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カテゴリ:危機の時代を生きる
第19回生命の持つ底力 中部大学名誉教授 大塚 健三さん
心身のストレスに負けない源は 私たちの身体の中にある コロナ禍の中、マスク着用や思うように人に会えないなど、さまざまな制約が続いています。昨年の調査では、感染症が流行してから「生活にストレスを感じるようになった」という方は、実に80%に上ることが明らかになりました。やはり、自粛生活による影響は大きいのでしょう。 ストレスというと、世間的にはネガティブなイメージに捉えられます。ストレスを避けよう、ストレスのない人生を生きよう……。そう考える人もいるかもしれませんが、ストレスをネガティブに受け止める人は、心身に悪影響を及ぼす恐れがあります。 例えば、成人を対象にしたアメリカの調査では、強度のストレスを感じている人のうち、「ストレスが身体に悪い」と思う人は、そうでない人に比べて死亡リスクが43%も上昇することが分かりました。 逆にストレスや緊張を強いられることが多くても、勤勉に向上心を持って努力している人は、長寿傾向にあるという研究成果もあります。 そもそも、ストレスと無縁な人はいません。たとえ安定した暮らしをしていても、明日には自然災害に巻きこまれてしまう可能性だってありますし、人間関係がうまくいかなくなる場合もあります。 では、私たちは、これからを生き抜く上で、どうすれば、障害に遭っても負けず、むしろストレスを前向きにとらえていけるのでしょうか。 私は長年、細胞生物学やストレス生物学の研究に取り組み、生物がストレスにどう立ち向かっているのかを探ってきました。その中で実感するのは、「ストレスに打ち勝つ力は私たちの生命に備わっており、その力を引き出す一番の方法が学会活動にある」ということです。 今回はその理由について述べたいと思います。
生物の進化の歴史 そもそも、生命はストレスの充満する中で進化してきました。ここでいうストレスは、恐怖や不安といった精神的ストレスではありません。生物学でいうストレスとは高熱、放射線、紫外線といった物理的ストレス、活性酸素といった科学的ストレス、そしてウイルスや細菌などの病原体によって引き起こされる生物的ストレスを指します。 生物が誕生したのは、約38億年前と考えられています。 当時の地球は火山活動が激しく、有毒ガスにあふれ、紫外線から生命を守るオゾン層もありませんでした。生存を脅かすストレスにさらされ続ける中、時には大量絶滅という事態も起こりましたが、それでも生き延びた生物が個体数を増やすという歴史を繰り返しながら、さまざまな物理的・科学的ストレスに立ち向かう仕組みを備えてきました。 例えば、人間においていえば、紫外線は細胞を痛め、シミやシワの原因となります。しかし、その紫外線を使って、皮膚では生命の維持に欠かせないビタミンDを合成できるようになりました。 また、生物的ストレスに立ち向かう仕組みも獲得してきました。その一つは、私たちの体内を守る免疫系です。免疫細胞には、病原体を食べてしまうものや、病原体の特徴を覚えるのも、その特徴に合わせて病原体の働きを抑える抗体を産生するものがいますが、その中には、これまで人類を苦しめてきた病原体はもちろん、まだこの地球上で見つかっていない病原体に対抗できるものまであります。 ワクチンは、ある特定の病原体に対抗する免疫細胞を意図的に活性化させ、万が一、その病原体が体内に侵入しても抑え込めるようにするものですが、今回の新型コロナワクチンが劇的な効果をもたらしているのは、私たちの中に、あらゆる事態に対処できる免疫系という機能がもともと備わっているからです。 私たちの身体は37兆個ともいう膨大な細胞で構成されていますが、ストレスに立ち向かう力は、その一つ一つの細胞に備わっています。 通常、人間の体温は36℃前後に保たれており、そこから5~10℃ほど高い湿度に長時間置かれると、多くの細胞が死滅してしまうことが分かっています。こう言うと、細胞は弱いと思うかもしれませんが、そうではありません。 いったんは死なない程度の時間、例えば15分くらいの間、高い温度というストレス条件下に置き、そこから元の温度に戻して、そのストレスから回復させた後、再び高い温度下に置くと、長時間置いても死なないようになるのです。 これがストレス耐性です。理由はそれまで眠っていた遺伝子が働くことで、不断では合成されないタンパク質が生成され、細胞をダメージから守り、細胞の傷んだ部分を修復するからです。このたんぱく質は「ヒートショックプロテイン(HSP) 」と呼ばれ、HSPが増えると細胞が熱に強くなるのです。 HSPは、大腸菌から人間に至るまで、ほとんどの生物が作り出せるものです。その後の研究で、HSPには100以上の種類があり、熱だけでなく、貴金属や活性酸素、ウイルス感染など、さまざまなストレスに応じて生成されることが解明されました。また近年、先進的ストレスを与えることでもHSPが増えることが報告されています。 HSPが生成された分、細胞は強くなり、その後に遭遇する様々なストレスに打ち勝つことができるようになります。私は、このHSP発言に、ストレスに立ち向かうヒントがあると思うのです。
細胞一つ一つを強くする体内の仕組み その発現には「鍛錬の持続」が必要
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ここで、HSPは、どのような条件で増やすことができるのかを紹介します。 まず大切なのは、いきなり強いストレスを翔るのではなく、最初は耐えられるくらいのストレスから始め、徐々に負荷を上げていくことです。強い負荷から始めると、細胞はHSPが発現する前に死滅してしまうからです。 また先ほど、温度とHSP生成の関係を述べましたが、HSPは細胞をいったん高い温度下に置き、そこから元の温度に戻した〝ストレス開発時〟に発現します。だからこそ、ストレスから回復させる時間を挟むことが大切です。 その一方、このHSPは、ストレス状態から解放されれば、3~4日で細胞から無くなり、細胞のストレス耐性が失われてしまうことも分かっているので、ストレスから回復させるといっても、時間を空けすぎてはいけません。 これらを〝私たち自身を鍛える〟という観点で考えれば、まず大事なのは「自分自身の状態を見極める目を持つ」ことです。勉強や運動などでも言えますが、いきなり高い負荷をかけると、集中力や体力が続きません。しかし、負荷が弱すぎても訓練にはなりません。そのバランスを見極め、〝ちょっと大変だな〟と思うくらいの適度な負荷をかけることが大切だということです。 加えて、「負荷を自らに課し続ける忍耐」や、そこに安住せず、徐々に高い負荷を設定し、「自分自身を高める向上心」も不可欠でしょう。まさに「月々日々につより給え」(新1620・全1190)ということです。 一方、そうした鍛錬の持続するためにも、「心を落ち着かせ、冷静になる時間を持つ」ことが必要です。 こうした心身の鍛えが、一個一個の細胞レベルで見れば、ストレスに打ち勝つ力を伸ばし、ストレスからのレジリエンス(回復力)の強化につながっていくのです。
「月々日々に」の学会活動こそ 強靭な自己を築く最高の道
「六波羅蜜」の実践 さて仏教では、ストレスに立ち向かうという点を、どう捉えているのでしょうか。 仏教では、この世を「堪忍世界」(新1073・全771)、つまり、あらゆる苦悩を〝耐え忍ばねばならない世界〟と説いていますが、そうしたストレスをかえって自己の成長の糧にし、希望と喜びに変えていくことができると教えています。その上で私は、この娑婆世界で大乗の菩薩が実践し獲得すべき六つの徳目である「六波羅蜜」に注目したいと思います。 第一は「布施」。これは財物を与えたり、法を説き聞かせたりすることですが、現代的に言えば、「他者、特に弱い存在への扶助」ともいえましょう。 第二は「持戒」で、戒律をきちんと守ることです。これは「自律、自己抑制」と言うことができるでしょう。 第三は「忍辱」で、「苦難に対する忍耐」と考えられます。 第四は「精進」で、「向上へのたゆみなき努力」です。 第五は「禅定」で、心を定めて真理を追究すること。これは「精神の集中と安定」をはかるということです。 第六は「智慧」で、誤った思想、見識を取り払って真実を正しく見極める智慧を得ること。いわば、「事態への賢明な判断と対処」といえるでしょう。 その上で、この二つ目から五つ目で挙げた「自己抑制」「苦難に対する忍耐」「向上へのたゆみない努力」「精神の集中と安定」と、HSPを発現させる条件として私が取り上げた「自分自身の状態を見極める目を持つ」「負荷を自らに課し続ける忍耐」「自分自身を高めていく向上心」「心を落ち着かせ、冷静になる時間を持つ」という点は、見事に符合するのではないでしょうか。 では、六波羅蜜の中で残った、「布施」と「智慧」についてはどうでしょうか。 実は、細胞がHSPを発現する状況をつぶさに観察すると、「他者への扶助」ということを感じ取れる部分があります。これはモデル生物のショウジョウバエを使った実験ですが、ある細胞に軽いストレスをかけると、HSPが生成された細胞からシグナルが出て、別の細胞でもHSPの発現が誘導されることが分かってきました。残念ながら、このシグナルがどういうものかは、まだ突き止められていませんが、一つ一つの細胞にも周囲を守っていく働きが備わっているということは言えるのかもしれません。 また、「事態への賢明な判断と対処」という点でも、一つ一つの細胞には、迫りくるストレスに応じ、さまざまなHSPを生みだして対処する能が備わっていると考えれば、生命には智慧を発現させる環境が整っていると捉えることもできるでしょう。 まさに六波羅蜜は、細胞が持つ力をあらゆる側面から増強し、ストレスに立ち向かう力を強めていく実践であると感じずにはいられません。
全てを含む修行法 その上で、日蓮大聖人は「いまだ六波羅蜜を修行することを得ずといえども、六波羅蜜は自然に在前す」との経文を引き、妙法を持つ実践には六波羅蜜で得られるものが全て含まれていると教えられています(新343・全401、趣意)。 まさしく妙法を受持し弘通している私たちの学会活動には、周囲の人々を思い、周囲に尽くす「布施」の要素があります。広宣流布という大願に向かって自らを鍛え、高めていく「持戒」と「精進」があります。いかなる困難にも怯まない「忍辱」、日々の勤行・唱題の中で自らを見つめる「禅定」があり、同志と共に祈り、切磋琢磨し合う中で生まれる「智慧」があります。 また、見方を変えれば、相手の苦悩をわが苦悩として捉え、徹底して寄り添い、励ましを送る学会員の行動は、いわば、相手のストレスさえも自らのストレスとして受け止める作業をと言えるでしょう。 そうした学会員の生き方こそ、いかなるストレスにも負けない強靭な自己を築く最高の道であると確信しますし、そうした日々の鍛えが自分自身の成長につながっていると実感するからこそ、ストレスを前向きに捕らえるようになるのではないでしょうか。 ◆◇◆ 時代は混沌としており、暗いニュースに心を痛める人もいるでしょう。 しかし、そうした中で感じるストレスも、自らの前身の誓いに変えていくのが私たちの信仰です。そして、どこまでも自己を磨きながら、周囲の友と心を結び、一人一人が社会を守る力となっていくことが大切であると思います。 私たちの細胞一つ一つには、さまざまなストレス環境に置かれても巧みに生き抜こうとする底力があります。その力を学会活動で育みながら、同志と共に世界広布という夢に向かって進んでいきたいと決意しています。
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Last updated
August 27, 2023 05:33:56 AM
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