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カテゴリ:野球史
1月22日投稿回に続いて,田村洋三さんが著した「沖縄の島守 内務官僚かく戦えり」についての話です。 島田知事が沖縄に着任した頃の話です。彼は 「私だって死ぬのは怖いですよ。しかし,それより卑怯者といわれるのは,もっと怖い。私が来なければ,だれかが来ないといけなかった……。人間には運というものがあってね……」 と語っていたそうです。 島田さんの友人の中野好夫さんの話です。 「そんな叡さんを作ったのはスポーツの精神,とりわけ三高野球部で養われた,それだったと思う。スポーツの世界じゃあ,前もってどんなに劣勢とわかっていても,逃げ隠れする手は絶対にないでしょ。劣勢とは知りつつも,何とかならないかと知恵をしぼり,あくまで全力を傾け,ベストを尽くす。これがスポーツの精神ですよ。叡さんは生涯,それを実行したと思うんだ」 このような単純な話ではないかもしれませんが,島田さんの人柄が窺える話であると思います。 . 面白い話が同書にあります。 島田さんは後輩が「グローブ」と言うとニコニコしながら「グラブ」と訂正したそうです。私も「グラブ」と言うようにしています。どちらが正しいという話ではないのですが,発音からすると「グラブ」が正しい,と主張する方もいるようです。 もう一つ,この当時,「延長」のことを「補回」と表したようです。私はこれについては初めて聞きました。 . 驚くべき話が次。 旧制三高(現在の京都大学,岡山大学)出身の島田さんは,東京帝国大学在学中,1924年に三高の監督を務めました。そして対一高(現在の東京大学,千葉大学)戦のために,文官高等試験(合格すれば高級官僚に登用)を犠牲にしたそうです。なかなかできることではありません。普通の人とは違った感覚を持った方であったのは間違いありません。 . . 沖縄の普天間基地をどこに移設するのか?日本全国の自治体で「ウチで引き受ける」というところはないでしょう。それはわかります。一番いいのは日本からアメリカの基地が撤退することなのですが,アメリカの言うことに逆らえない日本はそれもできません。しかしやってはいけないのは,沖縄の皆さんに「押しつける」ことだと思います。 . . . 話は変わって 1月23日,プロボクシングの世界ライトフライ級タイトルマッチ「寺地拳四郎対カルロス・カニサレス」戦が開催され,寺地選手が勝利しました。おめでたいことなのですが,この試合のTV中継はありませんでした。ユーリ阿久井選手も世界フライ級タイトルを奪取,那須川天心選手もボクシング転向後初のKO勝ち,話題性は十分だったのですが,大多数の方には生中継映像は届きませんでした。勿論,AmazonのPrimeVideoによる生配信はあったようです。観たかったらそちらを観ることになります。私はおそらく録画放送があるだろうwowowの「ExciteMatch」を待ちます。 . 木津川俊彦 投稿は必ず氏名と居住地(またはチーム名)を記載して下さい。 匿名での投稿は個人攻撃や誹謗中傷につながるのでご理解願います。 意見を述べるなら堂々と名乗りましょう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2024.01.24 09:07:59
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