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やさしい未来

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2021.12.08
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カテゴリ:カテゴリ未分類

 「問題がないということに驚きで、それが問題かもしれません」。そんな言葉を発せられたら笑うしかない。発した相手も笑うし、私も笑う。問題がないことを、大きな喜びとして、嬉しく笑う。発達障害当事者の20代の男性が就労して2か月が経過した時の話である。就労した当初は仕事後に職場での戸惑いやちょっとした怒りなどを電話で報告していたから、その後の経過が気になる。モスバーガーを頬張りながら、「やはりモスバーガーをうまく食べるのは難しいな」などと言い合いつつも、私の頭の中では職場の状況はどうなのだろうか、と切り出すタイミングを考える。モスバーガーのソースが鼻の頭についているのを見て、「やっぱりついてるよ」と私が言った後の、彼の冒頭の言葉だから、可笑しさも爆発したようだ。

 

 特別支援学校高等部を卒業し、私とともに「みんなの大学校」で3年以上をかけて過ごしてきた彼は、この3年で見違えるような社会性を身に着けてきた。それでも、障害特性からくる協調性の「課題」から就労に周囲は不安視したものの、今のところ順調。やはり、彼にとって「学び」という舞台が社会への移行期には適合したのだろう。この可能性はやはり多くの方々に知ってもらいたいと思う。特別支援学校卒業後の彼は他者とのコミュニケーションが苦手であった。それは、社会という共同体が一定のルールのもとで運営されているが、彼にとって一定のルールに大きな意味を見出せないから、自然に逸脱することになる。彼にとってそれは悪気なく、ごく自然なことであるけど、他者はそれを批判する。共生させようと、行動を強制するから、自然と反発も生まれる。ここから社会との悪循環が始まる。

 

 悪循環を終わらせるのは、強制させる側の力を強化し、させられる側がそれに従うか、もしくは、そのサイクルから抜けてしまうかの2つの方法がある。多くの場合、循環の中で生きなければならないと考えるから、前者にとどまり、悪循環からは抜け出せない。抜けた後の舞台が社会には非常に少ないのが背景にある。まだ広く知られていない、その舞台の1つが「学び」だ。この切り口は、1つのものの見方を多様化させる特性がある。例えば、ものの形は見る角度によって違っているから、そもそも物の形などない、というソクラテスを引用すると、一定のルールを絶対視する社会を客観的に見ることが出来るし、ギリシャの古代哲学に通じる自分を発見することにもなる。発達障害の特性による人と違った見方を肯定するだけではなく、そもそも健常者とされる人たちが「普通」だというものも、ソクラテスからすれば、「ない」のである。学問領域だからこそ、提示できる言葉であり、冒頭の彼はその哲学的な問答が好きだった。

 

 「私のほうがこの男よりは知恵がある。この男も私も、おそらく善美のことがらは何も知らないらしいけれど、この男は知らないのになにか知っているように思っている。私は知らないので、そのとおり知らないと思っている」(ソクラテス『弁明』)。これは有名なソクラテスの「無知の知」の部分である。この言葉は、ソクラテスが「知らないことを知っている」と語り、その「無知」が「知」であると伝われがちだが、正確には「知らないと思っている」と語っている。そして、知っているように思っている人が知恵者で、その対比として「知らないと思っている」ことを示している。ここから考えられるのは、私たちの社会には「知っていると思っていると」と「知らないと思っている人」がいて、知っていると思っている人が、知恵者として社会を形作っていきがちだが、知らないと思っている人がいるから、その人たちの存在がある。社会はこの絶妙なバランスの中で成り立っている。こんな発達障がいの方との哲学的対話は、私にとっても多くの学びを与えてくれた。

 

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大学校代表理事、一般財団法人発達支援研究所客員研究員。

 

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Last updated  2021.12.08 00:38:28
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2021.12.01
カテゴリ:カテゴリ未分類

 特別支援学校を卒業後、障がい者雇用で一般企業に働いたものの、新型コロナ禍による業績悪化で雇用止めにあい、再就職できないケースを最近立て続けに見てきた。障がい者雇用で働いていた環境から社会に放り出され、何もない状態の不安の中で周囲との人間関係に躓き、精神的にダメージを受けるケースとなる。事情を聴きながら、当事者と接してみると、特別支援学校高等部の3年間にもう少し、社会に対応する力を身に着けることは出来なかったのかとの思いに至ることがある。特別支援教育の「教育年限延長」の主張をしていた、障がい者の教育を保障しようとするグループの考えである。昨今の「分配」を語る政権は所得を視野に政策を展開するのだろうが、機会の分配という視点で、この「年限延長」もまた、障がい者の社会での自由な活動を保障するための策として考えられないだろうか。「分配」の一環としてとらえることができれば、多くの可能性を喚起していくはずなのだが。

 

文部科学省が掲げる特別支援教育の理念では「障害のある幼児児童生徒の自立や社会参加に向けた主体的な取組を支援するという視点」に立つことが前提にある。主体的な取組の先にはその人らしく生きる力を身に着けることが目標としてある。特に特別支援学校高等部の場合は、社会の一歩手前にいる当事者をその人らしく主体性を持つ状態にするのが責務ではあるが、この理念を十分に形にするには3年間で十分なのだろうか、との疑問がつく。少人数性で教員と密なコミュニケーションを取りながら3年間を過ごせるという保障はあるものの、生徒自身がゆっくりとしたスピードで、「自分」を確立していくという特性の人が多い中では、自分を確立するのは、関わる人も大事ではあるが、その「時間」を保障することも重要だ。実際、当事者の保護者との話では、次の進路までの「時間がない」という話はよく耳にする問題である。

 

今年度、私は埼玉県立蓮田特別支援学校の就労支援アドバイザーとして、保護者への進路の可能性についての説明や教員向けの研修を行い、12月はじめには生徒向けに「学び」の面白さを体験する授業も予定されている。ここは肢体不自由児者の病棟も併設する学校で、18歳以降の進路は生活介護等の支援サービスを受けることが基本であるという考えが根強く、そこから仕事や学びで社会との接点を持つイメージはない。それは重度障がい者の方が、社会での可能性を開かせる、に向けたサービスがこの社会にないことが原因であり、そのようなサービスの必要性を社会が認識してこなかったことは大きな欠陥ともいえる。ここで「分配」の考えを当て込むのであれば、誰もが「その人らしく」機会を保障されている中で、機会の分配こそが国の責務と認識してほしい。障がい者にとっての最適な分配は、社会に出るための「時間」を与えることである、と。

 

時間の「分配」のひとつとして教育年限の延長もあるかもしれない。冒頭の話を例にすれば、特別支援学校の高等部を3年としていることで、拙速に社会に出ることを余儀なくされる状況を生み出しており、ここに必要な時間を分配できないだろうか。各人の障がい特性の差はあれど、自我の芽生えとともに、少しずつ主体的な学びが出来るようになった時期に3年間で次の進路を決めて社会に出される、もしくは福祉サービスを受ける生活に移行するのは、時間が足りない。私も高等部3年生の親御さんと話をしていると、あっという間に3年生になり、実習を積み重ねて次の進路を選んでいくプロセスに乗ってはいるものの、ドタバタした感覚であることは否めない。じっくり考える機会を与えること、じっくり育てる時間を提供すること、これこそが社会に出る障がい者への最適な「分配」だと考えながら、私は日々、やはりドタバタしながら、当事者と向き合い、学びと支援の中を行き来している。

 

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Last updated  2021.12.01 00:52:11
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2021.11.24
カテゴリ:カテゴリ未分類

 文部科学省の障がい者の生涯学習を推進する事業を推進する中で、今年度の「市民と障がい者が学び合う」というコンセプトのオープンキャンパスは終了し、来年度に向けての構想を練り始めている。オープンキャンパスに見学に来ていた東京都教育庁から過日、インタビューを受けて、自分が数年やり続けていることを東京都内で自然発生的に出来ないかという発想に行き着く。教育庁では社会教育の枠組みで障がい者の生涯教育を考えてきており、公民館を舞台に障がい者が地域で学ぶ「青年学級」を全国に先駆けて始まった歴史がある。今後は歴史の継承と発展が課題だ。その未来を描く時に、障がい者側のニーズはひしひしと感じながら、問題は誰がそれを担うかである。「みんなの大学校」のキャッチフレーズでもある関わる人が「開く」ための学びを実施するプレーヤーがいないのである。教育・産業・福祉等の各分野にまたがるこの「障がい者の学び」のプレーヤーを作るという視点での取組が急務だ。

 

 「障がい者の学び」そのものもまだ社会に馴染んでいるわけではない。「障がい」と「学び」の組み合わせの実感がないのである。取組に参加してもらうことが最も有効な普及策。自分と社会との障がいがない人と、自分と社会との間に障がいがある人が同じ場所にいる実態こそが、障がいについて考え、その障がいを乗り越えようとしたり、排除しようとする動きにつながっていく。しかしながら、福祉サービスの中で位置づけられた「障がい」という固定観念の中では新しい世界に向かうのは難しい。先日も知的障がいのある男性と自治体の担当者、相談支援員らと4者面談を行った際には、相談支援者の目線と、自治体の目線の微妙なずれと、当事者の思いとの大きなずれを感じた、これは、この時に限ったことではなく、起こりがちな「サービス」と「実態」のずれとギャップであるが、この問題を是正しようという動きは鈍い。私も、誰もが「悪い」という自覚もなくずれは生じ、善意が基本にある状況では、率直な指摘にも躊躇ってしまう。

 

この場面で相談員は当事者が過去悩んでいたことを、この相談員に相談しなかったことを課題と思っているようで、「なんで相談しなかったの?」と問いただすが、その当事者は口をもごもごと動かすだけで、言葉になっていない。なぜ相談しなかったのか。それは「その相談員が嫌い」だからであろうことは本人の反応から見て取れた。しかしこの相談員が悪いわけではなく、支援を仕事にする強いモチベーションは「何とかしたい」という気持ちも伝わってくる。だから嫌われるのは、人間性というよりは福祉サービスに落とし込む過程で非人間的なやりとりによる所作が利用者からは「扱われている」感覚を喚起させてしまっているのだろう。自分の夢や希望を障がいがあることで否定されているように当事者は受け取ったし、それが嫌だったのだ。支援者から見れば、現実を見据えながら行動することが最もリスクを回避できるという方法論。誰かに言えば、問題は解決できたかもしれないが、その場がないのも社会の課題だ。障がい者が悩んだ時に福祉サービスに頼らず、素の自分のまま話ができる環境が、新しい障がいを無くしていくはずだ。

 

 「話が出来る環境を作る」ことも障がい者に学びの場を提供する、効果として期待している。場を作ることで、その場は参加する人が増えるほど、発展し必要な機能を備えていくはずだ。そのためにも、場づくりと当事者を集めると同じように各地でプレーヤーを作ることも視野に置く必要がある。「学び」で切り開いてきた私としては、教育分野にこだわり続けたいものの、障害者雇用推進法に基づき、広がる障害者雇用と、障害者の就労を支援する事業所でも学びは展開されていい。全国で増加する就労移行支援事業所は駅に近い利便性のよい場所にあるケースが多い。この場所を障がい者の学びの場として有効活用できないだろうか。さらに、事業所が主体となって地域の公民館とともに学びの場を展開してもよいかもしれない。この動きからプレーヤーが生まれないだろうか。賛同する事業所のみなさま、お待ちしております。

 

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Last updated  2021.11.24 07:35:19
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2021.11.17
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 文部科学省の障がい者の生涯学習を推進する事業の一環である、市民と障がい者が共に学ぶ「オープンキャンパス」が113日、東京都国分寺の本多公民館を主会場に、兵庫県西宮市の会場とを結んで行われた。今回はコロナ禍の中で大々的な参加者の呼びかけは行わず、国分寺市の青年学級「くぬぎ学級」のメンバーやみんなの大学校の学生や関係者などが集まったが、結果的に障がいの種類も様々な方々が集まり、「支援者」「要支援者」の立場であっても、同じテーブルについて学び合った瞬間にインクルーシブな「学び合い」を目指した。誰もが学び合える「場」をどのように作るのか、という国としても、社会にとっても、大きな課題に向けたこの取組は、私にとっては4年目の挑戦。少しずつではあるが、その形が浮かび上がってくるような気がしているが、まだまだ途に就いたばかりだ。

 

 文科省の本事業の正式名称は「地域連携による障がい者の生涯学習機会の拡大促進」。18歳以降の障害者が福祉サービスや一般就労で社会に出ていくが、人生を豊かに暮らすための「生涯学習」の必要性が求められている。2014年に日本が批准した障害者権利条約を受けて始まったこの事業は、文科省が考える「学び」の枠組みを障がい者の生活プランに適合させる必要もあるのだが、この福祉と教育の障壁はなかなか乗り越えられない。「市民と障がい者」と2つのものを一緒にするフレーズは、それを区別しているような印象もあり厳密なインクルーシブとは遠くなってしまいそうで気分としては晴れていない。この現状を受け入れながらオープンキャンパスは2018年に始まった。埼玉県和光市では市民の中で中心となるメンバーを数日間、障がい者に関する知識をレクチャーした上で「学び合い」に移行した結果、和光市駅前の花のプランターの管理を、その参加した市民グループと障がい者らが共同で行うことになり、それは今も続いている。

 

 2019年にはその交流を地域で展開しようと長野県、静岡県で行い、自治体に声をかけ、福祉事業所に呼び掛けて、「学び」を提案、実施し、長野県では学びの場を作りたいという「想い」につあがり、2020年には長野でつながった学びの場を具体的に進めるためのオープンキャンパスを実施し、その「想い」は今年NPO法人化し現在、場づくりに奮闘中だ。そして今年。国分寺市は1970年に国分寺市立第二中学校心身障害学級(G)の卒業生と担任教員で「卒業生の会」を発足させ、今の「くぬぎ学級」につながる長い青年学級の歴史を持つ。この歴史と共に未来を創造していこうと考えたのが、みんなの大学校とのオープンキャンパスである。今回も1年目から続けているピアノコーラスデュオの「サーム」との講義「音楽とコミュニケーション」を提供したが、参加者の五感を使っての講義と交流に、熱心に心を傾けてくれて、楽しんだ様子でほっとしている。

 

 完璧な学びの場などない。障がい者に配慮をし、それぞれの多様な特性に心配りながら、誰もが「学ぶ」ことを満足できる万能なコンテンツなど夢物語かもしれない。それでも、今回の講義を受けて「たのしかった」「またやりたい」という筆圧が強いひらがなで書かれたアンケートと、分析的かつ論理的に「楽しかった」と綴った文章を見ながら、融合できるコンテンツはあるのかもしれない、とも考えている。ここに必要な条件はその場を親和的な空気で包めるかどうか、である。従来の学びの枠組みからすれば、静かに理路整然と進行したくなるのであろうが、いろいろな人がいる中でいろいろなことが起こるから、それを受け入れながら、少々はみ出ていても、それも楽しみながら、進める場であるか、である。これは教える側、運営側の力量が試されるところだが、このインクルーシブな場の空気が「文化」として各地のコミュニティで根付かせ、常に「花開く」スタンバイが出来ていればよいのだ。そのために今、私が動いているのだと思う。まだまだオープンキャンパスの扉は開け続けなければならない。

 

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Last updated  2021.11.17 00:42:02
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2021.11.10
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「第2回医療的ケア児者の生涯学習を推進するフォーラム」が1029日、東京都渋谷区の国立オリンピック記念青少年総合センターを会場にズーム参加とのハイブリットで行われた。総勢約250人の参加者は昨年より増加しており、医療的ケア者の学びの世界と可能性が少しずつ広がっているのを実感したが、保護者や関係者の痛切な思いは、国の制度がない現状の改善を促している現状は変わらないままだ。このフォーラムは、この「学びの場が与えられていない」状況の改善に向けて昨年から各地の声を結び付け、それを発信していこうと、みんなの大学校と重度障害者・障害学習ネットワークが主催となり、文部科学省の「学校卒業後における障害者の学びの支援に関する実践研究事業」の一環として、文科省の障害者の生涯学習を推進する政策に位置づけようとの狙いで行われている。

 

具体的な目標は(1)国の障がい者の生涯学習に関する施策の理解・啓発を推進する(2)学校卒業後の学びの機会と場の実際について周知し、その意義について理解を広める(3)学校卒業後の訪問型生涯学習の制度化に向けた発信を行う、の3項目。実践している立場からすれば、「いつでも、どこでも、だれにでも、学ぶ喜びを!」を合言葉に、医療的ケアの必要な方々の学校卒業後の学びを支え、その結果見てきた「学ぶ喜び」が、可能性の芽を育て、生命を強めていることを広めたいという純粋な思いが強い。案内文にも「その笑顔やまなざしが、人を動かしています。学び続けたいという願いを叶える機会と場を『ひろめる・深める』ことが私たちの使命」と書き、制度化を目標にする中で全国広く仲間づくりを進めるのが急務であるとの認識である。

 

フォーラムでは飯野順子・重度障害者・生涯学習ネットワーク代表と文部科学省総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課障害者学習支援推進室の清重隆信室長があいさつに立ち、井口啓太郎・同室係長が行政説明を行った。基調発言では「重度障害者の生涯学習の現状とこれから」と題して菅野敦・東京学芸大学名誉教授がこれまでの実践研究から今後の展望とポイントを示した。実践・活動紹介として東京都大田区の「NPO法人訪問大学おおきなき」の相澤純一理事長と保護者の立場から東京都渋谷区重症心身障害児(者)を守る倉本雅代子さんが報告し、重度障がい者の学びに取り組む愛媛大学から苅田知則教授が概要を説明。さらに「本人のニーズと家族の願いに応えた親の会として取り組み」と題して安部井聖子・東京都重症心身障害児(者)を守る会会長が「思い」から始まった活動が行政の現実的な壁に当たったことなどを熱く語った。さらに最近の動向として「就労支援継続B型を活用した学びの支援」を行っている就労支援継続B型事業所みんなの大学校大田校から、学びと仕事の組み合わせについての事例を紹介。「社会教育に位置づけた学びを福祉制度の活用で支援」として行政から石丸明子・新宿区福祉部障害者福祉課支援係主査、民間から藤原千里・NPO法人ひまわりProject Team理事長が発表した。

 

 シンポジウムは「重度障がい者への生涯学習の制度創設に向けて」と題し、今後の展開に向けて行政の壁をどう乗り越えるかに話が集中し、みんなの大学校の取組の詳細を私がさらに説明することになった。エンディングでは、私が重度障がい者の青年が学びに希望を持っていたところ、生活介護事業所でその学びを実践しようとしたら、「福祉サービスでないためできません」との判断で保留になり、対策を考えているうちにその青年が亡くなったことを紹介し、私自身が「学びへの希望をすぐに応えられる社会にしなければならない」と訴えた。それは、冒頭で飯野代表が、重度障がい者への学びを「自分がやるという意識で」と話されたことと同和し、「制度がないから」とあきらめるのではなく、「ないから」私が動く、作る、という心持で動いていくことが、少しずつ力になっていくのだと思う。重度障がいがあっても「学びたい」という思いがある方は是非、ご連絡ください。その声から事は始まります。

 

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Last updated  2021.11.10 19:08:17
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2021.11.03
カテゴリ:カテゴリ未分類

支援が必要な人の学びの場「みんなの大学校」が紙上での事業コンテストに出場する。テクノロジーが人に合わせていく、という視点から、コミュニケーション上の障害があってもその当事者にテクノロジーを合わせていこうという当たり前の確認を提示したい思いからの出場だ。重度障がい者、知的障がい者、精神障がい者の「学び」の可能性を開くためにも是非、紙面上で「みんなの大学校」の事業を確認し、投票に協力してほしい。イベント名は「ヘルステックサミット Ahead to the Center~テクノロジーと共に『本質』を実現する~」。テクノロジーとの言葉に、私たちはついつい技術革新を中心に事業をイメージするところを、私自身が取り組む障がいによるコミュニケーションの「障害」にテクノロジーを使って克服することを基調として学びを展開する事業の建付けを示したい、という思いである。「障がい」を出発点にして、テクノロジーを利用し、誰もが豊かになるという「本質」に向けた議論を広めたい。

 

先日、肢体不自由児も対象で、病棟学生も在籍する埼玉県立蓮田特別支援学校の保護者向け進路説明会で、私は学びの可能性を力説した。同校の就労支援アドバイザーの役割を与えられている立場からの説明であるが、18歳以降の「社会」に出る肢体不自由な方々にとって、その社会は障壁だらけで居心地の良い場所にはなっていない。誰もが一緒に、というインクルーシブを唱えている社会の実態はまだまだエクスクルーシブであるが、コロナ禍で「つながれない」社会をつなごうとする力学は、従来「つながりにくい」人たちのつながる可能性も喚起した。進行性の筋ジストフィーの学生が現状の身体機能でパソコンを動かす手法を考え、テクノロジーで克服する。それら技術との対話こそが、みんなの大学校の源泉でもある。ここから「学び」の可能性も広がり、肢体不自由の当事者が学校卒業後も学べる当たり前につながっていくと考えている。

 

みんなの大学校は障がい者が情報弱者にならないようにとコロナ禍を受けて始まったが、障がい福祉の世界では、テクノロジーの重要性は認識しているものの、やはり人と人のふれあいを最優先に考えるアナログの世界である。それは勿論正しいが、私はDXAI化に進む社会でテクノロジーを「道具」にできなければ、技術はストレスになると説き、テクノロジーを武器にしていくと、強みにもなるが、場合によっては隷属することになるから、正しく向き合いましょう、と伝えている。苦手な人は当然いるから、そのような人は得意な人とグループになって対応すればよい。自分が出来なくても、つながることで克服できることも多い。だから、テクノロジーでコミュニティ化するのもひとつの形。テクノロジーはやはり、出来るかできないかではなく、使うか使わないか、であり、その意思をつなげるかどうかが、今社会全体に問われているのだと思う。

 

ズームの仕組みは遠隔をつなげることに大きな変化をもたらしたが、先日は音楽の講義を国分寺と西宮でつなげようとリハーサルをしたところ、ズームでも条件を注意すれば「一緒」に手拍子などで一体化したカリキュラムが出来ることが分かった。このテクノロジーを使った小さな工夫とつながりが新しいつながりを生み、当事者が笑顔でつながれる環境を保障していくのもコミュニティの役割だ。さらにテクノロジーは使いやすいこともポイント。先日の講義で知的障がい者のメディア利用を授業の中で聞いたところ、使う条件は「わかりやすいこと」だった。使いやすければ、障がいも乗り越えていけるから、テクノロジーとの対話は続けていく必要がある。その声を技術者にも、企業にも、社会にも、届けたいという思いで紙上コンテストに出場した。投票が上位になれば本選で直接のプレゼンテーションが出来る。その機会を与えてほしい。

コンテストの概要はこちらです。

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Last updated  2021.11.03 08:15:19
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2021.10.27
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衆議院選挙の告示を前に各政党は選挙に向けた公約を発表し、選挙戦に突入した。いつの間にか「マニフェスト」という言葉は消えてしまった感があるが、それら公約は有権者とのお約束であることは間違いない。私が活動する福祉分野は各党で違いがあり、普段分かってはいるものの、やはり「公約化」の中でその違いが浮き彫りになってくる。やはり当然ではあるが、自民党がこれまでの政策の流れと文脈の中で障がい者福祉を位置づけ、公明党も自らの実績の上に成り立たせようとする連続性を意識したように思える。野党は新たな価値観、考え方の転換の上で福祉政策を立ち上げようとの思いが全面に出ている。いつもそうだが、当事者の声を聴く機会が多い野党と、政策を実行する側の声をベースとする与党のギャップは政策の違いとともに、それでよいのだろうか、という疑問にも行き着く。今回は私の仕事に関連する部分を抽出して自民党の公約を見ていく。

 

自民党が1018日に公開した総合政策集2021827項目に渡って政策が示されており、かなりの分量ではあるが、すべてを読めばこの国の課題と政権与党が向かいたい道筋が見えてくる。私の仕事に関連するキーワードは「障害者」「支援」「精神保健福祉」等が中心。精神保健福祉の分野は、医療の領域で示され、「331精神保健医療福祉の推進」において、「精神障害者の方々が、地域の一員として安心して自分らしい暮らしをすることができるよう、医療、障害福祉・介護、住まい、社会参加、地域の助け合い、教育が包括的に確保された『精神障害にも対応した地域包括ケアシステム』の構築を進めます」とある。隔離されることなく、生まれた地域で共に暮らす、のは共生社会の実現に向けた原則でもある。一見、当たり前には見えるが、「構築を進める」ということは何も出来上がっていないのを避け出しているようなもので、あまりにも遅い対応に憤怒しつつ、明記したからには推進が見えているのだろうか、と期待してみるが、地域ではその浸透があまり見られないように思う。

 

「みんなの大学校」ではコロナ禍以前から障がい者が情報弱者にならないようにインターネットを使っての遠隔講義を行っており、そこに関連するのが「509誰一人取り残さないデジタル社会の実現」である。「高齢者や障害者が身近な人からデジタル機器やサービスの利用方法を学ぶことができる環境作りを推進する『デジタル活用支援』を充実させます」。この「環境作り」が何を指すのか少々不明ではあるが、デジタル活用には絶対的に「道具」=PCが必要であり、環境整備の入口だ。同時に「759オンラインによる学びの機会の充実」には「様々な困難を抱える人々も含め全国民の学びを保障するため、子供向けから大人向けまで多様な動画教材や学習講座を紹介するポータルサイトを整備し、地域・障害・言語などの壁を越えて学びの機会を提供します」とあるから、環境と機会が公約化されるのであれば、自然と必要なモノは整備されるべきであろう。誰が担い手になるのかが気になる。

 

最後に障がい者施策を包括的に示した「804障害者の方への施策の推進」では「障害者の就労ニーズの多様化が進む中で、在宅就労やテレワーク等の推進を通じ、雇用の質の向上を図ります。障害者雇用と福祉の連携を強化し、一体的な推進による効果的で切れ目のない支援体制の構築に向けた検討を進めます」とある。障害者の雇用推進は政府の力点でもあったので、連続性という意味からも勢いのある表現である。その「就労」へのベクトルが強いだけに、もう少し柔らかい表現で支援の幅を広げてもらいたかった、のが私の正直な感想。さて、自公政権が長く続き、その与党としての責任の重さから、今回は自民党だけを取り上げてしまったが、これを基準にして有権者の方には他党の公約を比較していただきたい。それぞれに各テーマに言及しているが、表現はずいぶんと違う。目を通して投票行動に結び付けてほしい。

 

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Last updated  2021.10.27 08:31:19
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2021.10.20
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精神疾患のある方への支援は「話を聴く」ことが基本である。疾患により日常や他人、社会とずれてしまっている状況を正しく知るために、その人の精神から発した「現実」に近づいて、その方の内発的な苦しみや悲しみ、憤りを自分事として捉えて、適切な対応をしていくためには、まず「聴く」ことから始まる。私も日々、「聴く」ことからしか仕事が始まらないのだと自覚して、面談や電話、最近ではメールやラインでそれぞれの胸の内を「聴く」(文字の場合は読む)ことで、何をすればよいかを考え、適切な行動を考え抜く連続である。だから、今回就任した岸田文雄首相が自分の特技を「聞くこと」だと強調したことは、政治家としては珍しいフレーズだと感心しながらも、心配のほうが先立ってしまった。聞く、という行為は簡単なことではない。それは深い哲学への道の一歩だから、結果的に政治家の「聞く」の価値を下げてしまい、またもやの政治不信につながる、という懸念である。

 

自分の「売り」だと言わんばかりの、「聞くこと」宣言は、多方面で期待という反応を引き起こしている。首相が何の仕事もしていない時の「期待しかない」ハネムーン時期のメディアによるご祝儀報道は、岸田首相の地元の声として誠実な人柄と聞き役である人物像を重ね合わせて、肯定的な見解を増幅させ、これも期待を助長している格好。旧来との違いが強調されるのは、これまでの政治が聴かなかった証左であり、特に安倍晋三、菅義偉と続いた政権が聞かなかったからこそ、この言葉が生きてきている。自分を押し出そうとした戦略は、それまでとの相対評価として吉と出たかもしれないが、絶対評価の「聴く」として評価されるのは、おそらく道のりは遠いだろう。悲観的になる前にすでにいくつかの聞いたことによる事例が出ている。まずは金融所得課税。格差是正に向けた方策のひとつとして発言したものが、株価の下落を招いた模様で、周囲から聞いた結果からか、軌道修正を余儀なくされた。

 

 株価の変化はその原因を断定することは難しいが、当然ながら成長と分配の好循環をうたう中で、株価は重要な成長指標。それが、分配を優先する格好となる税制の見直しは、即座に片一方を刺激する。所信表明演説の中で、「成長か分配かではなく、成長も分配も」と啖呵を切ってしまったが、聞くことを重要視している人の発言としてそれも心配である。安倍元首相の場合、演説は理念の通達であり、完全なモノローグの独演会に野党が野次を飛ばすセレモニーだった。今回は、聞くことを大切にしている人だから、モノローグからダイアローグにシフト転換だと周囲も期待し、聞かなければならないと思ってみたら、割と強い理念を語ってくる。そして、野党側から見れば、いくつかの失望も決定的になった。核兵器禁止条約と森友学園の土地買収をめぐる財務省の文書をめぐり近畿財務局の職員が自殺した問題への言及である。

 

この2つへのスタンスはこれまでの自民党政権と変わりはない。違うのは、核兵器禁止条約については、被爆地広島選出の国会議員として「核のない世界をつくるという目標」は共有していることを強調し、財務省職員の自殺問題では職員の妻からの手紙を受け止めた、という発言だろう。聴くことは出来たのは前進かもしれないが、行動を伴う「効く」には至っていない。ここが政権と当事者の乖離である。「きく」という行為は、音は判別し、その真意を理解し、正しく解釈することまでを人々は期待しているから、やはり政治家の聞くは何とか真意を理解することまでは出来ていても、その発話者が望む解釈を正しく捉えて、具体的な行動に移せるかは難しい。支援者の私もそのプロセスを誤謬なしに行うように慎重にもなる。まして政治家は多くのコンセンサスや、プロセス上のいくつもの検問を通らなければ、具体的な行動にはつながらないから、難問だ。1つ1つの問題は当事者にとっては死活問題ばかりだから、リーダーの「聞く」は絶対評価上の完璧が求められる。それは少々気の毒な立場なのかもしれないと思いながらも、やはり期待してしまう。

 

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Last updated  2021.10.20 07:20:40
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2021.10.13
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最近刊行されたジャック・アタリ著「メディアの未来」(林昌宏訳、プレジデント社)は人類のメディア史を振り返りながら、今起こっている現状の必然性を説き、未来のメディアを予測している内容である。そこには悲劇的な現状をあぶりだしながら希望の光も見せてはくれているが、現状のメディアを取り巻く世界、もしくはメディアに取り巻かれている社会を見渡すとその光は仄かで儚く、悲観する気持ちになってくる。それでもなお、私たちは前に行かなければいけない。明るい未来に向けて、私たちはどこに向かえばよいのだろう。その答えとしても、私が進めていきたいのが、支援が必要な人に向けてのメディア教育なのか、と思う。メディアの使い方ではなく、メディアとどう向き合えばよいかを考えられるようにする社会倫理の感覚を養うこと、それは私たちが人というか弱い存在であることの自覚から始まるから、哲学的な問いかけも必須だ。

 

日本経済新聞が国内主要企業の社長100人を対象に3か月に1度実施している「社長100人アンケート」で、社員のリスキリング(学び直し)に「取り組んでいる」と答えた企業が67.6%だったことが分かった(104日同紙参照)。これは仕事を充実させるためには経験値だけではなく、その社会性を磨くためにもよい風潮だと感じながらも、その内容は少し気になる点もある。つまり、その内容は、「デジタル・プログラミング」が755%でトップで、「語学」が574%、「統計・データ解析」が564%、「マーケティング・経営」が564%。これは文字通りスキルを伸ばすことに重点を置いており、実践に直結した「学び」が優先されている。これらのスキルを身に着け、それを社会に結びつけ、発信し、つながっていくには、幅広い視点と確固たる倫理規範のようなものが必要であるが、この分野への言及も、ましては「学び直し」も積極的ではないようだ。

 

メディアでつながる社会において、スキルは可視化しやすいしわかりやすい。社会の中で自分の価値を上げるには有効であろう。その上で考えてほしいのは、そのスキルがどのように利用され社会にとって役立つのかを判断する基礎の部分。これが社会倫理であり、社会経験を経た「大人」だからこそ、倫理を深く考え、スキルと倫理が一対であると気づき、そこから指導側として後進の教育にもつながるのではないかと思う。アタリ氏は同書で「未来を見通す、そして読む、聞く、見る、知るためにつくられた道具が、ある日突然、われわれの社会を破壊するかもしれない」との指摘は、もう来ており、破壊ではなく社会を組成するために、メディアをいかに活用するかは、私たちの新しい知恵が求められる。そのベースとして同書では歴史から考察されるメディアの法則性を示しているが、それが希望に向けた出発点とも取れなくもない。


 スマートフォンの普及とコロナ禍にある社会環境にあって、メディアの位置づけが変わる中、メディアは「活用」から生活の一部となった。私も「ズーム」を通じての「学び」の機会を作っている者として、テクノロジーを道具として生活を構成することの方向性を多くの方とまだまだ考えなければならない。1016日に愛知特別支援教育研究会主催で行われる講演「WEBでつなぐ新しい学び」(ズーム開催)では、障がい者の学びの必要性や実践など従来お話してきた内容だけではなく、メディアと社会倫理にも焦点を当てて、一緒に考えていきたい。このメディア史から導かれている私たちの「今」を意識するところから、新しい学びが始める、と考えると、新しい船出なような気もしてくる。「未来を見てみよう」とは、最近のフレーズとして心地よいが、社会への責任として未来を創造することを考えるには、やはり基盤が必要だ。同書が最後にこう記している。「最も重要なこととして、日常生活を破壊する中毒性のあるこれらのメディアの毒牙から逃れるには、日常生活を顧みる必要がある」。日常生活の中から、メディアと倫理を考えることから始めてみたい。

講演の案内はこちら。

S.E.N.Sの会愛知支部会」愛知特別支援教育研究会

https://www.sens-aichi2007.jp/cont9/36.html?fbclid=IwAR3r-X1TEA08h4aUPlquDw9YacqJSnNSoYOOiE57nVElqGlqx6rulUfdYjY

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Last updated  2021.10.13 00:23:47
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2021.10.06
カテゴリ:カテゴリ未分類

自民党総裁選挙は告示から投開票日まで多くの時間、メディアを占拠した。コロナ禍の状況と共に、各候補者の日々の動向や国会議員や各派閥、自民党の各地方組織の動向が報じられた。事実上、日本のトップリーダーに直結するからとても大事なことだが、少し疲れた気分になってしまうのは、やはりどの候補者も言葉の力が弱いからか、ぐっと聞かせてくれる場面はなかなかない。その中で、河野一郎行政改革担当相がテレビ放送で口走った「フェイクニュース」は気になった。米国のトランプ前大統領が自分の都合の悪いニュースを「フェイクだ」と断じたところから広まったこの言葉は分断と不寛容の象徴でもある。マスメディアを一刀両断するのは簡単だ。間違った報道もある。それをフェイクと断じる姿勢に、やはり政治家としての懐の浅さを感じてしまい。ただ、河野候補だけではない。これだけメディアジャックしていると、各候補の言葉を聞く機会も多いが、同時に各候補の精神性も透けて見える瞬間に遭遇する。だから、不安になるのである。

 

河野候補は週刊誌で「日本語分かるやつ出せよ」との「パワハラ疑惑」も報じられたが、「フェイクニュース」とともに、どちらも切って捨てる事を厭わないスタイルである。福祉現場にいると、これらの言動は完全なNG、公的な虐待防止研修では事案に上がるレベルだろう。「フェイク」に私が反応するのは、ある講義への反応からだ。トランプ前大統領が就任間もない頃、メディアにその言動が盛んに取り上げられた時期に、発達障がい、知的障がい向けの「学び」に関するイベントで、全国各地からの学生へのメディアに関する模擬授業で、学生の何人かが「フェイクニュース」と叫び、気に入らない情報は「フェイクニュース」であると大きな声で主張した。よく聞くと、テレビでよく登場するトランプ大統領のまねから始まったようで、いつしかそれは常態化し彼らの「楽しい」行動となった。自分と合わないものを、フェイクと切って捨てるのは気持ちがよくて、すっきりするらしい。

 

その当事者の詩用ぶりを見ながら私はこの言葉が危険な暴力になりうるのだと実感した。何となくでも、その言葉の攻撃性と曖昧さを分かっている人は、おそらくこの言葉は使わない。それを使う、ことへの違和感はこんなところからくるが、河野候補のこの発言を突破力として受け入れるのかは、投票権のある方々にお任せするしかない。河野候補だけではく言葉の問題はまだまだ気になる。国民主権の国家の政治は、政治は国民とともにある原則からすれば、誰にでも伝わるような政治を指し示すのもリーダーの役割である。もちろん、そんな全能な人間はいないかもしれないが、そこに意識が向けられているか、どうか、は心持ひとつで出来る話。自民党主催の「国民の声に応える政策討論会」で、子供への質問に対し、子供の口調で子供の目線で語ろうとした4人の候補者は演技としては合格かもしれないが、やはり自分の言いたいことしか言う政治家でしかなかった。大人を意識した言葉を使い、質問した子供が見えていない。私は強く、それを思った。

 

この討論会は様々な年齢層や職業の方々から直接質問を受け付け、候補者が応えるもので、国民とともにある自民党を演出した格好ではあるが、その取り仕切りがやはり私のイメージする自民党であった。基本的に大人の、大人のための組織、大人の中でも物分かりのよい大人のための政党、である。子どもの質問に4人の候補者が応え、司会者の自民党某議員がやさしい雰囲気を演出しながら質問者の子供に発した「わかった?」の声は悲しいかな高圧的に聞こえてしまった。もういいでしょ。これでおしまい、というニュアンスがにじむと感じるのは私の考えすぎだろうか。首相周辺や大臣、所属議員の不祥事の度に、野党や市民が責任を追及するたびに自民党から「これでおしまい」を見せられてきたから、やはりそれは既視感であり妄想ではないと思う。今からでもよいので、切って捨てることなく、丁寧に相手の立場と理解を考え、言葉を紡ぎ、よい政治を形作ってほしい。

 

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