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テーマ:iPhone(1913)
カテゴリ:Digital
会社支給のiPhoneが使いづらくて辟易している。 なぜだろう?あれほど世間で使いやすいと評判なのに? 自分は7~8年、Androidばかり使い続けてきた。まだiPhoneに慣れていないだけなのか? いや、きっと違う。 そして、何が使いにくいのか、判ってきた。 そして、それは今までApple製品を使ってこなかった理由と繋がているというか、辻褄があった。 凄く、自分としては納得がいった。自分にはApple製品は合わない。確信した。 その理由を記録しておく。 まず自分が引っかかったのは、Safariでブックマーク登録しようとした時だった。 ごく普通の人がごく普通にする操作。だがそこで引っかかった。 ブックマークのボタンの長押し、それに気づかなかった。 「そのぐらい気づけよ!」「iPhoneじゃ当たり前」そんな声が聞こえてきそうだ。 でもそうだろうか? ブックマークのアイコンはすぐに気づいた。本を開いたアイコン。そう、ブックだから本のメタファー。 それは判る。 では、本を長押しするとはどういうことか?そんなメタファーはない。 現実世界を模倣する(メタファー)ではなく、Appleの中の誰かが「長押しで登録出来るようにUIを設計した」だけ。 そこに「判りやすさ」はない。「こういう設計だから、使う人間が慣れろ」という提供者側の論理しかない。 自分はApple製品は、ともかく「シンプルイズベスト」という設計思想を貫いていると考えている。 そう、大昔、まだ自分がPC9801を使っていた約30年前、ボタンが二つあるマウスを普通に(便利に)使っていた。 その自分からすると、なぜAppleのマウスはボタンが一つなのか?理解できなかった。 そこで長押し、という「Appleの設計の基本思想」ができた、らしい。 でも(たぶん、スティーブ・ジョブスが)シンプルな外観にすさまじくこだわった結果、Appleの製品からはどんどん「ボタン」とかそぎ落とされていった。 それを「美しい」と思う人もいるだろう。でも自分にとっては「え?やりたいことをどのボタンでやればいいの?」と戸惑うばかり。 ブックマークへの追加のやり方がわからなかったように。 つまり、直感的に見てわかるUIではなく、「Appleの誰かが決めたルール」に従わされる。従わないと使えない。 自分から見れば「押しつけがましさ」以外の何者でもない。 自分はこれまでも公言している通り、キーボード付きの携帯端末が大好きだ。 フリック?ソフトキーボード?そんなのより、QWERTYの物理キーボードがついてた方が、早く打てるでしょ? なんで、面倒なフリックとかやらないといけないの? 自分がやりたいのは「考えを文字情報にすること」であった、AppleのUIと戯れることじゃない。 Appleの誰かの思想に染まることなんて、とんでもない。 シンプルイズベスト?否定しない。でも人間は、そんなにシンプルでなくても慣れることができる。 そして、慣れてしまえば、QWERTYはフリックよりはるかに素早く文字を打てる。 そして、QWERTY物理キーボードなら、画面を観なくても文字を打てる。 事実、自分はノキアE61の小さな、所謂ブラックベリースタイルのキーでさえ、ブラインドタッチで文字が打てた。 でも、ソフトキーボードで画面を見ずに文字が打てるか?ありえない。 そうやって視力を酷使させられるなんてまっぴらごめんだ。 自分は、沢山(でも慣れられる範囲の数の)キーがついているデバイスの方が、はるかに好きだし、使いやすいし、ある意味美しく感じる。 見た目のために人間が従属するなんて、糞くらえだ。 だから、会社から強制的に与えられでもなければ、決してApple製品を使うことはない。 死ぬまで。
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最終更新日
2021年06月11日 19時49分32秒
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