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カテゴリ:lovesick
俺は、楓を見た。楓も俺を見ていた。目を合わせたまま、そっと楓の手を離した。そして、何もなかったように、腰を上げた。
「そろそろ帰ろうか?冷えちゃったよ、俺」 楓も、その言葉に素直に応じて立ちあがる。そう、楓も俺に、何も言わないことに決めたんだな。。 さっきと同じように、車に並んで座る俺たち。でも、さっきとは全然違うところにいる俺たち。たった1本のメールで、こんなに離されてしまうんだ。愛してるのに、すぐ隣にいるのに、手を伸ばすことすらできない。 俺は目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。それ以上、何も考えずに、運転に集中するように努力する。危ないくらい、気持ちが不安定になっていたから。俺は慎重に車を出した。 そして、いつものように、マンションの前で停め、エンジンを切る。言葉を捜していると、楓が、バッグから何かを取り出して、俺に差し出す。 「何?」 開けてみて、と手で示す楓。俺は言われたとおりに包みを開ける。中からでてきたのは、マグカップだった。楓を見る。 「これ、俺に?」 頷く楓。俺の手にちょうどいい大きさと曲線、ブルーのグラデーションの彩色。持った瞬間から心地よく馴染むのが分かる、俺の手に、そして、俺の心にも寄り添うように。哀しいような、懐かしいような、たまらなく愛しいような感覚を覚える。これが、、、楓の才能なんだ。 「ありがとう、わざわざ作ってくれたんだ?」 楓は困ったような顔をしてから、メモを取り出し、 『私、こんなことしかできないから。気に入ってもらえると嬉しいんだけど』 俺は、 「気に入ったよ。すごく嬉しい。ありがとう、楓」 楓もほっとしたように、嬉しそうに微笑む。俺は、気を取り直して、言う。 「俺、明日からちょっと撮影と、地方のイベントとかで忙しいから、もしかしたら、式の日まで会えないかも。」 謙吾に会うなら、その方がいいかもな、楓。でも、謙吾は、式にも二次会にもこれないって聞いたから、、、 「だけど、式の日は、迎えにくるよ。一緒に行くだろ?」 楓が、こちらを向いて頷く。 「朝、10時半ごろに来ようかな。それで間に合うよな?」 とたずねると、もう一度楓は微笑んで頷いた。俺も、なんとか微笑んで、 「楽しみだな~。楓、この間買ったあの服着るんだろ?絶対、きれいだろうな」 微笑んだままの楓。あんな服なんて着なくても、きれいな、とびきりかわいい楓。イノセントな瞳で見つめられるだけで、俺の心は激しく震え、少しでも、一瞬でも長く一緒にいたくなる。帰すのが嫌になる。一度も自分のものにできないまま、、、完全に、永遠に、自分のものにできなくなる日が近いと思えば、なおのことだよ。俺は、我慢できず、楓に手を伸ばしそうになる。 そして、それをどこかで見ていたように、また響く、同じメールの着信音。謙吾だ。そっか、楓、まだ、返信してないんじゃん。戸惑った顔の楓。でも、今度は携帯を取り出そうとはしない。さすがに、俺の隣じゃ、返信できないよな。。俺は俯いて、分かったよ、謙吾、楓を今、解放するから、と自嘲気味に思い、苦笑する。俺は車を降り、楓の方のドアを開ける。ゆっくりと降りる楓。 「じゃ、また。多分、、式の日に」 俺は、それだけ言うと、車のドアを閉め、反対側に戻り、ちょっとだけ楓を振り返り、無理に笑って手を挙げてから、車を出した。 いつもは、楓がマンションに入るまで、ドアの横に立ったまま見送るんだけど、今日は、できなかった。後姿を見送るのは、今日は、無理だよ。だって、呼び止めたり、追いかけて抱きしめたり、ひょっとしたら涙流したり、、なんて、みっともないこと、しちゃいそうだろ? 最後に見た楓の顔、泣きそうな、切なそうな顔。それを必死で隠そうとしていることまでちゃんと分かったよ。でも、、、ごめん、楓。今の、楓のその悩みだけは、手助けしてあげられない。 今はマグカップが座っている助手席に目をやりながら、俺は、心の中でつぶやいた。 ← 1日1クリックいただけると嬉しいです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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