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キータンのひとりごと~昭和せつなく懐かしく

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キータン.

キータン.

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2007.11.07
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そう、女性がカセットテープを変えた。

エレクトーンの思い響きが店の中に漂った。
ギターのリズムを刻む音が聞こえると
絞るような歌声が聞こえた。

 ♪貴方の愛した 人の名前は 
  あの夏の日と共に 忘れたでしょう
  いつも言われた 二人の影には 愛がみえると
  忘れたつもりでも 思い出すのね 
  町で貴方に似た 人を見かけると
  ふりむいてしまう 悲しいけれど そこには愛は見えない
  これから淋しい秋です ときおり手紙を書きます
  涙で文字がにじんでいたなら わかって下さい

女性は何も言わずにグラスを傾けていた。
私も何も言わずに口ずさんでいた。

「これから淋しい秋です……」

女性がぽつりとつぶやいた。
「そうよ、秋なんだわね」
そして……女性は私の顔をじっと見つめていた。

「踊ろうか」
女性は微笑みながらカウンターから出てきた。
ドアに鍵をかけて照明を暗くした。

私の胸はときめいてきた。
女性は両手を出した。私はそっと握った。冷たかった。
音楽に合わせて女性は踊った。私はついていくだけだった。

女性が絡めた指を離して私の背中に持ってきた。
私も女性の肩を抱いた。
私の頭の中は真っ白だった。

女性のすすり泣く声がした。
私は何も言えなかった。女性の肩を強く抱くだけだった。

私の胸の中で女性は泣いていた。
私は、女性の泣くままに、ゆらりゆらりと身体を動かしていた。

どれくらい時間が過ぎただろうか。

 ♪これから淋しい秋です
  ときおり手紙を書きます
  涙で文字がにじんでいたなら
  わかって下さい
  涙で文字がにじんでいたなら
  わかって下さい

音楽は終わった。女性は私にしがみついたままだった。
私はどうしていいかわからなかった。

「ありがとう」

女性はささやくように言って俯いたまま身体を離した。
それから、慌てて照明を明るくして、ドアの鍵をはずした。

それを待っていたかのように、友人が姿を現した。

ただ、それだけのことだ。

私は、以来、なぜか、その店には行かなくなった。

女性は和服を着て店に出るようになったらしい。
手作りの肴を出すようになったらしい。
和風スナックとしてかなりはやりだしたらしい。

あの夜、女性は水商売に頑張っていこうと決心したのかもしれない。

あれから三十数年が過ぎた。町も変わった。店もなくなっている。
でも、秋になると、あの夜のダンスを、女性を思い出してしまう。

それは青春のつかのまのときめきといってもいいのかもしれない。
そう、今、取り戻そうとしても取り戻せない宝物だ。
失って人は、はじめて、そのもの、そのことの大切を知るらしい。(おわり)

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Last updated  2007.11.07 17:41:51
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