存在と思考
(大乗仏典1:善勇猛般若経:p211:戸崎宏正(訳):中公文庫)より引用『思考ということは、あらゆる存在に対して妄想することにほかならない。 じつに、あらゆる存在は思考されえないものであるから、存在はすべて思考されることができない。 それゆえに、存在を思考するというとき、それは妄想していることにほかならない。』■この文章に引きつづき、『存在は思考されることもなく、思考されないこともない』と書かれていますが、『存在は思考されないこともない』というのが妙に思えるかもしれませんが、ようするに、思考されるとか思考されないとか考えているのは思考の側であり、存在そのものは思考に関わることがない、ということだと思われます。こうしたことについて考えていることすべて、思考の側です。