キータンのひとりごと～昭和せつなく懐かしく

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  キータンの立ち喰い蕎麦屋談義～１

  　　　　　　　「ああ蕎麦が喰いてえな」秋の空を眺めていて、私は突然に思った。蕎麦は「戴く」が普通だ。しかし「喰いてえ」と思った。そう、喰いたいと思った蕎麦は「立ち喰い蕎麦」だった。立ち喰い蕎麦は「戴く」よりも「喰う」が似合っている。東京から大分に戻って、なにが寂しいかと言ったらそう、寄席がない、大学ラグビーが見られないなど、いろいろあるけれど立ち喰い蕎麦を喰うことができないこともひとつだ。大分に戻って、ある日、私はふと気づいた。大分には立ち喰い蕎麦屋がねえんだ。それに気がついた時、頭がクラッとして、私はやるせなくなった。大分駅のホームにあるではないか。そう言う人がいる。違う。あれは大分の弁当屋がやっているうどん屋だ。そう、東京の立ち食い蕎麦屋とは全然違う類の店だ。東京の街角のあちらこちらに見かけるような立ち食い蕎麦屋が、大分にはない。立ち食い蕎麦屋の「見識」と「風格」が漂っている蕎麦屋が、大分にはない。それに気づくと、私はやけに立ち食い蕎麦が無性に喰いたくなった。「私、立ち食い蕎麦屋に入ったことがない」大分の女の人から言われたことがある。オットーー！立ち喰い蕎麦屋がどのようなものか知らない人がいる。うん、女性か、まあそうだろうよ。ふふふ、立ち食い蕎麦屋は女性が入れる店ではない。エッ、女性が入れない。どうして、どうして、教えて……。ふふふ、ゆっくりと教えやしよう。それでは、取りあえず、東京は新橋にある立ち食い蕎麦屋に入ってみよう。まず、店に入る前に、店の前でチケットを買う必要があるんだべえ。「かけ」「月見」「てんぷら」「きつね」「ざる」などと、頭名しか書かれていない。「うどん」とか「蕎麦」とかの文字は書かれていない。それにね、二百八十円、三百円とやけに安いことに驚く。販売機にお金を入れて、ボタンを押すと、コトンとチケットが落ちてくる。続いてお釣りというボタンを押すと、ザラザラとお釣りが出てくる。チケットとお釣りを忘れないようにとって、さあ、店に入ろう。暖簾をかき分けて入る。ドアはほとんどの店が開いている。夏はもちろん冬の寒い時でもドアは開いている。木枯らしがビュービューと吹いている時でもドアは開いている。開いているというよりも、ドアがない店もある。寒くないかって、寒いさ、ふふふ、寒いから蕎麦がおいしくなるんだべえ。暖房の効いた店での立ち食い蕎麦はおいしくねえのさ。寒さもひとつの味つけなんだからさ。オットーーート、さあ店の中に入りやしよう。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.13

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  朝のデパート

  　　　　　　　私は駅へゆっくりと歩いていた。電車の発車の時間まで十分な余裕があった。デパートの前を通りかかった。十時少し前だった。そう、開店前だ。それなのに人だかりができていた。ふふふ、私の好奇心がもたげてきた。開店瞬間のデパート、どのようなことが起きるのだろう。デパートの従業員、お客、みんな、どんな反応を見せるのだろう。九時五十五分、開店まで五分あった。正面の扉は開いていた。私は人混みを分けて中に入った。お客達はペチャクチャ話しながら待っていた。八階の催し物広場で「京都展」が開催されるようだ。それへの一番乗りを目指すお客達もいるようだ。お客達の顔は喜々としている。大人が子供に戻っている。デパートは好奇心を満たしてくれる場所だ。お客のはしゃぎ顔に反して、デパートの従業員の顔は無表情だ。それも背筋を伸ばして静かに佇んでいる。動かない。話さない。笑わない。はしゃぐお客達、沈黙の従業員、ふふふ、面白い光景だ。おお、エスカレーターが突然に動き始めた。それに続いて、十時の開店のオルゴールが鳴った。おおおおーおっ！従業員が微笑み始めた。おおおおーおっ！従業員が頭を深く下げた。おおおおーおっ！従業員が挨拶をし始めた。「おはようございます。いらっしゃいませ」「おはようございます。いらっしゃいませ」あちらこちらの売場で挨拶の言葉が響き渡っていた。おおおおーおっ！お客はそのような挨拶に関係なくガバーッと小走りにひたすら歩いていく。挨拶する従業員、小走りのお客……ふふふふ。このような光景が毎日あるのだろうな。ふふふふ、おっと、電車の時間が迫ってきた。ふふふふ、私は短い足を全速力にして駅に向かった。何か凄い風景を見た気がしていた。私の気持ちはなぜか満足していた。ああ。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.11

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  携帯電話～２

  　　　　　　　「携帯がつながらない……どうしてだろう」京都のお菓子屋の女将が携帯を耳にあてて困った顔を見せた。「すみません。ここは携帯がつながらないんです」店のおやじが申し訳なさそうに言った。「私の携帯もつながらないようだ。針が立っていないよ」和倉温泉の旅館のおやじさんも携帯を見ていた。店のおやじが部屋の隅の電話を指さした。「あちらに普通の電話がありますから、緊急の場合はどうぞお使い下さい」「いや、たまには携帯とは縁のない時間を過ごしたいものですよ」由布院の旅館の主が取り繕うように微笑んだ。みんな微笑んだ。そう、癒しのカリスマの集まりだった。携帯のベルの鳴らない静かなる宴は続いた。私はしみじみと思った。宴会とは食事とはこうしたものなんだ。昨夜の交流会、話がはずんでいると携帯があちらこちらで鳴って興ざめした。携帯電話が食事の興をそぎエゲツないものにしていた。いや違う。日本人が食事のマナーを忘れている。山奧の奧の店での宴、おいしい食事と静かな会話を楽しめた。「チリリントンシャンチリリンリン」静かさを破るやけに騒々しい携帯のベルが鳴った。私の携帯だった。私はあわててスイッチを切った。静けさが戻った。みんなが私を見つめた。私の携帯を見つめた。「初めてです。ここで携帯がつながったのは……」店のおやじが唖然とした顔で言った。「それって凄い電話ね。天国とつながるかもしれないわよ」女将さんが羨ましそうに微笑んだ。その頃、私の若い友人が突然に亡くなっていた。私の淋しくもせつない日々が続いていた。「天国とつながっているかもしれないわよ」女将さんのひとことが耳に残った。アイツから電話がかかってくるかもしれないと思った。以来、その携帯電話を大切にしている。そう、もう少しだけ持っていようと思う。季節は秋、空気が澄んでいる。天国の友人からの電話を、私は今日も待っている。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.11

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  携帯電話～１

  　　　　　　　「キータンの携帯電話、やけに古い、新しいのに買い替えたらどう？」私が携帯電話をしているところを見た友人から言われた。なるほど、私の携帯電話はかれこれ六年は使っている。大きい、重たい、充電がすぐに切れる。そうだろう。誰でも買い替えを勧めるだろう。私も、一時、買い替えようと思ってドコモショプに寄ったことがある。「だいぶ古いですね」店員はそう言いながら同機種の新製品を見せてくれた。薄い、軽い、充電もかなり長く持つ、多機能だ。買い替えようと決心しながら、四年前のできごとを思い出した。そう、四年前、私は岡山の山奧のそのまた山奧の村にいた。和倉温泉の旅館のおやじ、京都の老舗お菓子屋の女将、由布院の旅館のおやじなどそう、おもてなしのカリスマの人達が招待されての宴が催されていた。私は由布院の旅館のおやじさんに同行してお邪魔していた。山奥にひっそりと一軒の料理屋があった。頑固そうなおやじがひとりで経営していた。ふふふ、おもてなしのカリスマ達を驚かせるには十分の雰囲気を漂わせていた。旬の野菜サラダをこれでもかっという具合に盛って出してくれた。やけにアクの強い苦味のあるサラダだ。「苦い、苦すぎる」みな、顔をしかめていた。それが次第に和らいできた。「昔の野菜ってこういう味だったんだよな」「昔の元気を戴くような気持ちになってきたよ」「最近の野菜は弱った土で育ている。それでは野菜が元気に育たない。　この山奥の土は強いし、それになにより、風や水がいい。　野菜達を自由に勝手に伸びろと育てている」おやしさんはにやりと笑い奧へ引っ込んだ。五分後に、額に汗を浮かべて現れた。底の深い木の桶を運んできた。どかーんと机の上に置いた。素麺だ。毎日、こだわりの料理に囲まれているおもてなしのカリスマ達シンプルな中のこれまたシンプルな素麺に驚愕の声をあげた。「おいしい、麺になんともいえないコシがある」「つゆ、このダシは何だい」「野菜を食べた後の素麺、この組み合わせ、いいなあ」まずは、野菜と素麺が心地よいおもてなしをしてくれたようだ。おっとと、携帯電話の話したったんべえ。それは明日。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.10

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  やさしい光景

  　　　　　　　「待って下さい。少し歩道に近づけます」バスを一端停車させた運転手が慌てるように言った。私は一番前に座っていた。どうしたのだろう。私は運転手を見つめた。運転手はバックミラーを見ながらバスを歩道に近づけた。「お待たせしました。ごゆっくりお降り下さい」運転手はほっとしたように言った。私の前を犬が通りすぎた。ひとりのご婦人が後に付いてきた。そうか、盲導犬を連れたご婦人がいたんだ。「階段があります。ゆっくりと降りて下さい」運転手はご婦人の足下を見つめていた。「ありがとうございます」ご婦人はカードを通して降りようとした。犬もゆっくりと降りていた。ご婦人と犬、どうやら降りたようだ。「お待たせしました。発車します」運転手が明るい声で発車を告げた。私は歩道を見た。ご婦人と犬が颯爽と歩いていた。 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.08

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  修善寺温泉の奇跡～最終回

  　　　　　　　　 火災から一ヶ月が過ぎた頃、Ｎさんから手紙が届いた。手紙には、火災時の状況と、Ｎさんの想いが書かれていた。「今回は私も腹をくくりましたよ。　でも、いろいろなことが重なり、ほんの紙一重で助かりました。　まちの人たちが旅館を守れとガンガン放水して旅館を助けてくれた」そうだろうよな。火事に直面しているＮさんの姿が脳裏に浮かんだ。Ｎさんの手紙は続く。「隣の旅館と私の旅館の間に、　直径一メートル、高さ三十メートルの　ハンテンボクの大きな木が立っています。　その火元の側は真っ黒にこげて見る影もないのです。　我が家の方は若葉が青々と繁っているのです。　その木が私の旅館を守ってくれたのかもしれません。奇跡です。　その木の根本の周囲にお酒を撒きながら、　私は溢れる涙を止めることができませんでした」私も泣きたくなった。Ｎさんの想いが伝わってきた。「焼け落ちてしまった隣の旅館の姿……。　家にはそれぞれの歴史があり、そこに住む人の営みがあり、　ましてや旅館には訪れた人々の思い込みや想い出があります。　今だに放置された無惨な姿を見る度に、　哀しくやるせない気持ちに押しつぶされそうです」 そうだよな。Ｎさんのやりきれない気持ちに、私はためいきを吐くだけだった。隣の旅館は尾崎紅葉が好んでよく泊まっていた。夏目漱石が長期逗留したのがＮさんの旅館だ。明治時代の面影を残した建物とともに、紅葉の愛した風景も消えた。Ｎさんの手紙にはこのようなことも書かれていた。「それにつけても、人間のなんと残酷なことか。　旅館の焼け跡をバックにＶサインをして　記念写真をとっている観光客がいたのです。　ぶんなぐってやりたくなりましたよ。　でも、修善寺の仲間が、みんな心配してくれました。　みなさんに支えられているんだなぁ……。　仲間は本当にありがたいと思いました」今回の修禅寺の火事は、修善寺の数々の奇跡は、私たちにいろいろなことを教えてくれた。Ｎさんは修禅寺のみんなの助けに感謝をしている。そうなのだ。人生にはいろいろなことがある。でも、みんなが仲間がいるから生きていける。　仲間がいるから奇跡が起こったのかもしれない。Ｎさんの手紙を、私は静かに置いた。（終） 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.07

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  修善寺温泉の奇跡～６

  　　　　　　　「ああ、俺の旅館も駄目だろうな」火元の旅館が崩れ落ちるのを見ながら、Ｎさんはそう思った。そう思っていると、なんと……何本ものホースで消火作業していた隊員が、ホースの一部をＮさんの旅館へ向けた。そう、隊員たちが火元から周辺の家屋へも放水し始めた。火元の旅館は崩れ落ちた。次は、周辺の建物を守ろうということだ。周辺の旅館を守れ。魚屋を守れ。公営温泉場を守れ。隊員はどんどん放水し始めた。冷たい水が消防隊員の体にも降ってくる。Ｎさんにそれらを見つめている時間はなかった。Ｎさんは走った。他の旅館に泊まっている宿泊客を誘導するためだ。みゆき橋の傍にある町の総合会館が開られけた。千名以上の人を収容できるホールだ。修禅寺観光協会なども入っている町立の施設だ。そこに対策本部がつくられた。そこに避難場所がつくられた。火元の旅館や他の旅館の宿泊客を、Ｎさんはじめ旅館組合の人たちは誘導した。火災発生後二十分が過ぎていた。そして……一時間半後には、毛布の配布やご飯などの炊き出しを始めていた。 火は消し止められた。風がなかったのが幸いした。「あの夜に限って無風に近かったからね」Ｎさんが感慨深げに話してくれた。それで、周辺への類焼は免れた。月末ということで、ほとんどの旅館やホテルの人達、みなが修禅寺にいた。みんなで緊急事態に対応できた。消火したが対策本部は、以前、慌ただしかった。しかし、亡くなった方の情報は本部へ入っていなかった。「犠牲者いなくて良かった」Ｎさんはほっとした。ほっとしたが休む暇はなかった。それからが大変だった。火元の旅館に泊まっていたお客をそれぞれ分散して、近くの旅館へ案内をした。温泉へ入ってもらった。新しい浴衣に着替えてもらった。温かい朝食を食べてもらった。ゆっくりとくつろいでもらった。（つづく） 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.06

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  修善寺温泉の奇跡～５

  　　　　　　　修善寺温泉の旅館は木造建築が多い。類焼をまぬがれまい。周辺の旅館でも客の避難誘導が始まっていた。友人のＮさんの旅館には、九十六人の宿泊客がいた。午前三時が過ぎていた。静かだった。Ｎさんはなぜか起きていた。自宅で何をするともなくぼんやりしていた。ベルかサイレンか、なにかけたたましい音を聞いたような気がした。ジャンパーを羽織って外へ出た。　ベルの音はＮさんの旅館ではなかった。異変が起きているのはＮさんの旅館でないことはわかった。でも、ベルは確かに鳴っている。どこかで何かが起きていることは確かだ。ＮさんはＮさんの旅館へ走った。通用門まで来た。Ｎさんは開けるのももどかしく感じた。通用門を足で蹴破った。中へ入った。土足のままじゅうたんが敷き詰められた廊下を走った。桂川に架かる廊下の窓から、Ｎさんは隣の旅館の方を見た。煙が上がっていた。「隣の旅館が火事だ」Ｎさんがそう叫んだ瞬間、炎が高くあがった。Ｎさんは叫びながらフロントに走った。誰かが押したのだろう。館内放送がＮさんの旅館全体に鳴り響いた。女将さんが、従業員たちが駆けつけてきた。Ｎさんの旅館の中がやけに暗い。停電になったらしい。火事ということで、送電がストップされたらしい。いやいや、そういうことを考えている暇はない。宿泊客の安全だ。Ｎさんと従業員たちは手分けをして宿泊客をすばやく誘導した。そして……宿泊客の誘導を終えると、Ｎさんは火災現場へ戻ろうとした。消防署の隊員がＮさんの旅館の中へ走り入ってきた。廊下にホースを広げていった。すばやく繋げていった。Ｎさんの旅館の方向からも放水して消火に努めるということだろう。隊員が放水を開始した。火元の旅館の壁へ向かって多量の白濁した水がもの凄い勢いで飛んでいく。Ｎさんの旅館の廊下はすぐに水浸しになった。三月の未明だ。春とはいっても寒かった。しかし、Ｎさんは寒さを少しも感じなかった。放水をものとせずに炎は燃えあがっていた。炎が空へ突き刺さるかのようにより高くのぼった瞬間、火元の旅館の建物が激しい音をたてて崩れ落ちた。「ああ、俺の旅館も駄目だろうな」火元の旅館が崩れ落ちるのを見ながら、Ｎさんはそう思った。（つづく） 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.05

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  女の子とボール

  　　　　　　　帰宅途中、小学校の正門前で人がたむろしていた。ランドセルを背負った女の子がふたり、主婦らしき女性がふたり、悩んでいた。「どうしたのですか？」私は自転車を止めて尋ねた。「ボールが側溝に落ちたの。鉄の蓋がとれないの」ひとりの女の子が哀しそうに言った。「ボールがどこにあるかわからないのよね」三十過ぎの散歩の途中の女性が困惑した顔をみせた。側溝は網状の鉄蓋で四方をボルトで留めてられていた。それもかなり錆びついていた。私も両手で引っ張ってみた。「こりゃ駄目だわい」「ボールさん、大切にしていたんだけどな」女の子の声が涙声になる。「どうしたのですか？」大きな犬を連れた男性が通りかかった。私は事情を説明した。「ちょっと待って下さい」男性は戻っていった。家が近くのようだ。やがて男性は金属製の箱を持って戻ってきた。箱を開けるとねじ回しを取りだして鉄蓋を留めているボルトを外し始めた。「錆びついているから、なかなか……おっと開いたぞ」四ヶ所を外し、鉄蓋を開けた。ボールを探した。なかなか見つからない。男性は探した。「ボールがないよ。どこから入ったのかい」網状の鉄蓋だ。ボールが入れるすき間はない。「ころころと転がって入ったの」女の子は転がる真似をした。「あった！」男性が声をあげた。男性が取り上げようとした。「ボールさんだ。ありがとう」女の子の顔が明るくなった。男性が掲げたボール、それはビー玉のような小さなゴムまりだった。女性と男性と私は呆れた顔をした。「どうもありがとうございました」ふたりの女の子はお辞儀をして歩いていった。大人が四人、ボケーッと佇んでいた。路地裏には秋の夕陽がつくる四つの長い影があった。ああ。 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.04

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  修善寺温泉の奇跡～４

  　　昔の修善寺温泉街　　私の友人に消防士がいる。彼が語ってくれたことがある。「消防士は最後まで助けることを諦めないんだ。　消防士が諦めた瞬間に救助を求めている人は死ぬということだ。　だから、消防士はどんなことをしてでも助けようと努力し続けるんだ」そして、彼はぽつりと言った。「そのために、亡くなった仲間が少なくない。　消防士、せつなくてせつなくて、でも誇りに思える仕事さ」客は全員、避難場所へ無事に避難することができた。そう思って、旅館の女将さんはじめ従業員はほっとした。再確認した。ひとり足らなかった。老人客が部屋に残っているらしい。女将、従業員の顔に不安感が漂った。消防署の隊員達の救助作業は続いていた。旅館の三階の部屋に、逃げ遅れた老人がいるらしい。隊員に情報がもたされた。三階の様子を探らなければならない。階下からは、炎と煙が押し寄せていた。建物の中へ入るのは危険な状態になっていた。　それになにより、その余裕はない。隊員は決心した。老人がいるであろう部屋の窓にはしごを掛けて素早く駈け上った。窓が木の格子枠で頑丈に覆われていた。隊員が揺さぶるがはずれない。中へ入ることができなかった。「駄目だ。窓を開けることができない」隊員は叫びながら部屋の中を覗いた。煙が部屋に充満していた。老人が倒れていた。はしごにいる隊員の叫び声を聞いた別の隊員が下からハンマー手渡した。救助隊員は受け取るとハンマーで格子枠を強く叩いた。叩いて叩いた。無我夢中で叩いた。バシッ、鈍い音がした。格子枠が壊れた。隊員はハンマーを落とすと窓を開け中へ入った。気絶していた老人を抱えた。煙をよけながら窓の外へ出た。救助隊員は、はしごを滑るかのように落ちた。瞬間、旅館の建物全体を炎が覆った。老人は軽いやけどをしたが奇跡的に助かった。木造建築だから有毒ガスを発生しなかった。それが、幸いした。（つづく） 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.03

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  家族でラーメン、おいしい！

  　　　　　　　日曜日、オペラを観賞にオアシスホールに行った。午後一時がホールの開場だった。私は、早めに行き、ホール近くのラーメン屋に入った。「いらっしゃい」お婆さんが笑顔で迎えてくれた。小学校六年生ぐらいの男の子が空の器をカウンターの中に運んでいた。お母さんらしき女性が器を洗いながら勘定をしていた。「ラーメン大盛りで一杯」と私は頼んだ。「細麺にしますか、太麺にしますか」とお婆さんが微笑んだ。「太麺でお願いします」「ハイッ、太麺、大盛り一丁」「アイヨ」カウンターの中でオヤジさんが答える。男の子は一生懸命器を下げている。お婆ちゃんは男の子を心配げに見ていた。「アイヨ、太麺、大盛り、できたよ」オヤジさんがカウンターの上にラーメンを置いた。お婆さんは、それを受け取ると、私のテーブルまで運んできた。「ごゆっくりと、どうぞ」と、お婆さんは丁寧に置きながら言った。「俺、遊びに行ってくる。二時間働いた、バイト代をつけといてよ」男の子は帽子を被ると表に出て行った。ふふふ、男の子は日曜日の忙しい時に働いていたらしい。お婆さんが注文を聞いて器を運ぶ。オヤジさんがラーメンをつくる。お母さんが器を洗いながら勘定を受け取る。そして……男の子が、時々、器の引き下げを手伝っている。家族全員でラーメンをつくっている。家族全員が元気で頑張っている。私の気持ちはゆたかになりラーメンがよりおいしくなった。 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.02

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  修善寺温泉の奇跡～３

  　　　　　　　災いとは突然に起こる。だから、人は絶望に陥る。しかし、災いを前にして佇んでいては何も解決しない。旅館は満室だった。百人もの客が泊まっていた。春が近い穏やかな夜、客もスタッフもみな穏やかな眠りについていた。朝の未明、本館一階にある厨房から火の手が上がった。旅館のフロントには、ひとりの男がいた。「ナイトフロント」と呼ばれるガードマンだ。修善寺温泉の旅館やホテルには、寝ないで警備にあたるガードマンがいた。火事に気がついたガードマンは、すぐにふたつのボタンを押した。ひとつのボタンは、「火災発生」を消防署に伝えた。もうひとつのボタンは、全客室の電話をけたたましく鳴らせた。「火災が発生しました。非常口から早急に逃げて下さい」火事に気がついた従業員は宿泊客へ叫び伝えた。修善寺温泉の温泉街の中を、桂川が流れている。自然ゆたかな川らしい川だ。旅館はその川沿いの左岸に建てられていた。川を隔てた旅館の対岸には従業員の寮があった。渡月橋という橋で川をすぐに渡ることができた。女将さんが駆けつけた。板前や仲居が駆けつけた。女将さんや二十人ほどの従業員が、各部屋のドアを激しく叩いた。強引にドアを開けた。「火事です。そのまま逃げて下さい。私たちの誘導に従って下さい」女将さんが叫んだ。従業員が叫んだ。煙が流れてきた。煙りがどこからか不気味に押し寄せて来た。その中を、客は従業員の誘導に従って階段を廊下を駈けた。やがて、客は全員、避難場所へ無事に避難することができた。いや、全員でなかった。ひとりの老人が部屋に残っていた。女将、従業員の顔に不安感が漂った。消防署の隊員達の救助作業は続いていた。（つづく） 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.10.01

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  修善寺温泉の奇跡～２

  　　　　　　　平成十五年、修善寺寒桜が咲き終わり春近しを感じる三月三十一日の朝のことだ。私は何気なくテレビを見ていた。火事のニュースが報じられていた。どこかで火事が起きたようだ。修善寺だ。修善寺温泉だ。修善寺温泉で、今朝未明に火事が発生したらしい。桂川の辺にある旅館の厨房あたりから火事が発生したらしい。私が泊まったことのある宿は、火元の旅館の隣りにあった。私が泊まったというより、友人のＮさんが経営している旅館だ。火元の旅館は確か木造の三階建てだったはずだ。Ｎさんの旅館も木造建築だ。修善寺温泉は木造建築の旅館がほとんどだ。木造建築が修善寺温泉らしい情緒を醸し出していた。木造建築は類焼しやすい。三月、空気も乾燥しているだろう。私は嫌な感触を覚えながらテレビの画面に見入った。「Ｎさんの旅館は大丈夫なのだろうか」テレビのアナウンサーは火事があったことだけを報じていた。画面には、伊豆半島の地図と修禅寺温泉の文字だけが映っていた。具体的な情報を知ることはできなかった。夕方の新聞に小さな記事が掲載されていた。火事はどうやら火元の旅館一軒だけで消し止められたらしい。八人程度の軽傷者のみで、亡くなられた方はいないようだ。Ｎさんの旅館は類焼を免れたらしい。そのことだけを、私は知って少しほっとした。類焼を免れたといっても、今は、後始末などで慌ただしいことだろう。私はＮさんに連絡をとることを控えた。修善寺のＹさんから電話が入ってきた。Ｙさんも、私の友人だ。「Ｎちゃんも、お客さんを避難させながら、自分の旅館も焼けると諦めたらしい。なにしろＮちゃんの旅館はすべてが木造建築だからね。でもね、なんとか旅館の建物は焼けずに残った。しかし、ガラスは割れるし、絨毯は水浸しだし、なにかてんやわんやだった」そうだろう。私は唸ってしまった。あの温厚なＮさんが必死の形相になって宿泊客を誘導している光景を思った。　そして……時の積み重ねが育んだきた修善寺の旅館の重厚な建物が、炎に包まれ崩れ落ちる光景を思い浮かべた。私の気持ちは暗鬱になっていた。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.30

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  やさしい光景

  　　　　　　　「それでは発車します」バスの運転手は言いかけて何かを思い出した顔をした。私は一番前の席に座っていた。運転手は運転手の背後の席を覗いた。やはりという顔をした。運転手は立ち上がって席に近寄った。小学生の男の子がぐっすりと眠っていた。「ボク、ボク、起きるんだよ」男の子はなかなか眼を覚まさない。熟睡という言葉がある。うん、男の子は熟睡していた。久し振りの熟睡を見て、私は感動していた。運転手さんは身体を揺さぶって男の子を起こした。男の子は眼をさましたのか、身体を起こした。「ボク、ボクはここで降りるんじゃなかったのかな」男の子は手で眼をこすった。まだぼけているようだ。窓の外をじっと見つめた。「アッ」「そうだろう。いつもここで降りていたものな」男の子はランドセルを慌てて背負った。ランドセルの横に点けていた定期券を運転手さんに見せた。「寝過ごしたら大変だから、家に帰ってから眠るんだよ」運転手さんはやさしく諭していた。男の子は照れたように微笑んでバスから降りた。「失礼しました。それでは発車します」バスはゆっくりと走り始めた。歳のせいか、こんなやさしい光景を見ると、私はとても嬉しくなる。嬉しくなって、涙もろくなる。季節は秋。ああ。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.29

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  修善寺温泉の奇跡～１

  　　　　　　　修善寺、なんと懐かしくも心にやさしく響く地名だろう。「修禅寺物語」「修禅寺寒桜」など、修善寺という地名だけでいろいろなことを思い浮かべることができる。修善寺にあるお寺は修禅寺と呼ばれる。修禅寺、修善寺？修禅寺は、弘法大師が開基した時は、地名の桂谷から桂谷山寺と呼ばれていた。鎌倉初期に寺名が修禅寺と名付けられた。地名も修禅寺と呼ばれていた。室町後期に寺名を修禅寺、地名を修善寺として区別するようになったらしい。自然豊かなに歴史ある温泉情緒溢れる伊豆最古ともいわれ温泉場。弘法大師が温泉を湧出してから千二百年という時が流れている。その時のうつろひが育んだゆたかな温泉場、それが修善寺温泉だ。古来、夏目漱石、川端康成など多くの文人から愛された町、それが修善寺であり、修善寺温泉の旅館だ。そうそう、修善寺には、私の友人が多くいる。大分と修禅寺、なぜ？……それを話せば長くなるから省く。修善寺寒桜を縁に、修善寺の多くの人たちと、知り合いになれた。そう、それだけは言っておこう。そして……私は、四度も、修善寺を訪れた。修善寺の人たちと楽しく愉快に語り遊ぶことができた。修善寺の達磨山から見る駿河湾の向こうに見る富士山が日本一の美しいらしい。らしい……「雨男」の私、達磨山からの富士山を見ていない。台風だった。曇りだった。雪模様だった。富士山が見えなかった。「富士山が見えないということは、また修善寺においでということさ」修善寺の人は慰めてくれる。うん、また修善寺に行かなくてはいけない。その修善寺で、修善寺温泉で、平成十五年の三月になんと火災が発生した。 四年という年月が流れた。あの時の修善寺の人達の対応の素晴らしさは今でも語り継がれている。ひとりの犠牲者を出さなかった。ひとつの苦情もなかった。一軒の旅館の火事ではなく、修善寺温泉全体として、みんなで懸命に奔走した。「修善寺の奇跡」と言ってもいいだろう。そのことについて、ゆるりと思い出しながら語ってみたい。（つづく） 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.28

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  田舎のおばあちゃん

  　　　　　　　「足も悪い。腰も悪い。残った口ぐらい使わんとな」数年前の秋、大分県のお隣の宮崎県の田舎に行った。旧家の庭を使って、ちょっとした『まちづくりのフォーラム』が催されていた。その中で、おばあちゃんが突然にそう言い放った。会場に爆笑が起こった。おばさんといってもただのおばあちゃんではない。今でも、焼き畑農業をやっているおばあちゃんだ。焼き畑農業はかなりの体力がいる。それなのに、おばあちゃんはおじいちゃんと続けている。タフなおばあちゃんだ。「最近、テレビや新聞社のアナウンサーや記者の人が大勢やって来る。　ひとつのテレビに出たら別のテレビ局の人が来る。　焼き畑のこと話したってすぐに終わるわな。　私の知っていることといったら、こん村んことしかない。　それを話したら、また違う新聞社の記者が来た。　そして今日はなんか喋ってくれって言われた。　こんな高いところじゃ、照れくさいわな」照れくさい……そう、おばあちゃん、少々恥ずかしそうに話している。他のパネラーはフォーラム慣れというかあたりさわりのないことを話す。おばあちゃんは違う。司会者の質問に関係なく、おばあちゃん自身のことを方言交じりで話す。「この村の今後のあり方というか目指す方向について話して下さい」おっと、ちょっと難しいテーマだ。おばあちゃんは司会者を見ない。おばあちゃんは聴衆の方へ笑いかけて話し始めた。「そげえ難しいことを言われても、私にはわからんわな。　ただ、この村に生えている草にはおいしいものがいっぱいある。　天ぷらにちょっとしたら、とてもおいしんよ。　この村で採れるものは、野菜でんアワでん蕎麦でん木の芽でん草でん何でんおいしい。　ただ、それをつくる人たちが減っている。　その料理の方法を伝えていかんといけんのにな」おっと、おばあちゃん、司会者の問いにちゃんと答えているではないか。司会者が唖然とおばあちゃんを見つめていた。おばあちゃんは平然と聴衆に向かって微笑み続けていた。これが田舎のおばあちゃんなんだよな。ああ。　その日の夜、野草の天ぷらと、どぶろくで歓待された。今年も秋が来た。なぜか思い出すお婆ちゃんの笑顔。ああ。

  2007.09.27

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  心わびて

  　　　　　　　♪なじかは知らねど心わびて　昔の伝説（つたえ）はそぞろ身にしむ　寥しく（さびしく）暮れゆくラインの流れ　入日（いりひ）に山々あかく栄ゆる（はゆる）ハイネの詩『ローレライ』の中の一節である。この節は、誰でも一度は口ずさんだことがあるだろう。夕方、陽が静かに沈んでいく。なんともやりきれない気持ちになる。そういう時……「なじかは知らねど、心わびて」と、ドイツ人はなるらしい。「なじかは知らねど、心わびて」それをメランコリーというそうだ。ドイツ人特有なものとはいえないまでも、ドイツ人によく見られる傾向と言ってもいいらしい。イタリア人は、マンジャーレ、カンターレ、アモーレと言われるように喰って、唄って、愛してと日々を楽しんでいる。フランス人は、華やかなレストランなどで豪華な食事や音楽を楽しむ。しかし、メランコリーだからといって、ドイツ人が暗いのではない。ドイツ人のメランコリーが「哲学」を生んだといってもいい。「またまた、キータンの怪しい憶測だね」そういう人がいるかもしれない。言わば言え、私の憶測は続く。二十年前、私はドイツの夕暮れの風景を見たことがある。ひとり旅、四十になったばかりの私はバスでドイツの小さな田舎の町に着いた。小高い丘に登った。広大な平野に紫に染まった靄が漂っていた。薄く靄った西空が茜色に揺れていた。鳥のさえずりもなく、風もなく、静かな時が過ぎていた。そして……私はいつのまにか「心わびて」いた。心わびてどうなったったかって……。せつなくなった。胸が痛くなった。泣きたくなった。誰を思ってもいなかった。何を思ってもいなかった。ただ、黄昏の風景の中にひとりだけ、そう、ひとり「心わびて」いた。はじめての海外ひとり旅、三十日間の旅の途中、確かに「心わびて」、そしてひとり自分の人生を振り返っていた。「生きる」ということは、どのような意味があるのだろう。私はこれからどのような人生を生きていくのだろう。そう、私はなじかは知らねど「哲学者」になっていた。ああ。エッ、それからどうだって……う～ん、ただの人に戻っていたね。そして、今、欺瞞と怠惰に満ちた日々を生きている。ああ。 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.26

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  アマルコルド

  　　　　　　　三連休、何をしようかと考えた。まだまだ暑いだろうな。観光地は人でごったがえすだろうな。遠くへ行くことを控えた。近場で過ごすのが一番だ。うん、映画鑑賞だ。研究室近くのある「ところ」を目指した。エッ、どんな「ところ」だって尋ねるのかい。そうだね。とても楽しい「ところ」と答えるしかないだろう。大きなスクリーンがある。部屋が真っ暗になる「ところ」だ。みんなで映画を見て、お菓子を食べながら感想を述べ合う。酒を呑むことなく話し合うだけだ。そこがちょっぴりセツナイ。今回は、あのイタリアの巨匠「フェデリコ・フェリーニ」特集だ。金曜日から日曜日の三日間、七本のフェデリコ作品を、みんなで見ようということだ。フェデリコ作品、暗い、難解、長いというイメージ、私はずっと抱いていた。金曜日、土曜日はパスして、日曜日に恐る恐る出かけた。何度出かけても何らかしら緊張させられる「ところ」だ。なぜだって……ふふふ、大人の隠れ家とは緊張とやすらぎが常に入り混ざる。そんな「ところ」だから、子供の頃に戻ってドキドキする。そのドキドキを感じたいがために、大人になれないみんなが集まるのだろう。「昨日は疲れたわな」「腰が痛うなったな」「全然わからんかったな」おっと、「ところ」に入ると、みんなが昨日の映画の感想を言い合っていた。『甘い生活』『魂のジュリエッタ』『サテュリコン』、この三本を見たらしい。昼の一時から夜の九時近くまで、みんなで見たらしい。寝ころんだり、腰あてなど、みんなそれぞれに工夫して見たらしい。きつくても見る、わからなくても見る、気分が乗らなくても見る。そう、何があろうと見続ける。お菓子をポリポリと食べながら見続ける。するとね……映画とはいろいろなことを教えてくれる。その日、私は『フェリーニのローマ』『フェリーニのアマルコルド』を見た。うん、わからなかった。うん、悩んだね。ただね、『アマルコルド』、綿毛が飛び舞う田舎の風景がやさしかったなあ。フェリーニの憧れが少しわかったような気がした。そしてね、イタリア女性の大きなお乳とお尻が眼の前にちらついた。それは、イタリアの男の子にとっては憧れのようだが、私は怖い夢を見てしまいそうな気がした。うん、ほどほどのオッパイとほどほどのオケツ、私の憧れだ。映画を見終わって「ところ」を出た。昼の暑さは少し和らいでいた。家路をとぼとぼと辿りながら夜空を見上げた。おぼろな半月がぽっかりと浮かんでいた。半月……おぼろだっがために、私にはオッパイにオケツに思えた。ああ、危ない、ヤバイ、何という妄想を……。隠れ家のような「ところ」で過ごしたひとときが、私を幼い頃に戻してくれた。先年、『アマルコルド』が好きだったバーのマスターが亡くなった。マスターのメニューには「アマルコルド」というマスター考案のカクテルがあった。マスターのつくった「アマルコルド」を呑みながらマスターと映画談義をゆっくりとしたかった……できない。アマルコルド、「私は覚えている」という意味らしい。「遠い日の想い出の風景」ということだろう。遠く過ぎ去った昔の風景の中に、自分を戻してみるのもいいのかもしれない。季節は秋。 人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.25

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  帝國ホテルの人々～最終回

  　　　　　　　帝國ホテルの人々の話を語るときに、犬丸徹三総支配人の話を抜きにしてはならない。そう、社長ではなく総支配人という肩書きがふさわしい。犬丸さんの話も多く語られている。何を書いたらいいだろう。うん、ここで帝国ホテルの話の最後に、このような話でどうだろうか。帝國ホテルの女子客室係をしていた女性が書いた本を読んだことがある。第一期生として帝国ホテルに入社した明治生まれの竹谷さんの想い出話だ。竹谷さんは平成九年亡くなられるまで、多くの後進のホテルマン達の指導に尽くされた。そう、この話で第一話に書いたエリザベス女王の接客をされた女性だ。竹谷さんの話で印象に残ったのは、日本が敗戦した日の帝國ホテルのことだ。天皇陛下の終戦の放送のあった前の日のことだった。重光葵さんは帝國ホテルで仕事するために泊まっていた。その日、重光葵さんが出かける時に竹谷さんにぽつりと言った。「明日は、あなたに嫌なことを聞かせなくてはならない」嫌なこと、竹谷さんはすぐにそのことを忘れていた。八月十五日、帝國ホテルのホテルマン達はロビーに集合させられた。玉音放送……日本が負けたことを知らされた。戦争に敗けた。悔しかった。むなしかった。これから日本はどうなるのか。これから帝國ホテルはどうなるのか。どうすればいいのか、竹谷さんはじめホテルマン達は途方に暮れていた。犬丸総支配人はホテルマン達にせつせつと語った。「日本は戦争に敗けた。しかし、負けたという事実を率直に受け入れ、　どんな事態になっても、日本人として毅然とした態度で行動するようにして欲しい」竹谷さんは犬丸さんの話を聞きながらしっかりしなければと思った。犬丸さんの話が終わると、竹谷さんは仕事場にすぐに戻った。そう、竹谷さんの担当の部屋の掃除を始めた。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　その話を聞いて、私は思った。帝國ホテルのホテルマン達にとって、どんなことが起きてもまずは何をすべきか毅然と判断をして自信を持って行動をする。その想いが、帝國ホテルのホテルマン達にはいつもあるのだろう。そのホテルマン達の想いが、帝國ホテルを支えているのだろう。そして……日本のホテルの礎となってきたということだろう。さて、ここまで帝國ホテルのことを書いてきて、私はふと思った。今度、東京へ、帝國ホテルに行った時、私はどこへ行くべきか。そうだ、もちろん、帝國ホテルだ。今までの話のひとつひとつを思い出しながら、おそらく緊張して、右足と右手が一緒に出て、それこそヨレヨレと歩くことだろう。ああ。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.24

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  帝國ホテルの人々～８

  　　　　　　　東京都内のホテルは、八月になると、お客が減る傾向にある。夏休みやお盆ということで、都会より地方へと人が移動するためだ。そこでホテルでは、普段にないサービスを見せてくれる。私がいた頃、帝國ホテルでもひとつのサービスを始めた。八月の一ヶ月間のみ、レストランで格安でビールが飲めるらしい。三千円で五品、つまりビール三杯、おつまみ二品、計五つのものを頼める。そう、ビール四杯、おつまみ一品でもよい。安く呑めるということよりも、帝國ホテルで気軽に食事ができる。友人達とよく通った。夕暮れ、帝國ホテルにいそいそと呑みに行った。大分から出張してきた友人らを誘ってもよく出かけた。「帝國ホテルで生ビールをちょっと呑まないか」ふふふ、田舎ん坊の友人らのヒビルことといったら……嬉しかったね。ある夕方、仲間四人で帝國ホテルに行った。若いスタッフが入り口にいて席まで丁寧に案内してくれた。田舎ん坊をわざわざ案内してくれる。さすが帝國ホテルだ。オヤッ、いつもは窓際に案内してくれるのに、中央の端の席に案内された。見晴らしがちょっと悪い。しかし、静かに話ができる。文句はない。ビールが呑める。おいしいおつまみを戴ける。私達は盛り上がった。ゲエッ、ビールが次から次へと運ばれてくる。みんないつも通り、ビール三杯、おつまみ二品を注文したはずだ。私はビール五杯になっていた。他の友人も運ばれるままに呑んでいた。「おいおい、絶対にオーバーしているぜ。追加を請求されるぜ」私達はオドオドしながら、追加のビールをまた運んできたスタッフに尋ねた。「ビール三杯、おつまみ二品を頼んだのです。、　でも、それ以上のビールがどんどん運ばれてくるんだけれど……」スタッフは赤い顔をして、頭を下げて引っ込んでしまった。「おいおい、どうなるんだべえ、追加は正規の価格なんて言われるかな」四人、不安げな顔になっていた。でも、ビールはしっかりと呑んでいた。ああ。背広を着た紳士然とした男性が現れた。「私どもがどうも勘違いをしましたようでご迷惑をかけました。　当ホテルでは五時以降、仕事のない我が社の社員は　このレストランでミーティングしても良いことになっているのです。　その際、ビールは飲み放題となっているのです」男性はやはらかな物腰で言った。ホテルのレストランでミーティング、ビール飲み放題、さすが帝國ホテルだわいと、私は思った。「そこで、スタッフがお客さまをホテルの社員と勘違いして　中央端の席へ案内して、ビールを次から次へとお出ししたようなのです。 不快な思いをされたようで、本当に失礼しました」次から次へとビールを出してくれた。不快ではないですよ、そう失礼ではないが、問題はひとつある。「追加分の請求はどれくらいになるのですか？」私は本音を言った。うん、男性の次の言葉に、私は感動して手を握りたくなった。「追加などとんでもございません。　それよりもご迷惑でなければ、後一杯差し上げてもよろしいですか」うんにゃ、ご迷惑ではないですよ。ではもう一杯ね。「オレの品の良さが帝國ホテルの社員と勘違いさせたんだべえ」「違うよ、オレの服装の着こなしが勘違いさせたんだべえ」ああ、帝國ホテルでの、大分の田舎ん坊の会話は楽しく続いた。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.23

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  帝國ホテルの人々～７

  　　　　　　　ホテルのロビー、よく走り回る子供の姿を見かける。ホテルのロビー、広々としている。誰でも走りたくなる。でも、あの静かな帝國ホテのロビーでは、走る子供はいないと思っていた。間違っていた。子供の好奇心は大人の考えをはるかに超えていた。お父さんと娘さんが帝國ホテルのロビーにいた。娘さんはキョロキョロと周囲を見渡していた。娘さんが突然走り始めた。そう帝國ホテルのロビーを嬉しそうに駈けていた。アッ！娘さんは絨毯に足を取られてものの見事に転んだ。そう、帝國ホテルの絨毯は他のホテルと違って少し深い。お父さんは娘さんに駆け寄った。その時、ホテルマンがどこからともなく現れて、娘さんをやさしく抱き起こした。どこからともなく、そう、そこがホテルマンだ。「大丈夫ですか？お嬢様、お怪我はされていませんか」「お嬢様？？」娘さんは言われたこともない言葉に驚いた。泣くことも忘れて、唖然とお父さんを見つめていた。娘さんは、転んだ時、持っていたぬいぐるみを放り投げていた。なんと別のホテルマンがぬいぐるみをさっと拾った。ポケットから白いハンカチを出し、ぬいぐるみを丁寧に拭いた。ぬいぐるみを一通りチェックして壊れてないことを確認してホテルマンは娘さんに渡した。「お人形さんもどこにもお怪我はありませんでしたよ」娘さんは転んだショックよりもホテルマンのやさしさに微笑んだ。お父さんは感激してホテルマンに何度も頭を下げた。転んだのはホテルの落ち度ではない。幼い娘さんが勝手に走って転んだ。そんな娘さんを、ホテルマンはひとりのレディーとして扱った。素早い相手に負担を感じさせないホテルマンの心配りだ。娘さんにとっては一生忘れない想い出となるだろう。娘さんにとって、そう、淑女として扱われた最初の瞬間なのだからな。あたりまえでないことをあたりまえに処理をする。それが帝國ホテルのホテルマンなのだと知らされた。そうだよな。いろいろな気配り、ホテルマンは大変だと、私は思った。すると、ある人が何でもないようにぽつりと言った。「大変ではないと思うよ。　それは、ホテルマンにとってはあたりまえのことなんだからね」人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.22

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  帝國ホテルの人々～６

  　　　　　　　帝國ホテルのロビーに一日いると、いろいろなことを教えられる。そうだね。ひとりのドアマンを見ているだけで、多くの知恵を戴く。そう、私はそのひとときが嫌いではない。朝、ドアマンは外よりも内側の方を見ている。部屋からロビーに出てくるお客を見ているのだろう。昼過ぎからは、外側の方に目を向ける。チェックインするお客を見ているのだろう。そして、夜には、ロビー全体が見渡せる位置にいるらしい。何があっても、すぐに対応できるためだ。ふむふむ。「○○様、お待ちしていました」そうそう、名前を言ってドアを開けることもドアマンの大切な仕事だ。ドアマンの控え室には雑誌や新聞の切り抜きで一杯らしい。写真だけでない。車の番号、形式、服装など、多方面から判断する。そんなドアマンの記憶を貸して欲しいと頼まれることがある。生前、帝國ホテルを利用されたた人の葬儀の時だ。結婚式、祝賀会、同窓会などと違って、葬儀の弔問客にどのような人が見えるか事前にわからない。大勢の参列者の中にどのような人がいるかわからない。ドアマンは車のバックナンバーを見てわかる。車を見て葬儀会場にどのような人が見えているか判断する。これほど確かなことはない。ドアマンだけではない。帝國ホテルではスタッフ全員がお客の名前を呼ぶように努めている。「I know you」でなく「We know you」なのだ。例えばお客の名前、出身地、誕生日、仕事、趣味などひとりのスタッフが、お客のことを知っている。ひとりのスタッフががわかっているだけではだめだ。帝國ホテルのスタッフ全員が認識していることがポイントだ。「帝國ホテルの私達全員があなたのことを存じ上げていますよ。　ですから、帝國ホテルに安心してどうぞお越しください」帝國ホテルの奥深さを教しえられるところである。しかし、私は驚かない。そのような旅館があることを、私は知っている。ふふふ、何処だって、それは、ヒミツ、秘密だよ。それよりも、私には重要な悩みがある。「お客の名前をどう覚えるのですか？」最近、惚けてきている私だ。そんな質問をしたくなる。おそらく次のような回答が返ってくるだけだろう。「スタッフ、それぞれの方法で覚えているようです。　覚えるということにはマニュアルなどありませんからね」うん、そりゃそうだが、私はどうすればいいんだべえ。ああ。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.21

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  帝國ホテルの人々～５

  　　　　　　　「帝国ホテルランドリーハンガー」は、ワイシャツにぴったり添い、きれいに吊るす事ができる。スチールが太く、丈夫らしい。帝國ホテルのランドリーサービスの素晴らしさはよく知られている。今日は、その帝國ホテルのランドリーのお話をしよう。外国からの観光客やビシネンマンはじめ長い旅をしている人が帝國ホテルには多く宿泊される。だからか知らないが、クリーニングを頼まれる衣類は一日に千点から千五百点もあるらしい。多い日にはなんと二千点を超える場合もあるらしい。クリーニングに従事するスタッフは、三十数名が三交代でやっているらしい。らしい……私はインターネットや本でしか情報を得ていない。ランドリー、プレス、ドライ、一般的な選択はもちろん染み抜き、ボタン付け、補修などの裁縫が指示通りにしかも時間通りにお客に届く。それが当たり前ということが、帝國ホテルのサービスらしい。クリーニングのスタッフ達が、いつも脳裏に浮かべている言葉がある。「洗濯物は、まず目で洗え」簡単なことである。しかし、大切なことである。お客から出された洗濯物、まず目でチェックするそうだ。ポケットの中の出し忘れたものがないか点検するのだ。それとともに、衣類がどのようなものかチエックをする。衣類によっては洗濯により痛める場合がある。染み抜きなどは特に注意をする必要があるのだ。旅行するお客は高級というか大切な服を着ている場合が多い。その衣類を傷めるということは大変なことだ。「想い出の服なのに、想い出が消えてしまった」そう言われては、スタッフが謝っても済む問題ではない。帝國ホテルでは預かる際に「チェックシート」を用意している。ふむふむ、それだからこそ、帝國ホテルは素晴らしいと言われるのだろう。　　　　　　　ハリウッド映画「ＪＭ」のラストに、このような場面がある。主人公のキアヌ・リーブスがカーチェイスで泥だけになる。ボロボロに汚れきったワイシャツを見ながら、リープスがぽつりと言う。「東京の帝國ホテルでやってくれるようなランドリーにシャツを出さなければ」もちろん台本にはないリーブスのアドリブだ。帝國ホテルのクリーニングのスタツフにとっては最高の誉め言葉だろう。ふふふ。秋といってもまたまだ日中は暑い。ヨレヨレとなって、朝夕。私はシャツを汗まみれにして通勤している。帝國ホテルにシャツを預けに行かなくては……ああ、帝國ホテルよ。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.20

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  帝國ホテルの人々～４

  　　　　　　　　帝國ホテルに関する話はつきない。そうだろう。帝國ホテルの話は日本のホテルの歴史の話だ。おっと、この田舎の私が言う言葉ではないよな。ああ。次の話は、帝國ホテルを話す時に、かかせないらしいエピソードだ。かかせないらしい。ふふふ、私は今回はじめて聞いた。帝國ホテルで創案された肉の料理のお話だ。そのような肉料理もあるということを、私は知らなかった。そのような私が帝國ホテルについて話している。ああ。昔も昔の話、昭和十一年の話だ。世界的な有名なオペラ歌手シャリアピンさんが来日した。当時、来日した外国人のほとんどが帝國ホテルに泊まっていたらしい。シャリアピンさんは歯が痛くてたまらなかったらしい。そうだよな。旅に出ると、不思議に歯が痛くなることが多い。「歯が痛い。硬いものは食べられない。しかし、肉は食べたい」おっと、シャリアピンさんは我が儘な要望してきた。これはむずかしい。そう、むずかしいだろうね。さあ、帝國ホテルのスタッフ達はどう対処したのだろうか。当時の帝國ホテルの料理長は考えた。考えて考えてひとつの料理法を考えた。うん、このようなことをいとも簡単に考える。だから、料理人は天才だと、私はいつも尊敬してしまう。どんな料理だったって……説明がむずかしい。うん、料理の本の説明を借りるとしよう。肉を、おろしたタマネギに漬け、柔らかくした。そして、肉をみじん切りにして、上にタマネギを載せた。文字にすると、しごく簡単に思えるが……。　　　　　　　　シャリアピンさんは「いたく」喜ばれた。そこで、シャリアピンさんの了解を得て、帝國ホテルのメニューに「シャリアピンステーキ」が載った。今では、欧米のレストランのメニューにも載っているらしい。うん、私は見たこともなければ食べたこともない。ああ。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.19

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  帝國ホテルの人々～３

  　　　　　　　ホテルならではの場所といえば、バーがある。それぞれのホテルには、それぞれのホテルらしいバーがある。ホテルのバーで呑む。私の憧れでもある。ただね、私、ひとりでそのようなバーに入る勇気がない。新橋の呑み屋で呑んでヨレヨレになった姿で入ることはできない。そう、みんな、ブランド物でパシッと決めているだろうからね。そして、恰好いい人はラフでこれまた決めているだろうからね。ああ。ああ、ホテルのバー、憧れるよなあ。帝國ホテルのバーテンの機知に富んだひとつの話がある。バーの隅に座った外国の客が空になったグラスを長いカウンターを滑らした。そうそう、西部劇映画などでよくあるシーンだ。うん、その時、バーテンダーは器用にそれを受け取った。しかし、客が多くなった場合、これをやられると他のお客さまに迷惑をかける。「危険ですから、やめてください」そう言うと、お客も気分を害するだろう。さあ、バーテンダーはどう対応するのだろうか。「Please don't bowl」（どうかボーリングはしないで下さい）バーテンダーはそう言った。お客はバーテンダーの機知に参ったらしい。機知といえば、このようなエピソードもあったらしい。私が言うと相手の人は怒るかもしれない。うん、エリザベス女王に関するお話だ。エリザベス女王が来日した時、迎賓館に滞在したことは書いた。帝國ホテルのスタッフ達がおもてなしをすべて引き受けた。その素晴らしさにお礼ということで、女性のスタッフが銀の櫛を貰った。その時、女性だけでなく、調理の責任者も記念品を戴いた。銀の櫛と同じように英国王室御印付きの財布が贈られた。その時におっしゃられた女王のお言葉が憎い。「中身は社長からたくさん戴きなさい」そう、女王だから長く語り継がれる逸話となる。私が言うと「馬鹿なことを言うな」となる。ああ。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.18

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  帝國ホテルの人々～２

  　　　　　　　東京には数多くの有名なホテルがある。最近、私は、できるだけ、そのようなホテルに泊まるようにしている。人生残りが少なくなった。ちょっとの贅沢をしようと試みている。オークラ、椿山荘、オータニ、帝國、赤坂プリンス、汐留などが浮かぶ。その中でも、私の好きなホテルはキャピトル東急ホテルだ。ふふふ、高所恐怖症の私には、低階層の建物のホテルが好みだった。キャピトル東急に、源ちゃんという有名な靴磨き屋さんがいた。「どうしたらこんなにきれいに磨けるの」オードリーヘップバーンにそう言わせて驚かせた人だ。帝國ホテルにもそのような靴磨き屋さんがいた。「きんちゃん」と、みんなから愛称で呼ばれていた。帝國ホテルに泊まられたある国の大臣さんがひとりでやって来た。「靴を磨いてくれるかね」きんちゃんはいとも簡単に引き受け普段通りの仕事をこなした。大臣もきんちゃんのなすがままに任せていた。シュシュという音だけが響いていた。「ようがす」きんちゃんは仕上がりを告げた。大臣は驚いた。「こんなにきれいに靴を磨いてもらったことはない」帝國ホテルは、「さすが帝國ホテル推進運動」というキャンペーンをやっている。その運動で、ホテルのスタッフ以外で授賞したのが、きんちゃんだった。次に授賞したのは、ハイヤーの運転手の澤田さんだ。都内の高級なホテルには、みなさん、自家用車かハイヤーで訪れる。うん、私は地下鉄に乗って歩きながら玄関に入ったことがある。建て増しをしているホテル、玄関がどこかあるか迷った。迷いながら、私は心身共にヨレヨレになっていた。ああ。そう、ハイヤーの澤田さんのお話だ。帝國ホテルに泊まられたお客がバスポートを忘れた。お客は成田空港に着いて気がついた。帝國ホテルの部屋係が掃除をしていて見つけていた。さあ、空港まで届けなくてはいけない。澤田さんはホテルから頼まれて成田空港まで届けることになった。澤田さんは車を急がせて離陸までに無事に着いた。ロビーにはお客が待っていてパスポートを渡してくれるようせかした。澤田さんは慌てずにお客に丁寧に言った。「お客さま、写真付きの証明書か、何かを見せてくれますか」お客がパスポートのものであるかを、澤田さんは確認した。運転手さんが、そこまで、パスポートの大切さを理解している。外国のお客は感心したらしい。帝國ホテルを支えているのは、ホテルマンだけではないらしい。帝國ホテルにいると、私はホテルマンのように背筋を伸ばして歩いている。帝國ホテルには、そのような気持ちにさせる雰囲気がある。そう、私も帝國ホテルの景観のひとつになっている。うん、生来の短足、胴長、Ｏ脚はどうにもならないけれどね。ああ。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.17

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  帝國ホテルの人々～１

  　　　　　　　帝國ホテルには、いろいろなエピソードが残されている。そのひとつひとつに、ホテルマンの想いが感じられる。ただ、帝國ホテルのホテルマンはエピソードを語らない。ホテルマンたちのふるまいがあたりまえと考えている。聞きたい私、ホテルマンたちの話をなかなか聞くことができない。東京で勤務している時に、私は帝國ホテルに時々行くようにしていた。ロビーを通り過ぎるだけの時もあった。私は緊張しながら歩いた。あの「ほどほど」の緊張感が田舎モンにはたまらなかった。以来、帝國ホテルに関係する本を多く読んだ。「サービス」「おもてなし」などをいろいろ学んだ。そこでわかったエピソードのひとつひとつを紹介してみたい。昔、イギリスのエリザベス女王が赤坂の迎賓館に宿泊された。その接遇が、帝國ホテルにまかされたらしい。おもてなしとともに料理一切を、帝國ホテルのホテルマンたちが請け負った。絶対に失敗は許されない。プロトコール（賓客接遇）については、ホテルマンとしては心得ている。プロトコール、私もかって外務省の人から教わったことかある。出迎え、見送り、会席の手順など、それはそれは細かな取り決めがされている。ただ、異国との慣習の違いから、「想定外」のことが起きるのが常である。「そういう場合はどうするのですか」と、私は質問した。「簡単です。歓迎するという気持ちを忘れないことです」あるホテルマンはあたりまえのことのように答えてくれた。帝國ホテルの客室アテンダントだった竹谷さんがその任に着いた。竹谷さんはなんと七十一歳だった。女王ということで女性の竹谷さんが選ばれたのだろう。女王が滞在された期間、女王の寝室に一番近い従業員室で、竹谷さんは一晩中欠かさず控えていた。万全のおもてなしを心がけている。何も起こらないだろう。でも……もしもの場合にすぐに対応しようと、竹谷さんは思っていた。「もしもの場合」とはどのようなことを想定したいたのだろう。私は竹谷さんに尋ねてみたくなった。竹谷さんはおそらく微笑んで答えなかっただろう。もしも答えてくれたとしても「もしもの場合です」それくらいだろう。日本人らしい「控えめ」のさりげないサービスといったらいいのだろうか。日本を去るにあたって女王は、竹谷さんに櫛をプレゼントしてくれた。英国王室の王冠が御印の銀製の櫛だった。竹谷さんの「控えめ」な対応を、女王は知っていた。女王が迎賓館を出発される時、スタッフ一同が見送った。スタッフの誰もが女王がただ通り過ぎるだけと思っていた。誰もが思っていたこと違うことを女王は見せた。スタッフのひとりひとりの目をきちっと見つめて、女王は丁寧に挨拶をした。「女王陛下は丁寧に挨拶されて通り過ぎましたよね」スタッフのひとりが竹谷さんに話をすると……。「本当にそうね」竹谷さんはひとつも動揺することなく答えたそうな。その話を知ってから……帝國ホテルを歩く時、私はホテルマンの目を見つめて歩いている。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.16

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  本当にあったお話

  本物の網走刑務所　これは本当にあった話である。この出来事を体験して、私は多くの人に話してきた。「嘘ーおっ」と、聞いた人のすべてが叫んだ。しかし、私と七人の仲間が体験したことだ。ただ、七人の仲間はそのことを忘れている。「そんなことがあったかな」と言うだけだ。どういうことだ。うん、話すとなると短い。単純な話だ。十数年前、秋たけなわの北海道を旅した時だ。七人の仲間とレンタカーを借りて回っていた。帯広に着いて、釧路、斜里と泊まって、早朝出発して網走に着いた。カーナビを網走刑務所に合わせていた。当時のカーナビでも行き先をインプットすると丁寧に教えてくれていた。その正確さに、私達は驚いていた。カーナビの指示に従って、渋滞に遭うこともなく網走に入った。インプットしていた網走刑務所前に予定より早めに着いた。赤レンガ造りのどっしりとした門構えだ。なるほど、さすがね網走刑務所だ。変なことに感心していた。早朝ということで、まだ、正門は開いてなかった。静かだった。私達は開門を待つことにした。しばらく過ぎて、中から守衛のような地味なおやじさんが出てきた。「あんたら刑務所にどんな用があるんかい？」厳しい顔で尋ねてきた。「刑務所の中を見学したくて大分から来ました」運転手さんの横にいた私が答えた。他の仲間の連中は後部の席で熟睡していた。昨夜の宴会の疲れがたまっているのだろう。「来るところ、間違えたんじゃないの」おやじさんはつまらなそうな顔でのたもうた。「エエッ、しかし、観光見物できると聞いてきたのですが……？」私達は北海道にとって大切な観光客だ。そんな邪険な態度をとらなくてもいいのにな。私は同意を得るかのように運転手さんの顔を見た。エッ、運転手さんは非常に慌てていた。焦っていた。「失礼しました」運転手さんはエンジンをかけて網走刑務所を後にした。ただ、それだけのこと、それだけのできごとだ。エッ、うん、その後、旧網走刑務所はちゃんと見物したけれどね。そう、これは本当にあったお話だ。本当の本当の話なのだ。「俺の名誉のために、誰にも言わんでくりいイッ」運転手さんから頼まれたけれどね。ああ。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.15

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  秋だ、喰うぞ、トンカツだ～２

  　　　　　　　　重たいドアを開けた。ゲエッ、閉めたかった。入りたくなくなった。店の中には倦怠感が漂っていた。店の中に、ジイサマとバアサマがいた。ジイサマはカウンターの中でやけにだるそうに動いていた。バアサマはカウンターにゆるりともたれていた。客はいた。いたけれど、皆、何も喰っていなかった。そう「待ち」の状況だった。これは何じゃらほい。皆、黙っていた。ジイサマの手元でジュージューと音がしてた。ゲエッ、七十近いバアサマは運動靴を履いていた。オイオイ。私は空いている席に座った。カウンターにふたり、テーブルに九人、私を入れて十二人の客だ。すべてが「待ち」の状況だ。「トンカツ定食ね」と小声で、バアサマに注文した。「アイヨ、カツ定一丁」おお、バアサマ、歳のわりには大きな声が響かせていた。「アイヨ」おお、ジイサマ、風貌に似合わず軽い声で返事をしている。ただ、問題は、客みんな、「待ち」、私はいつになることやらね。「ぼちぼちだわさ」と、ジイサマが叫んだ。「がってんだ」と、バアサマが寄りかかっていたカウンターから離れた。おおお、バアサマは各客のテーブルに漬物の小皿を配りだした。早いのなんの銭形平次が銭を投げるかのようだ。うん、ただ置き方が乱暴だがね。そして、茶碗にご飯を盛り始めた。あれよ、これやという間に盛ると、これまた配りだした。バアサマが運動靴を履いている理由がわかった。味噌汁はカウンターに椀をずらりと並べ、流し込むかのように注いでいた。ふむふむ、漬物、ご飯、味噌汁、配る順序に間違いはない。カウンターの中で、ドンドンドンと音がしている。ジイサマがトンカツを小さく切っているようだ。「アイヨ」と、ジイサマが、トンカツの載った皿をカウンターに置く。「ソレヨ」と、バアサマが、客達の間を走り配っていく。配列をかなんとかしようとの姿勢は微塵にも感じられない。「アイヨ」「ソレヨ」ドンドンドン「アイヨ」「ソレヨ」ドンドン。それを配って、あっと言う間に、熱いトンカツ十一人前が配られた。バアサマが布巾を持って冷や水を配り始めた。味噌汁をこぼしたテーブルを拭いている。ふむふむ、味噌汁をこぼす、いつも見られる光景ということなのだろうな。うん、トンカツはサクサクして肉はやはらかくておいしかった。味噌汁は熱くて味がわからなかったけれど、それなりに飲めた。食べ終えた。勘定を払って店の外に出た。明日、また来たくなっていた。おいしかったから、うんにゃ、バアサマに会いたかった。多くの元気を戴いた。そんな感じだったからね。元気を戴く。昼食とはそういうものなんだろう。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.14

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  秋だ、喰うぞ、トンカツ～１

  　　　　　　　「中華五目麺を食べよう、食べたい、食べるぞ」昼休み、無性に中華五目麺を食べたくなった。十二時前、研究室を早めに出て、お目当ての店に向かった。中華五目麺、名前の通り、麺に中華風な具がたっぷりとかけられている。五目、具が沢山だ。表面に油が浮いている。スープがいつまでも熱い。油といっても、それがあっさりとしている。なかなかといってもいい。ふふふ、私の頭には中華五目麺だけが浮かんでいた。浮かんだ頭は足を急がせた。少し足早に歩く。私のいつもの昼食は、蕎麦か素麺そして野菜サラダだ。それが、中華五目麺だ。具沢山、油、熱い。秋が近付いているのは確かなようだ。そう、食欲の秋だ。角を曲がった。あれえ、おかしい。暖簾が出ていない。〈本日は、突然ですが、休業させて戴きます〉それはないだろう。久し振りの中華五目麺だったのに……ああ。さあ、どうするか。中華五目麺という頭を簡単に切り換えることはできない。トンカツ、そうだ、トンカツ定食だ。頭のシフトを少しだけ変えた。そうだろう。熱い、油、具沢山から、蕎麦、素麺とはいかない。郵便局裏のトンカツ屋に足を向けた。腹は減っている。元気がなくなった時に、時々、お邪魔する店だ。トンカツそのものはおいしいが、味噌汁がおいしい。ふふふ、瓶に入ったソースをトンカツとキャベツにたっぷりとかける。まずトンカツをサクッ、サクッと喰う。熱い味噌汁をサーッと飲む。熱い御飯をかき込む。キャベツをムシャクシャとむちゃくちゃに食べる。うーうーうーおーおーおーと元気になる。いいぞ、頭は中華五目麺からトンカツに完全にシフトしていた。　　　　　　　「本日のサービスランチ・チキンカツ定食６３０円」黒板に書かれていた。いいではないか。チキンカツ、ヘルシィーだ。暖簾を潜って、ドアに手をかけて店の中を覗いた。「ゲエッ」店は満員だ。細身のおやじさんが狂ったように働いていた。店の中、カウンター、テーブル、すべてが埋まっていた。半分ぐらいの客が待っていた。これじゃ、店に入って、注文して、二十分は待たないといけないだろう。中華五目麺、トンカツでせわしくなく揺れ動いてきた頭がクラッとした。二十分は待てない。気が狂ってしまう。早く食べて頭を静かにさせたい。さあ、どうすんべえ。クラッとした頭が考え始めた。研究室近くにもトンカツ屋があることを思い出した。一度も入ったことのないトンカツ屋だ。大丈夫だろうか。大丈夫だろうかと思いながら、足は歩き始めていた。頭は混乱していたが、身体がトンカツを求めていた。トンカツ、ミンチカツ、カツカレー、チキンカツ、カツフライなどなど。店の前の看板には、カツ、カツ、カツの写真が貼られていた。こういう店って、はやらないからあせっているという証だ。それに、繁華街の真ん中当たりにある割には、やけに静かということが不安を大きくさせた。不安、されどカツだ。固い、マズイ、古い……すべてを打ち消しながら、私はドアを開けた。アルミサッシのドアなのに、やけに重たかった。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.13

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  乳母車

  　　　　　　　信号が赤になった。私は止まった。なにげなく右側を見た。五メートル先に乳母車が止まっていた。乳母車に赤ちゃんが前向きに乗っていた。お母さんは赤になった信号を見ていた。おっと、赤ちゃんが私の顔をじっと見つめた。ヤバイ、私は赤ちゃんの視線をはずすことができなかった。仕方がないのでニヤッと笑った。エッ、赤ちゃんもニヤッと笑った。な、な、なんと可愛い笑顔なんだろう。私は顔をくずしてニヤニヤと笑った。赤ちゃんは声をあげて笑い始めた。お母さんが気づいたようだ。私は笑いをやめて困惑した顔を見せた。お母さんも苦笑いをして赤ちゃんをなだめ、私に軽く会釈をした。信号が青になった。お母さんは乳母車を動かそうとした。赤ちゃんが泣き出した。お母さんは仕方なく乳母車を止めた。私はお母さんに軽く頭を下げて歩き始めようとした。赤ちゃんが泣き始めた。私は歩みを止めた。赤ちゃんは笑い始めた。う～ん、これは困った。私はどうしたらいいのだろうちとの顔をしていたはずだ。ヨシッ、私はある作戦を立てた。赤ちゃんが、私に親近感を感じる理由を知っている。問題は、赤ちゃんと私の距離が五メートル離れているということにある。そう、私はこのような状況によく陥る。その長年の体験が、私にあることを教えてくれた。五メートル離れていると、赤ちゃんには私が赤ちゃんと同じ背の高さに見える。私、短足である。顔もお腹もふっくらと肥えている。髪も薄い。つまり、赤ちゃんは私を赤ちゃんと同じ年の仲間と勘違いして微笑んでいるのだ。だから、赤ちゃんは私に向かって微笑む。私も仕方なく微笑む。仲間同士で微笑みあう。赤ちゃんは満足ということだ。私は、赤ちゃんに近付いた。赤ちゃんにとってはズームということだ。赤ちゃんは驚いた顔を見せた。そうだろう。仲間と思っていた。それが、突然に大きくなり、無精髭の変な顔になった。私は追い打ちをかけた。頬を叩いてポコンと鳴らした。それを合図かのように、お母さんは乳母車を動かした。ふふふ、驚いた顔を見せながら、赤ちゃんは泣かずに去っていった。ああ、ため息をついて顔を上げた。秋の空が広がっていた。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.12

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  白い粉～２

  　　　　　　　「エッ、赤いマーク、白い粉……それで……」三人は息を呑み、うなるように言った。「ふふふふふ」私は片岡知恵蔵のように唇をゆがめて笑った。「おでんの豆腐をね皿に置くと、刻み葱とカツオ節をこれてもかってかけるんだ。　それから杓子でおでん鍋から汁をすくって、これまたたっぷりとかける」「ウヌッ！それは聞いた、次を早く言わんか」おっと、三人は血走っている。赤いマーク、白い粉、ああ、期待をあおったようだ。「金属の箱から小さなスプーンで白い粉を、これまたたっぷりとかけるんだ」「エッ、たっぷりと、貴重なもんではないだべえ」ヨコさん、モトさん、ユキさん、声を揃える。ああ、ユキさんまで仕事の手を止めて首を伸ばしている。ああ。「うん、貴重だけれど、まあ、それほど驚くことではねえよな」「エッ、その白い粉、なんだべえ？」「うん、味の素なんだ」「ゲエッ、あ・じ・の・も・と」三人は馬鹿面になっていた。そう、「♪赤いマークの味、味、お椀のマーク、味の素。アジ～の～も～と」とくらあ。　　　　　　　　「そういや、昔、味の素は缶に入っていたよな」ヨコさんが急に冷静になった。「味の素か」モトさんは瞳をより細くしていた。ユキさんは私を無視して仕事を始めた。「聞いて、聞いてよ、それがまたおいしくてたまらないんだよ。　味の素のコクが舌を打ち振るわせ、味に深まりを感じさせるんだ」「それが、あんたのほっぺたが落ちる料理というんかい」おっとと、ヨコさんがあの冷静な口調を取り戻した。「私は鯨の竜田揚げが忘れられないな」モトさんは話を変えて昔を思い出すように懐かしい声を出した。「今、鯨は捕れない。竜田揚げは喰えない。だから懐かしいんだわさ」ヨコさんがおいしさの理屈を語った。「そうそう、消えたものは、おいしいところだけの想い出が残るもんね」私は鯨のトンカツを思い出していた。そう、昔、我が家のトンカツの中身は豚でなく鯨肉だった。うん、当時、豚肉は高級で、鯨肉は安かった。ああ。「おいしいもの、私には五十以上もあるから、どれが一番かわかんねえ」ユキさんは私を見ないで冷たく言い放った。そうだよな、ユキさんはいつも働いている。ふふふふ。ヨコさん、モトさん、ユキさん、そして私。怠惰にして欺瞞に満ちた発展性のない時間が過ぎていった。もうすぐ秋、そして冬、おでんのおいしい季節になる。ああ。（おわり）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.11

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  白い粉～１

  「今までの人生で一番おいしかったものは何かな？」四人の男が集まった席で、私は三人に問うた。話題が途切れた場合に、私がよく使う手だ。「うん、むずかしいね」細身のヨコさんが微笑んだ。「そうだね」目の細いモトさんが空を仰いだ。髭のユキさんは仕事に熱中していた。　　　　　　　「そう、たとえばさ、私は豆腐のオデンだ」この類の話は、切り出しっぺが話し始めると盛り上がる。「オデン？豆腐？」モトさんが不思議な顔をした。「オデンの豆腐と言っても今のオデンではないんだ。　四十年前の松山、寒い風が吹く冬、しかも温泉に入っての屋台なんだ」私は学生時代を思い出しながら話した。貧乏だった。「熱燗が一杯八十円、おでん一本が十円だったよな。　熱燗を頼んで、おでん、まずは大根を皿に取り辛子を塗る。 熱燗をグビィと呑んで、ハーアッとひといきついて、大根にかぶりつく」私は酒を呑み大根にかぶりつく真似をした。「熱い酒が喉もとをスーウッと過ぎる。こいつがたまんねえ。　大根の汁が口の中で広がり、辛子がピリッと効く。熱いの辛いので顔がほてる」熱い、辛い、うまい、私の脳裏は混乱して顔が緩んでくる。「それが一番っち言うんかい」ヨコさんが感情を入れずに言い放った。ヨコさん独特の言い方だ。「うんにゃ、違う。次にやはら注文するおでんの豆腐だ。　おでんは客が勝手に皿に取り食べる。しかし、豆腐は違った」ヨコさん、モトさんが私を見る。ユキさんが仕事の手を止める。「『豆腐を下さい』と言うだろう。　うん、おやじさんは無愛想に頷くと、皿を持って箸で器用に豆腐を取り上げる。　皿に豆腐を置くと、刻み葱とカツオ節をこれてもかってかけるんだ。　それから杓子でおでん鍋から汁をすくって、これまたたっぷりとかける」あの豆腐が目に浮かんできた。外は寒い北風が吹いている。カツオ節は汁にもだえ、刻み葱は裸電球にきらめいた。　　　　　　　　　　　　　　「ふふふ、ここからが重要なんだ。　おやじさんは棚の奧から赤いマークの付いた金属の箱を取り出すんだ。　そして、小さじで白い粉をパラッパラッとかけるんだ」赤いマーク、白い粉、三人の顔に緊張が走る。当時の松山は、広島のヤクザの抗争事件の余波がようやく静まった頃だ。道後温泉は「赤線廃止」で倦怠感が漂っていた。世の中は、「安保改定反対」「ベトナム戦争反対」などで渦巻いていた。「エッ、赤いマーク、白い粉……それで……」三人が話を促した。うん、私はひといき吐いて麦茶を飲んだ。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.10

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  タクシーとチップ

  　　　　　　　昔からタクシーに乗るには抵抗があった。タクシーに乗る、つまり「金持ち」というイメージが脳裏に浮かんだ。そのトラウマは、歳をとっても消えることはなかった。バスや電車が走っている間は、それらを使った。それらの最終便がなくなっても「歩いて」帰ることもある。そう、繁華街と私の家との距離が二キロ程度ということがあった。待っているタクシーの長い列がある。私が近寄る。「いらっしゃいませ」とタクシーの運転手の明るい声が響く。私が座席に座り、行き先を言うと、運転手の声のトーンが落ちる。「近いところですみませんね」「いいえ、この不況ですから、近いところでも大歓迎ですよ」運転手さんは笑ってくれるけれど、どこかに棘があった。「橋を渡ってラーメン屋のところを右に曲がって……」そう夜間なら十分ぐらいで自宅に着く。　「八百七十円です」今までなら七百円少しだった。夜間割り増しでも九百円もかからなかった。そう、だから、千円札を出して、「釣りは結構です」と、それで済んでいた。運転手も釣り銭を勘定する手間が省けて、頭を少し下げるだけだ。私も、チップを払ったという満足感に浸ることができた。それが六月からタクシー代が上がった。三割程度だろうか。近距離ほど上がった。だから、自宅までの運賃は千円以上となった。千百八十円、千円に百円玉を二枚を加えなければならない。「千円と、ハイッ、二枚ね」と差し出して、「釣りは結構です」と言うのが恥ずかしい。わずかに二十円程度である。だからといって、百円玉を一枚わざわざ載せるのも貧乏たらしい。「考えすぎだよ。ちゃんとお釣りをもらえばいんだよ」「そうだよ。チップは料金に含まれているんだ」「近くても、遠くても、料金さえ払えばお客なんだからね」酒を呑みながらタクシーの話になると友人たちがいろいろのたまう。呑んで、呑んで、みんなでタクシーに乗って帰ることになる。一番近い私が最初に降りることになる。私の脳裏にタクシー代のことでいっぱいになる。「何を言っている。タクシー代ぐらい払わしてよ。　運転手さんの前で見苦しい真似は見せないでよ」友人のひとことで、私はタクシー代を払わずに降りてしまう。タクシーはクラクションを軽く鳴らして走り去っていく。街灯に照らされて夜道にひとり佇む私の長い影が哀れに見えてくる。ポーランドを旅していて、ガイドから言われたことを思い出した。「トイレのチップは日本円で五十円から百円程度で結構です」ああ、五十円がいいのか、百円がいいのか、その時も悩んだ。金には少しは不自由しない歳になった。だのに、悩む必要はないのに悩む。昔からの癖は直りそうにない。そう、昔、酒を呑み、歩いて帰りながら大分川の土手に佇み、思い切り立ち小便をしたことを思い出す。ああ、あの頃は良かった。普通の人は贅沢だとタクシーなどに乗ることはなかった。堤防の上も舗装されていなかった。夏には雑草が生い茂っていた。立ち小便をして草むらの中に倒れ込んだ。草々の間から、星が見えた。きらきらと輝いていた。うん、貧乏だったけれど、夢がいっぱいあった。夜道にひとり、自分の歳を振り返りながらつぶやいた。「ああ、あの頃に戻りてえ」人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.08

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  ふたりの若者

  　　　　　　　　「どこから来たんや、どこに泊まるんや」酩酊したおやじさんがふたりの若者にからんでいた。「福岡や、由布院を見て、今夜は大分に泊まる」茶髪の若者達は戸惑いながら答えていた。「和歌山からのお客さんだ。由布院に来ないかい」由布院の人から誘われた。おいしいものを食べて、おいしい酒を呑んだ。ふふふ、由布院の人の面白い話に酔った。ということで、私は由布院から大分に向かう最終電車に乗っていた。由布院から私とともにふたりの無精髭の若者が乗った。大きなザックの上にケートボードを載せていた。学生の貧乏旅行だろうか。うんにゃ、贅沢旅行なのだろうか。「先日、電車に乗った。切符を落とした。駅員さんが金を払えち言うんじゃ。　わずか二百八十円や、勘弁しちくりいっち言うたら、　わずか二百八十円じゃねえか、落としたんなら払えち言うんじゃ、ああむげねえ」おやじさんは若者達を前にして愚痴る。愚痴る。愚痴る。若者達は見かけによらずに素直に聞いている。いるんだ。まだ、このような若者がいる。私は興味深く眺めていた。「ヨシッ、気に入った。ワシがビールを奢ろう。　大分に着いたら、大分んビールをワシが奢ろう」おやじさんは宣言するかのように若者の肩を叩いた。ふふふ、私の学生時代の貧乏旅行を思い出した。こういうおやじさんがいるから旅は楽しい。「おいおい、若いしが、エスカレーターに乗るんかい。　歩け。階段を歩け。身体を鍛えるんなら、階段を歩け」おやじさんが千鳥足でホームの階段を登りながら叫んでいる。ビールを奢ってもらえる。若者達は喜々としておやじさんの後をついていった。「今夜は酔ってないぞ。切符はあるぞ。二百八十円の切符はあるぞ」おやじさんは自動改札口に戸惑いながら切符を入れていた。若者が入れるのを手伝っていた。ふむふむ。「こっちへ来い。ワシが大分んビールを奢っちゃん」「すみませんね。地ビールをご馳走になって」「うんにゃ、かまわん、こっちに来い」おやじさんは若者達の先頭になって歩いていた。どの店に案内するのだろう。私は気になった。三人の後をそっとついていった。「入れ、遠慮せずに入れ、好きなビールを取れ」エッ？！おやじさんはふたりの若者を駅の構内にあるコンビニに連れて入った。ビールの陳列棚に案内して微笑んだ。「大分んビールや、何本でん呑んでくりい。ワシの奢りや」満足そうに何度も頷くおやじさんの顔が面白かった。呆れた若者達の顔がより面白かった。駅の外に出た。涼しい風が吹いていた。小さな田舎のオマチの駅前広場、虫の音がどこからか聞こえてきた。大分にも少しの秋がきた。

  2007.09.07

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  普通の国

  　　　　　　　リクルートスーツを着ている女子大生が歩いていた。夏を思わせる暑い陽射しが、女子大生に容赦なく注いでた。リクルートスーツ、まだ就職が決まっていないのだろうな。働きたい若者がいるのに働ける場がない。この国の政治家は何をしているのだろう。私の中にやりきれない怒りがこみ上げてきた。テロ支援、年金、憲法改正、老人介護などを論議するのもいいだろう。ただね、若者達が夢を抱いて生きていける環境だけは整えて欲しい。前九州厚生局長のあの恥を忘れた顔を見るだけで頭にくる。救急車で搬送されていた妊婦がたらい回しされて流産した。おかしい。ネットで知り合った三人が帰宅途中の女性を襲って殺害したという。「絶対に許さない」とのお母さんの無念さを考えるに涙が出てくる。この国はどうもおかしくなっている。普通の国になって欲しい。普通の国に戻して欲しい。普通に安心して安全に一生懸命に働けるような国にして欲しい。そう、子供達の笑い声がいつも聞こえる町に、再びして欲しい。子ども達の笑い声が聞こえる。それが普通だった。普通の人達が普通に生きていけなくなっている。この国は一体どうなってしまったのだろう。「美しい国をつくろう」と、総理大臣が叫んでいる。「美しい国」よりも、昔の「普通の国」に戻して欲しい。そう、ただ「普通の国」に戻してくれれば人々は普通に夢を抱いて生きていける。生きていく。リクルートスーツの女子大生が立ち止まった。ハンカチを取り出して額の汗を拭いた。ヨシッとつぶやいて、女子大生はまた歩き始めた。顔が輝いている。前を向いている。「頑張れ」と、私は女子大生の背中にそっとささやいた。九月、秋は確実に近づいている。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.06

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  イタリアから帰ってきた料理人～最終回

  　　ピエモンテ　　　「おまえはイタリア人だ」料理人が日本に戻ることが決まって、料理人はイタリア人からよく言われた。「嬉しかったですよ。イタリア人は他人をなかなか認めませんからね」料理人はこれまた照れ笑いをした。「イタリア人にとって、その人の過去は問題ではないのですよ」料理人は目を輝かせた。何をしてきたか。どこで学んだか。そんなこと、イタリアでは問題ではないらしい。今、何ができるか。これから、何をできるか。それだけが、イタリアで通用することらしい。だから、イタリアでは頑張るものが頑張られる。そして、頑張る人を、イタリア人は尊敬し讃える。例えばおいしい料理を考案したら、料理名に料理人の名前を入れる。親しみと尊敬の想いを込めてね。「私の名前のついた料理もできました」ふふふ、料理人は含み笑いをした。「自分の人生、振り返って見ると『出逢い』がすべてだった」料理人は感慨深げに言葉を選びながら話した。「それも、いつか何か想いを抱いての出逢いだった」「『転ばぬ先の杖』という言葉があります。　私はいつも杖など持たなかった。　転んで、転んで、何かを掴んできたような気がする」「『押しても駄目なら引いてみな』という言葉もある。　私、押しても駄目なら、もっと押しましたね。　引くのはしゃくじゃないですか」料理人はいろいろな人生を生きてきたのだろう。「イタリアを去る時、イタリアの友人から言われたよ」「おい、また明日会おうな」「何を言う。明日、俺は日本に戻るんだ」「いいからさ。また明日会おうな。会って同じ話をしよう」「……」「明日会ってね同じ酒を呑んで、同じ料理喰って、同じ話をしよう」「……」「これには参りましたね。　これには涙がでましたね。　生きるということは、今日と同じ明日を同じように生きることなんですよ」料理人は瞳を閉じた。瞳にはピエモンテのおばあちゃんの笑顔が映っているのだろう。日本にようやく秋が訪れた。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.05

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  イタリアから帰ってきた料理人～３

  　　ミラノ　　　　　　 「いただきます」料理人に言わせると、イタリアには、この言葉がないそうだ。ふ～ん、そうだよな。食事の前のお祈りはあるけれどね。うん、日本のように、自然やお百姓さんに感謝して食べる。そのような風習がないらしい。そう、「ごちそうさまでした」もないのだろうね。「いだきます」「ごちそうさまでした」私は、料理人の話を聞きながら、日本人の食に対する美しい慣習を思った。料理人とイタリア人の面白い会話をひとつ。レストランに入って来たイタリア人が料理人に微笑んで尋ねる。「今日の料理はおいしいかい？」「昨日の料理はおいしかった」「今日の料理はおいしいかい？」「つくってみらんとわからん」それで、イタリア人は納得してくれるらしい。イタリアに来た日本の観光客がレストランに入った時のことだ。日本人の観光客達がまず言った。「とりあえずビールをちょうだい」それを聞いたシェフが冷たく言ったらしい。「帰ってくれ、まず何を呑むかくらい決めてから来い」ふ～ん、日本人のあいまいさも、まあいいとこなんだがね。「あれと同じものをつくってくれ」イタリア人からそう言われた場合、料理人は答えたそうだ。「あれはあの人のためのものだ。　おまえには同じものはつくれない。　似たようなものならつくれる」イタリア人は素直に頷いた。「そうだよな。材料はひとつひとつ味が違うものな」頑固なイタリア人だが、根は素直らしい。イタリアの日本料理は居酒屋料理だ。テンプラ、寿司、刺身、焼き肉がひとつひとつ出されているそうだ。パンを食べてテンプラ、スパゲッティーとともに刺身などが供される。これは、本物の日本料理ではない。料理人は思ったそうだ。先付け、前菜、椀、刺身、焼き物、酢の物、煮魚、飯類。まあ、これくらいを順に出して、日本料理なのだ。その中に、刺身とともにテンプラ、寿司、焼き肉がある。それに、日本料理は季節の旬を考える。そこで、料理人は、本物の日本料理を出すように努力した。イタリアの食材を工夫して和食の基本を忘れないようにした。やがて……三つ星のレストランのシェフが料理人の料理を食べにやってきた。「美しい」「おいしい」「マジックだ」いろいろな感想を述べてくれた。「少しは日本料理を広めたかな」料理人は恥ずかしそうに照れて微笑んだ。人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.04

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  イタリアから帰ってきた料理人～２

  　　ピエモンテ　　「イタリアに行って、まず感じることは、　本場で食べるイタリア料理はやはりおいしいと思うだろう」料理人は私の顔を見て考え深げに言った。「そうだよ。そりゃ、日本のイタリア料理よりはイタリアで食べる。　日本のはほとんどが日本人がつくるイタリア料理だからね。　本物のイタリア料理を食べるならやっぱりイタリアに行かなくっちゃね」ふふふ、料理人は含み笑いをした。「ミラノやローマで食べたイタリア料理はおいしかったよ。　高級なレストランではなかったけれどさすがイタリアだったね」私は私の感想を素直に率直に述べた。すると、料理人は、手振り身振りを交えて話してくれた。「イタリアのレストランの厨房を覗いてごらん。　ほとんどがバングラディットュやインドからの出稼ぎのヤツが働いている。　イタリアのほとんどのレストランの厨房の労働環境は最悪だ。　ああいうところで働くイタリア人はほとんどいないよ」エッ、私は私の耳を疑った。イタリア人がつくったイタリア料理ではない?「そうさ、特にツアーで行くようなレストランは間違いなく　料理人どころか、ウェイターも、イタリア人でないはずさ」狭い、暗い、エアコンの効きが悪い、風通しが悪い、安い賃金などなど……。そのような環境、外国人労働者しか働かないらしい。ふむふむ、私は頷いてしまった。「イタリアの田舎にぽつりとあるレストラン、　そこでなら、本物のイタリア料理を食べることができる。　広い厨房、美しい風景、清潔なテーブル、笑顔で迎えてくれるおばちゃん、　それが、ピエモンテ、ゆっくり食事を楽しむことができるんだよ」私は田舎の小さなレストランを思い出した。大きくはない。白いシーツ、磨かれているフロア、差し込む陽射し、おばあちゃん、娘さん、仲間の料理人の働いている姿が見えた。地元の人達でにぎわっていた。厨房の入り口に置かれた蔦で造られた籠には地元の野菜が入ってた。遠くから教会の鐘の音が響いていた。そうか、あの味、日本のイタリア料理に似ていると思った。あの田舎で食べたものが本当のイタリア料理だったのか。日本人客がやけに多かったローマやミラノのレストランを思い出して私はなんとなく恥ずかしくなった。私の顔を見てわかったかいと、料理人はにやりと笑った。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.03

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  イタリアから帰ってきた料理人～１

  　　　ピエモンテ　　　「ただいま、今、イタリアから戻りました」男は黒く焼けた顔を崩して笑った。三年前に、男はをひとこと残して日本を去っていった。「イタリアに行ってきます」男の周囲の人達はみんな頭をかしげた。「あいつ、何のためにイタリアなどに行くのだろう」そう、男は由布院のある旅館の料理長だった。イタリア料理でなく日本料理の料理長だ。男の創作料理を愛する人というかファンは少なくなかった。イタリア料理の勉強をするために、イタリアに行くわけはなかった。男ははっきりと宣言した。「イタリアにこれが日本料理だということを教えに行ってきます」おお、ヨーロッパはじめ全世界で日本料理がブームになっていた。そこへ、「これが本物の日本料理だ」ということを、男は教えに行くようだ。男は四十少し過ぎていた。夢を抱くには遅くはない年齢だ。「本物の日本料理を教えてくる」ふふふ、男らしい夢だ。男は奥さんと娘さんを連れてイタリアに行った。そして、三年が過ぎた。「イタリア料理はおいしかったですね」男はまず言った。日本料理を教えに行った男がイタリア料理を褒めた。男はめったに褒めることをしない。男が素直に言った。しみじみとした顔で言った。「おいしかった。身体が空に浮くほどおいしかった」男は懐かしいそうな雰囲気を漂わせていた。「そうね、ピエモンテ、とにもかくにもピエモンテだね。　ピエモンテの料理が最高だった。　トマトがおいしかった。ピエモンテの風土がつくったトマトがおいしかったね」男はため息をつきながら空を仰いだ。ピエモンテ、「スローフード」の発祥の地だ。「そう懐かしさ、ほっとせる、そう穏やかさがあったね。　穏やかさ、さすがプロと思わせる料理をしているんだ」ふふふ、男は嬉しそうに微笑んだ。「子供の頃に食べた味、そう記憶に残っていた味と言ったらいいのかな。　子供の頃に初めて知った味というか、ヘーエッと驚いた味。　ああ、ピエモンテの料理はおいしかったね」ふ～ん、記憶に残っている味ね。イタリア料理は奧が深いようだ。男からイタリアの料理だけでない。いろいろな話を聞いた。粗忽な私だ。聞き間違いがあるかもしれない。まあ、男の話、ひとつひとつ思い出しながら綴ってみる。しばしのおつきあいのほどを……。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.02

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  湯布院映画祭２００７～最終回

  　　　　　　　『大魔神怒る』は藤村志保さん。　　　　　　　『越前竹人形』は若尾文子さん。　　　　　　　『小太刀を使う女』は京マチ子さん。中村玉緒さん。ふふふ、みなさん、大映らしい女優だ。これぞ大映という感じだ。東映、松竹、東宝、日活ではない。昔の映画は、それぞれの会社の個性があった。女優はその最たるものだが、大映らしいものがまだある。「カツライス」と「大映三一システム」という言葉だ。あなたは知っているだろうか。テヘヘヘ、私は知らなかった。「湯布院映画祭」のパンフレットを読んで初めて知った。「カツライス」当時の大映を支えたのはふたりの俳優だ。勝新太郎と市川雷蔵だ。ふたりの名前から「カツライス」と言われていた。大映の娯楽映画を撮り続けた四人の監督がいる。森一生、三隈研次、田中徳三、池広一夫という職人監督だ。その名前に数字が入っている。三と一、「大映三一システム」の由来だ。当時、この四人の監督の作品はなかか評価されなかった。大映京都撮影所が倒産で映画製作が中止されて三十年が過ぎた。「大映京都の時代劇は面白い。他社にない独特の味わいがある」大映映画を見る機会がなくなって、その良さが見直されている。そこで、「湯布院映画祭」で特集をしようということになった。九州の盆地の片田舎で素晴らしい映画を見ることができた。　　　　　　　由布院で映画を見ながら、私はいつも思ってしまう。映画祭のスタッフ達の頑張りにいつも頭が下がってしまう。二日酔いで頭が痛いということではない。スタッフ達は給料の何パーセントを会費として納入している。それだけでなく、いろいろな機会に、寄附をしている。それに、弁当なども自前なんだ。「何でそんなに頑張れるのか？」私の問にニヤニヤと笑うだけだ。そうそう、二万五千円の全日券を購入して、五日間、映画を見続けてくれる人もいる。相部屋の旅館に泊まり、ひたすらに映画を見続ける。「湯布院映画祭」には昼食をとる時間をとっていない。映画、シンポジウムの合間に、、おにぎりを食べてということになる。湯布院映画祭、スゴイぜ！「湯布院映画祭」が終わると、由布院は一気に秋の様相を見せる。そう、由布院の夏が終わったということだ。（終わり）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.09.01

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  湯布院映画祭２００７～４

  　　　　　　　薄暗くなった中央公民館のスロープを上がる。右側に由布院小学校の校庭が見える。サッカーの練習をしている子がいる。フムフム、映画に関心がない子供なんだろう。「おいおい、今年の映画は『大魔神怒る』という面白い映画なんだぜ」私はそう教えたくなった。そう、前夜祭の上映会は無料で、町民の人ともに楽しもうという狙いもある。会場に入って驚いた。子供達の姿が多く見えた。フムフム。いいではないか。映画を見に来ている子供達がいる。平和ということだよ。映画を家族で見る。それが一番だ。関係者が挨拶をする。みんな簡単だ。それがいい。実行委員長がステージに上がる。「野外上映会だから、足下が見えないと思ってこんな格好で、すんまへん」委員長の足元を見た。旅館の下駄を履いていた。ああ。映画が始まった。ストーリーは善い人と悪い人が完璧に区別されていた。善い人が悪い人に虐められる、苦しめられる。乙女が祈る。涙を流す。さあ、どうなるか、ふふふ、大魔神様が怒る。ゲエッ、大魔神様、ものすごい短足だ。短足の私でも「勝った」と優越感を感じるほどの短足だ。ウルトラマンのように足でキックなどはできない。ゴリラのようにしっぽで相手を倒すことはできない。ふふふ、眼力があるのだ。目でジロッと睨むと凄い光を放つのだ。私も瞳は細い。しかし、怒っても凄い光を放つことはできない。ああ。最後は、大魔神様のおかげで善い人が助けられて平穏の日々が戻る。メデタシ、メデタシ……「完」という一文字が浮かび上がる。パチパチ、ホール内に拍手が沸き上がる。これが由布院なのだ。素晴らしい映画を見られた。ありがとう。拍手をする。現代の人が忘れている感謝の心だ。　　　　　　　　ロビーに出ると、大魔神の模型が置かれていた。やはり映画祭の関係者がポケットマネーを出して製作している。これが、そこが湯布院映画祭に対して、私の頭の下がるところだ。私は足の長さを確認して、交流会のある乙丸公民館を目指した。なあに、短足の私でも五分ぐらい歩けば着くところにある。ふふふ、公民館前では焼き鳥の煙が上がっている。ふふふ。　　　　　　　そう、湯布院映画祭は映画を見るだけではない。みんなで「見て」「呑んで」「語る」ということなのである。さあ、交流会が始まるぜよ。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.08.31

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  湯布院映画祭２００７～３

  　　　　　　　　映写機を撤収するスタッフ　焼き鳥の用意をしていた青年団は乙丸公民館に移動し始めた。映画祭のスタッフは映写機の撤収を始めた。そぼ降る雨に、どうも野外上映会を諦め、中央公民館での上映に決めたようだ。「雨男」、私はふたつの漢字を思い浮かべていた。仕方がない。中央公民館での上映まで、どこかで呑むことにしよう。平成通りにある小さな居酒屋の戸を開いた。暗かった。誰もいないのだろうか。不用心な店だ。鍵をかけなくても安心、これが田舎、由布院なんだろう。おお、白い犬が駆け寄ってきた。おばあさんが出てきた。「お客さんですか？」おばあさんが怪訝そうな顔で問いかけてきた。ふふふ、客でなくて、誰が来る。「待ってな。父ちゃんを呼ぶけんな。父ちゃん」これはいい。これこそ、盆地、由布院の居酒屋だわいな。「ビールでいいかい」おばあさんは冷蔵庫からビール瓶を取り出した。栓抜きで栓を抜こうとするがなかなか抜けない。私は手を出して抜いてあげた。「歳をとると栓さえ抜けない。ふふふ、つぐぐらいはできるよ」おばあさんがビール瓶を持ってコップに注いでくれた。瓶が震えていた。「へへへ、何年ぶりかのう、お客さんにビールを注ぐのはのう」おばあさんが嬉しそうに言った。グビィと私は一気に呑んだ。「おばあちゃん、とってもおいしい」微笑むおばあさんの背後から、おやじさんがのそっと現れた。「いらっしゃい。何を差し上げましょうか」おやじさんが出てくると、おばあさんは静かに引っ込んだ。「冷や奴とリュウキュウをお願いします」「ようがす」それたけだ。後は静かだ。おやじの包丁を握る音がした。豆腐の上にやけにカツオブシが多くのっていた。リュウキュウはこれまたゴマが多くかけられていた。ビールを呑み終わると、焼酎のロックを頼んだ。「お客さんは映画祭に来たのですか？」私が持っていた映画祭のパンフレットをおやじさんは見つめていた。「ええ、そうです。ても、雨のため、野外上映会が中央公民館に変わってしまった」「そうですかい。私しゃあ、ここ三十年、映画に行ったことはありません」「三十年も、そうですか。最後に見た映画は……」「由布院の映画館です」私は驚いた。「湯布院映画祭」のコピーを思い出した。〈映画館はない町での映画祭〉と、映画館のないことを威張っていた。「駅前の通りの川の橋のたもとにときは館という映画館があったのです」おやじさんはいとも簡単に言った。「へーえっ、そうですか」新しい発見をした。コップに残った焼酎をグビイッと呑み干した。「お勘定をお願いします」「千五百円ちょうだいしやす」うん、気持ちはほろ酔い気分になっていった。「中央公民館で映画を見てきます」「ありがとうございます。ごゆっくり見て下さいな」おやじさんの見送りの言葉を受けて、私は外へ出た。雨は止んでいた。おやまあ、どうしたもんだろうな。ああ。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.08.30

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  湯布院映画祭２００７～２

  　　　　　　　電車は由布院に近づいていた。夏晴れの上々の空模様だ。これなら雨が降らないだろう。「ヨシッ」と、私は私に気合いをかけた。エッ？！南由布院駅を過ぎると、突然に空が曇ってきた。「あれ～えっ」私の気力が萎えてきた。これはやばいではないか。盆地全体が暗くなった。電車が由布院駅に着くと同時に、ポツリポツリと雨が降り始めた。これはなんじゃ、これは雨ということなのか。駅員に切符をあげて恐る恐る駅前に出た。「雨男が来た！」アッ、映画祭のスタッフのひとりが私を指差した。駅前にいた旅館の関係者が私を恨めしそうに見つめた。由布院の地域づくりは、これだから素晴らしい。映画祭、絵前広場でやる。スクリーンを立ち上げる。旅館から大勢の関係者が出て応援してくれる。行政主導の地域づくりではこうはいかない。ふむふむ、しかし、今は感心している場合ではない。みんなの視線をどう遮るかということだ。「みなさん、こんにちは、さすが由布院、涼しくなりましたね」涼しくもなろうというものだ。小雨が降っている。降らしたのは誰だ。みんなの視線が強くなる。ああ。「今夜、上映される映画は『大魔神怒る』でしたよね」エヘラエヘラ笑いながら、私は尋ねた。みんなは首を縦に振った。「それならば少しは雨が降ったり風が吹いた方が迫力ありますよね」言ってはいけないことを言ったと、私は思った。「そういう問題ではないと思いますよ」案の定、みんなの視線はより冷ややかなものとなった。ああ。ここは逃げるが勝ちと、私は旅館に逃げた。逃亡者、デビットジャンセン、うんリチャードキンブルの気持ちになった。チェックインして露天風呂に入った。おお、由布岳が見える。晴れてきているではないか。これなら野外上映会は開催できそうだ。私は再び駅前に行った。おお、スクリーンが張られていた。「これなら上映できますよね」私はエヘラ笑いをしながらスタッフに声をかけた。うん、かけた瞬間、ポツリと冷たいものが頬をかすめた。もしかしたら……雨……ああ。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.08.29

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  湯布院映画祭２００７～１

  　　　　　　　　　８月２２日の由布院由布院盆地の夏は、『ゆふいん音楽祭』で始まり、『湯布院映画祭』で終わる。今年の『湯布院映画祭』が、八月二十二日から二十六日まで催された。いつものように、初日の前夜祭は、『野外上映会』が開かれる予定だった。野外上映会、昔、あちこちの広場や公園で開催された。竹竿などで張られたスクリーンに、映画を映写して楽しむのだ。映画館のない町や地域では、大人や子供にとって最高の楽しみだった。その楽しみを、由布院盆地で再現しようということだ。由布院駅前を夕方から交通止めして、道路が桟敷となる。駅のポールに縛られた竹竿にスクリーンを張る。標高五百に近い由布院だ。夜ともなれば涼しくなる。『湯布院映画祭』の前夜祭、星空の下の最高の映画の場となる。「駅前で星空の下で映画を見られる。　周辺では地区の青年団が焼き鳥や鉄板焼きの屋台を出しビールも呑める」そういう話を聞いていた。なんと心揺さぶるシチュエーションではないだろうか。少し早めに行って、旅館にチェックインし、温泉に入って、下駄を履いて由布院駅前に行く……ああ思うだけで武者震いしてくる。　　　　　　　　　例年の野外上映会前夜祭、野外上映会、私は一度も行ったことがなかった。翌日の中央公民館での上映会から行くことにしていた。私が「前夜祭」になぜ行かなかったのか。あの……私は、実は、正直に言うと、「雨男」なのだ。若い頃から登山やキャンプを趣味としてよく行った。いつも雨だった。なぜか雨が降られたものだ。雨の中の山登りやテントの設営、私はなぜか上手くなっていた。静岡の修善寺に友人ができて四度ほど出かけた。最初の時など、私は台風を連れて行った。以来、雨に降られるか、曇りの日が多かった。修善寺の達磨山から富士山を眺める機会はまだない。入学式、卒業式などの想い出は、雨とともに思い出す。女性と初めてのデートも雨だった。城島の野外ジャズコンサートは、いつも雨が降った。人生六十年、大切な時、楽しい時、いつも雨だった。自分が「雨男」と自覚した時以来、私は野外のイベントに出かけないようにした。そういうことで、『湯布院映画祭』の前夜祭に一度も行ったことがなかった。去年は青森のねぶた、今年は阿波踊り、野外のお祭りに出かけた。雨は降らなかった。熱く燃えるお祭りを楽しむことができた。私の「雨男」の神通力が衰えているのではないか。そうだよな。六十だ。歳をとったから気力が衰えている。もう「雨男」ではない。私は「雨男」ではない。私ははじめて『湯布院映画祭』の前夜祭に行くことにした。（つづく）人気blogランキングへ←ランクアップのために良かったらクリックして下さいな！

  2007.08.28

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  感激！阿波踊りの旅～最終回

  　　　　　　　「すいませんが、渋滞が予想されます。十七時半のフェリーに乗りますので、　十二時四十分までに食事を終えて、バスにお戻り下さい。　すみませんが、トイレもちゃんとお済ましてお願いします」おっと、すみません添乗員が帰ることを宣言した。屋島、栗林公園、観光というよりもお土産屋への案内が終わると一路帰途に着くことを宣言した。ふむふむ、お土産屋ツアー、そのものの実態を、私は知った。うん、怒るよりも、私は感動していた。おばちゃんたちのパワーに圧倒されていた。そう、人は「生きる」ために働く。ああ。昼食を終えると、バスはスピードをあげた。どれくらいのスピードかここでは書けないがスピードを出していた。私の運転が異常に遅いから、そう感じがしたのかもしれない。すいません添乗員がマイクを嬉しそうに握った。「すみません、七時のフェリーに乗る予定でしたが、　渋滞がなかったので、早めに着きそうです」「十七時じゃ」一番前に座っているはあさんがぼそりと言う。。「すみません、十七時でした。　そこで一便早い、十六時のフェリーに乗りたいと思います。　すみませんが、一時間早くてはいけないという方はいませんかね」パチパチという拍手が起きた。「すみません。この拍手は了解ということなんでしょうね」すると、バスがまた急にスピードをあげた気がした。フェリーにはギリギリに間に合った。ふむふむ。「すみません。フェリーが佐賀関に着いたらバスを降りる人がいます。　そこで今回の旅が終わるということです。　すみませんが、ここで、お礼の挨拶をしたいと思います」「慌ただしい行程ですみませんでした。楽しむことができたでしょうか。　本当にすみません。本当にお疲れ様でした。　　すみませんが、明日からお仕事でしょう。　すみませんが、明日が休みという人はいませんよね」「ずーっと休みじゃ。死ぬまで休みじゃ」ばあさんが突き放すように言い放った。「すみません。今回の旅へのご参加、ありがとうございました」すいません添乗員は頭を深く深く垂れた。そういうことで、すみませんが、これで今回の旅のレポートを終わりとします。テヘヘヘ。 ■私が応援しているブログです。　　　　一度覗いてみて、良かったらランキングをクリックして下さいな。　　　　九州の山奥にある小さな田舎の不器用なお店です。　　　　小さな店を知ってもらうためのささやかな挑戦です。ああ。　　　→里の茶店「しゃらの木」・フク爺さんとサチ婆さんの立ち話

  2007.08.27

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  感激！阿波踊りの旅～１０

  　　　　　　　屋島の観光を終えると、栗林公園へと向かった。バスから降りると、カーッと陽射しが照りつけてきた。「バスは停まりますと冷房を切ります。 すみませんが、みなさん、全員降りて下さい」すみません添乗員さんが叫んだ。叫ばないと、みんな、外へ出る勇気が湧いてこなかった。アチイーーーーイッ、痛てえ暑さだった。陽に焼けたおばちゃんが旗を持って待っていた。これまたやけに愛想が良かった。なぜだろう。私はおばちゃんに対する警戒心を解かずについていった。「ここの駐車場、動物園だったの。　いい動物いなかったから駐車場に変わったの。動物はどうしたのでしょうね」　ああ、そこの木陰で立ち止まってね。ここで話をしましょう」おばちゃんは栗林公園の話をし始めた。ペラペラペラ、話すは話す、ペラペラペラ、凄い連発銃だ。歩き始めても、ペラペラ、話は止まらない。「ここに美しい松があります。一番の松はこれではありません。　もっと奧にあります。そうアソコにある三角形の松、あれが一番」ふむふむ、誰が一番、二番と決めたのだろう。私はおばちゃんにそっと聞いた。「うん、私が勝手に決めたの。その方がわかりやすい」ギャフン。それにしても、松はきれいに剪定されていた。その松を剪定していたおじさん達を差しながら、おばちゃんはのたもうた。「この公園、松の管理は十五人の職人がやっております。　ちゃんとした高松市の公務員であります。　私、私はパート、お土産屋のパートであります。　いつでも首切りＯＫのパートです」エッ、お土産屋のパート、じゃ、この公園の観光が終わるとお土産屋まで連れていかれるということじゃないわいな。ああ。栗林公園の案内を終えると、おばちゃんは深く頭を下げた。「私はここで宣言します。最近、離婚しました」おう、ガイドの女性が離婚したことを宣言した。宣言したからって何になるのだろう。「離婚の原因、それを告白したいと思います」おう、離婚の原因を告白する。告白されたって、なんと言ったらいいのだろう。私達は観光客なのだ。「私がムクチだからです」先程からペラペラペラとしゃべって無口とは、私は無口になった。「離婚した私です。生活が大変です。　そこで、首にならないように、これから案内するお店でどんどん買って下さい。　私の名前を言うと、消費税サービスします。　さあ、レエッラ、ゴー！！」ああ、四国の観光、お土産屋さんバンザイ、私は両手を挙げてしまいましたがな。■私が応援しているブログです。　　　　一度覗いてみて、良かったらランキングをクリックして下さいな。　　　　九州の山奥にある小さな田舎の不器用なお店です。　　　　小さな店を知ってもらうためのささやかな挑戦です。ああ。　　　→里の茶店「しゃらの木」・フク爺さんとサチ婆さんの立ち話

  2007.08.26

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  感激！阿波踊りの旅～９

  　　　　　　　　阿波踊りを見た。後は大分へ帰るだけだ。帰途、屋島や栗林公園を観光して戻るらしい。まあ早く戻っても仕方がない。観光させてもらえる。ありがたいことだ。　まずは屋島だ。　バスを降りると五十近いやけに愛想のいいおやじさんが待っていた。「今回、屋島観光を案内させてもらいます」　旗を持ってマイクで話しながら先導し始めた。声が小さかった。「ワシは耳が遠くて聞こえんのや。年寄りには大声でガイドするもんや。それが常識なんや」　おばあさんが大きな声でのたもうた。ガイドのおやじさんだんまりだ。知らぬ存ぜずのような顔をしていた。ふむふむ。　ふむふむ、観光客のおばさんとガイドのおやじさん。ふむふむ、面白い展開だ。「義経が太刀を洗った血洗の池といいます。赤くないって、おばあちゃん、来るのがちょっと遅かった。もう少し早く、そう千年は早く来て欲しかった」「馬鹿んこと言わんで、できんことは言わんもんや」　ガイドのおやじさんだんまり。ふふふ、だんまり戦術ときたか。「ハイッ、展望台はすぐそこ、その前に、このお土産屋に入ってね。うん、買わなくても結構、冷たいお茶だけでも飲んでいってよね」　おやじさん、立ち止まって店の中に案内する。これまた愛想のいいおばあさんがヤカンから麦茶を注いでくれる。麦茶をふるまいながら、おばあさんは微笑みながら声高く話し出した。「このガイドのおやじさん、この店の社長、私、この人のお母さん、社長嘘つくけどお母さん嘘つかない。　さて、このオリーブ油、見て見て、私七十過ぎよ、この肌、このオリーブ油を少しつけるだけ。デパートのは外国産、ここは小豆島、安全でよく効く、しかも安い」　おっと、このガイドのおやじさん、土産物屋に先導してきたのか。ふむふむ、バスに乗り込んできたおばちゃんを、私は思い出していた。四国観光、お土産販売に対する熱情、恐るべしだ。「かあちゃん、今日のお客さん、大分の人だから、三百円割引しよう」　ガイドのおやじさんか社長というかがのたまわく。おう。経営者が言うのだ。「息子というより社長が言ったからには負けましょう。息子は社長、私は素直な従業員です。オリーブ油で美しいおばちゃんです。さあ、そこで普通なら三千二百円が二千九百円となります。二千円台でオリーブ油が帰るとはお客さんは幸せよ」　私は何も言えなかった。大分んしは三百円安いということで突然に買い始めた。ああ。　みんなが買った後でも、社長のガイドのおやじさんは最後まで案内してくれた。バスの客達が展望台に行って瓦せんべいを投げていた。ぼんやりと見ていた私に、ガイドのおやじさんがぼやいた。「なんでこんなことを、毎日、せんといかんのやと思います。親は大学を出してくれたのにね。五年も大学に通ったのですよ。ああ。あそこで二号車のガイドをしているヤツは私の家内です。家内もこんなことをするために、私と結婚したとは思っていませんよ。エッ、いくつかって、五十歳、人生半分ですよ、ああ」　おやじさんのぼやきより、五十歳、人生半分に驚いた。　わかりますよと言いかけて、私は空を眺めて言った。「今日も暑くなりそうです。ご苦労さんです」■私が応援しているブログです。　　　　一度覗いてみて、良かったらランキングをクリックして下さいな。　　　　九州の山奥にある小さな田舎の不器用なお店です。　　　　小さな店を知ってもらうためのささやかな挑戦です。ああ。　　　→里の茶店「しゃらの木」・フク爺さんとサチ婆さんの立ち話

  2007.08.25

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  感激！阿波踊りの旅～８

  　　　　　　　朝、目を覚ました。窓のカーテンを開けた。アーケードの天井が見えた。昨夜遅くチェックインしたからよくわからなかった。ホテルはどうも商店街の近くのようだ。徳島市内のホテルはとれなかったようで高松市まで夜遅く戻ってのチエックインしたことを思い出した。そう、徳島で阿波踊りを見て、高松のホテルで眠ったのだ。私は顔を洗って、早朝の街の散策を始めた。驚いた。朝の七時というのに「うどん屋」が開店していた。アーケードの「うどん屋」すべてが開店していた。さすがうどんの讃岐じゃわいと、私は変な感心をした。ふむふむ、それもほとんどの店がセルフのようだった。メニューを見た。「すうどん」が百円だ。おどろきだ。基本は「すうどん」だ。それにトッピングしていくらしい。喰いたかった。ひたすらに喰いたかった。朝食はホテルに付いているので我慢をした。ただね、次から次へとうどん屋に入っていく若者達を見た。「讃岐の人は一日に三食うどんを食べる」ことを実感した。ホテルに戻りレストランに行った。バイキングだった。おお、うどんもあるではないか。湯切りもある。これは本格的ではないか。どんぶりに入っている麺を湯切りに入れて湯につける。私はふた玉入れた。麺は一度湯がいていたので、一分間ぐらいつけて湯を切った。薬味のネギをたっぷりかけてつゆをかけた。ふふふ、バイキングといってもちゃんとしたうどんではないか。麺にコシもあり。つゆのコクがある。ふむふむ讃岐恐るべしだ。うどんを喰いながら、後悔した。テーブルの上に並べられた中に、卵、納豆、大根おろしなどがある。ああ、これらをトッピングすれば良かったな。ああ。食事を終えると、ホテルの前に停まっていたバスに乗った。「すみませんが、みなさん、よく眠られましたか？」ハーイ、よく眠れましたとの返事を、添乗員さんは期待していただろう。うん、私もぐっすり眠ったから、そう言おうと思った。「全然、眠れんかった。パトカーや消防車の音で眠れんかった」「そうや、何があったんやったろう、窓を開けち、外を見たけんどわからんかった」「暴走族じゃねえんかい、消防車もあったけ違うんかな」バアサマたちがほざくこと叫ぶこと、ヘエーッと私は驚いた。「すいません。私は熟睡していてわかりませんでした」添乗員さんは頭をかいていた。そう、私も熟睡していた。なーんにも気づかなかった。ああ。■私が応援しているブログです。　　　　一度覗いてみて、良かったらランキングをクリックして下さいな。　　　　九州の山奥にある小さな田舎の不器用なお店です。　　　　小さな店を知ってもらうためのささやかな挑戦です。ああ。　　　→里の茶店「しゃらの木」・フク爺さんとサチ婆さんの立ち話

  2007.08.24

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  感激！阿波踊りの旅～７

  　　　　　　　興奮しながら踊りを見ていて、私は考えた。ふむふむ、おなご衆の踊りがあるから、男衆の踊りも引き立つ。おなご衆がいないと、男衆の踊りはただの宴会芸だよなと思った。おなご衆がいて男衆の存在が見せられる。おう、徳島県の離婚件数が全国の最低のベストスリーに入るようだ。えっ、徳島県の初婚年齢では全国のベストファイブに入るようだ。特に女性の初婚年齢はベストワンにあるようだ。早く結婚して添い遂げる。ああ、なんと麗しい徳島のおなご衆よ。おなご衆のおとこ衆の踊りに、観衆は思わず拍手をする。すると鳴り物が激しく鳴り始めた。なんだろう。この迫力はどう表現したらいいのだろう。次から次へと、連が出てくる。テレビに出る有名な女性アイドルの連もあった。「ビールはアサヒ、ビールはアサヒ」とかけ声をかけていた。そう二拍子だから、かけ声はどのようでも変えられる。「キータンはいい男、キータンはいい男」うん、字余りでうまくいかない。私はビールをあおりながらコップの銘柄を見た。アサヒだった。ああ。それはそれとして、歴史的な有名「連」にはより迫力があった。迫力というより、奥深さといったらいいのだろうか。最近、全国の街々で催されている「阿波踊り」のイベントにはない雰囲気だ。これは阿呆ではできない。これは阿呆でしかできない。徳島の人はこの瞬間のために、一年を生きているのだろう。二時間のうちに総勢二十連ぐらいが出てきたのだろうか。　　　　　　　終わりの「連」が通り過ぎると、沈黙の一瞬があった。これはどうしたのだろう。終わったのかなと思った。するとね、三味線の音が入り口からけたたましく聞こえてきた。おおーーおっ、何十人、何百人の三味線の弾き手が歩いて来るではないか。その群れは、中央付近に来ると左右にきれいに分かれた。おう、今度は、鉦、太鼓、笛、鼓などの何百人もの弾き手が入ってきた。なななんということを見せてくれるのか。おお、これまた、中央付近まで来ると、左右に分かれた。オエーーーーーーーエッ、入り口から、何百何千もの踊り手が現れた。「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損々」全員が唄いながら、全員が正調の阿波踊りを踊りながら通り過ぎていく。ああ。何という演出なのだろう。何という踊りを、人の想いを見せてくれるのだろう。これは実際に見なくては体験できない。青森のねぶたや、秋田の竿灯も確かに素晴らしい。しかし、阿波踊りは踊り手と鳴り物だけで見せてくれる。こんなダイナミックな人間だけのショーを、私は初めて見た。亡くなった人を偲ぶ人の踊りの優雅さに、私は感動していた。　　　　　　　バスが待っている集合場所に歩いていた。おっと、三人のおなご衆たちがベンチに座って休んでいた。蓑傘のままうちわで扇いでいた。艶っぽかった。「お疲れ様でした」と、私は声をかけた。「ありがとう」その声があまりにも幼かったので驚いた。遠くに眉山が黒いシルエットを見せていた。■私が応援しているブログです。　　　　一度覗いてみて、良かったらランキングをクリックして下さいな。　　　　九州の山奥にある小さな田舎の不器用なお店です。　　　　小さな店を知ってもらうためのささやかな挑戦です。ああ。　　　→里の茶店「しゃらの木」・フク爺さんとサチ婆さんの立ち話

  2007.08.22

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