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February 16, 2024
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カテゴリ:コラム

おススメの映画と現代美術

作家  一色 さゆり

先日、素晴らしい映画を観た。『ある画家の数奇な運命』である。

主人公の画家は、ドイツ現代美術界の巨匠、ゲルハルト・リヒターがモデルだという。

リヒターといえば、つい数十億円という市場価格に注目しがちだった。でも映画を観て、印象が百八十度変わった。

作中、主人公は精神疾患を抱える叔母を、ナチスの政策で殺される。さらに戦後に恋に落ちた女性の父親が、くしくも元ナチス党員の医師であることを知る。しかも父親はナチスの政策に加担していた。そんなサスペンス劇が主軸だ。

リヒターの半生と共通点は多いが、フィクションである以上、どのくらい現実の中には本人にしか分からない。たとえ史実に即していても、完璧に個人の過去を再現するなんてそもそも不可能だ。すべての監督の想像と捉えるべきであろう。

だが、たとえばヨーゼフ・ボイスらしき中折れ帽をかぶった美大の先生が登場するあたりは、美術ファンとしては、かなり胸熱だった。実際、リヒターはボイスの授業を受けている。

また、作品制作のシーンも圧巻だった。リヒターは若いころ、東ドイツでプロバガンダ壁画を制作していた。ゆえに写実的な技術に長けている。それは、ナチスの優生思想の犠牲となった叔母の写真をモデルにした絵画《叔母マリアンヌ》や、解任したことがわかった裸の妻を描いた絵《エマ(階段を降りる裸婦)》の誕生へとつながる。なんとなくしか知らなかった名画の裏話に心打たれた。

リヒターは八十代になって、アウシュヴィッツで隠し撮りされた抽象絵画《ビルケナウ》を発表した。歴史は簡単に埋もれる一方で、傷跡が永遠に残る。第二次世界大戦を直接知る人がなくなっても、悲劇は今もウクライナでつづいているように。リヒターの絵はそれを静かに物語る。

 

 

【言葉の遠近法】公明新聞2022.10.12






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Last updated  February 16, 2024 06:20:51 AM
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