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カテゴリ:lovesick
お風呂からあがると、濡れた髪のまま居間に戻りました。祖父の茶碗を手に取り眺めていたフジシマくんが、入れ替わりにお風呂に向かいました。祖父はワインクーラーから1本ワインを取り出し、ワイングラスを選びながら、
「先にはじめるか。良一は男のクセに長風呂だからな」 と、私に言いました。私は微笑んで、うなずきました。タイミングよく、サチさんがおつまみを載せたトレーを持って入ってきました。テーブルに並べながら、こちらを見て、 「また、楓さんは。髪ちゃんと乾かさないと。風邪引きますよ」 と、以前と同じようにしかりました。私は、舌を出して、暖炉の前の椅子に座り、タオルで髪を乾かし始めました。 「サチさんも、今日はちょっと付き合うか?」 祖父がいうと、 「いえいえ、私は、今日は、もう胸がいっぱいで」 とサチさんが答えました。祖父も無理強いはせず、 「そうか。じゃあ、後はするから、もう、休んでいいよ」 といい、サチさんは、 「はい。」 と応えてから、私の方にむき、 「お食事は、ちゃんと済まされたんですね?」 とたずねました。私がうなずくと、サチさんは満足そうに微笑み、 「それではお先に休ませていただきます」 と、祖父に頭を下げ、私にも頭を下げてから出て行きました。 祖父が、器用にワインを開けてくれ、グラスに注いでくれます。慌ててボトルを受け取ろうとすると、祖父は 「接待してくれんでいいよ」 と笑い、自分のグラスにも手酌で注ぎました。私もグラスをとり、祖父の 「乾杯」 という声にあわせてグラスを鳴らし、一口のみました。とってもおいしい。 「うまいだろ?これ」 私がうなずくと、 「楓と飲むのは初めてだったかな?」 といいました。私はうなずいてから、パソコンを開き、 『そうね、私がここを出て行ったのはまだ19のときだったから。お正月のお屠蘇くらいだったかな?』 「そうだな。それにしてもお前、随分な量を飲むらしいじゃないか」 『ぎくっ。なんでそんなこと知ってるの?』 と、ちょっとふざけて書いてみると、祖父はニコニコ笑い、 「宗太郎が、この前窯に寄ったときに言うとった。まるでザルだと」 『ひどいなあ。そこまで飲まないよ。宗太郎はザルだけど。でも、おいしいお酒は好き』 にっこり笑ってグラスをとり、ワインを飲むと、祖父は私を眩しそうに見つめ、 「お前、そうしてると、柚子にそっくりだな」 といいました。柚子というのは私の母の名前です。 『ほんとに?そんなこと言われると、なんだか嬉しいな』 「あいつも、よぉ飲んだわ。お前が腹にできるまで」 祖父が母の話をしてくれるのはとても珍しいことだったので、私は黙って髪をタオルで拭きながら、話の続きを待ちました。 「急に、晩酌につきあってくれんようになったから、おかしいなと思っとったら、ほれ、だんだん腹が大きいなってきて。あっという間にお前が生まれたんだ」 そして、私を産んですぐに、母は亡くなったそうです。祖父はそれを思い出したのか、少し顔をゆがめ、 「柚子が生きていたら、楓ももっといろんなことがラクだっただろうな」 と独り言のように言い、 「柚子も、、、、悟も、心残りやったろうなあ。お前を遺していくんわ」 と、続けました。祖父の言葉に、私も感傷にひたりそうになりましたが、さらに、 「おい、まだ濡れてるぞ。手を休めるな」 と言われ、慌ててまた髪を拭きました。 フジシマくんが戻ってきたときには、暖炉の熱もあって、髪はほとんど乾いていました。 「おお、良一、ワインと、自分のグラスもってこい」 といわれ、フジシマくんは、ワインとグラスを選んで、こちらに来ました。座り、テーブルに置かれた空のボトルを見ながら、 「もう1本開けたんですか?早いなあ」 「ほとんど、楓が飲みよった」 と祖父。フジシマくんは私をちらりと見て、あきれたように黙って首を振りました。カンジ悪い~。今度はフジシマくんがワインを開け、自分と祖父のグラスに注ぎました。私がグラスに残ったのを飲み干し、グラスを差し出すのをみて、またあきれたように小さなため息をついて、注いでくれました。 「もっかい乾杯するか」 祖父の言葉にグラスを合わせます。祖父は、私たちが飲むのを微笑んで眺めていましたが、 「お前ら、ほんとに大きいなったなあ」 と感慨深そうにいいました。 フジシマくんも、陶芸家のお父さんに連れられて、本当に小さな頃からうちの窯に出入りしていました。自分のお父さんよりも、うちの祖父の作品に魅せられ、本格的に祖父に弟子入りし、努力家の彼らしく、一生懸命、鍛錬してきました。幼い頃から窯に出入りし、ただ、好きなように作ってみるだけだった私は、フジシマくんの姿を見ながら、自分もさまざまなことを学んでこれました。彼がいてくれたからこそ、今の私の作品があるのだと思います。年はほとんど変わらないのに、いつも冷静で、私が悟を亡くし、陶芸さえ失いそうになったときも、根気強く、慎重に、私に窯に戻る道を示してくれたフジシマくん。彼にも、本当に心配と、迷惑をかけ続けてきました。 祖父と何気ない会話を交わす、フジシマくんの横顔を眺めながら、私はそんなことを考え、静かに、深く感謝していました。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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