本誌ネタ・蝿王(三男SS)
絡みつく視線が鬱陶しい。向けられる表情がウザい。そろそろ本気で嫌になってきた。男鹿は不機嫌に唸った。「………離せ、バカ三木」「嫌だよ」「うるせー。いいから離せ」ベッドの上。身体を重ねた余韻のまま、互いに素肌だ。向きあった形の二人の間に甘い空気はない。イライラを募らせた男鹿が消したからだ。三木は変わらず笑みを浮かべている。その満足げな笑顔が、ますます男鹿の機嫌を降下させる。離さない三木に業を煮やし、男鹿の両手が胸を離そうとする。実力行使を試みるが、うまくいかない。がっちりと腰を掴まれて、振りほどけない。「さっきまではかわいかったのに…」「かわいいとか言うな」ふざけんなと男鹿は怒るが、三木は聞き流す。どう言われようが、かわいいものはかわいい。ここは譲れないところだ。いくら男鹿が反論しようとも。「離す気がねーなら、その顔やめろ」「その顔?」「へらへらしてうぜぇ顔だっ」「―――ひどい言われようだね」「今すぐやめろ」「あのねえ…」男鹿は言いたい放題だ。恋人に対する態度とは思えない。まあ確かに。男鹿の言うことがわからないでもない。へらへらはどうかと思うが、緩んでいるはずだ。三木は自覚している。笑みは自然に浮かんでしまうのだ。抑えようとしても、これがなかなか難しい。「しょうがないじゃないか。嬉しいんだから」「…………」「君は嬉しくないの?」「……………」問われて、男鹿の表情が変化した。きりりとつりあがった眉毛が、少しだけ落ちる。「また一緒の学校に通えることになったのに」僕は嬉しくて仕方ないよ。真情を伝えれば、男鹿の力が抜けるのがわかった。腕の突っ張りがなくなり、三木は腰を引き寄せた。「ごめんね。君が好きすぎて、どうしていいかわからない」「………っ、アホだろ、おまえ……」「そうだね、男鹿に関してはそうだよ」否定どころか、肯定する三木に返す言葉が見つからない。日常は完全に戻ってはいない。校舎は燃えたし、なによりヒルダの記憶が戻っていない。解決すべき問題は山積みなのに。微笑う三木を見ていると、少しだけ目をそらしたくなる。違う部分に目を向けさせてくれと、言いたくなってしまう。「……ま、まあ、オレも、悪い気はしてねー、けど……」そうして、三木の望んでいる言葉を口にしてしまうだ。三木のことをバカ呼ばわりできない。古市あたりに聞かれたら、きっと呆れられそうだ。「本当に?」「……嘘じゃねーよ」それでも笑みを深くする三木に胸が温かくなるから。自分もバカでいいのだろう。………多分。「それじゃあこれからもよろしく、だね?」「…しょうがねーからな」「―――素直じゃないね」顔が赤いよと、三木が指摘する。「るせ」と小さく呟く男鹿に愛しさがあふれる。ああもう本当に、と三木は苦笑するしかない。素肌に触れる指先の我慢が限界を突破する。散々泣かせたというのに、また渇望している。「―――ね、男鹿、またしよっか」「…マジか?」「悪いけど、本気だよ」冗談じゃないからと告げて。三木は添わせた指で細い腰をゆっくりと撫でた。情事を匂わせる動きに男鹿は息を呑む。見下ろす三木は本気の顔をしていた。抵抗をしても、無駄なようだ。とことん甘いけれど、そればかりではない恋人なのだ。いーけどと男鹿は嘆息して、頷く。それでもせめて、予防はしておきたい。「…少しは加減してくれ」明日、起きあがれないのは困る。頼むと、三木は「努力はするよ」と言う。どこまでの努力かは男鹿にはわからない。わからないが、信じるしかない。なんで簡単に頷くかな、オレ、と考えたが。答えなんてひとつしかないと気づいて、途中でやめた。すべては『好き』というたった二文字に詰まっているのだから。End.