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2022年10月21日
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京の都に造り酒屋がオープン・武器を持っての戦争より経済戦争を選んだ桓武天皇・薬子の不倫の乱 伏見稲荷大社の物語 28話

 平安時代の酒(当然日本酒)は白酒だったが製造方法は今とはそんなに変わってはいない。奈良で当初は寺で作られていたようだが、これはすぐに日本全国に広がっている。奈良の酒は朝廷が厳重に管理して造酒司、または酒部という役人の部署ができていた。この造酒屋の長岡京や平安京への引っ越しは酒を醸造する陶器制の瓶(かめ)が二石~三石(360リットル~540リットル)と大きくて移動が難しかった。さらにこの奈良の造酒屋組合は東大寺らの奈良仏教会と共謀して再び都を奈良に遷都すると目論んでいる一派だった。

 そこで桓武天皇は京の都の洛中でこの造酒屋ができないかと稲荷神社の二代目宮司生成(いなり)に相談をしていた。生成は稲荷大学の二部の狐部の学生にこの調査を依頼していたが、これは簡単で京の都として整備する土木工事で地下の水脈は手に取るほど狐の学生らは把握していた。

 この平安京では下水の心配はあっても上水の心配はなかった。まずどこに井戸を掘ったら水がでるという確率はほぼ100%の成果で稲荷大学地質学部は全国的に有名だった。そしてこの学部を創設したのが後に東寺の管主になる空海だった。ただ、酒造に合う水となるとこれは別になる。

 そこで狐の学生らは奈良の狐に応援を求めた。その奈良の狐は奈良の有名な造酒屋数か所の水を味と匂いで覚えて洛中の土地を色々探した結果、大極殿の西側(丸太町七本松上、現マンション)、四条高倉北(現大丸)、四条河原町南(現高島屋)、四条烏丸下る(現京都銀行本店)の四か所がいいと生成に報告をしてきた。それを桓武天皇に報告すると、
「ほう、また稲荷大学の狐の手柄か!」
「はい、狐は元々イヌ科の動物で嗅覚は人の1000倍以上といいます」
「そか、ほな醸造用の大きな瓶はどうする?」
「これは清水焼の陶工が作ってくれます。それに奈良のは最大三石ですが、五石の瓶を焼いてくれます、そして十石(1800リットル)の瓶にも挑戦したいといっています」
「ほう、たくましいの~それなら米はどうする?」
「奈良の米は酒には合わないと奈良も近江米、丹波米を使っているようですが、この米をこちらに回してくれます、しかも杜氏も来てくれます」
「ほう、それなら奈良の酒造は…壊滅か?」
「はい、奈良の酒造組合が奈良仏教会の資金源の一つとなっていますから…」
「そか、もはや武器を持っての戦争より経済戦争を仕掛けるのか?生成?」

 こうして桓武天皇は四つの造酒屋の許可をして経営者を募集したところこれも奈良の酒造業者が応募してきた。奈良にまだあった政府の役所の「酒部」を奈良から引き揚げて洛中の寺町二条に新たに開設していた。もちろんこの酒には税金がかけられて平安京を潤わしたが、奈良の酒造組合は米も酒を造る職人「杜氏」も京の都に奪われて奈良の仏教会及び坊主は火が消えるように静かになった。

 奈良の仏教会ともに平城京再遷都の計画を企んでいた桓武天皇の皇子の安殿親王は奈良の衰退に嫌気がさして女遊びに狂っていた。貴族の中でも最高クラスの藤原種継の娘を愛妾にしたのだが、その母親の薬子まで手を出していた。その薬子は中納言藤原縄主の妻で子供も五人いたので不倫だが相手が皇太子ということでこの不倫を誰も見て見ない振りをしていた。

 薬子にすれば次期の天皇になるのが間違いない安殿親王との不倫は火遊びというより出世の糸口になるばかりか子供ができれば皇太子の母、いずれ天皇の母にもなれる可能性があったからだ。そして正妻が何かの事故で亡くなったら…つまり、そうなればファストレディーの道もある、その道をひたすら歩み安殿親王の公の愛妾の自分の娘も敵にしていた。もし、この娘に男の子でも産まれれば不倫相手の子供より皇太子になる確率が高かったからだ。

 この作戦は同じ貴族で弟の藤原仲成も共謀していた。この藤原仲成と奈良の仏教会とが手を握ったが、これは奈良の仏教会の朗報となり薬子、仲成、奈良仏教会のトライアングル共闘ができた。薬子の夜のサービスがよっぽど良かったのか?、ウマがあったのか?安殿親王は5歳も年上の薬子オンリーになって薬子のいうことをすべて聞くようになっていた。他の有力貴族も次期天皇には逆らえずにこれらの薬子の不倫は桓武天皇の耳には入らなかった。

 ある時、北野下森の狐の族長が生成に面会を求めてきた。その狐は、北野下森のすぐ近くの一条御前にある藤原仲成の屋敷に毎夜坊主が現れてその姉の薬子と密会をしているようだと報告している。
「ほう、薬子といえば安殿親王の愛妾の母親だというが、もう歳で厚化粧だろう…」
「はい、私もそれが気になって屋敷に忍び込んで二人の話を聞きました」
「ほう、お主も…なかなか…で、その話とは?」
「はい、なんでも一日でも早く安殿親王の子供がほしいと~」
「ん?その相手はその坊主だろう~なんで?安徳親王の子供になるの?」
「そうですよね~ただ、その坊主は比叡山の坊主ではなく、奈良の仏教会の坊主とか?」
「ほうほう、そうか~奈良の陰謀か~それに薬子は安殿親王ともできていたのか」

 早速、生成は桓武天皇に報告にすると、天皇は薬子それに弟の仲成を逮捕しろと命令を下された。それぞれ官位をはく奪され薬子は丹後の間人に仲成は佐渡島にそれぞれ隔離されている。しかしながら女が一度権力の魅力を知るとそう簡単に諦めないのが世の常になる。この薬子も桓武天皇の崩御後に再び権力の表舞台に立つのだか、この1200年後の東京都知事選での厚化粧の候補者でも同じようなことが起こるとはお釈迦様でも予想ができなかった。


画像は洛中に300軒あった蔵元の中でたった1軒だけ残った佐々木酒造。





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最終更新日  2022年10月21日 09時08分45秒
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