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テーマ:お勧めの本(7401)
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ラジオのDJをしている野枝は、新天地で新しい生活をはじめようとしていた。
他人を必要以上に信用しないし、期待もしない。誰かと信頼を築いてもそれは一時のものでやがて壊れていくから。相手との関係を失って傷付くくらいないら、最初から心を開かないほうがいい。だって傷付けられるのは辛い。自分の醜い容姿がコンプレックスの主人公、野枝は人となるべく深く関わらずに、派手なことはせずにひたすら地味に生きて行きたいと思っていた。 「待ってました」と言いたくなる絲山秋子の作品でした。私が絲山秋子の作品で一番好きだったのは「袋小路の男」で、賞を穫った「沖で待つ」も良かったと思うのですが、何だかその後の作品は特にこれといって引っかかるものが無く、昔の絲山秋子カムバックと思っていたのです。 誰とも深くつき合うことを拒否して来た主人公野枝の卑屈さと頑さに最初読んでて少々イライラしながらも、顧みれば自分にも少なからず野枝に通じることろがないとも言えず、不思議と共感を覚えてしまっていたり。そうなんですよね~、自分に当てはめて考えてみても若い頃に比べて、年齢を重ねてくると様々な(その大部分はあまり良い経験とは言えない)経験から、野枝ほどではないにせよ過大に期待をするということをついついセーブしてしまう傾向が出て来てしまうように思います。まあ、野枝は年を重ねて経験を積んでというよりは、幼い頃からそんな傾向で生きてきたわけなのですが。 野枝のその考えは恋人であった美丈夫との関係にも当てはまってて、ひたすら傷つかないために、彼に求めないし、何も期待しない。いつかは終わってしまう関係だと諦観していたから、二人でいるときでも早く終わってくれとひたすら願っている。野枝のそんな失うくらいなら最初から何も手に入れないというモットーは、なんだか相手に人一倍大きな愛情を持ってしまうからという裏の面を孕んでいるようで、それが読んでいくうちに切なく痛々しい気さえもします。実は野枝は本当は人一倍感情豊かでその分傷付きやすいために、小さいころから期待を押さえ込んでしまうようになったのではないかと思ってしまいます。 やがてそんな野枝の頑なな心は新しい土地での仕事、出会いを通してしだいに変化していくのですが。 読み終えてなんだか綿谷りさの「夢を与える」を思い出してしまいました。 人との繋がりを拒絶してしまった主人公というのが、この作品の野枝と通じるものがあるように思ったのですが、「夢を与える」は繋がりを拒絶したまま話が終わってしまうのに対して、この作品主人公は少しずつ周囲に手を伸ばしはじめる。二つの主人公は似ているようでその結末は逆の方向へ開いた終わり方をしています。 人との付き合いは、決して思いどおりにならなくて、落胆したり煩わしかったりするのですが、それでもそこに光に似たものを少しでも見いだしていければ良いのではないか。決して都合良くも薄っぺらくもなくそれをリアリティを伴いつつ、結末をここまで導けた作者の力量に圧倒されます。 絲山秋子の本領発揮な感じの素晴らしい作品でした。マニアックなインディーズミュージックと外国車はもう絲山作品の定番で、今回ももちろん登場します。 「海の仙人」と似たテイストの語り口なのですが、私はこちらの方が断然好きでした。読んで損はない作品です。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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