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カテゴリ:危機の時代を生きる
人が「何を食べるか」は地球環境の未来に直結 インタビュー米ジョンズ・ポプキンス大学公衆衛生大学院 ジェシカ・ファンゾ特別教授 極度の貧困が急増 ——コロナ危機による世界の貧困人口の久蔵が危惧されています。
国際食糧政策研究所の報告書によると、1日1.9㌦未満で生活する貧困層はコロナ前より20%増加。およそ1億4000万人以上が、新たに極度の貧困に陥る可能性があると推定されました。他の研究所では、コロナ禍の影響で、来年までに消耗症(重度の栄養失調)の子どもが930万人も増えると予測されています。 世界全体の食料供給量が減ったわけではありません。ロックダウン(都市封鎖)など感染抑止のための厳しい措置による経済的損失で、食料を買えない世帯が増えているのです。とりわけ子どもは食糧不足の景況を受けやすく、栄養失調で死に至る危険性が高い。途上国でコロナ禍のダメージが最も深刻なのは、貧困世帯、特にこどもを育てる家庭です。
——今月開催された先進7カ国(G7)首脳会議では10億分のワクチン支援が発表されました。途上国へのワクチン支援が進めは、状況は改善されるのでしょうか。
残念ながら、富裕国がワクチンを買い占め、自国で摂取を優先したため、途上国は後回しにされてきました。特にサハラ砂漠以南のアフリカの状況は悲劇的です。これまでマラリアやエイズなど他の感染症に苦しみ、紛争や気候変動によって悪化していた貧困が、コロナ禍によってさらに加速しているからです。おそらく、こうした国々でワクチン接種が進むには、数年かかるでしょう。 ワクチンによってコロナを抑え込み、社会が正常化しても、経済が回復するには時間がかかります。国連食糧農業機関(FAO)は毎年、世界の貧困について報告書を発表していますが、ここ数年間は貧困層がさらに増加していくでしょう。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、気候変動(Climate change)、紛争(Conhlict)の三つの「C」の嵐によって、途上国の食料不安が悪化の一途をたどるの間違いはありません。 唯一の改善策は、各国政府の力強い行動で、将来の感染症を阻止し、気候変動を緩和し、紛争を解決していくことです。そのために強力な多国間協力が必須ですが、どれも極めて難しい。悲劇的ですが、これが現状です。とりわけ気候変動については、私たちに残された時間はあまりにも限られています。
栄養格差が露呈 ——FHOは食料安全保障を〝活動的・健康的な生活に必要な食事と食品の好みを満たす、十分かつ安全で栄養価の高い食料に、すべての人々が物理的・社会的・経済的に常時アクセスできる状況〟と定義しています。コロナ危機の前から、世界の食料安全保障は悪化していたのでしょうか。
1990年から2015年の25年間で、極度の貧困歴は20億人から7億人まで減少しましたが、それが後の4年間で、飢餓に苦しむ人々が8000万人から1億3500万人へと70%も増加しました。主な理由は、紛争と気候変動です。ここに現在、コロナ危機が追い打ちをかけています。 貧困の根絶は食料安全保障の柱の一つですが、問題はそれだけではありません。「健康な生活のために必要な食事」という意味では、さまざまな形の栄養不良や肥満の問題も、食料安全保障において取り組むべき重要な課題です。 近年、肥満はほぼすべての国で増加しており、カロリー摂取はできても健康的な食事を取れない人々が、全世界で30億人に上るといわれています。栄養価のある生鮮食品は値段が高く、保存のきく加工食品や穀物は安価です。そのため、所得水準など生活環境の差によって栄養格差が生まれています。つまり、全人類の約半数に迫る人々が、経済格差が主な理由で、果物、野菜、魚など栄養価の高い食事を十分に取れず、健康リスクを負っているのです。 新型コロナウイルスは、こうした栄養不足の健康リスクも浮き彫りにしました。バランスよく栄養を取っていない肥満体質のコロナ患者が、より高い重症化リスクを抱えることは多くの研究で示されています。
——具体的な例は?
米国では、パンデミックによる黒人、中南米系の死亡率が白人よりも高く、医療へのアクセスなど、さまざまな要因が指摘されています。肥満もその一つです。 黒人が多く住む地域では、生鮮食品を安く買える店が少ない。「食品砂漠」の問題が深刻です。こうした構造的人種差別、経済格差によって、肥満人口の比率も白人より高い。コロナによる人種間の死亡率の差は、健康リスクを高める栄養格差も露呈しました。 栄養不足人口が多くなるほど、経済的にもコストが大きくなります。今回のパンデミックで、食料安全保障が個人と社会全体にとって、いかに重要であるかが、改めて確認されました。 これを国際社会への警鐘と受け止め、コロナ禍という危機の時代を乗り越えた先に、すべての人が健康的な食料を享受できる、より良い食料システム(食料の生産、加工、輸送及び消費に関わる一連の活動)を再構築していくべきです。
ワンヘルスの視点 ——教授は、新型コロナウイルスが動物由来の感染症とされていることから、人間、動物、生態系の三つの健康を一つに見なす「ワンヘルス(一つの健康)」の取り組みが、さらに重要になると指摘しています。
たった2世紀前まで、全世界の耕作に適した土地のうち、わずか5%しか農地として使われていませんでした。人類は今、地表の約40%を農用地として使用しています。人口爆発と動物性食品への強い需要が、主な原因です。結果として、人間、家畜、野生動物の間で、新しいウイルスが伝染するようになりました。 動植物の絶滅のスピードは、人類が存在する前より100倍から1000倍も速くなっているといわれています。生物多様性が失われ、トウモロコシ、コメ、ムギ、ダイズ、ニワトリ、ウシといった同種の食料システムに変わっています。生物多様性の消失によって、人類は地球温暖化や動物由来感染症などのリスクに直面するようになりました。 人間、動物、生態系の健康は、互いに強く結びついています。人間の食料システムが気候変動と環境にどう影響し、その結果として変化する生態系がウイルスの拡散にどう関係するのか、同時に知る必要があります。こうした、公衆衛生や環境学、生物学を横断する学際的な「ワンヘルス」のアプローチを追求しなければ、将来、動物由来の感染症を防ぐことはできません。公衆衛生の問題は、環境問題でもあるのです。 新型コロナウイルスがもたらした甚大な人的、経済的、社会的な損失を教訓とし、国際公衆衛生を強化するためにも、気候変動の緩和、持続可能な開発、飢餓の終焉、生態系と海洋環境の回復力向上といった課題への対処に、各国政府が協働していくべきです。
——ファンゾ教授の専門分野の一つは、「公平で、倫理的で、持続可能な食生活と食料システム」です。
人間の健康のために、環境や動物をただ犠牲にし続けるだけでいいのか——。難しい倫理的問題ですが、地球資源を次代に残し、動物福祉を守りながら、人間の権利を確保するために、どうバランスを取っていくのかが最適なのか、常に問い続けなければなりません。 日々の食生活は、環境に何らかの負荷を与えます。 「きょうの食事が、動物や環境、地震と家族の健康、そして自身の住む地域社会にどう影響するのか」と考えるのが、まず実践できることではないでしょうか。 国連の気候変動枠組条約締約国会議(COP)では、エネルギー問題に議論の大半を割きますが、地球全体の温室ガス効果ガスの実に3割が、人類の食料システムから排出されています。私たち一人一人が何を食べるかを選ぶことは、気候変動の緩和に直結するのです。
誇るべき和食文化 ——「持続可能な食生活」を実現するためには、具体的にどういった食品を選べばいいでしょうか。
植物性食品の方が環境への負荷が少ないといわれますので、動物性食品を少なめにして、野菜や果物をもっと多く食べられるといいですね。日本人は大豆や海鮮食品を多く食べる印象を受けますが、とても健康的で、持続可能な食生活でしょう。同じ海鮮食品でも、特に貝類や海藻が健康的で持続可能な栄養源です。 また食生活に、住んでいる環境の特性が生かされている点でも、日本は世界の模範です。住む場所が変われば、食生活も変わる。地域の特産品を大事にし、地産地消を心がけるのは、持続可能な食料システムに貢献している。放送された加工食品ばかり食べている米国人とは違います。 日本人の皆さんには、自国の伝統的な食文化に誇りを持ち、大事にし続けてほしいと願います。
——国連の「持続可能な開発目標(SDGS)」の目標2には、食料安全保障と栄養改善の実現も掲げられています。本年9月には「国連食料システムサミット」が開催されます。
SDGS達成のロードマップ(行程表)に、食料安全保障をしっかり位置付ける歴史的な会議になるでしょう。食料システムの気候変動への影響を再認識する上でも、極めて重要です。 しかし、COPと違って、各国政府に対し、説明責任を求めるようにはならないのではないかと懸念しています。サミットで国際協力の方途が議論されても、実行されなければ意味はありません。少く両システム改善のための途上国支援など、具体的な行動を約し、履行する仕組みを構築しなければなりません。
——日本でも近年、SDGS達成への機運が高まり、一昨年には「食品ロス削減推進法(略称)」が施行されました。
今年の年末に、「東京栄養サミット」が行われると聞いています(栄養不良の経穴に向けた国際協力を推進するための国際会議。東京五輪・パラリンピックに合わせて、日本政府後援で開催)。日本が、食品ロスといった食料システムの国内的課題に取り組むだけでなく、栄養不良といった食料システムの国際的課題でもリーダーシップを発揮していることに、大きな期待を寄せています。 日本は、東日本大震災をはじめ危機的な状況に直面した時に、どう乗り越えていけばいいのかというレジリエンス(困難を乗り越える力)を世界に示してきました。パンデミックによって貧困層が急増する中で、コロナ禍から「より良い」食料システムを再構築する挑戦においても、国際社会は日本から学べるのではないでしょうか。 危機の時代こそ、国際社会が協力していくべき時であり、また協力できるチャンスでもあります。2008年、世界の食料価格の高騰によって途上国で暴動が発生し、危機的状況に陥った際、G20(主要20カ国)が結束して、世界農業食糧安全保障プログラムを立ち上げました。結果、16億㌦が投資され、1300万人もの食料不安を改善するために、こうした取り組みをさらに強化していく必要があります。 コロナ後の国際社会のあり方について議論が重ねられていますが、食料安全保障なくして安定した世界秩序はあり得ません。コロナ禍を真の意味で克服するためにも、各国政府、市民社会、民間企業が今こそ力を合わせて、全ての人が安全で栄養のある食料にアクセスでき、かつ持続可能な、国際食料システムの構築を目指すべきです。
【危機の時代を生きる】聖教新聞2021.6.29 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
August 8, 2022 05:38:50 AM
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