桃色トワイライト
生まれて初めての合コンで『新選組!』を語る、クリスマスイブに実家でイモの天ぷらを食す、非常にモテる男友だちの失恋話に相槌を打つ─
思わず自分でツッコミを入れてしまう微妙さに懊悩しつつ、それでもなぜか追求してしまう残念な感じ。
異様にキャラ立ちした家族や友人に囲まれ、若き作家は今日もいろいろ常軌を逸脱中。爆笑と共感がこみ上げる、大人気エッセイシリーズ。(「BOOK」データベースより)
昨日の朝、テレビを見ておりましたら、新たなサブカルチャー・スポットの紹介をしていました。
<BLカフェ>だって。
ほっそりした美形の男子店員さんが揃っていて、なんとな~く仲良さげにしている、そこに女子がお茶を飲みに行って様子を覗き雰囲気を楽しむ、と、そういったお店らしいです。
あたしゃ、驚いたね!
…いや、メイドカフェ以来の流れ、変化球もついにここまで、という驚きでは、ない。
これは、三浦しをん氏が提唱した、<物陰カフェ>ではないか!
<物陰カフェ>とは。
「美しかったりかっこよかったりする男性たちがいたとして、その場に自分も入りたいとは決して思わん。むしろ、美しい男たちの仲のいいさまを、そっと物陰から見守ることに喜びを覚える」
というオタクの女性のハートをロックオンするお店であるという。
エプロンをつけたその、男たちを、店内の柱の影から眺めつつ、微妙にゆらぐ人間関係を想像する楽しみ。
私がつい先日読み終えた、『桃色トワイライト』に書かれていたこの<物陰カフェ>が、いま現実に秋葉原に登場したというのだわね。
なんと!
書中で語られるそのカフェは、もちろんしをん氏の頭の中で開店されているのだけれど、店員たちの恋の鞘当てストーリーも想像というのを超えて妄想暴走、これぞしをんワールド、という展開に吹き出さずにはいられませんでした。
飽くなきまでの妄想は、もちろんカフェの一件にとどまらず、部屋にクーラーを取り付けに来てくれた電気屋さんの結婚指輪の「わけ」、JRのパックツアーの割引をめぐっての、JRとホテルとのやりとりまで…。
いや、まで、ってことはないな。
とにかく果てがない。あらゆるところに物語が生まれるのです。
このエッセイの単行本初版は2005年。
放送されている大河ドラマ「新選組!」に心底夢中になっているしをんさんは、オダギリジョーに恋をして、さかのぼって「仮面ライダークウガ」にも没頭してしまわれる。
実家を出て構えた仕事部屋(言うところの「火宅」)がいかにだらしない状態か、という話も随所に出てくるけれど、いいです、しをんさん!掃除とか料理とか、そんな仔細なものに構わず、妄想を語ってください!とまで思わせる暴走ぶりであります。
出版から5年遅れて現実のものとなったBLオタク向けのカフェ。
作った人は絶対、しをんさんの企画は読んでいないと思う。
だって、<物陰カフェ>には比べられないくらいチープでしたもの。
店員さん同士のやりとりが、BLごっこに見えるという、それは見逃すとしても、店員さんと会話ができちゃうというのが、<物陰>美学にもとる!
しをん企画の方が、ずっと上質です。
そうです、しをんさんの語りには、美学がある。
だから、笑った後でもどこもささくれた感じにならないのですね。
若い頃、佐藤愛子氏のエッセイを読むと、笑いながらも文章に圧倒されて、満たされた感じがしていたものですが、それに似たような満足感があります。
540円でこの幸せは、安い!