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KAY←O -ノックアウト-

KAY←O -ノックアウト-

1週目・木曜日



期間限定の恋人・1週目木曜日



 朝のホームルームの時間、学級委員長である八郎と副委員長である留美が教壇に立ち、球技大会の打ち合わせが始まった。
 バスケ部である平太は、バスケット以外の球技を選択しなくてはならない。平太は黒板に次々と書かれていく種目を眺めながら、何にしようかなと考えた。
 不意に司会をしていた八郎と目が合った。平太は夕べのことを思い出して顔がカーッと熱くなるのを感じた。それを見ていた留美が、八郎の横でニヤリと笑った。
 ―――あいつ、はちやんと俺が夕べチューしたって絶対思った。
 平太は火照った顔に手を当てると、顔を横に背けた。

 「ねえ、何にする?私、正直言って宮前さんと同じ競技嫌だな。」
 隣の席の女子が後ろの席の女子と話をしているのが漏れ聞こえた。留美の名前が出てきたので、平太は思わず聞き入ってしまった。
 「え、何で?宮前さんダメ?」
 後ろの席の子が、聞き返すと、前の子が私、去年お同じクラスだったんだけどと言って、声をひそめた。
 「あの人、すごいマジメじゃん?たかがイベントなのに、すっごい練習させられるの。2時間も前に登校させられたりして。冗談じゃないっつうの。」
 女の子たちがさらに声を弱めて、ぼそぼそと話し出したので、平太は聞くのをやめて留美を見た。留美は手入れの行き届いたサラサラのストレートヘアを耳にかけ、背筋をピンと伸ばした姿勢のまま、教卓でノートに板書した文字を書き写していた。

 平太はあの会話を聞いてから、留美のことが気になって仕方がなかった。八郎のこともそうだったが、留美に関しても、誰と仲が良くて、普段何をしているのか全く知らないことに気づいて驚いた。
 ―――俺って、案外自分のことしか考えてなかったのかも・・・
 授業中こっそり教室の後ろを振り返ると、真剣に授業のノートを取る留美の姿が見えた。

***

 昼休み、授業が終わると、留美が鞄を持って一人教室で出て行くのが見えた。
 「へーたー、学食行こうぜ~。」
 いつも一緒に昼飯を食べる友だちが、つるんで誘いに来た。
 「悪い、今日は別行動。」
 平太は持ってきたおにぎりを引っつかむと、走って留美の後を追った。八郎はその様子を目だけで追った。


 留美は中庭のベンチに座って、膝の上にハンカチを乗せ、その上に弁当を広げた。最近ではここが彼女の定番の位置だった。中庭でバレーボールを楽しむ後輩たちの姿をボーッと眺めながらペットボトルに入れたお茶を飲んだ。
 「いっつもここで食べてんの?」
 突然声をかけられて、驚いてペットボトルを落としそうになった。
 「な、何してんのよ。」
 振り返ると、両腕におにぎりを抱えた平太が立っていた。平太は留美の問いかけを無視して、隣に座る。留美は平太から離れるように、ベンチの隅に座り直した。
 平太はその行為をさほど気にする様子もなく、おにぎりをほおばりながらパックのジュースにストローを挿して飲んだ。ものすごい勢いで食べる平太に、しばらく呆気に取られていた留美だったが、ハッと我に返ると、玉子焼きを箸でつまんだ。
 「ところで、昨日のチューはどうだった?」
 「ぶほっ」
 平太は留美のことが気になっていたために、すっかりそのことを忘れていた。むせる平太の背中を留美はトントンと叩いてやった。
 「して・・・ない・・・よ」
 平太はゴホゴホと出る席の合間に、袖で涙を拭きながら答えた。おでこにキスされたことは恥ずかしすぎて黙っていた。
 留美が背中を叩いていた手を止め、平太の頬をつねった。
 「いた゛た゛た゛た゛た゛。でも、でも、俺からおねだりしたんだから、屈辱は大いに味わったんだから、ゆるして。」
 留美はその言葉を聞いて、つねっていた手を離した。
 「へーたがしてって言ったのに、小泉君はしなかったってこと・・・?」
 平太がつねられた頬をさすりながらうなずくのを見て、留美は顔を曇らせた。それから留美は元の位置に戻ると、黙々と弁当を食べ始めた。その様子を見て、平太は首をかしげた。

 「お弁当、いつもお母さんが作ってくれるの?」
 平太は急に押し黙ってしまった留美に、気まずさを解消するように明るく聞いた。留美は平太のほうは一切見ずに、これくらい自分で作るわよとぶっきらぼうに返した。平太は驚いて目を丸くする。
 「ルミって何でもできるのな!」
 それ嫌味?と留美は平太を睨んだが、平太の顔が本気で感心しているようなので、赤くなって目を逸らせた。そしてボソリとつぶやいた。
 「まだまだ小泉君には追いつかないわよ。」
 平太は腕を組んで、確かにはちやんも何でもできるよなと言って、2、3度うなずいた。それから、でもさぁと言って留美の顔を覗き込んだ。
 「ちょっとひとりでがんばりすぎっぽくない?もうちょっと気楽に生きてもいいと思うぞ?」
 平太ののん気な笑顔を見て、留美は見る見る顔を赤くした。
 「あんたに何がわかるの!?余計なこと言わないでよ!」
 ハンカチを平太の顔に投げつけると、平太が怯んでる隙に荷物を掴み、教室の方へ走って行った。
 平太は投げつけられた留美のハンカチを見つめたまま、しばらくその場を動けなかった。


***

   平太が教室に戻ると、留美の姿はなかった。結局彼女は予鈴が鳴ってから教室に戻ってきたので、平太は謝ることもできなかった。

 放課後、ホームルーム終了のチャイムと同時に、さっさと教室を出て行く留美を平太は追いかけた。
 「へーた。」
 廊下にでたところで、八郎に呼び止められた。
 「部活、遅刻するよ。行こう。」
 平太はその言葉に足を止めたが、まだ留美を追いたい気持ちが大きく残っていた。
 「へーた。」
 再び八郎が振り向かない平太の名前を呼んだ。
 「でも、ルミが・・・。」
 足を動かさない平太に痺れを切らせて、八郎のほうから平太に近づいた。
 「ルミがああなのは、前からだろ?何?急に。」
 少し怒ったような八郎の態度に、平太は首をすくませた。
 「でも、俺、ルミがひとりなの知らなかったから・・・。」
 八郎はあからさまに大きくため息をついた。それを聞いて平太がうつむく。
 「へーたは今気づいたのかもしれないけど、ルミにしてみれば今更だろう?今のへーたの行為は、ただの自己満足にしか見えないよ。」
 容赦のない八郎の言葉に平太は唇を噛み締めた。
 「・・・でも、俺、やっぱり放っておけないよ。」
 平太が顔を上げると、八郎は怒ったような、悲しんでいるような、複雑な顔をしていた。けどすぐに顔を背けると、吐き捨てるように言った。
 「ああそう、じゃあ勝手にすれば?僕、部活行くから。じゃあね。」
 それから体をクルリと反転させると、平太を置いて行ってしまった。
 平太は言いたいだけ言われたことにムカつくよりも、八郎の顔に驚いてその場に立ち尽くした。
 ガラッと教室の後ろのドアが開き、クラスの男子が顔を覗かせた。
 「何、今怒鳴ってたの小泉?珍しいもん見ちゃった。」
 「サイトーちゃん。」
 平太が弱々しくその彼の名を呼び、首をかしげると、斉藤はあれ?と言って眉を上げた。
 「小泉って学級長やるだけあって、いっつもニコニコして、誰にでも当たり良いじゃん?怒ってるの初めて見たぜ?」
 そう、言われてみれば、そんな気もする。思い出すはちやんはいつも誰にでも笑顔だ。だけど・・・。
 「俺、結構怒られるよ?」
 キョトンとした顔で答える平太を見て、斉藤は笑った。
 「そりゃ、へーた、お前が特別なんだわ。お前の天然っぷりは素を引き出す何かがあるからなぁ。そうか、あの小泉氏ですらやられたか・・・。」
 彼は腕を組んで、平太に感心した。

 平太は人がまばらになった教室で、ひとり席に座り、斜め前の八郎の席を眺めた。
 『宮前はツンツンした近寄り難さがあるけど、小泉も、あの誰にでも同じように向ける笑顔が、一定距離置かれてるって気がするんだよな。』
 斉藤が言い残していったセリフを思い出していた。
 ―――はちやんも、ひとりなのかな。だからルミの気持ちがわかったりするのかな。
 平太は立ち上がると、八郎の席に座り、八郎の見る教室の景色をしばらく眺めてみた。

***

 「へーた・・・」
 八郎が部活を終えて出てくるのを、平太は剣道部の部室の前で待っていた。
 「俺、話があって。」
 聞こえるか聞こえないか位の小さな声で、平太はうつむいたまま八郎に告げた。八郎は少し微笑むと、平太の背中を押して駐輪場に向かわせた。
 「俺、はちやんの席に座っていろいろ考えたんだ。ルミの席にも座ってみた。」
 八郎はその発想に少し目を丸くして、クスリと笑った。平太は八郎のいつもの笑い声を聞いて、少し肩の力が抜けた。
 「俺、やっぱり、自己満足だって言われても、ひとりぼっちのやつ、ほっとけないよ。」
 平太は初めて顔を上げて、八郎を見た。
 「俺、はちやんにはわかってもらいたくて。」
 口をへの字に結んで見つめてくる平太に、八郎はクスリと意地の悪い笑顔を見せた。
 「何で?」
 平太は考えもつかなかったことを聞かれて面食らった。
 「え、何で?・・・なんでだろう」
 唇に手を当てて、考え込む。今日は考えてばかりだ。
 「僕が怒ったから?誰かに自分の行動は正しいって認めてもらいたかった?」
 平太は泣きそうになった。今日の八郎はなんだか意地悪だ。それでも八郎はしゃべるのをやめようとしなかった。
 「ねえ、へーた。もしクラス全員がひとりぼっちだったら、へーたは全員を公平に気にかけるの?」
 平太は足を止めた。鼻の奥がツンとした。手の甲で目をこする平太を見て、八郎はうつむいた。一瞬苦しそうな表情を見せたが、駐輪場から自分の自転車を探し出すと、サドルに腰を掛けた。
 「じゃあね、へーた。また明日。」
 八郎は小さくつぶやくと、無言でうつむく平太を置いて自転車を漕ぎ出した。平太は八郎を見送ることもなく、その場に立ち尽くした。


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