黒子(黄火SS)
窓の外は雪空だ。今にも降り出しそうな鼠色。けれど室内は暖かい。適度な気温に保たれている。そして目の前には恋人がいる。シチュエーションとしては最高だ。流れる時間も、空気も。だが、反するように黄瀬の表情は渋い。家主である火神が相手をしてくれないからである。ずっと雑誌を読んでいる。夢中になって、黄瀬は放置されている。読んでいるものが。バスケ雑誌だから黙っているけれど。そうじゃなかったら邪魔をしている。ただ、それでも。「火神っちー」我慢には限界がある。いつまでこのままなの。黄瀬は拗ねた声で火神を呼ぶけれど。「…んー…」どこか寝ぼけたような。意識が向いていない生返事。それしか返ってこない。黄瀬は考えて、それから。にじにじと火神に寄っていった。「火神っち!」「……うぉっ」背後から抱きついて声をかける。びくぅっと反応されて、かわいいと思った。いいよね、こういう反応って。面白い、とは本人には言えないけど。「おどかすな、バカ!」「だってかまってくれないから」「はぁ!?」さみしーのにと呟けば。冷めた視線が後方に流れる。黄瀬としては予想の範囲内。だからめげない。落ち込まない。「ずっと俺のこと放置プレイするしー」そういうのはベッドがいいなと言う黄瀬に。火神は、呆れるしかなかった。「…あのな」「せっかくなんスから有意義なことしようよ」「オレはこれが有意義だけど?」「冷たい! ひどい、火神っち!」ひらりと雑誌を見せつければ。耳元でぎゃんぎゃんと黄瀬が喚く。うるさいと火神は眉をひそめるが。抱きつく腕をどうこうしようとはしない。そこは許している。「…つうかさ」「なんスか」「おまえの存在忘れてたかも」思わず絶句。黄瀬は固まった。「…黄瀬?」あれ、と。火神が黄瀬を見つめると。「か、火神っちー!!」先ほどの倍以上の音量が響き渡った。耳を塞げなかった火神は目を丸くさせ、驚く。ひどいっスと泣き声の黄瀬は、火神の首にしがみつく。「ちょ、苦しいだろ!」「それは愛がなさすぎっスよ!」黄瀬は必死で訴える。だが火神はうーんと唸るだけ。「事実だからしょうがないだろ」ばっさり切られ、黄瀬は撃沈する。恋人認識は自分だけなのかと激しく沈む。がっくりと火神に凭れると。大丈夫か、などと。呑気な気遣いをされる。「なんか当たり前になってんだよな」そして、不意打ちの言葉。思ってもみないそれに。黄瀬は続きを待った。「いつもそばにいるっつーか…」この家でいないほうが少なくないかと、火神は言う。いないほうが落ち着かない。そう話す火神は自然体で、本音なのだとわかる。「ほんと、よくいるよな。ここに」どっちが家主なんだかと笑う火神に。黄瀬はノックアウトされる。なんでこう無自覚なの。沈ませた後にこれって!なんのプレイっスかーと叫ぶ黄瀬は。火神に怒られそうなので声にはできない。代わりに胸中で大いに叫ぶ。ヤバい、ヤバい、ヤバい。愛情がぽんぽん膨れ上がる。ポップコーンが弾けるように。黄瀬のなかで愛があふれる。言葉じゃなくて。行動で示す。ぎゅっと。ぎゅぎゅっと、火神を抱きしめた。「わ、だから、苦しいだろ!」「ダメ。嬉しいから、ムリっス」「なんだよ、それは…」忙しい奴だなと火神は苦笑している。本当にわかっていない。自分の言動が。黄瀬も少し苦笑して。でもやっぱりすぐに頬は緩む。薄情だと思ったのは撤回。最高にかわいい恋人だ。改めて想って。黄瀬は火神の手から雑誌を抜く。「黄瀬?」「もうそろそろ終わりにしよ?」相手してよ。火神の好きな笑顔でねだる。そうすれば簡単にあしらわれることはない。知っていて、お願いをする。「……いいけど」黄瀬の望むように、火神が頷く。ほんのり染まった耳がそそる。「ね、キスしてもいい?」純情な反応をしてくれるから。黄瀬はおねだりをとめられない。囁いたら、きっと許してくれる。顔を真っ赤にさせて、腕のなかでじっとして。想像する火神に会えるのは数秒後。確信して、黄瀬はもう一度囁くのだった。End.