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やさしい未来

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2020.11.25
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カテゴリ:カテゴリ未分類

 20201113日、「第一回重度障がい児者の生涯学習フォーラム」が東京都渋谷区の国立オリンピック記念青少年センターで行われた。センターをメーン会場にして入場者は50人に制限し、そのほか参加者はズーム会議を通じてのオンラインでの参加となったが、それがかえって全国規模の大会になった感がある。フォーラムは文部科学省の障害者の生涯学習を推進する委託研究事業の一環で、昨年の計画段階では通常のホールで大人数を集めての初めての全国規模の集会を目指そうとしたが、やはり重度障がい当事者が遠くまで移動するには困難があり、集合は限定的になってしまう悩みがあった。それがコロナ禍によるリモート開催で、北海道札幌市の医療法人稲生会、松山市の愛媛大学での取組が遠隔からスムーズに発表され、参加者も広がりを見せ、重度障がい者への「学び」の全国的なネットワークが構築できる可能性を確認ができたと思う。

 

フォーラムでは、これまで地道に活動してきた飯野順子・NPO法人地域ケアさぽーと研究所理事長が挨拶に立ち、文部科学省 総合教育政策局男女共同参画共生社会学習・安全課の小林美保・障害者学習支援推進室長が政策の説明をし重度障がい者の生涯学習への取組にも対応していく姿勢を示した。「訪問型の医療的ケア児者の生涯学習の実践と課題」と題しての各地からの報告では「訪問大学おおきなき」の相澤純一・NPO法人訪問大学おおきなき理事長、「訪問カレッジEnjoyかながわ」の成田裕子・NPO法人フュージョンコムかながわ・県肢体不自由児協会理事長、「みらいつくり大学校」の土畠智幸・医療法人稲生会理事長、「訪問カレッジ・オープンカレッジ@愛媛大学」の苅田知則・愛媛大学教育学部特別支援教育講座教授、「ひまわりHome College」の藤原千里・NPO法人ひまわりProject Team理事長が登壇した。当事者のニーズに保護者や特別支援学校の教員らの思いが活動につながっている活動は、やはり資金面での持続性が課題であることも指摘された。

 

私が長々と省略をせずに参加者のフルネームを書くのは、これら市民の集まりから始まった取組が一人でも多くの必要な方に知ってもらいたいとの思いからで、保護者がインターネット検索で藁をもすがる思いで、教育の場を探してインターネットで探しに探した、という話はよく聞くし、結果的に私の名前が引っかかって、そこからつながった例もある。特にNPOで運営している3法人の活動は多くの人に届いてほしい。また、この分野で「医療」「高等教育」の立場からアプローチしているのが札幌市から発表した稲生会の土畠智幸理事長と愛媛大学の苅田教授である。土畠理事長が主宰する「みらいつくり大学校」は学問の面白さを伝えようとの情熱が「楽しそう」な雰囲気となって伝わってくる。ハイデガー哲学をテーマにしている点も「素敵じゃないか」と思ってしまう。愛媛大学では「大学」という枠組みを利用しての学びの場の拡充にも自信をのぞかせたし、ここで学ぶ学生の「インクルーシブ度」が上がるのは間違いないだろう。

 

これら各地の取組をそれぞれの地位特性やつながる仲間によって形態はさまざまであり、何よりも障がい当事者のニーズを考えて形作られるのがこの分野の最大の特徴だから、画一的にはならない。そのならないそれぞれの「いいね」をつなぎ合わせることで、お互いが支えあいながら、時には補完しあいながら、重度障がい者の学びは作られるのだと思う。その中にあって、みんなの大学校は福祉サービスではく、ウエブでどこでもつながれる点を生かして、あらゆる重度障がい者の学びに対応していきたいと思う。ちょうど今日は私が西宮にいて学生が埼玉県にいてウエブを使っての遠隔で講義を行ったが、ほぼ口をかすかに動かして反応する学生は、私の講義で多用する4択質問に答えの選択肢を私が口にすると、彼は該当する答えに口を動かすしぐさで意思を示してくれる。それは、間違ったり、正解だったりするのだが、そのやりとりは、とても面白いし、教える側にとっても心が打ち震えるコミュニケーションである。

 

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執筆者紹介 引地達也(ひきちたつや)仙台市出身。みんなの大学校学長、博士(新聞学)、一般社団法人みんなの大学校代表理事、一般財団法人発達支援研究所客員研究員。

 

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Last updated  2020.11.25 00:11:51
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2020.11.18
カテゴリ:カテゴリ未分類

 障がい者と市民が学び合う場を「オープンキャンパス」と称した文部科学省の委託研究は、3か年事業の最後の今年、いよいよ残り2回となった。コロナ禍の中、リモート融合型の模索や集合型でのリスク回避など、事業開催の入口に気を取られ、肝心のカリキュラムに集中できないもどかしさもあったが、117日に浦和大学をメーン会場にしたウエブ型のチャレンジランキングは、体を使ったゲームの持つ場をコミュニティ化する力を感じた内容であった。ゲームの内容は知的障がいでも出来るシンプルなものばかりで、そのシンプルさが面白い。「ランキング」だから順位付けするのが基本だが、結果的に競い合うことになるから、その戦いが殺伐とした雰囲気にならないようにするのは、周囲の人の力量が必要。ゲームとしては、誰もが楽しめる工夫になってはいるが、それで錯覚してはいけない。誰もが、は理想ではなるが、ランク付けが嫌いな人もいるし、苦手な手作業もあるかもしれない、だから誰もが、を緩やかに考えながら運営には工夫がいる。

 

今回、出場したチームは就労移行支援事業所シャローム和光、みんなの大学校、浦和大学、新潟青陵大学の4チーム。ズーム会議システムを使っての交流は、参加者が増えるほどすべてを共有しながらの運営は困難になるからちょうどよいチーム数だ。種目は「3人制サイコロ同じ目出し」「豆30粒つまみ」「コップ積み」「紙ちぎりのばし」「ピンポンカップ」「カウンターチャレンジ」「サイコロ1出し」「閉眼片足立ち」「ターゲットボール」。どの種目を名前だけ聞けば何をやるかがわかるようなものばかりだが、重要なのは、ゲームで使われる道具が統一化されていること、ファシリテーターのルール説明を共有することである。「紙ちぎりのばし」はA4の紙を細く手で切って3人が交代で1枚の紙を「最も長くする」というもの。3人の個性が出るから笑い声も響く。これらのゲームの道具は紙コップや大きめのサイコロ、ピンポンボールやカウンターなどで、現在では100円均一のショップで購入できるものばかり。それでも規格の統一化が必要なので、参加チームには道具一式を各会場に送付した。

 

同じ道具で同じルールで、ファシリテーターの説明の上でスタートするゲームには、自然と緊張感が高まり、そして歓声が上がる。楽しむ、は適度の緊張があって、それに瞬間的に没頭することは、面白いことなのだ。ゲームはその枠組みを整えることで、誰が、というよりも誰もが公平に楽しめる素地が出来ることになる。しかし、説明に対しての理解のスピードは人それぞれだから、この対応への福祉事業所のスタッフの動きには刮目させられる。知的障がい者には、一度やって見せる、そしてやってもらう、それが合理的な説明である。福祉事業所で身に着けた職務上の所作は、サポート役として事業所を訪れた学生にとっても大きな学びになっただろう。当事者が理解する時間に、周囲の利用者は待つことになるが、周囲は練習したり戦略を練ればよいのだが、これらのゲームはシンプルなので戦略がなかなか練りにくい。そのために「知的の障がい」はあまり勝敗を左右しないし、戦略的にならないことは、小賢しくならないことでもあるから、それがいい。

 

そんな要素でチャレンジランキングが、障がい者と市民が学び合うのに適した内容であること、それがリモートでもある程度出来ることは分かったのだが、課題もある。やはり勝負をするには、審判が必要だが、その審判の基準があいまいだと、すっきりしない人も出てくる。障がい特性によっては、公平であることにこだわる人もいるだろう。障がい特性とは別にジャッジで「すっきりしない」ことが1つでもあれば、全体を受け入れられなくなるのは障がいとは関係ない。ゲームを遂行するにあたり、チーム内のコミュニケーションでもゲームへのモチベーションが違えば、意見の食い違いも出てくるだろう。それを調整する支援者やファシリテーターの力量も試される。今回はみんなの大学校が始めた「今、ここで」という同時間性の重要さを学ぶ、よい機会ではあるが、その本当の意味を知るまでには、まだまだチャレンジランキングを積み重ねていかなければならないと思う。次回の企画では、いろいろな事業所と交流していきたい。

 

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Last updated  2020.11.18 00:26:07
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2020.11.11
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 みんなの大学校は支援が必要な人に対する「高等」教育の提供をテーマにしているが、高等という言葉が難しく堅苦しい印象を与えているかもしれない。しかし、この「高等」とは自分の「学ぼう」との意欲が広がっていくことをイメージし、他から一方的に与えられるものではなく、自分で自然と「開いていく」ことを意味するものだと強調したい。高等の学びの入口は広く、そして柔らかいのである。例えば、みんなの大学校にとって、ゲームも学びの一環で、特にボードゲームはコミュニケーションツールとしても有効な学びの場となることは、これまでの学生とのゲーム交流でその効果は実感している。今後もゲームを通じた学びも推進したいと考え、さらに「生きづらさ」に対応するゲーム開発も活動の一つに位置付けている。その第一弾のイベントが125日、埼玉県三郷市のボードゲームカフェ「さいころテーブル」で行われる。

 

さいころテーブルの小野貴弘さんは元特別支援学校教員でやはり教育の現場でゲームの有効性を感じ入り、開業したという。店内にはずらりと海外オリジナルの商品が並び、色とりどりのゲームの箱の数々に心はそれだけでウキウキするから面白い。販売用の商品と、その場で楽しむための商品に分かれ、そのテーブルでゲームを楽しむのがボードゲームカフェ。このカフェで行われるイベントでは、みんなの大学校が「ボードゲーム」を学びのコンテンツに位置づけるために、私たちの仲間だけではなく、多くの新しい人たちと実際にゲームを行い、ゲームを楽しみ、その魅力を再発見し、そして広がる方法、活用のバリエーションにつなげる意図がある。そして、新しいゲーム開発のきっかけなど、多くの可能性を考えいこう、という欲深い企画である。ゲームを通じての仲間づくりと場づくりはきっとゲームを通じての新たな未来づくりにつながる、という希望を抱いての船出だから欲も広くなる。

 

この学びの広がりは、これまで私が福祉の分野でコミュニケーションを学びの中心にしてきたところからはじまっている。就労移行支援事業での訓練という言葉は画一的な行動を促してしまう傾向があり、時には通所者のストレスを再発させてしまうことから、支援ではなく、その人自身の「よくなりたい」「就職したい」という気持ちを行動につなげるためのキーワードを「学び」としたのだ。その学びで括られる世界は、運動もゲームも交流もレクレーションと広がり、「学び」を出発点にした時に、ストレスなく次のステップに行ける可能性は極めて高くなることが分かった。知的障がい、精神障がい、発達障がい等の障がい特性に限らず、世の中とのコミュニケーションに不安や苦手さ、不自由さを感じていた人ならば特に、「学び」の中での「ボードゲーム」の効果は大きい。自らの障がいが理解されなかったり、障がいによる不自由さで二次障害を引き起こしてしまう等で社会とのコミュニケーションに厭世的な感覚にいた人でもゲームの前では楽しく仲間を作れるのだ。

 

私はRPGと呼ばれるカードゲームに関しては全くの無知だったが、なかなか社会とは馴染まないものの、カードゲームの世界のみを信じ、その世界では広く社会とつながっている青年と出会い、青年から教えを受け知識を獲得した。その知識は、カードゲームを円滑に出来るまでとは言わないが、知ることで、その世界に興じる彼・彼女らをたくましい、と思ったのである。それは、社会に役に立たない、と言われてしまいがちな世界かもしれないが、そこには確実に人を思いやり、ゲームを成り立たせるためのルールと規範とモラル、そしてケアが存在している。その世界にゲームを知らない人が歩み寄れば、そのゲームの世界も社会の一部と感じ、ゲームの世界への肯定感は「ゲームだけで社会がつながれる」という可能性に心ときめくと思う。ここからならば、生身の人とのやりとりに不信感があるなどで「生きにくさ」を抱えている人が出ていけるのではないだろうか。そんなゲームを学びの中心に置くために、さいころテーブルのイベントは行われる、さらに来年にはみんなの大学校西宮校でも開催予定で、関西地区でもゲームと「学び」をつなげていきたいと思う。

 

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Last updated  2020.11.11 00:01:15
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2020.11.04
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 みんなの大学校のカリキュラムがスタートして1か月。ウエブ型で講義を進めていくと、この講義スタイル、そして対話が新しい様式には、いくつかの気遣いが必要なのだと気づいてくる。特に要支援者の方々の集合型学習とのハイブリット型には講師及びファシリテーターの新たな「力」も求められる。それは「誠実さ」である。ウエブ型の講義を成り立たせるのは、コミュニケーションにおける誠実な行為であり、その誠実な文化を育んでいるかが、日々社会に問われているのだと気付かされる。このリモートで「つながれる」社会の素養ともいうべき誠実の文化は、コミュニケーションの誠実なやりとりで構成されているのだが、最近目立つのが政治のコミュニケーションの誠実のなさだ。デジタル庁を設置し、リモートでの業務を拡大しようとする中にあって、より「誠実なコミュニケーション」が求められている自覚を持たなければリモートにおけるコミュニケーションの豊かな発展はないのだと思う。

 

 集合型の講義をオンラインでも視聴してもらうハイブリット型は、集合型に出席する受講者が発言し、それに対応する時に講師は目の前に集中しがちになり、ウエブ参加の受講者から発言が出た時にはそちらに集中し、目の前の受講者への対応が疎かになることがある。要支援者の集まりなので、受講者が常に「つながっている」という意識の中で進行するのが重要だから、目の前にいる人もウエブで参加の人も一緒に進行していることを共有しながら講義を進めるのは熟練の技がいる。集合型では、受講者が発言した場合に、マイクがその声を拾わずに共有できないケースが多いので、講師及びファシリテーターがその言葉を受け取り、再度全体に「その言葉」を示して進行することになる。再度示す際には多少言葉を要約することもあり、少し解釈を加えることもあるため、ここを間違うと大変だ。発言を代弁してもらった側は、間違った解釈や要約で自らの言葉を上塗りされたことへの不快感とともに、講師への「不誠実」を感じてしまうだろう。

 

 ここでの不誠実とは、相手が言いたいこと伝えたいことをくみ取らず、自分が発言しやすいものに置き換えるという、自分本位の考え方で当事者の思いから離れてしまうことである。一方の誠実の例は、言葉を代弁することの効果ともなる。当事者がなかなかまとまらずに発言していることを、的確にまとめ、発言に客観性と真実性が備わってくることで、発言者は安心と信頼を寄せることになる。これは熟練な技であると同時に、原資となる言葉に誠実に向き合っているかが問われる。言葉だけではなく、発言している様子や背景を深く洞察し、その人を受け入れようとする誠実な気持ちがあって成り立つ所業だ。この代弁された言葉がその場で共有され、共有された言葉は空間を超えてウエブ参加の受講者に届き、参加者の議論や発言を促して、その場全体が共有された空間として機能していくと、リモート機能におけるハイブリット型の講義が発展したことになるであろう。

 

 ハイブリット型の例を挙げたが、全員がウエブ参加の場合では1人しか発言できない、という特性があるから、その発言者の意見を時には意味付けの部分のみを介助しながら、誰もが話から取り残されないようにするのがユニバーサルなコミュニケーションの在り方であろう。そう考えると、ウエブ時代の誠実な文化をどのように発展させるかも重要な視点となる。現在、政治周辺で語られている「理由を説明しない」「記者会見をしない」のは、そのような誠実の文化からすると、正反対の行動になってしまう。すべては言葉から始まる。真実に誠実に説明すれば問題は案外と公の議論に委ねられ、社会の責任となってくる。公に言葉にしないことで、人は不信が芽生える。その不信はどんどんと成長し、関係の修復が難しくなってしまい修復不能な分断になってしまう。だから、新しい政府は、政策の考え方や決定のプロセスをどんどんと発言して言葉にして社会で共有してほしい。言葉になれば賛成もあれば反対があるのは当然だ。ここから市民の選択が始まるのが正常なコミュニケーション行為であり、リモート社会のコミュニケーションを安心させることにつながるのだと思う。

 

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Last updated  2020.11.04 00:53:06
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2020.10.28
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 10月にカリキュラムをスタートさせた「みんなの大学校」は東京都国分寺を本部として、各講師の先生にはそれぞれの研究室や自宅から講義を行ってもらっているが、私の講義は本部から行い、その際には近隣の学生も国分寺に通学している。国分寺には学生室があってそこには学生の机と椅子があり、そこでご飯を食べながら夕暮れまでおしゃべりに講じることもあるから、通学することも重要かもしれないと思いながら完全なウエブ型、ウエブと通学の融合型など、それぞれのニーズに合わせた学びを柔軟に追及していきたいと考えている。その柔軟な展開として11月にオープンするのが兵庫県西宮市の西宮校である。毎年お正月に「福男」を決めるので有名な西宮戎神社のすぐそばのキャンパスにはどんな可能性が広がっているだろうか。ここでは福祉サービスの就労移行支援事業のほか地域での交流事業など多岐にわたる支援事業とともに学びの可能性を実践しようと考えている。

 

西宮市は険しい山も水しぶきをあげる滝や川のせせらぎ、穏やかな海が小さな面積の市内にある不思議な都会である。私も一時期住んでいたこの町の顔は多様で、多様性の中で育っていきたいみんなの大学校を開設するには適した場所のはずだ。「障害者権利条約に明記されたインクルーシブ教育を実現する」などと声高に叫んでみても、現在「見える形」がないものに、多くの人は受け入れはしない。地域社会で福祉サービスでさえ拒絶するところがあるのを実感してきた私として、支援が必要な人への新しい学びが、要支援者の周辺の方々が受け入れることがわかっても、地域まるごと受け入れる場所はそう多くはない。ここが、支援が必要な方の「生きづらさ」につながってくるのだが、多くの地域は無自覚だから、まずは見せられるところから、受け入れられる場所で示していきたい、というのが現在のスタンスだ。その考えの中で、西宮は可能性のある地だとの見立てである。

 

この西宮キャンパス、そしてみんなの大学校を知ってもらおうと11月23日に開催するのが、今や有名になった発達障がい当事者の東京大学先端科学技術研究センターの綾屋紗月さんの講演会の公開視聴会だ。発達支援研究所(山本登志哉所長)が主催でみんなの大学校が協力する「発達障がいの先輩に子ども時代の話を聞いてみよう!」は「子どものころから周囲との違和感に苦しみ、自分を肯定できなかった綾屋先生。今は同じ経験を持つ人たちとともに、当事者の立場から発達障がいを見直し、当事者としてのこれからの生き方を語り合う<当事者研究>を進めています。そんな綾屋先生に子どものころからのお話をうかがいます」との企画である。「先輩」と明記しているのは、放課後等デイサービスに通う当事者をはじめとするその関係者を意識してのことだが、おそらく綾屋先生の話は、見方が面白いので、それは世代関係なくどの世代にも通じる内容になると思う。

 

ズーム会議を利用し参加無料で行われるこの講演会を西宮キャンパスで一緒に聞いて、その後西宮に集まった方々でお話合いしてみよう、というのが公開公聴会の流れである。ファシリテーターはみんなの大学校の私が担当する。綾屋先生とはこれまでシンポジウムや鼎談などでご一緒し、その著作にも親しんできたが、聴く度に新しい発見をしてきたし、また今度も、とワクワクする気持ちになる。当事者同士が混ざり合った時、そこに言葉が生まれて、その言葉の共感が「生きる」につながる、というのは綾屋先生の言葉から私が学んだことである。そんな新しい言葉の発見を西宮で行いたいとの思いをのせた第一回目のイベントである。新しい土地で新しい当事者と仲間、「えべっさん」近くのこのコミュニティが、この講演をきっかけにしてにぎわうことにわくわくしながら、参加者を待ちたいと思う。

 

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Last updated  2020.10.28 00:05:28
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2020.10.21
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 日本マス・コミュニケーション学会秋季大会が開催され、私はインド人神父でみんなの大学校でも「哲学」を担当いただいているアルン・デゾーサ先生と「アジア各国におけるメディア倫理の『普遍性』を考察する―意識調査により比較する『期待』『失望』の実態―」と題した共同発表を行った。メディア不信の現状を「倫理」から切り込み、私たちが語るメディア倫理なるものの普遍性をアジア各国と比較することで、浮き彫りにしようという研究である。考えてみればアジア地域の宗教的多様性は非常にカラフルで、多様な宗教がひしめくこの地域での報道と宗教の関係もやはりカラフルに特徴付けられるのではないかとの想像もしてみたが、結果は意外でもあり、当然でもあるような事実であった。それは、メディア倫理とはすなわり世俗化された倫理のことで、宗教とメディアはもはや隔絶された関係にあって、私にとっては、「倫理」を階層的に考えなければ対応できないことが鮮明になった。

 

この調査の前提には、メディア不信への対抗策としてメディア倫理の確立が急務であるとの認識がある。しかし「フェイクニュース」との表現が為政者からも市民からも取り交わされる状況に、再度「正しい」メディア行為の基礎となる「メディア倫理」の輪郭を把握することが、第一歩。基礎固め、である。メディアの根本的な「正しさ」が問われている中での普遍的な倫理観を示す前提として、アジア各国のメディア倫理の認識を整理するための意識調査を実施し、現代におけるメディア倫理の基礎となる各国の認識とその差異を示し、コロナ禍も踏まえた社会環境の変化の中での最適なメディア倫理の感覚と行動を見据えるための研究だ。倫理の研究となると、研究者の人格が問われそうだから、こちらも襟を正さなければならない。神父として神に仕え、一生を捧げ「高い宗教倫理観」の中で生活するアルンさんはその立場にふさわしいのだが、私の場合、日々の支援活動に高い倫理を求められている実感はあるものの、その確立はまだまだ道半ばで、求道者の立場である。

 

今回の調査対象国は日本、韓国、フィリピン、インド、インドネシア、スリランカ。当初は東ティモールやオーストラリア、タイなども加わっていたが、新型コロナウイルスの影響で情報交換がうまく機能せず調査実施が困難となり縮小した結果であるが、対象国の中でもすべて宗教状況が違う。明確な宗教の立脚点がない日本、東アジア最大のキリスト教国でもあり儒教も根強い韓国、アジア最大のカトリック国のフィリピン、ヒンドゥー教が大多数のインド、イスラム教のインドネシアと仏教のスリランカ。加えて政治状況も多様で、「戦争」を抱えている国がほとんど。北朝鮮と対峙する韓国や国内で反政府勢力との闘いを強いられているフィリピン、隣国との衝突のあるインド。喫緊な軍事的衝突の危険性が少ない点では日本は稀有な存在に見えてくる。それら危機の中にある国のメディア倫理と日本がイメージするメディア倫理との違いはあるのだろうかという政治状況もにらみながらの調査でもあった。

 

 概略は日本マス・コミュニケーション学会のホームページでも掲載しているが、結果の中で興味深かったのが、メディアのジャンルである「マスメディア」「広告などの企業」「ソーシャルメディア」「インターネットメディア」「刊行物」「政府の公的情報」から高い倫理観を求める順序を問うたところ、日本と韓国がまったく同じ優先順位で1位は「政府」だったのに対しインドとインドネシアの1位はソーシャルメディアだった。これは政府=公的なものへの倫理観の要求と、公的機関とは最も遠い市民が手にするソーシャルメディアへの要求という真逆の回答である。違った宗教背景を持つ国においてメディアは社会のコミュニケーションツールとして確実に一般社会に浸透し大きな影響を与えている状況であり、それは世界基準の中で広まっている。倫理観は各国で小さな違いはあっても、大きな枠組みでは似たよう状況であるのは、西洋型の倫理観がベースにある世俗化された国際基準に近づいているからだと思われる。しかし、ここには少し窮屈さを感じ始めている萌芽も見え始めている。この点はまた日を改めたい。

 

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Last updated  2020.10.21 01:39:41
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2020.10.14
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 101日から、みんなの大学校のカリキュラムが始まった。今年度は春季早々に新型コロナウイルスの影響で休校となり、講義をはじめとするカリキュラムはできず、ウエブ上でつながることを優先してきた。この「つながり」を優先することで生まれた「ウエブでつながる」のを基本としてみんなの大学校はコロナの中で準備を進め、講師の先生方、プログラムを提供してくださる事業所のみなさん、ボランティアで参加希望されているコーディネーターの支えもあって、スタートにこぎつけた。世界のどこからでもウエブでつながる学びである。同時にこれまでの学生が継続して通学することにしており、キャンパスは東京都国分寺に設置し、学生を受け入れている。そして11月からは兵庫県西宮市に西宮校をオープンする予定となった。

 

今学期初めの講義は昨年度から実施している名古屋市のNPO法人見晴台学園大学、新潟市のKINGOカレッジとの遠隔授業。コロナ禍の前から障がい者の学びにおいてインターネットを使った遠隔授業の適用を考え実践してきたプログラムである。これが社会の普通になった格好で、東京・国分寺市のみんなの大学校から新潟、名古屋とつながるとコロナ対策として部屋が複数に分かれていると思いきや、学生の人数がずいぶんと増えていた。今年度の入学生たちだ。秋に見る新入生は新鮮だ。次の日の講義は「哲学」で、インド人のアルン・デゾーサ先生による講義。なかなか日本では見ることのできないインドのショートフィルム等を題材に、人間という存在、人間の欲について、それを形として示してくれた。週の初めは私が担当とする講義「健康と生活」。健康に関する話題を取り上げ、適正な情報の入手と的確な情報の理解と、適切なコミュニケーションで交わることで、健康な生活を送ることを目指す趣向である。

 

1947年に採択された世界保健機関(WHO)憲章の前文には「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます」とある。肉体的が医学等、自然科学分野の領域だとすれば、精神的が自然科学と社会科学、社会的が社会科学であり、医学だけが健康を左右するものではないことがわかる。その社会科学分野での健康を模索するのがこの講義で、日々目にするニュースや情報を分析的に考え、客観的な見方を備えて、情報によって心が「不健康」にならずに、「健康な」ココロを持てるきっかけを作ろうというもの。その一回目の講義では、学生らに気になるニュースを聞いたところ、「トランプ大統領の傲慢さ」「相次ぐ子供への虐待」等、暗いネガティブなニュースが示される。

 

ニュースは暗いものなのかな?との感覚にもなってしまうのは、「学び」を難しいものと考えているのに近い。ニュースも楽しないもの、勉強も嫌なものと思い続けて時間が過ぎてしまうのは、感じることができる「楽しさ」から離れてしまうことになる。というのが、私の立場である。しかし、固定化された「難しい」「楽しくない」は心にこびりついてなかなか一掃するのは難しい。学びが楽しいと思えるような講義の工夫が今回も日々試される。今回の遠隔講義で、遠隔地で競う合う「ペットボトルダーツ」で楽しんでみた。歓声が上がり、やはりゲームというコンテンツは強い、クイズもグループごとに1つの答えを出してもらうことにしているから、合意形成の学びをしつつの「楽しさ」になればとの狙いもある。ともあれ、大事なのは私自身が楽しむこと、である。楽しくやっていると、楽しくなるものだと、講義が始まる前まで悩んでいる私は始まった直前はそんな境地で講義に臨んでいる。

 

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執筆者紹介 引地達也(ひきちたつや)仙台市出身。みんなの大学校学長、博士(新聞学)、一般社団法人みんなの大学校代表理事、ケアメディア推進プロジェクト代表・季刊「ケアメディア」編集長、一般財団法人発達支援研究所客員研究員。

 

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Last updated  2020.10.14 00:21:22
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2020.10.07
カテゴリ:カテゴリ未分類

 文部科学省の委託研究事業である市民と障がい者が学び合うオープンキャンパスは今春から新型コロナ禍の影響とにらみ合いをしながら、どのように「オープン」して混ざり合うかを考えてきたが、コロナ禍はおさまりそうもなく、結局は小さく集まり、ウエブで広くつながる、を基本方針に企画することになった。秋から始まるそれらオープンキャンパスを開催するにあたり、昨年までは障がい者施設の支援者に向けて、入所もしくは通所する障がい者が「新しいコミュニティに参加すること」を呼び掛け、生涯を通じた「学び」でつながる可能性を意気揚々と語っていたのだが、今年はその掛け声も封印されてしまった。ここで不利益を被るのは、集まることが出来なくなった障がい者たちである。ウエブ上でのつながりにすぐには変換できない障がい者の現実に対し、何とか克服できないか、を考えながら、今年の「集合と「リモート」のハイブリットな企画は始まる予定だ。

 

事業の正式名称は「特別支援学校高等部卒業生等を中心に対象とした若者の学びを展開するための学習プログラムの開発事業」で、分かりやすく「障がい者と市民が学びあうオープンキャンパス」と呼び掛けている。文部科学省の障害者生涯学習推進室主管で3か年事業中、今年が3年目。「市民と障がい者」の学び合いの集大成として、埼玉、長野、山梨各地の教育機関や事業所・団体と連携して実施予定の企画には「学び合い」を推進したいという地域の熱い思いも込められている。今年最初に行われるオープンキャンパスは、東京五輪の射撃種目の会場となっている埼玉県和光市での「五輪を知って楽しもう」(1017日午後2―4時、和光市中央公民館)だ。昨年度も五輪前年で開催した企画だが、五輪で訪れる外国人を快く迎え入れようと活動する「和光おもてなし隊」が来年開催を信じての活動の一環として五輪に関するゲームとクイズを楽しむ体感プログラムを予定している。

 

長野県松本市は障がい者の学びの機会を作っている「ぷろじぇくとギフト実行委員会」と協力し「『生きる』ってなんだろう。あなたの『生きる』をみんなで探そう」(1025日午前10午後2時半)をテーマに、松本市中央公民館Mウイングをメーン会場にウエブでの参加を広く募っている。内容はリトミック体操を松本市立病院の方々からレクチャーを受け、歌手の強力翔さん出演でサインシング『世界に一つだけの花』をつながった方々と身振りと共に一緒に歌う予定だ。山梨県笛吹市では、市民と障がい者の学びの場「オープンキャンパス+WEB inやまなし2020」(1128日午前10午後2時半)として、福祉型事業専攻科ユニバやまなしとともに、同事業所(山梨県笛吹市石和町駅前123)をメーン会場に実施。「チャレンジド・ヨガ」やピアノコーラスグループ、サームがナビゲーターを務める「声を出してメディアコミュニケーション」を行う。

 

さらにリモートで福祉事業所がチームとなって身近なものを使ってのゲームでランキングを競い合う企画は、浦和大学をメーン会場に、レクレーションが専門の片山昭義・浦和大学教授をナビゲーターに予定している。「チャレンジランキング!リモート参加でゲーム大会」(117日午前10午後2時)で用意しているゲームは「紙コップ積み」「ニチレクボール」「ペットボトルダーツ」等10種目。ゲームにはちょっとした道具が必要だが、順位付けを行うために、使用する道具は規格の統一が重要なため、主催者側から道具一式は送ることにしているため、参加チーム数は限定している。当初は福祉事業所を対象にしていたが、公民館や他大学のゼミ室からの参加表明、支援者からの見学申込がある。リモートでの学びの手法への関心からだと思われるが、そのつながりも大事にしたい。社会の変化に障がい者の学びが取り残されないためにも、オープンキャンパスの営みを今年度後半に多くの方の参加の上に成り立ち、来年度以降の「学び」につなげるための足跡を残したい。是非、この学びにご賛同・ご参加ください。

 

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Last updated  2020.10.07 00:02:46
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2020.09.30
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 9月の連休中、日本学術振会議主催の学術フォーラム「生きる意味-コロナ収束後の産学連携が目指す価値の創造-」が行われた。私がその言動に注目している社会学者、哲学者、宗教学者や技術者がコロナ時代に「生きる意味」という根源的なテーマで話すのに惹かれたのもあるが、「人文学」の重要性を国が認識し、政策として位置付けている中にあってのフォーラムはおそらく今後の「生きる」ための学問領域にも大きな影響を与えてくる、との予測と期待が先走った。フォーラムの主旨には明確に「第6期科学技術・イノベーション基本計画の中で人文科学に期待する動きが強まっている。そこで、今回は哲学を中心とした人文学の考えに、科学技術や産業界が関わる立場で議論することにし、その実行のために科学技術・イノベーション基本計画についても討論を行う」のであるから、期待は高まる。さて、技術偏重の「イノベーション」概念に人文学の考えが融合する時が来た、のだろうか。

 

 私自身、みんなの大学校の英語名を「Minnano College of Liberalarts」としているのは、1つは私自身が社会科学系の人間であり人文学の視点から教育を行っていくことが前提であること、もう一つが人文学の学びが障がい者や要支援者にとって「生きる」につながる知の領域だと考えるからである。しかしながら昨今の技術優位で生産性を絶対視する風潮は、要支援者を直接的に最短で就労させ、タックスペイヤーにすることを目的化し、そこには教養や教育が馴染まないもどかしさを感じていた。フォーラムでは、あいさつに立った同会議会長の山極壽一・京都大学総長が新型コロナウイルスによる価値観の転換を指摘したが、そのひとつに「人間の暮らし」を根本的に問う視点を示した。この視点に加えて哲学者の出口康夫・京都大学教授の力強く、鼓舞されるような言葉に出会う。それは人間は「できない」からこそ「弱く」「かけがえのない」存在であり、それが「人間の尊厳」であるとのコペルニクス的転回の考えだ。

 

 出口教授によると、AIが人間の知的能力を凌駕するシンギュラリティ(技術的特異点)により、生産現場で人間が失業してしまう世にあって、科学知ではない人文知としての人間は「できない」存在である。考えてみれば、われわれは一人では何もできない。私という1人は生きて身体行為を行う限り、「われわれ」によって支えられており、「できない」から「われわれ」に支えられているのが人間の本質、つまり人間の「かけがえなさ」の本質は、「できること」(capability)ではなく「できないこと」(incapability)であり、支えられること、である。これまで私たちは西洋哲学の代表的な人間観である機能主義的人間観からの脱却を意味する。これは人間を機能束(知性・感情・意志等)とみなし、「できるもの」前提に考えるもので、知性ではデカルトやカント、感情ではヒュームやハイデガー、意志ではショーペンハウアー、ニーチェが代表例だから、今まで基準としてきた価値観もリセットしなければならない苦悩を伴う。ここから私たちは新しい時代に希望を持って新しい価値を見出さなければならず、ここで活きてくるのが「希望」という学問だ。

 

希望学を提唱する玄田有史・東京大学教授は、希望とは「苦しさを乗り越えるプロセス」と話す。そこにはいろいろな取組があって笑えるような「おかしみ」が必要と説く。おかしみの反対を「かなしみ」だとすれば、希望とはおかしみの中に裏側の悲しさを乗り越えることだとも言えるかもしれない。加えて、人間関係のうち強い絆で結ばれた「ストロング・タイズ」と緩い関係である「ウィーク・タイズ」のどちらも重要とする。特にウィーク・タイズは緩い分、関係性が客観的なので、質問することで新しい発見ができる可能性が高い、という。さらに行動としてエンジニアリングとブリコラージュの2つも重要で、完璧なものを作り上げるのが前者だとすれば、後者は「今あるものでやりくりする」こと。こう考えると、希望とは笑い合いながら、お互いに質問などしながらコミュニケーションをし、今ある資源で学び、そして遊ぼうとする「みんなの大学校みたいじゃないか」と思えてくる。希望の中にある学校だから、それは当然かもしれないが、まだ始まったばかり。こんな時代だからこそ胸張って希望が語り合える学びを進めていきたい。

 

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2020.09.23
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 ウエブ社会は世界中どこでもつながれる点では「オープン」というイメージが先行するが、実は、ウエブ社会に参加するには条件が必要であり、その条件をクリアしなければ社会には入れない点からすると、非常に「クローズ」である。その条件とは、ウエブ社会にアクセスできる機器を確保していること、その機器の取り扱い方を知っている、ことである。文明社会は常にその文明が発明した道具を伴うコミュニティを象徴化して発展を一般の方々に印象付けてきた。言い方を変えれば、持つ者が先導し社会を形成し、持たざる者は取り残されるしかなかった。少し時代を遡ればモータリゼーション社会では、車を所有する者と所有しない者がいたものの、その格差を補うために、社会は公共交通機関を整備してきた。その整備とは肥大化した国鉄や高速道路公団に象徴されるような、政治の道具にもなってしまうのだが、基本的な考え方としては正当な流れであると思う。

 

 コロナ禍の中、ウエブ上で広く他者とつながる社会に等しくアクセスする権利を国民が行使するために、まずは「持つ者と持たざる者」の格差を埋める必要がある。情報弱者を作らないことを目標に活動している私としては、誰でも機器を持ち、通信する障害を除外し、その使用を確実にする、という一連の動きを保証するには、「メディアリテラシー」領域での教育を一体として考えなければいけないと思う。菅義偉・自民党新総裁が言う、新しい社会に向けての「自助・共助・公助」は、それそのものが分断化を促してしまうことが懸念される。分けると政策としても区別され、対応が分かれ、結局は持たざる者は取り残されてしまう。この構図を前提に社会を成り立たせてしまうと、自助できる人間が「メディアリテラシー」も欠如したままで、新しい仕組みを生み出すことが果たして私たちのユートピアであろうか。

 

菅義偉内閣で創設される「デジタル庁」なるものが、デジタルによる新しいコミュニケーション形態を念頭にし、国民の、国民による、国民のための新しいデジタルコミュニケーションを志向するならば大歓迎である。しかしながら、国民のために、は「情報弱者」にも目を向けているかに注目したい。国民や弱者など人に焦点を当てるどころか、拙速に最先端のデバイスに引っ張られる政策となることだけは避けてほしい。私の周辺にいる支援が必要な方、最近では高齢者も含め、デジタル社会から取り残され、厭世観を募らせてしまう人は巷間に溢れている。どんな人も他者から自己を承認してもらうことで、生きがいや働きがいが成立するから、相互理解の上に立つコミュニケーションとのセットでデジタル社会を描いていくのが前提だ。これは産業活動と教育、福祉も交えた議論になることが必然である。

 

 デジタルの産業と社会を福祉領域も含みつつ描く社会は共助の領域の中で社会形成を考え主導するのが政治の役割であろう。デジタル時計は秒数が60個刻まれ、1つの数字が分数に足される仕組みで、現在表示されている数字が「今」である。一方のアナログ時計は円周を指し示す短い針と長い針の組み合わせで今を示す。それは額面の形である。数字という記号と形という表象の2つにこの国を分断してはいけないと思う。数字を読めなければ、時間は分からない。そのような人は多く存在する。しかし、数字を読むことはできないが、時計の針で何を意味するかを理解する人は多くいる。この実態を知ってほしい。この現場を知れば、デジタル庁は、その役割の中でデジタルにおけるメディアリテラシーにも注目すべきだと気づくはずで、その切り口こそが情報弱者を生まないイノベーションにつながってくるのだと私は信じている。

 

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執筆者紹介 引地達也(ひきちたつや)仙台市出身。みんなの大学校学長、博士(新聞学)、一般社団法人みんなの大学校代表理事、ケアメディア推進プロジェクト代表・季刊「ケアメディア」編集長、一般財団法人発達支援研究所客員研究員。

 

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Last updated  2020.09.23 00:58:24
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