リオ
「彼女が容疑者だとは、思えない」警視庁捜査一課強行犯第三係を率いる樋口警部補は、荻窪で起きた殺人事件を追っていた。
デートクラブオーナーが殺害され、現場から逃げ去る美少女が目撃される。第二、第三の殺人が都内で起こり、そこにも彼女の姿が。
捜査本部は、少女=リオが犯人であろうという説に傾く。しかし、樋口の刑事の直感は、“否”と告げた。名手が描く本格警察小説。
(「BOOK」データベースより)
先に読み終えたガンの一言
「なんかさぁ…カッコ悪いんだよね、
人の顔色うかがってばっかりで…」
確かに、同じ今野敏描く警視庁の刑事ながら、『隠蔽捜査』シリーズの竜崎が我が道・我が判断を貫くのに対して、こちら樋口はいかにも自信がない。
周りの反応が気になる。
自分がどう見られているのかも気になる。
こんな頼りない性格の主人公?
警察小説のヒーローとしては、異色といえる人物です。
しかし、樋口は、本人にとっては意外なことに、周囲から一目置かれ、信頼される捜査官なのです。
なぜなのだろう、と訝る樋口。
会議の最中も、知っているはずの発言者の名前を思い出すのに必死になったり、チームを組むことになった刑事が自分をどう思うかが気になってたまらなかったり。
事件の捜査は二の次なのか?と思うほどのビクビクさんで…
ところが、そうした立ち位置が逆に、彼にまわりとの距離を持たせるようで、他の捜査官とは視点の違う発言ができたりします。
それも、なかなか鋭い考察。
そのことが、彼が冷静だという印象を与えるようなのです。
事件は、女子高生の援助交際やクラブ、DJ、ブルセラといった時代を切り取ったものを舞台にしています。
今読むと、ひと時代前の古い風俗ではあるのですが、驚いたり衝撃を受けたりしながらその中に飛び込んでゆく樋口が、とても現実感のある存在に見えてきました。
そうなのです。ヒーローではないけれど、いかにも、いそう。
妻を愛して、一人娘が可愛くて、家庭が大事な40歳の男。
読み進むうちに親近感につつまれて、感情移入していきました。
後半、<大学で心理学を学んだ>という経歴を持つ所轄刑事の氏家と組んで捜査を進めるようになって、俄然面白さが増して行きます。
「プロファイリング」という言葉は出てこないけれど、それに似た手法で独自にすすめる捜査の経過は、ぐんぐん読めてしまいました。
樋口によると、昭和30年代初頭生まれの彼等は、全共闘世代の<後始末>に終われ、壊れたものを立て直し、そしてその後の、遊びに没頭できた世代には乗り遅れた存在。
昭和30年代後半生まれの私(ぎりぎり後半だよ!)が考えるに、繰り返し語られるその世代分析はなかなか言い得ています。
人生観や職業理念のようなものに、戦争体験が大きな影響を与えたというのは容易に想像がつくことではありますが、昭和を考えるとき、安保闘争で人生の道筋が決まって行った時代があったことは、大きな鍵なのだと改めて思いました。
ただ、上の世代とは違う新しい生き方なのだと繰り返す樋口も、今の感覚からすると、<世代>というもので切り取った考え方をするところが、ちょっと古いかと。
そんな具合で、冒険はしないけれど真面目。
自分を目立たせようとはせずに、着実に任務をこなす、樋口。
自信を過大評価しない、有能な実務家ということになるでしょうか。
若者の憧れの対象にはならずとも、親近感を抱き、応援したくなる人は多いはずです。
ガン
「いや、後半かなり面白かったし。
次のも、一気に読めちゃった」
朱夏
ビート