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カテゴリ:心理学
孤独なKを救えなかった先生 心理療法家 「まどか研究所」主宰 原田 広美
夏目漱石『こころ』のKは、「医者になれ」という養父の希望を裏切り、僧侶の実父とも折り合わず、孤独と生活苦の中にいた。そのKに手を差し伸べ、自分の下宿に連れて来た先生は、どうしてKを救えなかったのか。 Kの実父は、おそらくKを押さえつけて育て、Kはそれに反発し、父の浄土真宗の妻帯思想を憎んだ。「肉欲を超えた精進」を果たしたのだろう。父の権威を認めないKの態度は、養父に対しても引き継がれ、先生に対しても優位な態度で臨んだ。 そのため先生は、Kの前に膝まづいて下宿に連れて来た。だが後にお嬢さんに恋したKはそれまでの自分の反発心から芽生えたモットーを手放し、恋をした自分を認め、新たな生き方への「覚醒」を目指すべき時期を迎えていたに違いない。 しかし、元よりお嬢さんに恋をしていた先生は、Kの「覚醒」を助けられなかった。逆に、Kから「精神的に向上心のない者は馬鹿だ」という言葉を浴びる。先生は、叔父(父の弟)が生前の父から得た「頼もしい」という評価を礎に、叔父が事業の穴埋めに遺産を減らしたのを契機に、「人間不信」に陥った。 ただし、先生のその「人間不信」も、Kの父への反発心から生じた「肉欲を超えた精進」と同様に、激し過ぎる決めつけ的な思いではなかったか。その「人間不信」の念が、先生との結婚を促すお嬢さん母子に対しても「財産狙い」の疑念となって及び、Kが下宿に来る前に、先生は結婚を決めることができなかった。 Kに戻れば、Kの自殺は「反発心」を起点とする生き方から覚醒して離れ、お嬢さんを恋した自分を受容すれば防ぐことができた。では先生はどうなったのか。叔父への反発心から生じた「人間不信」の念とともに、Kに対する「罪悪感」を手放す必要があっただろう。 先生が結婚申し込みをした前後の「純真さ」は、Kとは無関係に「自分の自然」であった。また「婚約」は、それまでのお嬢さん母子と積み重ねた信頼の上に成立した結果だった。 それらを確認すれば、Kとの経緯は健全な、「生存競争」でもあっただろう。Kもまた、激しい血潮を先生の脳裏に焼きつけた。
【夏目漱石 夢、トラウマー20ー】公明新聞2021.12.10 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
April 5, 2023 06:18:45 AM
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