットとして飼っている人もいるよ。 妻: それにしても、こんな時期にどうして出てきたの? 蛇: 冬本番は、まだまだ先だよ。今年はなかなか寒くならないしね。今、冬眠の場所を探して いる最中なんだから邪魔しないで。 妻: 分かったわ。私たちは何度もここに紅葉を見に来ているけど、赤・黄・緑だけじゃなくて オレンジや黄緑などが織り交ざって素晴らしいわ。あなたは素敵な所に住んでるわね。 蛇: エッヘン!それじゃ~、僕が親から聞いた範囲で、ここの説明をしてあげようかな。 妻: 教えてくれるの?お願いするわ。 蛇: 380年程前に香積寺の11世住職・三和和尚がモミジを植えたことが始まりで、その後、大 正末期から昭和初期にかけて、地元足助町住民がたくさんのモミジを植樹したんだ。 「香嵐渓」の命名は昭和5年だよ。今では4,000本のモミジがこの飯盛山を覆い尽くして いるんだ。 妻: この景観になるまでには随分、時間と人手がかかったってことね。ライトアップの期間は 人が多いから、あなたは踏まれるのが心配だったんじゃないの? 蛇: 僕は本来、夜行性だよ。紅葉の最盛期のライトアップは山を真っ赤に燃えつくすようにし てくれるから、僕の赤褐色の体を見つけにくくしてくれるという利点はあるけど、僕とし ては昼と夜が分からなくなるのが困りものなんだよ。昨日までライトアップされていたか ら、調子が狂っちゃったんだな。今日はついつい、こんな昼間の時間に出てきてしまった よ。それで、あなたに見つかったってわけだ。 妻: 昼と夜の区別がつかなくなってしまったのね。人間の勝手で、とんだご迷惑を掛けちゃっ て、ゴメンナサイ。 蛇: 今年はおまつりの前半は全く紅葉していなくて見物人はがっかりしていたね。でも、この ところの冷え込みで紅葉がイッキに進んだよ。僕の見るところでは、まつりが終わった今 日が紅葉のピークだと思うよ。楽しんでいってね。あなたがいい人でよかったよ。 妻: いろいろ教えてくれてありがとう。あまり目立たないうちに早く冬眠場所を見つけて来春 までジッとしててね。春になってカタクリの花を見に来たら、あなたにまた会えるかもし れないわ。 ヘビが苦手なはずの妻がファインダー越しにヘビを見ながらシャッターも押さずに、じっとして、 なかなか立ち上がりません。ヘビも動きを止めていましたが、まもなく体をくねらせながら落ち 葉の中を進んで行ってしまいました。 夫: 毒ヘビかもしれないなんて言っていたのに、よくあんなに近づけたね。 妻: そんなに近寄っていたかしら?今、あのヘビと会話していたような気がするけど、このカメ ラのファインダーに仕掛けがしてあったのかしら?ヘビと話したなんて、誰も信じないだ ろうから、私だけの秘密ということにしておきましょう。 夫: ヘビは神の使いとしてもよく登場するから、縁起の良い生き物だ。この時期に、ここで出 会えたのは何だか特別なことのような気がする。この旅行中には特別なサプライズ・プレ ゼントが用意されているかも知れないよ。 妻: 今回だけは「単細胞でノーテンキな人」なんて言わないわ。だって私も不思議な出会いだ ったと、強く感じたんだもの。 夫: あれ!何かあったのかい?素直に同意するとは珍しいね。 妻: いいえ、何もないわよ。さあ、香積寺さんを参拝しましょう。 二人はその後、香嵐渓を端から端まで、じっくりと時間をかけて歩いて紅葉を堪能しました。 本当にサプライズがあったのかどうかはナイショです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2015.12.07 10:31:50
コメント(0) | コメントを書く |