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![]() ![]() ようこそ地の果てへ・・・飲み物をどうぞ。 これ、カクテルじゃすから、酔っぱらわない程度に・・・ 春楽天の発明コーナー() ![]() ![]() ☆このブログは趣味ブログ・ストレス解消ブログ・自慢ブログであって、厳密性を要するもの以外では、客観性をいくらか放棄して、ストレス発散に役立てているケースがいくらかあることを告白しておきます☆ ☆以下と毎日のコラム中に、訂正・加筆すべき個所がいくつもありますが、かける手間暇と時間がないため、そのままにしてあります☆ ☆日々のコラムは最終的に『*面白い着眼*なんでもどうぞ !』に入れますが、内容によっては、不謹慎になるので、「面白い」が「興味深い」とか「注目・着目すべき」とか「考えさせられる」などの意味にもなっています☆ ☆トップページやブログの文章の中には、それぞれある時点からズレなどを生じていく内容をもっているものがあります。よってそういった内容は読まれる時点においてズレを生じたり間違いになっているものがでてきます。時間的余裕がないのでそういった内容の訂正はしません☆ 私の研究姿勢 私の、研究における姿勢は、研究対象の、考えられる可能性・ケース・モデル・在り方をすべて(考えられるだけ)拾いあげ、ならべ挙げ、その中で、今のところ、この可能性が高いのではないか、これが現実に対応している可能性が大きいのではないか、と追求していくやり方をとることです。 そこにおいては、証明らしいものも展開します。 それから、検証も求めていきます。 それらを文書にするにあたって、つい断定調に思える表現になってしまうこともあるでしょうし、間違った書き方をすることもあるだろうし、わかりにくい表現になってしまうこともあるでしょうし、あるところではひとつの可能性だけを挙げているケースもあるでしょうが(実際、表現がまずすぎる個所が多いです)、あくまでも、どこまでも、可能性をすべて追求し、現実はいったいどれに対応しているのだろうか探し出そう、という立場で研究をやっています。 ですので、後述していることについていえば、霊魂や霊界があると断定はしませんし、そういった方面も研究していこう、という姿勢をとっているのです。 このページの主張の根底は、次のようなところにあります。 「意識」と「意識の主体」につく変化を研究していくと、さまざまなことがわかってきます(ただし、証明らしいものはありますが、検証は少ししかなされていません)。 霊魂がありそうであること(断定はしません)、 転生がありそうであること、 体験元戻りの法則(科学的カルマ)がありそうであること、 (ただし、霊魂はあってもなくてもそれらと同じ結論がでてきます。不思議なことですが) これから先 世界は大変なことになっていきそうであること とその対策、 などなどです。 その証明みたいなものは 連続小説07から13にかけて、 7月18日から7月27日の日記、 8月24日から8月29日の日記、(以上、2005年) その他 に載っています。 その上で、 日本人は波動性が世界一高く 未来人的であり これから世界をリードしていくでしょう、 という趣旨を主張するページです。 (ここからの項の多くは再掲であって、更新せず時期遅れになっていることがあります。書いた日時は、ブログでだいたいわかりますが、それ以前です・テーマを五回変えるため) それらの論は、質の科学に基づいています。 では、質の科学について、ポイントを解説しましょう。 1.意識の主体についた変化は、必ず元に戻される。 人には意識があります。意識の主体とは、その意識のあるところです(脳の中では、小さな一部分に対応しています)。 ですから、意識の主体というものは、現実にあるわけです。 さらに、すべての存在は、エネルギーを受けると、それに応じた何らかの変化がつきます。 意識の主体が体験を意識し味わう時には、その体験に応じた何らかのエネルギーの組織が意識の主体に送り込まれているのです。よって、それに応じた何らかの変化が意識の主体(あるいはその近辺)につきます。 くわえて、同じ体験を続けていくと、同じ変化がつき続け、限界点に達してそれを越え、意識の主体は壊れてしまいます。 ですから、意識の主体が壊れないように、つく変化が限界点を越えないように仕組まれているのです。 それは、ついた変化は必ず元に戻されるということと同じなのです。 ついた変化は必ず元に戻される、ということは、 ある体験をしたら、将来必ず、それとは正反対の体験を同じ量体験することになる、ということなのです(数学的に計算するとそうなります)(わかりやすいイメージ的解説もあります)。 正反対の体験を同じ量体験すると、ついた変化が元に戻るのです。 2.任意の人(すべての人一人一人。どの人も)の死後、その人とまったく同じ意識の主体をもった人は必ず生まれてくる。 即ち、転生はある。 霊魂があってもなくても、そうなる。 なぜなら、意識の主体の総数よりも、生まれてくる人の数のほうが遥かに(無限に)多いからです。 以上のふたつを組み合わせると、 「人は皆、ある体験をしたら、将来必ず、それとは正反対の体験を同じ量体験することになる。 今の生でそうならない・なれない体験については、転生を通して必ずそうなる」 ということになります。 (これだけでは、わかりにくいですが) 以上のように、質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。 それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。 それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。 さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。 以上のことは、霊魂があってもなくても成り立ちます。 つまり、意識の主体が、脳の回路的なものであっても、霊魂的な存在であっても成り立ちます。 そこにおいて、意識の主体はどっちなのでしょうか? 意識の主体は、脳の回路的なものなのでしょうか? それとも、霊魂的な存在なのでしょうか? 注)私の表現がまずすぎます。 とくにここからの部分は断定調で書いていますが、考えられる可能性のひとつを挙げているだけです。 質の科学の内容の一部を挙げているだけです。 どうやら、霊魂的な存在のようなのです。 なぜそう言えるのでしょうか? まず、脳の中で波動性が一番高いのは電子ですが、意識の主体はそれよりもはるかに波動性が高いのです。 次に、意識の主体は一体性・全体性を形作っていますが、電子はそういう状態を形作れないんです。 さらに、人は、自分が決断を下したと感じるコンマ数秒前に決断を下している(大脳皮質にそういった脳波が必ず現れる)んです。実験でそういう結論がでています。 以上を矛盾なく説明するには、霊魂的な存在がある、とするしかないんですね(断定はしません)。 さてここで、霊魂とよばれるべき存在がありそうである、ということの論拠を挙げてみましょう(断定はしません。質の科学の中の一部を挙げるだけです)。 (もちろん、霊魂はあってもなくても転生はありそうである、ということの証明のようなものも何度も記しました) 1。人は何かを決断したと思ったコンマ数秒前に決断している(リベットの実験。脳波でそれがわかる) 2。人は経験したことを意識しないでおくこともできるし、コンマ数秒前に遡って意識することもできる(上とは別なリベットの実験結果をこうまとめ表現するのは非常に難しかった) そういったことが起こるのは、意識の部位が脳という物質の組織にあるのではなく、霊魂とよばれるような存在があってそこに意識があるからである、としないと説明がつかない(脳波の一部は霊魂と脳の間の情報のやりとりに伴って発生するのだろう) そこを詳しく考えていくと、身体があり、身体の一部として脳があり、その脳に知性体が宿り、その脳に意識の主体が宿っている (知性体=霊。意識の主体=魂。それらの概念にあたる概念・単語がすでにあったということ自体もその正しさを裏づけていると思われます) それらの間に心的内容のやりとりがある 身体と脳の間は双方向 脳と知性体の間は双方向 脳と意識の主体の間は双方向 それ以外のやりとりはない しかも、脳と意識の主体の間のやりとりは自在に遮断できる(それは知性体がなしているのであろう)(あるいは脳の可能性もあるが、脳が自発的な活動をするのかどうか) 以上のようになっていると仮定すると、1。2。の不思議な現象がうまく説明できる それ以外のありようはないと思える (図は描いてあるので、そのうちアップロードするかもしれません) (右脳、左脳、知性体、意識の主体のつながりの関係の研究を さらに、夢について考えてみると 、 眠っていて肉体的には意識がないのに、夢を見ていてそれを意識しながら見ている、そんな夢がある それは、意識というものは肉体の一部の脳にあるのではなく、霊魂とよばれるような存在があってそれにあるのである、としか説明ができない これも上に述べたモデルで説明がつきそうである ただ、そのばあいの夢の実体がどこにあるのか、という問題がある 1)脳のどこか 2)いわゆる霊界という世界があってそこの現実が夢の実体である それについて考えるにあたって、次のようなことを追求してみよう まず、質の科学のひとつのポイントである、「質」について述べる(すでに何回か詳述しました) 「質」とは、体験の性質・本質・味わい・意味・価値などのことであり、人が何かを体験すると、意識の主体にそれに応じた変化(記録・痕跡)がつく その変化は質時間というベクトルのようなものである 質というのは何もないところから対になって生じたものであり、対にするとゼロのようなものに隠れる 質は運動量(ベクトル)に対応させて考えることができるので、それは運動量保存則にあたる 質時間も同じく対になって生じたものであり、対にするとゼロのようなものに隠れる 質時間は運動量時間(数学的に導き出される位置ベクトルであるが、使われていない)にあたる 運動量時間は回帰する(一次元と二次元で)(質時間との対比を考えるばあいは、一次元で扱う) 質時間も同じく回帰する 質時間回帰則; 意識の主体を壊さないために質時間は回帰する 質時間は、確率的にも必ず原点に回帰する(一次元と二次元で)(質にはさまざまな種類・質があるが、それぞれひとつの質について論じればよいので、一次元でその確率を計算すればよく、その結果もそうなった) つまり、物質世界の物理法則として運動量保存則と運動量時間保存則があり、精神的な世界(霊魂的な世界)には、それに対応する質の法則と質時間回帰則(精神的借金は必ず返させられるという法則)があるということであるから、納得がいく さてここで、 質時間も保存される、ということもわかった 質時間が保存されるということは、 人が昇天しても、その質時間は消えないということである つまり、霊魂のような存在があってそこにその質時間が残るということになるだろう よって、ここにさらに霊魂のようなものの存在の証明のようなものがあるわけである さらに、 この世界で、世界中の肉体人間たちが質と質時間のやりとりをなしている(言動・やりとりなどによって)わけであるが、 そこだけにおいて計算してみると、質と質時間の総計(方向性・質をもったベクトルのようなもの)が保存されていない 上に述べたように、質時間をもった霊魂のようなものが存在するので、霊魂の世界(霊界と名づけよう)での質と質時間の総計を計算すると、ちょうど辻褄があう よって、いわゆる「霊界(異次元世界)」という世界はあるとするしかないようである(断定はしません。ひとつの立場に立っているだけです)。 (直前に、世界中の肉体人間たちが質と質時間のやりとりをなしているうんぬんと述べたが、それも結局、霊魂の世界のものといえる)(断定はしません)。 さて、懸案の、そういった夢の実体は何か、という問いに対する答えは 2)の「いわゆる霊界という世界があってそこの現実が夢の実体であるというケースがある」ということ以外になさそうである(残りのケースは脳の活動による)断定はしません。ひとつの立場に立っているだけです)。 結局、物質世界にある肉体の一部である脳という物質の組織は、意識の主体(魂)と知性体(霊)を通じて異次元世界である霊界とつながっており(というよりも意識の主体(魂)と知性体(霊)は霊界の存在であるといえる)霊界と心的内容のやりとりがなされている、ということになるのだろう(断定はしません。ひとつの立場に立っているだけです)。 その霊界には世界中のすべての人たちの意識の主体(魂)と知性体(霊)がつながっているということになり、世界中の人たちの間でそこを通じて心的内容のやりとりができる可能性がある、ということになるだろう(断定はしません。ひとつの立場に立っているだけです)。 以上の研究結果で、さまざまな本などに載っている不思議なことの説明がつく (あとでもっと論を発展させるので、さらにもっと不思議な世界の説明もできるでしょう)(断定はしません。ひとつの立場に立っているだけです) (不思議な世界をイメージ思考で考え、それをイメージ思考で論理的に表現しました。このように、論理的思考といえども、イメージ思考で考えたことをイメージ思考で人に説明できる形にする、ということです) さらに続けます 心(意識の主体(魂)と知性体(霊))は物質ではないことは確かである 上において、心は物質ではなく、霊魂的な存在である、という結論はでている(断定はしません。ひとつの立場に立っているだけです) では、心(意識の主体(魂)と知性体(霊))とは実際のところ一体何だろうか 心が物質でなければエネルギーの世界である、ということしかない(物質もエネルギーのひとつのあり方・一形態であるが、物質を氷と水にたとえると、エネルギーは水蒸気といったところだろう) エネルギーの世界というだけではまだ不完全であり、心はエネルギーの波動の世界である、というありようしかない、といえるだろう 波動というのはエネルギーのもつ情報の世界だといえる 心も情報・心的内容の世界であるからそれは納得がいくし、それ以外のありようはない、と思われる さてそこで、脳の中でそういった波動性の高いものとしては電子と中間子その他があるが、それらは、それらが数多く集まって一体性・全体性を形作るということはない(ただし、電子についていえば、ふたつの電子が特定の関係をもてば、それらがどんなに離れていても時間ゼロで特定の情報を交換できる、という不思議な性質を現すが) 電子やその他がたったひとつで意識の主体か知性体になる、ということがあるのなら、脳の中にはとてつもない数の電子やその他があるので、収拾がつかないというか、そんなことはありえない、ということになる 意識の主体と知性体はそれぞれが一体性・全体性を形作っている よって、脳という物質の組織が「意識の主体」と「知性体」を形作っているということはない つまり、「意識の主体」と「知性体」は物質でできておらず、いわゆる霊魂とよばれる未知の存在である、ということになる ここにも、霊魂とよばれる存在がある、という論拠がある さて、「意識の主体」と「知性体」つまり霊魂のようなもの、は波動性が非常に高い存在であり(この世界で波動性最高の存在だろう)、脳とは関係ない(脳に宿っている存在)、ということがわかった それはどういった存在だろうか ここから、「意識の主体」と「知性体」つまり霊魂のようなもの、を「霊魂のような存在」とよぶことにしよう 「霊魂のような存在」は波動性が非常に高いということがわかった(この世界で最も波動性が高いのだろう) それはなんらかの構成要素たちから組み上げられているのだろうか それとも構成要素たちから成っているのではなく、たんにひとつの存在なのだろうか 後者だとすると、それ以上の追求・研究はできない そういう存在がこの世界に現にあって、意識や心を生じるのである、ということに尽きる(ただし、その性質や特性その他の研究はできる) 前者であるとすると、「霊魂のような存在」は物質の究極の構成要素から成っているのか、とか、それをこの世界の物理法則(すでに発見され記述されたもの)から理解できるのか、という問題提起ができる(それに答えられそうなのは、現在のところ超ひも(超弦)理論か量子力学しかないと思われる) もちろん、前者にせよ後者にせよ最終的には、「霊魂のような存在」が意識や心をもつのはなぜか、という問いには答えられないのははっきりしている それは、なぜ物質やエネルギーは存在するのか、なぜそれらはそれぞれの性質や働きを現すのか、なぜ物質の組織はさまざまな性質・機能を生じるのか、なぜそれらが組織されると肉体までできるのか、などといった問いに答えられないのと同じである ではここでまず、現在の物理学の最先端、超ひも(超弦)理論的に、そのあり方の可能性を考えてみよう 「霊魂のような存在」は、超ひも(超弦)理論が提起した最小構成要素たちから成り、まとめ上げておく力によってそれらが一体性を形作り、そこに全体性も生まれ、それらの最小構成要素たちのさまざまな振動モードたちがさまざまに発揮され、それが、意識と心的内容の実体であり、あるいは知性体と知性の実体である それとも; その最小構成要素がさらにもっと小さい構成要素から成っており、以下同上 今度は、超ひも(超弦)理論的ではなく量子力学的に; 直近上の構成要素たちとは関係のない超微細な構成要素から成っていて、それら構成要素たちがすべて量子力学的に空間に広がってはいるが、まとめ上げておく力によってそれらが一体性を形作り、そこに全体性も生まれ、それがさまざまな無限の波動パターン変化を現し、それが、意識の主体、意識と心的内容の実体であり、あるいは知性体、知性と知性内容の実体である 以上の3つは、可能性を述べただけ、考えられることを記しただけです。 ところで、人によって意識の主体と知性体はすべて異なっているけれど、それは何が異なるのだろうか(ここは実に不思議です。対称になっていない) 考えられることとして; 1)構成要素たちの数がすこし異なる 2)構成要素たちの数は同じであるが、構成要素たちにいくつかの種類があって、それらの比や振動数が(少し)異なる 3)構成要素たちの数も構成要素たちの種類の比も(少し)異なる(あるいは加えることの、振動数の違い) 4)すべて同じであり完全に同じものである ここはほんとに不思議です イメージ思考でいくと、2)、4)、3)、1)、の順で可能性が高いと感じます しかし、やはり不思議で納得がいきません とすると、先に述べた、構成要素たちから成っているのではなく、たんにひとつの存在なのかもしれません いや、それでも不思議です しかしともかく、意識の主体と知性体は存在し、それらは霊魂のような存在でありそうだという強力な論拠がたくさん挙げられてきたわけです 意識の主体と知性体は人によって異なっている、ということはいうまでもありません 再掲すると、 最終的には、「霊魂のような存在」が意識や心をもつのはなぜか、という問いには答えられないのははっきりしています それは、なぜ物質やエネルギーは存在するのか、なぜそれらはそれぞれの性質や働きを現すのか、なぜ物質の組織はさまざまな性質・機能を生じるのか、なぜそれらが組織されると肉体までできるのか、などといった問いに答えられないのと同じですからね そういったことについて 更に詳しくお知りになりたい方は、フリーページと検索窓でどうぞ。 キーワード:私の霊魂研究の道のり。質の科学。質時間。 精神的借金。精神的貯金。科学的カルマ。ギブアンドテイク。哲学。 意識。 などなどです。 *夢* 質の科学は検証されることを求めています。 (→私の夢は、なんといってもまず、 *質の科学の検証をすること* なんです、という表現を避けた言い回しです)。 質の科学は、科学的論理を用いた理論としては、ほぼ完成しています。 理屈的には、ほぼ完璧に納得がいくんです。 ところが、現実の世界がそのとおりになっているかどうか、まだ検証されていない。 なぜ検証されていないかというと、その検証があまりにむつかしいからです。 ひとことでいえば、霊能者といわれる人たちに頼る、臨死体験をして生き返った人たちの証言を聞く、退行催眠(催眠術で自分の過去世に戻れるといわれている)の体験者の体験を参考にする、などという、常識外のものしか検証の手段がないからです。 そこで私はそういった方面の文献を多数漁りました。 そうしたら、質の科学は正しい、といえる資料に、かなり多く出会いました。 しかし、まだまだ完全ではありません。 そこで、多くの人びとの意見と論証(質の科学に対する)をお伺いしたいと考えているわけです。 質の科学は正しいか否か、その正しさが裏付けられる意見・理屈・現象・体験や文献の内容などを知りたいのです。 自分ひとりの力だけでは限界がありますからね。 さて、私は、夢をもっています。 質の科学の内容を盛り込んだアニメを創ろう。 それを公開して、多くの方々から、そういった情報を募ろう。 そんな夢です。 つまりアニメを公開して、質の科学が正しいかどうか、衆知を集めたいのです。 このブログの主題のひとつは、霊魂研究となっていますが、ほんとは、 質の科学・世界哲学研究としたかったんです。 だけど、敬遠されそうなので、霊魂研究としました。 でも、今では、こっちの方がいいな、と思うようになっています。 なぜなら、質の科学の一番大事な概念・対象である*意識の主体*というのは、どうやら霊魂であるようですし、その霊魂についての法則が、質の科学・世界哲学によって表されているからです。 (このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです) (再掲) (世界が恐慌に突入する時期は、もう間近かになってしまった、という感じですね) (世界中の人々の精神的借金の総量が膨大になりすぎていて、多くの人々が、自由に物を買い・楽しみ、普通の生活をおくる資格がなくなってきていると考えられます。 よって、世界中の金融破綻・経済的大混乱、インフレと恐慌が同時に起こるスタグフレーションなどが発生することになっていくでしょう。 同じ理由で、世界的大混乱・戦争なども起こることになっていくでしょう。 そのうち世界中の金融のとんでもない信用収縮が始まりそうで、それが起こったら、世界中で使えるお金がガタ減りするので、それは大変なデフレ圧力になるわけですが、新興工業国たちの内部での、賃上げ・インフレは止まりそうにないので、いくらか割り引かれたインフレになっていくしかないのでしょう。 そういったことが起こる根本の原因・運営力は、質時間とその回帰則・回帰力です) (このブログの内容は主に、「質の科学」という科学に基づいたものが多いのです。 質の科学は、人間の体験の質を扱います(体験の質は無数にある)。それは、「意識」「意識につく変化」などを中心に考える科学で、人間の体験についての法則や、転生までをも導きだします。それらが、科学的にほぼ証明されているのです(100パーセント検証されているとはいえませんが)。 さらに、そこから、個人、団体、社会、国、世界などの法則も導かれます。 このブログの内容は、投資判断などをなすことにおいて、無保証です。 (再掲) (政府の財政を破綻させない方法) (政府が次のことを行う 製品本位制をとる 科学・工業・生産技術を囲い込む 宇宙開発(月や惑星を開拓して、住居などをつくる)を目指し、将来のその成果を現在において債権化して売り出す 名誉を売り出す 生活に不自由のない社会にする お金を持っていても使い道がない、という社会にする(もうなんでも持っているから、と) 種々の多くの競技会を催し、人々に多くの名誉・栄誉をもってもらう お金儲け以外の素晴らしいことを行うのが最高だ、という風潮の社会にする) (詳しくは、明日以降に。前にも一部記載しました。検索窓でどうぞ) (しかし、それらを実行しても、我々日本人の、精神的借金の総和<総和÷人口=一人あたりの平均値、に着目>が大きすぎるので、うまくはいかないと思われますが。 それでもなお、日本人の精神的借金の総和よりも、海外の国々の精神的借金ははるかに大きいので、日本の状態は、世界中で一番よい、といえるでしょう<総和÷人口=一人あたりの平均値、に着目>) (再掲) (この先、世界はたいへんなことになっていきそうですね) (世界・社会混乱・インフレ?) (質の科学によれば、本来なら、今頃は、世界的戦争が起こっていてもおかしくはない、という結論が導きだされます。現実には戦争は起こっていない。よって、これからの世界の混乱は、いっそうひどくなっていくと予想されます) 日本人の精神的貯金(消費やいい生活、に関わる)は、大きなマイナスだろう(精神的借金が大きい)。 よって、これから先、インフレがきて、いい生活の度合いが下がるはずだ。 他の国々はもっとひどいことになっていくだろう。 物価が3~4倍くらいになれば、政府の財政は破綻せずに、立ち直るだろう(ただし、国債の利率をコントロールしなくてはならない)。 しかし、インフレがこなければ、政府の財政は破綻し、その後に、インフレがくるだろう。 インフレが起こるということは、自国通貨の価値が下がるということだ。すると、インフレの度のより低い国の通貨に対して、円安になる。すると、さらに物価はあがる。すると、さらに円安にる・・・・・・ 地球環境の保全のためには、資源価格インフレが起こり、その消費が大きく下がることが必要だ。 それが起こっても、日本でインフレは起こる(不況も起こる。スタグフレーションになるかもしれない)。 それは、人類の生存のために、必須である(人類の生存のできる地球環境を守るために)。 よって、なんらかの力によって、それは起こるだろう。 (日本の産業にとっても、それは有利である。日本はその方面でも世界のトップ であるからである) こう考えてくると、この先必ずインフレは起こるということになりそうです。 4~10(20)倍くらいのそれでしょうか。 (私論・試論につき、無保証) (推敲してません) ) ↑ 以下の( )内の内容を新しく加筆訂正したのが、直近上です。 ((再掲)字数オーバーのため削除。ブログのどこかにあります) *資本主義は崩壊する* 結局、現在の形の資本主義が崩壊するのは、質時間回帰(体験元戻り)によるといえます。 さらに、社会主義的・共産主義的経済体制がほぼ崩壊した時点で、質の対を失った資本主義は不安定になっていき崩壊に向かう、という予測がでていました。 その過程を簡単に記してみましょう。 人が資本をもつと、それを増やそうとする。 人の事業欲が、新たな事業を起こさせたり、事業を拡大させる。 人々は、なんでも、もっともっと欲しい、よりよいものが欲しい、と欲望する。 そういった諸々の欲望が、資源を浪費させ、地球環境を破壊させる。 それらが限度に達したら、人類の生存が脅かされ、現在の形態の資本主義は崩壊する。 もはや、経済は成長することはできず、縮小化していくしかないからである。 収縮していく経済においては資本主義は成り立たない。 儲けがでず、損することがわかっていることには、資本は投下されないからである。 (もっとも、例外的に儲けがでる分野というものは、わずかにはあるだろうが) すなわちそれは、資本主義の崩壊である。 (そういった事態になると、かなりの程度、計画経済的なものにならざるをえないと思われる) 以上は、現在の形の資本主義が崩壊する、もっともわかりやすい、カラクリ・論理ですが、そこに至る前に、資本主義を崩壊させる現象はいろいろと起こり、それらによってもっと早く資本主義は崩壊するでしょう。 たとえば、戦争という事態もそのひとつです。 人間が精神活動をしていくと、精神のエントロピー(精神エネルギーの利用のしにくさ。精神的廃棄物)が増大していく。 その増えた精神的廃棄物はどこかに捨てられる。 それは、他国へのなんらかの攻撃、国家間の紛争や戦争となって発現したりする。個々人のレベルではケンカやイジメとなって現れる(これも質時間回帰則・体験元戻り則内にあります。かんたんにいうと、仲良くしたり、なにごともなかったことが続いたあとは、ケンカしたりモメたりする、ということです)。 さらに、人々はほっておくと、快楽を受けすぎる。 快楽の支払いは何でなさせられると思いますか? 一人一人としては、死の恐怖を伴った痛苦・労苦を同じ量体験することです(質の科学によると)。 国民全体のその支払いの総計の量が限度を越えると、その総量はカタストロフィ(破局)を呼びこみます。 その最たるものが戦争です。 戦争における死の恐怖を伴った痛苦・労苦が、その支払いとなるのです。 (そのことを主張している文献は私の知る限り皆無でした。しかし、驚いたことに、聖母マリアの預言の中に、表現は異なるものの、同じ意味の内容があることを発見して驚愕しました。聖母マリアの預言は、あのカトリックの総本山・バチカンも認めています。さらに、その聖母マリアの預言は当たりまくっているのです。とすると、それは質の科学の正しさの裏づけにもなるのかもしれません。しかし、その預言は恐いですよ) それを*質時間回帰・体験元戻り*といいます。 快楽の正反対を体験し味わうことによって、意識の主体についた変化が元に戻され、意識の主体が壊れることから免れるのです。 (それは質の科学による結論です。質とは、体験の質。質時間とは、体験の質かける時間(体験の強さ・密度には変動があるから、時間で積分する)。なにか体験すると、意識の主体に変化が残る。同じ変化がつきつづけると、意識の主体が壊れてしまう。正反対の体験を同じ量体験すると、その変化は元に戻り、意識の主体は壊れない。意識の主体が壊れないために、ある体験をしたら、それとは正反対の体験を同じ量将来必ず体験することになる。それが*質時間回帰則・体験元戻り則*である。詳しくは、このブログのあちこちに記してあります)。 人はほっておくと快楽を多く受けようとする。さらに、歴史的平均からいって、世界的に平和な時代が長くつづいた。 ですから、そう遠くない将来、大きな戦争が勃発するでしょう。 それも現在の形態の資本主義の崩壊を早めることになるでしょう。 さらに金融的大混乱も今の資本主義の崩壊を促すでしょう。 現在の世界の金融情勢は、とてつもなくゆがんでおり、どこかで何かが起これば、なだれをうって崩壊的な状況に陥る可能性が高い、といえます。 ひとつの担保を幾重にも積み上げ、通貨価値を膨らませる、といったようなことに類するゆがんだことが多く行われているし、そのほかにも種々の操作が行われ、本来ありもしない膨大な量の通貨価値を、一時的につくりだし、それが世界中を駆け巡っています。 それは、資源やエネルギーの価格を暴騰させたり、通貨危機を生み出したりしています。 それは、一時的な存在であり(不確定性原理による現象と似た面がある)そのうち消え去る存在であり、消え去る際に、世界の経済に爆縮をもたらすでしょう(質の科学でいうと、それまでの正反対の状態になるということ)。 その爆縮とは、多くの国の通貨の暴落、ほとんどの国の株価暴落と恐慌だと思われます。 多くの国の通貨の暴落といいましたが、その国の数が多すぎると、それは、世界的なインフレ、ということになります。 世界的なインフレというのは、質の科学でいうと、それらの国々の人々は、その時点まで、歴史的平均からいって恵まれつづけてきたので、もう恵まれる資格がなくなり、恵まれない状態になる、ということになります。質の科学ではそういう解釈・論理になります。 そのことも、今の形の資本主義に引導を渡す時期を早めることになるでしょう。 世界中の経済の大混乱も今の資本主義の崩壊を早めるでしょう。 その場合、経済の大混乱自体が、資本主義の崩壊である、ともいえます。 その大混乱はどういった経緯で始まるのでしょうか。 地球環境破壊、金融混乱、天変地異、食糧危機、戦争、などがひどくなる・始まることなどによって、経済の大混乱が始まり・ひどくなっていくでしょう。 質の科学によれば、ほとんどの人々が現在の繁栄を享受する資格がなくなる(精神的貯金・借金の多い少ないによる)、ということになっていき、そのことによって、経済の大混乱が始まり進んでいく、ということになります(質時間回帰)。 (精神的貯金・精神的借金については、検索窓でどうぞ)。 さらに、どんな経済体制もずっと続いていくことはなく、必ず変化していく、という(歴史的)事実からもそういえます(質時間回帰)。 以上の原因・理由・からくり・論理などによって、現在の形態の資本主義は崩壊していくでしょう。 さて、 世界はこれから崩壊に向かう。 なぜそういうことになるのか。 質時間回帰である。 世界中の人々の精神的借金の総和が膨大になったために、その精神的借金を返させるために、世界中がさまざまな面でおかしくなっていき、世界は破滅する。 資本主義も崩壊していく。 現在の通貨・金融制度も崩壊していく。 世界中の経済がめちゃくちゃになっていく。 人々が理性を失っていく。 世界中が戦乱の渦に巻き込まれる。 環境破壊でさまざまな困難が人類を襲う。 異常気象などで食糧危機が起こる。 水不足が起こる。 新しい伝染病が世界を襲う。 天変地異で地球はずたずたになる。 以上の可能性がそれぞれ高いといえるでしょう。 さてそういった状況で世界が破綻していくとして、日本はどういった方針で進むべきか? 日本の金融機関などは、海外に流出させている円を回収し(欧米が通貨供給量を大きく増やしている今現在はそれをやりやすい)、その一部を食糧生産・地球環境保全、のために投資(海外にも)、すべきである(流出させたままだと日本の金融機関などに不良債権が膨大に発生する)(そういうやり方こそ世界標準である)。 回収した円の残りは日本国債を買い支えることに用いる。一部は日本株に投資する(海外勢が退いていくので、底値で買う。海外の有望な企業の株式を底値で買うのもよい)。世界中のほとんどの国々の財政も破綻していくだろうから、もうどの国もどんな手法でも使って自国の経済や治安を回復させようとしていくのは目に見えている。そういった手を使ってもどの国も誰も非難などしなくなる。 さらに公務員への給料の総額を現在よりも大きく大きく減らす。 日本国内でも大幅な食糧増産をなす。 日本の水は貴重な輸出品になる状況もやってくる。 以上のような方針で進んでいけば、世界中の国々の財政が破綻していく中、日本政府の財政だけは破綻せずにすむ可能性がある。 その上で、余裕があれば世界各国になんらかの手を差し伸べればよい。 以上のような方針こそ世界標準である。 日本政府の財政再建についてはIMFが勧告しているように、公務員削減、減給、などをなすという方策もありうる。日本国憲法は公務員を罷免する国民の権利を保証している(これに関しての見解・意見・コメントなどにお目にかかったことがない。なぜだろうか)。公務員の給料の支払いによって政府財政が破綻していくという立場は成り立つので、財政破綻を避けるために、国民が多くの公務員を罷免し解雇することができるのである。 しかし、それよりもはるかによい手がある。 公務員の解雇は最小限にして、給料を大幅に減らす。その上で役所の仕事を最低限のものにする。そして人員のほとんどを、食糧増産、高級食材生産、工業的食糧生産法のより高度な完成(もうすでに完成している)とそれによる生産などに従事してもらう。 高級食材は輸出もできる(日本の高級食材は引っ張りだこで売れるだろうという意見が多い)。 それによって収入をあげ、財政再建にもあてる。 現在、食料品関係の国際価格はうなぎ上りに上がっていっているので、高収益が期待できる。 特に近い将来、異常気象そのほかによって、世界的で劇的な食糧危機が訪れる可能性は百%に達しているといっても過言ではないので、この方針は最適だと思われる。高収入にして食糧安保にもなる。 (これから先、最も価格が高騰していくのは食料品関係だろう。エネルギー価格は、そう遠くない将来暴落していくことが予測される。多くの人々が自動車などを使えなくなっていくだろうと予想されるからである。世界的な水不足も予測されるので、日本の水資源は貴重な輸出品になっていくだろう。池や湖、川や海での魚介類の養殖をもっと増やす必要がある。雑草を食べて育つ魚などもいるので、そういった方面も研究すべきでしょう) 以上のことが可能なのは、日本人の精神的借金の総量がかなり小さく、精神的貯金の総量がかなり多い場合である(精神的借金・貯金の分野はいろいろあるのでそういうことになる。体験の質に応じてそういった分野はたくさんある) 日本人はどういうわけか全体的にみて、もったいない、という心性が世界一強いので(昔にくらべて弱まってきてはいるが)、諸外国にくらべて精神的借金が貯りにくく、精神的貯金が積まれやすいありようになっている。諸外国を見渡すと、精神的借金を積みまくる国だらけである。 よって、世界の中で日本政府の財政だけが破綻しないということが実現してもおかしくはない。 世界の破滅を救う方策として一番確実なのは世界中のエネルギーの消費量をたとえばこれまでの10分の1以下にすることだろう。 そうすれば、地球環境破壊も大きく減り、資本主義的も穏やかになり、世界はなんとか破滅せずにすむかもしれない。 そのためには、 エネルギー消費税(非吸収系二酸化炭素発生税だけでなく)というものを設け、エネルギー消費がそういった水準に落ちるようにすればよいのである。 それが実現すれば、金融制度・資本主義・世界経済・世界の社会たちの破綻・破滅もかなり穏やかなものになるかもしれない。 <加筆> やはり、円が一番安全で強くなっていきそうだ、といえそうです(この先のある期間について)しかし、その先の先はどうなるか見当もつきません。 (2月8日2013年記:「参考にされると困る」とずっと気になっていて、かなり以前、ここに、円相場はこの先どうなるかわかりません、と日付を入れて記したが、反映されていない。字数オーバーだろう。それはこのつぶやきのいくらか前だった→つぶやき:2012年11月17日(土):テクニカル要因も、ファンダメンタルズ要因も、対ドルで円安を示しているそうだ)。 そして、さらにその先は、世界中の通貨の崩壊、でしょうか? (以上、イメージスケッチです。未構成です。推敲してません) (以上、私論・試論につき、無保証) (このブログのすべてについて、投資その他などにおいての参考としては無保証です) つけ加えること 過去に書いたものに、つけ加えることがあります。 「人によって異なるし、同じ人でも時期や時によって異なる」ということ。 これを書きくわえることを忘れていたものがいくつかあると思う。 これは非常に重要なことだと思います。 「同じ人でも時期や時によって異なる」ということに関連しているが、「ぼくはテレビをまったくといっていいほど見ない」と書いたことがある。もう長い間そうなんだが、それでも、テレビがつけてある所にいて、興味を惹かれたら見ることもある。役に立ちそうな番組を知ったら見たこともある。それ以前はいくらか見ていた時期もあった。総計するとぼくはほんとにテレビを見ない男だと思う。 格助詞「は」について書いたことがある。 「は」は主格を示すのではなく、今のテーマに関して言う、という条件をつける助詞である、といったようなことだった(表現はちがうが)。 それに次のことをつけ加えておきます。 格助詞「は」は、主格を示す、ととらえていいケースもある。 「以上、そう考えてみただけであって、一切の参考にはなりません」という文を加筆すべきものたちもある。 とくに、世界の金融や経済、利益や損失にかかわる可能性のあるものなど、の予想などについて、そういえる。 「人によって異なるし、同じ人でも時期や時によって異なる」ということについて、さらにおもしろいことを考えてみることができる。 転生があるとすると、「同じ人でも時期や時によって異なる」ということは、転生していくとさまざまに変わっていき、正反対にもなっていくということにもなる。 これは質の科学の分野だが、興味深い世界である。 質の科学についていえば、質の科学における事項たちの証明らしいものはあるが、検証はまだまだ不足している。 しかし、歴史や多くの人々の人生、ことわざ、哲学的思考、さまざまな思想・哲学などを参考にすれば、かなり検証されている、といっていいのかもしれない。 「人によって異なるし、同じ人でも時期や時によって異なる」ということに関連して、 「これこれしています」と書いていても、時期が過ぎれば、そうしなくなるケースがある。それは当然ですが、書いておきます。 書いたあとで、訂正すべきことに気がついても、そのままにしてあるものがけっこうたくさんあります。 ブログにおいて筆者のいう「証明」というのは、ことばや数式、図などできわめて説得力のある論を展開することであり、「検証」というのは実験や事実、文献などでその証明の正しさを確認することです。そういう用い方がほとんどです。 (一般的には、証明の中に検証も含まれることが多いですが) (時間ぎれにつき続く。イメージスケッチです)(未構成です。推敲してません) このブログのどこかを参考にされる場合は、すべて、絶対に危険がないように、絶対に安全に行ってください。 このブログの文章・内容のすべては、春楽天のオリジナルです(慣用的・常識的なものは除く)(引用的なものはそうわかるように記しています)(世界情勢や将来の予想においては、さまざまな情報を得ながら行っています)。 このブログの著作権はすべて春楽天に帰属します(イラスト・イメージは除いて。トップページの、本やサイトの紹介文言の一部は除いて)。 著作権は日本国著作権法ならびに国際条約によって保護されています。 それらの無断利用を禁じます。 Copyright (C) 春楽天, All rights reserved.
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260306の分:ジャジャ丸君「おーい、ジャジャ丸子たん ジャジャ丸君「おーい、ジャジャ丸子たん、今から一杯やるからコンニャク料理を作っておくれ」 ジャジャ丸子たん、キッチンで何やらやってきて「はい、できたよ」 ジャジャ丸君「おースンバラティー、さてと、コンニャクをサカナにコニャックを飲むぜ。君も一緒にやろうな」 ジャジャ丸子たん「あほほほほ、こんにゃろー、やだよ、あたいのサカナはカマンベールをカムベール」 ジャジャ丸君「うひゃひゃひゃひゃ、やられた」 260304の分:ジャジャ丸君「これは前にも言ったが、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン」 ジャジャ丸君「これは前にも言ったが、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン」 ジャナ丸君「おいおい、ジャジャ丸、どうしたジャナ丸」 ジャジャ丸君「ベートーベン交響曲第5‐運命、ハ単調ってことさ」 ジャナ丸君「へ、それがどうしたんじゃらほいさっさ」 ジャジャ丸君「今や世界中がベートーベン交響曲第5ハ短調ってことジャジャ丸、ハ短調イコール破綻調ってことジャジャ丸」 ジャナ丸君「うーん、にゃーるヘソ、確かにそうジャナ丸、ジャジャジャジャーン、ジャジャジャジャーン」 ジャジャ丸君「そういうことなんジャジャ丸」 260302の分 ジャジャ丸君「今日は電車で街中をあっちこっち走ってきたジャジャ丸」 ジャナ丸君「へ? なんじゃらほい、意味がわからんジャナ丸」 ジャジャ丸君「電気自動車、略して電車ジャジャ丸」 ジャナ丸君「ニャールヘソ、あほほほほ」 260301の分 ジャジャ丸君「カピルスでハイボールを作って飲むぜ」 ジャナ丸君「カピルス? なんじゃそりゃ」 ジャジャ丸君「あ、まちげーた、カルピスだった」 ジャナ丸君「そりゃうまいよな、ツマミはなんじゃらほい」 ジャジャ丸君「そりゃカマンベールをカムベールじゃじゃ丸」 260228の分 料理関連の用語で、白髪ネギっていうのがある。しっかしマズソウどころか不潔な感じがする・綿楠‐わたくすにおいては。春雨ネギかささめネギだったらいい感じ。 260225の分 イバラキケン ジャジャ丸君「茨城県という県があるよな」 ジャナ丸君「おう、あるぜよ、東京のちょっと北の方だな」 ジャジャ丸君「それはよく見ると、イバラキケン、だよな」 ジャナ丸君「そうジャナ丸」 ジャジャ丸君「茨・危険とも読めるジャジャ丸」 ジャナ丸君「うーん、トゲの鋭い茨の草原を歩いていると痛くてたまらんってことじゃな丸」 ジャジャ丸君「キリストは茨の冠をかぶせられたって話だしな」 ジャナ丸君「そこまで話しが広がるのかジャナ丸」 ジャジャ丸君「今の時代、そこまで行くんじゃじゃ丸」 ジャナ丸君「人類に茨の冠がかぶせられたってことかな?」 ジャジャ丸君「人類は大変ジャジャ丸」 260222の分 酒のサカナに ジャジャ丸君「今日はボロなソーセージをサカナに飲むぜ」 ジャナ丸君「ボロなソーセージ? なんじゃそりゃ」 ジャジャ丸君「あ、まちげーた、ボローニャソーセージジャジャ丸」 ジャナ丸君「そうじゃな丸、あほほほほ」 260219の分 おふざけ小話し ジャジャ丸君「さて今日は長崎チャンピオンを食べるぞ」 ジャナ丸君「長崎チャンピオン? なんじゃそりゃ?」 ジャジャ丸君「あ、まちげーた、長崎チャンピオンならぬ長崎ちゃんぽんだった」 ジャナ丸君「オッチョコチョイめ、あほほほほ」 260217の分 おふざけ小話し ジャジャ丸君「カビを飲むぜ カビをサカナにカビを飲むぞ」 じゃな丸君「むむむ、なんのこっちゃ?」 ジャジャ丸君「おう、そうじゃな丸、そこんとこを説明しよう。 まず、カビとは酒のサカナでアール かつお節のカビづけ枯れ節 麴付けの食べ物 カマンベール ブルーチーズ それらはすべてカビを使っているのでアールぜ 日本酒や焼酎も出発点はカビ、つまり麹でアールぞ だからな、今宵、日本酒を飲むのでアールが、日本酒もサカナもすべてカビの賜物であるということでアールのさ つまり、カビをサカナにカビを飲むということジャジャ丸」 じゃな丸君「にゃーるヘソ、あほほほほ」 2602016の分 飲むぜ 酒のツマミにたかなかな 260215の分 おふざけ小話 じゃじゃ丸君「ハナミズキは風邪をひいてる。でもおいらはひいてないジャジャ丸」 260213の分 おふざけ小話 酒のツマミにカマンベールをカムベール 260212の分 じゃじゃ丸君とじゃな丸君 じゃじゃ丸君「『かにんて』ってなーんだ?」 じゃな丸君「かにんて? わからんじゃな丸」 じゃじゃ丸君「カニの手ってことさ」 じゃな丸君「うめえってことか?」 じゃじゃ丸君「その答えは悪くはないが、ハサミってことさ」 じゃな丸君「ぶっ飛びすぎてて面白くねえぜ」 じゃじゃ丸君「そこをオモティロク過ごすのが人生ってもんさ」 じゃな丸君「なんじゃらほい、あほほほほ」 ((メモ:学術的にはカニは十脚目(脚10本)という分類になっている・ハサミも脚とされている。一方テナガエビっていうエビがいる。それも十脚目である。であるのに手長エビと命名されている。であるから、カニのハサミは手の方がいいと思う。カニ君はハサミで器用に食べることだし)) 260120の分:(その18)「この世界のすべてを理解するための理論」 230506分:XX200「この世界のすべてを理解するための一試論」~「原初生物の発生(誕生)と進化」についての一考察」+「脳には情報を統合する機能はない」+「無限関連」+さまざま:継続中「質・クオリアの科学(仮説)~心脳科学(仮説)~世界哲学」 「この世界のすべてを理解するための理論」~「原初生物の誕生と進化」についての一考察」~「脳においては、情報はキレギレ-バラバラな形態で扱われ、脳にはそれ(ら)を統合する機能はない」+さまざま +「宇宙は永遠につづいていく・・宇宙が終末を迎えても(過去のと今回のが)次の宇宙が生まれる・・それが永遠につづいていく」なる追究の一部・・ 題して「無限大と無限小と反転」+さまざま」・・・(でいいかな? )」 ・・・「手を入れた○(X付きは「手を入れた」に同じ・・長いと困ることがあるのでそうしたナリス・・・)形式の記事について言えば、表題が変わった時点で読むと、読みやすくなるでせふ(途中で上略をなすこともアールスが)・・・ ……筆者はブログを多数もっているので、時間の関係でコメントに返信できません…悪しからず…… 筆者がネット上に書いてゐる(載せてゐる)記事sの多くは、主要な言語sにおいては、翻訳されておるようじゃす。 その翻訳は大変そうじゃす――さらに加筆形式になると翻訳も読むことも大変じゃろうす――しかるにできるだけ早くアップロードした方がよいでせふと筆者は考へておるのじゃす――。 特定の専用ソフトを用いれば、そこらの困難は大きく減じられることは周知じゃろうす。 で、一応仕上げたら(とゐってもさらに加筆していくじゃろうすが)告知しませふ(これは過去にも書きもうした)。 (――筆者が書いている記事sは、書きなぐりのようなものであって、どれもが不完全であり、これからも加筆と訂正をつづけていきもうす―― ――それと・・・学校で学んだ内容以外については、本スレッドの論などを研究するのに必要な程度(かそれ以上)の習得しかしていないのじゃす。なにもかも知っているなどということは全くありもうさん)。 ・・・筆者の研究とウェブへのアップロードも極めて大変じゃす。 しかるに、筆者は苦しひながら、やり甲斐・生き甲斐を感ずるのでさういふことを続けておるのじゃす(――本スレッドなどの記述量は膨大なので、読み返すことも大変であり、重複や間違い、いいかげんなところ、加筆修正すべき個所sも多いでせふが、そこらについてはご了解あれかし――)。 ・・・ともあれ、筆者が英訳せずとも済み、ありがたひことじゃす。よき時代になりもうした。 それらをぜひ有効・有意義に活用してくだされ。 (――ちなみに・・・、筆者は警察と連絡を取りあっているのである――) ・・・過去に、心脳科学(仮説)の概要を、英訳していたのだが、主要な言語sにおいて、翻訳されていた・いるとなれば(ありがたいことに「ブロックチェーン的になる」)、翻訳の必要がなくなったので、その英訳を途中までで打ちきっているのじゃすた・・・ 本スレッドには、心脳科学(仮説)本体の一部、質の科学(仮説)、世界哲学などと、それらに関連した内容を載せておりもうす。 本スレにある設問シリーズは千差万別じゃす。 「運命のノートシリーズ」も書いてありもうす。 「チャプター加筆形式」の記事シリーズでは、これがチャプター#3じゃす。 「チャプター加筆形式」の記事シリーズとしては、#1~#2~#3のほかにも、膨大な文章を書いている(3月25日’18・今加筆中の#3は、#882である) 筆者は、このシリーズをいつ書かなくなるかわからないので――人間はいつ死ぬかわからない、という意味をも含めて――すべての人間が、なんにおいてもそうじゃす――、メモのような書きつけをも載せておきもうそう。 (・・・付記・・「転生はある、といった文章を読んで納得して自殺することは禁じられておりもうす・この世界の法則の実態によって(既述)」・・・) ☆ 毎日あちこちに加筆しているのじゃすが・・・ さて、今回は・・・ 1月13日'18・の分が膨大じゃすたので、読んでいる・翻訳している方々が消化不良を起こさなひように、少し載せることにしませふ・・・といっても大量に載せることもありもうすが・・・ ☆ グチを一言・・・ 読み返さず新しい内容を書くことはかなり気楽にいけるんだが、本文を読み返して加筆やら推敲をなすことは、意欲と調子がでてノリノリの状態にならないときわめてむずかしいケースがかなり多い。 筆者の得意技の寝ぼけたような心脳の状態では、そういったことは大変だ。そういうばあいはうんざりすることもけっこう多い。自分で好きでやっているにもかかわらず「これを読み返して手を入れるのか。いったいなんの罰ゲームだ! 」といったところである(笑)。 ・・・つひでに・・・ 筆者は、ウェブ上に載せる文章も、だいたい一発殴り書き、がほとんどで、読み返して加筆訂正することはまずはないままに、載せている、という実態にありもうす。 加筆訂正推敲はそのうちやろう、ということなんじゃらす(その後からそれらをなすこともある程度ある)。 それでなければ、筆者の身体も頭も、もたない、といったところなので、ご了承あれ。 何も書かないよりはマシだと思し召しあれかし。 260120の分 (その18)「この世界のすべてを理解するための理論」 これについては、ネット上にさまざまを長々と載せている。 ここで、その要約をいくらか書いてみよう。 (1)「この世界に意識がないと、この世界はないに等しい」 ここまでの永年の研究の結果、この(1)がどうしても出発点になると思う・・この世界のすべての存在sを理解‐解明するための出発点になると思う。 これはフニャ論(決定的な確証のないフニャフニャした論)でもあるが(とはいえ、筆者は科学的に確証をもって論じてもいる)。 一般的に「自分なきあとはこの世界はないに等しい」と思うものであるが、その思いはマチガイであることを筆者は確証をもって論じてきている。 ここにおける「意識」というのは、以下である(筆者は、「意識」、「心器=知性体(心器は脳にのっかっている。知性体はなんらかの要因で脳から離れている)」について、厳密に定義してネット上に詳述している。参照されたい。 まず、すべての人たちにおいて、「自分の意識がなければ、この世界はないのと同じだ」と思うはずである。 人間以外の動物・生物に意識があってもなくても、ここまでの展開と結論は同じである。 (1)から、「この世界には知性的な世界があるはずである」、という結論に至る。 で、知性的な世界とは、「意識の世界」、「心器=知性体の世界(心的情報活動の世界)」、がある。 意識はエネルギーの波動の世界にある(それは量子力学的確率の世界ではない)。 後者(心器=知性体)はエネルギーの粒々の世界にある。 心器=知性体によって統合されまとめ上げられたエネルギーの粒々は、「意識器(意識の発生する器)」に入れられ波動へと変化するのである。 エネルギーの情報構造その他から、そういう結論がでてくる(いくらか後述するが、詳細に既述してある)。 「心脳科学」で、「心器」、「意識器」についても詳述している。 「脳」においては、「細分化されたキレギレバラバラの情報・情報の成分‐要素に細分化された情報」を扱う・・そこでは結局、最終的に、情報としてのエネルギーの粒々を扱うことに等しくなる。 「心器=知性体」はそのキレギレバラバラの情報を統合し単位時間(既述)ごとにまとまった情報にする。 ((参考:(既述しているが)上述の脳(と心器・・心器はさらに高度な働きをもっている)が行っていることを参考にして、つまり、脳のニューラルネットワーク(脳細胞sの情報処理の在り方)を手本にして、今はやりの「AI」は創られた。 そこでは(対象)情報を基本成分‐要素に分解したキレギレバラバラな情報成分を扱う。 一言で言うと、それら情報成分のどれが最もよく使われるか、ということを「AI」は学習していく・・インターネット上に膨大にあるさまざまイロイロを読み込んで。 (「そこでは結局、最終的に、情報としてのエネルギーの粒々を扱うことに等しくなる」という部分は除いて)。 そこでは、確率的に最も可能性の高い結論を導き出そうとする。 さらにいうと、量子コンピュータも、確率的に最も可能性の高い結論を導き出そうとする。 ただし、「AI」も「量子コンピュータ」も「知的活動」をするだけで(知的活動をすると評価するのは人間だが)、「意識」はない・もたない。 「AI」も「量子コンピュータ」も単なる機械である・・意識も心も感情ももたない。 ・・以上、参考)) そこで「心器=知性体」が統合しまとめ上げた情報を「意識器」に入れると、エネルギーの粒々の情報が「波動化」して、なめらかに変化する「波動情報」になるのである。 (場面転換においては、いきなり変化するが) で、「脳には情報をまとめ上げる機能はない」し、「それら情報(心的内容)を味わう機能もない」のである・・そこからも「心器=知性体」と「意識器(情報を味わう存在)」が存在することが示されるのである。 さて、それらを含めてこの世界には「情報の世界」もある。人間においてタトエれば、「さまざまな情報」と「設計」などがそれに当たる・・人間が何かを創りだす過程についても詳細に既述している(文化・文明の内容のさまざまについても同じく)。 ・・さらに言及すると、「多重人格という現象・実態(厳密な意味での)」は明確に存在するのである。 現代科学・医学は、「知性体が存在する」ということを全く知らないから(ほんの一部には認めている人たちもいるようだが、頭から否定しているケースが多い)、多重人格(厳密な意味でのそれ・・ネット上の動画で見れる)というのは、幼少期の虐待がその原因だ、などと説明している(そんな説明ではまったく説明がつかないのに、である)。 しかし、そういった動画を見れば、100パーセント多重人格が存在することがわかる。 それはいくつもの知性体sが、交互にその人物の脳にのっかるから、そういう現象が起こるのである。 ほかにも、タネもシカケもないマジック、という事象も存在する。それは、知性体が行っているのである(それ以外の説明では説明がつかない)。 つまり、知性体は科学的法則の実態を一時的に破って超常現象を起こせる。 タネもシカケもないマジックも為せるのである。 さて、この世界には「霊言」と呼ばれる現象がある。 その「霊言」を為すのは「知性体(亡くなった人間の心器)」である。それは小説家のような存在である。 さまざまな宗教を起こすのも「知性体(亡くなった人間の心器)」である。そこに表われるのは人間の感情がふんだんに盛り込まれた内容である。 それから、「知性体(亡くなった人間の心器)」には天地創造や生物創造の能力はない・そんな力はまったくない。 さて、科学者や医学者のほとんどは、そういった論を排斥するだろうが(ここで連想するのは「水と油」である)。 ・・以上についてもネット上に詳述してある。 ・・さて、以上の論から、転生はある、ということも導き出されるのである。 さてここで、早めに念を押しておこう。 「転生はある」といった文章を読んで納得して自殺することは禁じられておりもうす・この世界の法則の実態によって(詳細に既述している)。 で、転生の主体は「意識器」である。 「意識器」は、「自分が自分であるという純粋意識」をもっており、脳と心器がまとめあげた「心的内容」を意識内容にして意識し味わう能力をもっている(詳細に既述してある・いる)。 ここで参考を・・ 遥かなる過去から遥かなる未来までに生まれてきた・くる人間の総数は、「意識器」の総数よりどうしようもなく遥かに多いのである。 ここからも転生がある、ということがわかる。 さて、 「知性体(=元「心器」・・元は生きていた人の「心器(心の大元・・とは言え意識はもたない・・詳述している・ある・ネット上に)」である)は人の脳にのっかって、さまざまな影響を与えることができるが、「意識し味わう能力」をもっていない。 ここまででも、冒頭の(1)「この世界に意識がないと、この世界はないに等しい」という意味の理解が進むと思う。 ここで、付言しておこう・・ 「脳はキレギレ・バラバラな情報(成分・要素に分解された情報)を扱っており、しかも時間的にも空間的にもバラバラなところで扱っている(時間的にはほんの小さな時間差であるが)。 で、脳にはそれらキレギレ・バラバラな情報を統合する機能はない。 しかも脳にはそれらの情報をまとめて「意識し味わう機能」もない。 ここからも、先述した「心器」と「意識器」という概念と実態とそれらの「器」の存在が導きだされるのである。 ((メモ・・高校時代に綿楠‐わたくすは、「超異理論」というアイディアを考えた。異なる対象sすべてを分析するアイディアである。 対象を成分‐要素sに分解(解質)する、そこから対象sを理解する、という理論である。その後、名称を「質論」それから「質の科学」と変えたのでアールス。 その原理は、脳にも働いているし、AIにも用いられていることをずっと後になって知ったナリス。 ・・これもネット上に詳細に既述してアールス。)) ((メモ・・「心脳科学」においては、「意識の外‐そとには何があるかわからない」という立場もとれるのでアールス。 意識の外‐そとには「データベースsとデータsがある」、という立場ナリス。 ・・これもネット上に詳細に既述してアールス。)) さてここで「質時間回帰」という実態がある、ということを強調しておこう。 「質時間回帰」という現象は、「質の科学」から導かれる事象であるし、科学的にも統計的にも100パーセント正しいと証明されるのである(ネット上に詳述してある)。 それぞれの「意識器」に、「質時間」のフィールドがあって、そこにその人物の言動・行為の質の総計 (質×時間の総量‐総和、質に単位時時間毎に単位時間をかけて総和した総量、質を時間で積分した総量‐総和・・ネット上に詳述してある) に応じた変化が付く・・どんな存在であれエネルギーのやりとりがあると、そこにそれに応じた変化がつくのである。このばあいは、人間の言動という行為においても、それに応じた変化が、その「意識器」につくということである。 (既述しているように、 すべての「意識器」にはその人固有の「自分が自分であるという純粋意識」がある)。 で、その変化が限度を越えると、その「意識器」が壊れてしまう。 どの「意識器」について言っても、それら「意識器」が壊れないようにするために、その「質時間の総和(が起こす変化)」が元に戻されるという仕組みが存在するのである(A)。 生物には「ホメオスタシス=恒常性」を成す仕組みがある。つまり外部の変化に対応して、その生物の体内の状態を、その生物が生きていける範囲内に保つという仕組みがある。 それ「『ホメオスタシス=恒常性』を成す仕組み」と、直近上述(A)は、特定の意味で似た仕組みにある。 (この「特定の意味」は「ある特定の意味」と書くべきだといつも思う・・メンド草)。 その「『質時間の総和』が元に戻される」ということは、カンタンに言えば、「それまでとは正反対の体験・経験をすることになる」ということである。、 インドの宗教にある「カルマ」も同じような概念である。 よって、質時間回帰(則)の実態を「科学的カルマ」と呼べばわかりやすいのかもしれない。 しかし、「質時間回帰(則)の実態」は、「カルマの実態」をかなり包含してはいるが、もっと凄い結果をも導き出すのである(ネット上に詳述している)。 他にも、 「体験総量プラスマイナスゼロ化則」とか、 「体験の味わい総量プラスマイナスゼロ化則」 「万人平等化則」 などと表現してもいい。 他にもいろいろ名づけることができる(ネット上に詳述してある)。 ・・・補遺・・一回の生で質時間回帰できないところは、転生を通じてなされる。 人はかなり歳をとると、ほとんどすべてが変わってしまう。記憶、心の状態、容貌、身体のさまざま、などなどほとんどすべてが変化してしまう。しかし歳をとっても、オモカゲは残る。オモカゲすらわからなくなるケースもある。 ・・・以上、補遺・・ さて、質の科学の「質時間」にある「質」というのは、「質の対生成」によって生まれる。 質(性質、形)が「何もないところから生まれる」ので、正と反がでてくるのである。 わかりやすく言うと、鋳型と鋳物の関係である。 鋳型と鋳物は、基本的に同じ形をもっている(部分的というか)が、その形がひっくり返っている。 鋳物の形を正とすれば、鋳型の形は反と言える。 (男と女の関係のさまざまについて言ってもそういうところが多い) そしてその対生成で生まれた「質」たちは、さまざまに干渉し合い「質の複雑化」が起こる・・質のもつれが起こる、と言ってもいい。 そこから出てくる人間sの性質も種々さまざまである。 現在の世界の社会は種々様々である。 ひとつの社会の中にも種々様々な質がある。 学問領域、芸術、エンターテインメント、歌音楽、文学、建築、さまざまな機械・機器・装置・アイテム、さまざまなシステム、その他すべての領域においてもさまざまな質が存在する。 それらすべても、質の生成法則から生まれてきた、と理解できる。 で、「体験・経験」においても、「正」と「反」が存在するのである。 さて、「質時間回帰(則)の実態」は、「正の体験」を経験したあとは「反の体験」を同じだけ経験する、ということである。 それは、 「ある体験を経験したあとは、それとは正反対の体験を経験する」ということであり、言葉を換えれば、 「他人に為したとおりを将来必ず自分が受ける」(=「質時間回帰(則)の実態」)、 「今の自分とは正反対に将来必ずなる」、 ということである。 「そんなのは、当たり前・当然だ」、「それでこそこの世界の意義がある」、という感想もでてくる。 (しかし、そこにはちょっと怖い面もある・・それについてはここでは書かない) ここで強調しておこう・「質時間回帰がすべてを操る」、「すべては質時間回帰の中にある」のである。 さて、「心器」と「意識器」、それと「知性空間」だけだと、「意識器」が意識し味わう意識内容は非常に狭く少ないままである。 そこでこの世界は「生物を誕生させ」さまざまな体験を生み出させようとする。 それは、人間などの「意識をもった生物の「意識体験‐経験」を豊富にするためである (そうだと思う・・これは筆者の主張である・・冒頭に述べた「この世界に意識がないとこの世界はないに等しい」からでてくる主張である) (意識の世界での体験が限られていると、ウンザリ状態になる、よくない意味で煮詰まってしまう、ということになる)。 その証拠に、さまざまな物質たちたちやそれらの素子sは生物を誕生させ生かしていけるように創られている(稀にドクなども生まれるが・・これは避けられないのだろう)。 例をあげると、さまざまなミネラルsもそうである。それらは生物の体内でさまざま多様に働く・・驚くほど多様である。 (生体は体内でカルシウムイオンが不足すれば、骨から取り出して用いるということも為す) もちろん、DNA・遺伝子系におけるさまざまな物質素子sやアミノ酸やタンパク質などもそうである。 ・・さてここで、「タトエとしての水蒸気(=原物質=素物質=物質の大元=なんらかのエネルギー)」という何かを登場させよう。それは、「さまざまな物質たちやそれらの素子sに変化する物質の大元」である。 これは、現代科学に則った考え方にある。 そこでは、宇宙誕生以来、物質は宇宙空間から物理的条件に従って生まれてきたとする。 その「タトエとしての水蒸気(物質の大元)」のある空間にはなんらかの知性が存在している。 それは以下のようなことである(これだけではないが)。 現代物理学では空間には演算(計算)能力がある、とされている。 最先端の物理学においては、この「演算、それを最小単位基準化(量子化)した演算子」が重要視されている。 光(光子)が消えてなんらかの素粒子(物質の一種)が生まれるとか、なんらかの物質が消滅して光(光子)が生まれる、そういった現象‐実態において、厳密な数学的演算(計算)が行われている、ということである。 で、上述 「そこでこの世界は「生物を誕生させ」さまざまな体験を生み出させようとする」 その実現のために、 知性空間は、「タトエとしての水蒸気」から、さまざま多様な物質の元と物質を創りだす。 なぜ水蒸気(タトエとしての水蒸気)という比喩を用いるのか、というと・・ 水蒸気は、相転移(見た目や様相や状態が別な状態に変化すること)して水にもなれば氷にもなるので、タトエとしてうってつけであるからである。 水蒸気は目に見えない気体であるが、雲、霧、雨、アラレ、雹、雪、霧氷(三種ある)、霜などにも形を変える。 さて、上に述べた、 ミネラルs、 DNA・遺伝子系におけるさまざまな物質素子sやアミノ酸やタンパク質、 その他が、 タトエとしての水蒸気(物質の大元)から創りだされるのである。 そこでは知性的な何かが関与している(上述している。ネット上には詳細に既述してある)。 さてここから、生物はどうやって生み出されたのか、という問題に取り組んでいきませふ。 まずは、地球発の最初の生物はどんな風にして生まれたのでせふか? まず一言で言うと・・ 最初の生物が偶然に生まれ出た確率・可能性はゼロ・・ この宇宙に知性的な何かと、 生物に関するデータ(不完全でも)と、 生物に関する設計図(不完全でも)などが存在しなかったら、最初の生物の誕生もないし、いくらかあとに述べる大進化も100パーセント起きない。 つまり、最初の生物の発生と大進化は、この宇宙に知性体が存在し無限に永い過去 (多分、宇宙は無限回誕生と終わりを繰り返してきたのだろう・・ネット上に詳細に既述してある) からの膨大なさまざまなデータs、生物に関する設計図(部分的な設計図だろうが)などが存在していないと、最初の生物の誕生もないし、いくらかあとに述べる大進化も100パーセント起きないということになる (これは、上述の、タトエとしての水蒸気(物質の大元)から、生物に必要な種々さまざま(タトエばミネラルs)が創られる工程、についても同じことが言える)。 (この論においては、「パンスペルミア説については言及しない) 最初の生物の誕生から始まって、小進化(小さな進化・変化・突然変異)は自然に起きる・偶然で起きる、 繰り返すが、種の進化・変化といった大進化は偶然では100パーセント起きない。 ((メモ・・今現在いる生物sの発生には、タンパク質が発する「赤外線スペクトル(これは複雑な情報となる)」がかかわっている可能性があると思う。 ・・これについてもネット上に詳細に既述してアールス)) (この論においては、わかりやすくするために繰り返しが多いところもでてくるし、繰り返しを為すと、綿楠‐わたくすには書きやすいのでアールス) とはいえさて、小進化においても、偶然では100パーセント起きないような実態がある。 それはアリンコ(蟻)(笑い) (ここではマジメなことを書いているんだけど、何を書く時でも綿楠‐わたくすはジョーダン・ユーモア・オフザケを入れたくなってしまうのでアールス) それはアリンコ(蟻)たちとそれらの社会を見ても、そのあまりの複雑さに驚きすぎてのけぞってしまうという実態があるということ‐など、である。 まず、アリンコたちの種類の多さ・・ アリンコの生体の進化・変化・突然変異は小進化であろうから、偶然で起きるでせふ。 つまり、地球上に、驚くほど多い‐いろんな種類のアリンコたちが偶然に生まれ出ることはあるだろう、ということ。 アリンコの中には動物に噛み付いて噛み切ってそれを食べてしまうアリンコもいる。 いやはや種々さまざまである。 しかし、というか、さてそこで、というか(ここでは複数のテーマを扱っているので、こういう表現になる)、アリンコ社会の複雑さにも驚嘆してしまう。 以下はひとつの例でアール・・ ひとつの種類のアリンコたちの社会、ここでは巣をつくるアリンコの社会としよう。 で、アリンコたちが巣の外に出たとしよう。 (ちょっとノッテきたので、ここらで少し遊んでみよう) (以下の部分は、綿楠‐わたくすの、アリンコたちの観察を元にしているのでアール) (綿楠‐わたくすが書く文章において、研究内容のほとんどすべては、綿楠‐わたくすの独創‐創造でアールス・・現在までのさまざまな研究sを参考にしたりしてはいるけど。で、慣用的、常識的なところは断りなしに使っていいのでアールス) そこではアリンコたちはフェロモンを歩いた跡に塗りつけてしまう。 ・・そのフェロモンってのは、自分が巣に戻るときにたどる道しるべであるし(アリンコがニオイをかぎながら)、 仲間に獲物の在りかと自分の行った先を知らせる手法でもある(どう考えてもそういったフェロモンには何種類かあるのかもしれない、という結論に至る)。 (その手法は推理小説みたいな小説に出てくる、仲間に知らせるために、進む道道に小さななにかたちを落としていく、とかに似ている・・そういった小説たちよりずっと前にアリンコたちは実践していたのでアール) (フェロモンってのは異性を惹きつけるだけのニオイ物質だけじゃないんだ) で、そのフェロモンによる通り道をアリンコたちが通る。 そこでのアリンコたちは、巣から出て進むのと巣に戻るのがいる。 食べ物を見つけたアリンコは巣に戻って、「あそこに食べ物があるぞ」、と仲間のアリンコたちに伝える・教えるのでアール。 そうなると、アリンコたちがそこに押しかけるのでアール。 そこの伝達手段はどうなっているんだろう?(少し後ろにもこの問い関連を書く)。 通り道はフェロモンでわかる。 さて、 童謡に「~~、アリさんとアリさんがごっつんこ、~~」ってのがある。 進むアリンコたちと戻るアリンコたちが「ごっつんこ(頭の先っちょをぶつけ合うこと)」をやるのでアール。 そこででも(ここでは「そこでも」は不完全だと思う・・メンド草)アリンコたちは情報交換をやるのでアール。 その情報交換の仕組みは不明である(それ相応のフェロモンを使うのだろうか? 何かの音をだすのだろうか)。 そこにおいて「あそこに食べ物があるぜよ」という情報伝達はたぶん音でやってるのではないだろうか。 しかも何種類かの音で情報を表現している可能性が高い。 頭をゴッツンコさせたときに何らかの音(振動)を発して情報を伝えるのではないか。 しかも、こんな実態もある・・ アリンコたちの失踪が続くと、大きなアリンコが「どうなってんだ」とばかりに探しにいく、たぶん敵をやっつけるために、っていうのもある。 そこでの情報共有・情報伝達の仕組みはどうなっているんだろう。 なんらかのフェロモンかなんらかの音を用いるか、だろうか? これもたぶん前に述べた「音(振動)」を用いているのだろう。 ・・以上、アリンコにおいてさえ何から何まであまりにも複雑である。 ということはつまり、小進化でさえ、偶然に起きることはないのではないか、ということになる。 アリンコの生体の小進化・変化・突然変異は偶然で起こるが、そこにはそれだけではない何かがある、という結論に至る。 たぶん、なんらかの知性が関わっているんだろう・・それ以外の可能性はない。 (知性体の存在については、過去にもこの論の中ででも、根拠・証拠をあげて述べてある・・ネット上に詳述してある) ((メモ・・綿楠‐わたくすは一昔前、キッチンで砂糖をたくさんこぼしたことがアールス。 そこにアリンコたちがやってきて、「いいもの見っけ」とばかりにたくさん運んでいった。 しかし何日かたつと、アリンコたちはその砂糖に来なくなった。 ・・それは砂糖には糖分以外の栄養がない、と気づいたからだろう、とその時思ったナリス)) さて、生物の誕生とその変化・進化について述べた。 次は、「すばらしき、完璧な映画館――大宇宙世界劇場・・・人生劇場」について述べよう。 上に「意識器(意識の主体)」、「心器」、「体験・経験」、「転生」、などについて述べたので、それらをわかりやすく解説してみよう、ということでアールス。 メンド草なので、以下これは過去に書いたものからの抜粋でアール・・ ・・・「すばらしき、完璧な映画館――大宇宙世界劇場・・・人生劇場」・・・ (――抜粋・再掲――)・・・こういうシステムを考えてみよう: 「すばらしき完璧な映画館――世界劇場――」である。それがどういうものであるかというと・・・ その映画館で映画を観る態勢にはいると、特殊な装置によって、まず、自分の記憶すべてを、映画を観ているあいだ完全に忘れてしまうのである。自分の年齢・性別や肉体などについての記憶まで忘れてしまう。 つまり、自分が何者なのか完璧にわからなくなってしまうのである(そこは暗いので自分の身体も見えない)。 思考力までなくなってしまう。 そこにあるのは自分の「純粋意識・意識の主体」――「自分という純粋意識」――だけである。 そこにおいて、映画が始まると、特殊な装置によって、自分が完璧にその映画の主人公(あるいは登場人物)になってしまう。記憶から思考力までその主人公(あるいは登場人物)になってしまう。自分の身体もその人物だと思い込んでしまう。 そういうシステムの「すばらしき完璧な映画館」である。 で、その映画は、主人公(あるいは登場人物)の一生を描いたものだとする。 その映画を観ている間は、自分はその主人公なのである。 そして、その映画が終わって、次の別な映画に移ると――転生にあたる――、今度はその映画の主人公に自分がなってしまうのである。 ・・・そうやって自分の体験‐経験がずっとつづいていく。 ・・・まあ、いつも主人公になるわけではなく、脇役になることの方が多いわけではあるが ――つまりこれは、劇的に素晴らしい人生をおくることになるのは稀である、という意味である―― それが、上述「――それぞれの要素の存在確率(発現確率)~存在期待値(発現期待値)(ここでは、期待値という概念を拡張して用いている)に応じて――」の意味である(そういう意味実態の中にある・そのシンボルになる)―― で、そういう意味ではそうであるが、常に自分が主人公(先の「主人公」とは意味範疇がことなる)である、というのも事実~確かである――。・・・ ・・・転生という事象実態は、そう説明できる (既に述べたが、「意識器(意識の主体)」の総数より、過去から未来までの人間の総数の方が果てしなく多い、というところからも転生の存在が論証される)。 ・・・心脳科学(仮説)(と質の科学・仮説)を基にすると、そういう結論に至るのである。・・・・・・ (――注:表題にある「すばらしき、完璧な映画館――世界劇場――」といっても、そのシステムが完璧である、といっているのである。 すべての人s【意識の主体s】において、それぞれの一回一回の人生は完璧ではまったくなく、不合理・理不尽なさまざまなできごとsが起こる。――それは質の対生成と質時間回帰による・・質時間回帰によって、前回の生とはかなり反対のような人生をおくることになる――) ・・・・・・ところで、「すばらしき、完璧な映画館――世界劇場――」での上映内容を創るのは何者だろう・・・ それは、知性であり心器であり、質の対生成則・質の対消滅則・質のもつれ・質時間回帰則、である。 「質の対生成則・質の対消滅則・質のもつれ・質時間回帰則」のもとに、知性と心器が加わって、そういった上映内容が創られる。 (――既述している「外界なるデータベース」も、もちろんそれに参加している。というか、こちらの方「外界なるデータベース」が、そこにおける大きな主体だろうが――) ・・・参考・・・ 質時間回帰則の許す範囲内で質時間回帰則に反するように見えるさまざまな事象・実態・事実が生じるが、結局は質時間回帰する。 (「質の対生成則・質の対消滅則・質のもつれ」もその中に納まる)。 つまり、質時間回帰則は厳密に働くが、そこにはアソビがあって、キッカリと一直線には進行せずに、行ったり戻ったりしながら質時間回帰していく、ということである――それでも厳密に質時間回帰する――。 ・・・それについては、ワウフラッターその他をたとえとして、既に詳述している――そのリンクを貼りたい張りたいが、めんど草草なので、まずはめんど草取りをしてから・・・つまり、めんど草かり、をして、めんど草がり・メンドクサガリ、を克服してからリンクをはろう・・・、というつまらないジョークに落とし込んで締めておこう・・・日本語のクオリア・qualiaは豊穣なり・・・ (――参考のために加筆・・・心器には自由意志・意思がある・・ネット上に既述――) ・・・以上に関連する参考(抜粋・再掲)・・・ ・・・いくらか前にもどって・・・つまり自分とは「意識し味わう主体」である自分の「自分という意識」であり、それ以外のすべては、痴漢可能ではなく置換可能であってどうにでもかわりうる――変わりうる、替わりうる、換わりうる、代わりうる――のである。おまけに、「心~心器」も変化する上に置き換えることができるし置き換えられる(――心脳科学(仮説)における定義の「心~心器」には意識し味わう働きがない――)。 しかも、それら置換可能な要素sは、転生していくと、正反対のそれらに置き換わっていく。正反対のそれらだけではなく、どの要素sにも置き換わっていく ――それぞれの要素の存在・現実・事象実態確率(――一種の頻度である――)~存在・現実・事象実態期待値(――質時間の総量である。それは質時間回帰に至る・をもたらす――)に応じて――。 「自分という意識」以外は、そうやって、置き換わっていく。 先に述べた要素s『肉体、姿かたち容姿、境遇、人種・民族、家族~家系、人々(身近~遠い)との関係、自分の属している団体・組織~国家、現在に至るまでのあらゆるさまざまな体験・経験・言動と現在までのあらゆるさまざまな記憶や身についたもの、才能・能力、身分、地位、立場、性別、心・精神・意識(この意識は普通に使う意味での意識である・心脳科学・仮説で定義している「意識」を除く。勘違いを招くので、ここでは、意識と言わず「自覚」「自覚する精神作用」「意図」などと言った方がいいが)、などなどのすべて』がそうやって、置き換わる、あるいは変化する、そういうことになる。それが質時間回帰である。 端的にいうと、それらすべての要素sは、「体験」「経験」「記憶」「才能・能力」という範疇にはいる――肉体的要素その他すべてもそこにはいる――。 さらに端的にいうとそれらすべての要素sは「経験」という範疇にまとめていれることができる (もっというと、その「経験」は「心的情報~心的内容→意識内容――結局は『意識内容』」――それらをまとめて「(心・)意識における情報」といえるのであるが、そう記すとかん違いされる可能性があるので、そこまでは書かないでおこう)。 つまり、多数存在する個別的な意識sのそれぞれの意識における「質時間回帰」というのは、 「どの意識も(すべての意識が)あらゆるすべてのさまざまな経験をまんべんなく経験していくことである ――経験におけるそれぞれの要素の存在確率~存在期待値に応じて―― そこには、ある体験をしたら将来必ずその正反対の体験を同じ量体験する、今の自分とは正反対に将来必ずなる、という法則も含まれてしまう――」 ということである。 とにかくすべてが質時間回帰する(――ここにはある意味というか確実にというか恐ろしい内容が含まれているが、明文化しない――)。 (加筆) さて・・・ 人生において、自分という人間について言えば、一生変わらないのは、 「自分という純粋意識と面影だけである(ケースによっては、面影すら確認できないこともある)」・・ 誰でも、自分は自分だと思う――意識する――でせふ・・・ しかしそれは、 現在までの経験や育った環境によるのでもなく、 自分の姿かたちによるのでもなく、 他人との関係によるのでもなく、 自分の才能や能力によるのでもなく、 記憶によるのでもなく・ ・・・記憶について言えば、思い出さないものがほとんどであり、忘れていることは膨大にある・・・「自分という純粋意識」について言えば、「記憶が自分は自分であるということを担保することはない」・・・にがく苦しい思い出をしょっちゅう思い出すとしても、そうである・・・ それから、自分が上げた業績などによるのでもなく、 そのほかさまざまな思い出によるのでもない・・・思い出を思い出して回想するのは、普通であるし、 その「思い出という記憶が自分だ、という立場はよくわかる」が、 その立場においては、その思い出の記憶がなくなったら、自分は自分でなくなるということになる(そういったケースにおいては、自分の拠り所がなくなって、さびしい、わびしい、苦しい、といったことになるケースが多そうナリスが)・・ しかしそのばあいでも、「自分という純粋意識」は変わらず、それが自分なのである・・ たとえば、記憶を入れ替えることができるようになって(プラナリアなどにおいては、学習内容を移植できるそうだ・・うろ覚えナリスが)、 自分の記憶を他人のそれに入れ替えて回想したとしたら、それ以前の回想とはまったく異なってくる――その他人を自分であるとすることになる――・・ それでも、「自分という純粋意識」だけは変わらないのである・・・ ・・・どこをどうとっても、どこをどう考えても、「自分という純粋意識」が自分なのでアールス・・・ ・・・「自分という純粋意識」については既に、このセクション以外において詳述している・・・ ((メモ・・意識の中に、この世界のすべてがある、と言ってもいい。 世界中のさまざまな 社会性 学問領域、芸術、エンターテインメント、歌音楽、文学、建築、さまざまな機械・機器・装置・アイテム、さまざまなシステム、その他すべての領域において、すべては意識の中にある、と言ってもいいのである。 (一例を挙げると、相対性理論は、アインシュタインの脳と心器の中に生まれ、それをアインシュタインと人間たちは意識の中(意識器の中)で意識し味わうことができる。しかも相対性理論はこの世界の現実に対応しているのである・・わずかなズレはあっても))) ((メモ・・前にアリンコたちが失踪すると、大きなアリンコたちが敵をやっつけるためにやって来ると記したけど、失踪したアリンコたちは、綿楠‐わたくすの食器にたくさん群がっていたのを、食器ごと離れた所に置いたのでアールス。その結果がそれでアール)。 で、前に書いたアリンコたちの社会性が偶然に生じることはなく、そこには知性的な何かが関与していたとしか言えないのでアール、ということを再記しておこう)) ((メモ・・どこかに書いたが、知性体(亡くなった人間の心器)sの中には、霊言を行えるもの、物理・化学法則を破って不思議な事象・現象を為せるもの、タネもシカケもないマジックを行えるもの、その他が存在するのでアール。 (他の動物や生物についてはここでは述べない))) ((メモ・・メンド草草なので、ここに書いておこう・・・かなり前に、アマテラス大御神と卑弥呼の同一性について書いたことがある。両者とも宮崎に存在したという結論になり、同一人物だと、いうことになった。 邪馬台国は、大昔のチャイナの文献によって知られたのであって、それには邪馬台国は九州のそうとう南にあった、と記されている。 それを、九州の北にあっただの近畿地方にあっただの、そういった説を打ち出した人たちがいるが、大昔のチャイナの文献には、直近上に述べたことが書かれているのである。 であるから、九州の南以外にあったという説sは、クレイジーである・願望でありファンタジーである・・それらの人たちは邪馬台国を論じる資格がない。 以上については詳細に既述してある。 それから、アマテラス高千穂神話(詳細に既述)と、ギリシア神話の構造は実によく似ている。どちらも山の高い所・テッペンでの神話になっている)) ((メモ・・ジョーク: A「これは何だい?」 B「それは皿だ」 A「じゃあ、皿にのってるものは何だい?」 B「サラダ」)) ((メモ・・これは昔ネットに書いたことがあるけど・・・ 難易度という言葉があるけど、「易難度の方がいいと思う。 易難度が高い→OK 難易度が高い→簡単度が高いと読める)) ((メモ・・ジョーク: A「『ブカツドン』って何だと思う?」 B「部活する人、だろ?」 A「あはは、普通そうとるよな。ブは豚肉のことで、ブカツは豚カツのこと。ドンは丼。つまり豚カツ丼ってわけ」 B「あははは、部活を終えたら食べに行きたい、ってとこだな」)) ((生物誕生した後のその生物の発生にはタンパク質が発する「赤外線スペクトル」が関わっているのかも知れない(ネット上に既述) それから、生体内に、DNAやRNA、mRNA、tRNA,rRNA、生体内微小部品s、が存在する。 それらが活動することにおいて、「赤外線スペクトル」を活用しないと、結果を出せないのではないか? 一例を挙げると、tRNAが目的のアミノ酸を見つけて、それを捕まえて、リボソーヌ内のタンパク質製造場所に持っていって、そのアミノ酸を渡す、という事象において、生物学の教科書には、「自動的にそれが起こる」といった風にしか書かれていない。 そんな事象が自動的に起こるはずがない、と綿楠‐わたくすは思うナリス。 そこに「赤外線スペクトル」が必要になると思うのでアールス。 これについても、タトエとして「完璧な無人工場の様子」について述べ、詳細にネット上に既述している(ある))) (あちこちに加筆したナリス) ((メモ・・恐竜は多種多様に変化しすぎて+大型化しすぎて○○○○。(巨大隕石だけのせいではないだろう。巨大隕石が駄目押ししたのかもしれないが)。 現在の世界・人類の状況はそれに酷似しているのではないか) ((昔書いたやつ・・以下これは、「おふざけコトワザ物語り」に入れたいんだが、メンド草草なのでここに入れておこう・・ (*日本語をまねする米の大統領英語_?* アメリカ英語に面白い表現がでるようになってきましたね。 大統領の英語に。 日本語を取り入れてるんじゃないかと思われる。 たとえば; 前向きに検討します、の「前向きに」をそのまま、 looking forwardと表現するようになった(これについては、同時通訳者の、国弘正雄さんが書いています)。 (ロシア大統領は、それを「肯定的に」と表現していた)。 それから; どうぞお座りください(どうぞ座られてください)を、なんと please be seatedって言うじゃない。 受身と同じ形は、直接相手を指し示さないから、丁寧になると、アメリカ人にもわかるのか。ぶったまげたぜ!! そして、笑ってしまった。 (でも、「椅子よ、どうぞ座られた状態になってください」ですぞ。ますます笑いたくなっちゃうなあ)。 (アメリカ人の主体性の放棄って感じが、わずかに感じられる? そういえば、ブッシュの物腰、天皇に似てきたところもあるような? 断定はしないけど。例えば、前かがみになって相手と話す、黙祷のとき頭を下げる、など。 アメリカはこのところ、世界戦略にことごとく失敗して、ブッシュやアメリカ自体が大変なことになってるから、そうならざるを得ないのかもしれない)。 さらに; 私は、***と、こう思うのであります、を I think this,that ***って言ったこともある。 ほほえんでしまった。 (thinkは別の動詞だったかも) (昔から、そういう表現があるのかどうか?) ほかに; 米の新聞か何かにこんなのがあった。 「アメリカは、日本がどうした、だ(アメリカは、日本がなんだ、だ)」を America is ; what about Japan. 日本語の「は」の便利さに気づいたのかね? (「は」は、今注目したいことの後につけ、その後に結論を言う、そういった助詞でもある。その場合、主語を示さない。主題を示す(これは文法の本には載っていない。自慢じゃないが、いや、自慢なんだけど、これは、おいらの分析なんじゃもんじゃほいさっさ(出典を記していない内容はほとんどすべてそうでアールス)。 日本の学会はいったいどうなってるんじゃもんじゃほいさっさ? 失礼!)。 例えば、レストランで、何人かが飲物を注文しているとすると、「ぼくは、コーヒーです」となる。「ぼくについて言えば、それはコーヒーです」という意味ですね。女性が言ったとして、「あたし=コーヒーだから、あなた、飲んで」という意味じゃない。もっとも、気のある女性にそう言われたら、男どもは、「君、日本語の使い方がおかしいよ」と腹を立てずに、別のところを立てるでしょうな、「飲ませて」。 脱線して失礼しました)。 (ついでに; ブッシュ大統領は、世界中で、**に似てると椰揄されていますな。とすると、それは、**マネっていうことなんでしょうか? それに関連して、こういうエピソードがアール。 日本のテレビに、ブッシュさんの姿がでた時、その顔の色がTV画面でピンク色になったそうだ。 そこで米国側が、「あんな顔の色では困る、色調を調整してください」とか注文をつけたそうでアール。 ところで、その色は日本の山にいるサル君たちと同じような色でアール。 それらサル君たちの顔にはメラニン色素がないようでアール・・なんでだろ?) 以上ですが、日本語を取り入れていると断定はしませんよ。情報不足だから。 ちなみに、以上のは、文章を読んだのでわかったことです。私の英語力は日本人の平均ぐらいですから。) ・・)) ((メモ・・電話で「もしもし」と言うけど、それは「申すの連用形の「もうしもうし」の「う」がとれた形だと思う。 連用形は名詞扱いになる。 「申す」は「言う」の丁寧語でアール。 であるから、「もしもし」は「話しかけますことよ」といった感じになるでせふ。 ところで、「もしもし亀さん、亀さんよ」っていうのもあるなあ)) ((メモ・・否定疑問文についても、ネット上に詳述してある。 それに加えて、否定疑問というのは一歩さがったテイネイな問いになると思う。 「ライターをもっていますか?」より「ライターをもっていませんか」で、そこのところがわかると思う。 日本語における否定疑問に対する答えは基本的に否定疑問にある否定を否定するか肯定するかという複雑な認識問題になっている(例外はある)・・近頃は、単なる疑問文と捉える事象もネット上では見られる。 綿楠わたくすの生まれ育った地域では、元々はイングリーズと同じ答え方でアールス。 以上についてもネット上に詳述してアールス)) ・・あちこちに加筆したナリス・・・ ・・・つづく鴨duck・・・(と、 怒鳴るどダック…JK…)・・・ 251015の分 (あちこちに加筆したナリス) さて、今回、その75・おふざけ小話2にいってみよう・・・ 題して「75・ブーミン‐ヒッポ物語り」 ・・・おお、なんか妖精みたいなのがやってきた、その独白が始まるゾ・・ おいら、ブーミン‐ヒッポっていうんだ。 元々の名前は「MUー民‐ヒッポ」っていっていたんだ。 なんでかっていうとさ、おいら、かのムー大陸の民にして妖精だったからなのさ。 ヒッポっていうのは、カバのことなんだ。 おいら、カバに似ていたし似てるから、そんな名前になったのさ。 その当時も今も、おいらに向かって、「逆立ちしてごらん」という者たちがいたしいるってことには、おいらはどうしても腑に落ちないんだ・・だってさ、馬と鹿がかわいそうじゃないか・・あほほほほ・・・ さて、なんでおいらの名前がそんな風に変わったのかというと、こうなんだ・・ おいらが、ある時、ムー大陸の野原を散歩していたら、キラメク流れ星が落ちてきて、おいらの足元30センチぐらいのところに落ちたんだ。 おいらは、「わ~~っ」と叫んで、立ち止まったのさ。 で、よく見ると、その落ちたものは、コンペイトウそっくりで、いやコンペイトウそのものだったんだ。 そこでおいらは、そのコンペイトウを拾って食べてみたのさ。 その美味しいこと美味しいこと、ホッペタが落ちてアゴがハズレテ舌が跳びだした、ってほどの美味さだったんだ。 そいでもって、そのあといくらか経つと、おいらは、スサマディックおなかがへったんだ・・おなかがペコちゃんになったのさ。 それからというもの、オイラは食いしん坊になったんだゼ。 食事の時やオヤツのときには、食って食って食いマクールようになってしまったんだ。 その結果、オイラの体重は増えマクールことになったってわけさ。 そういうわけで、おいらは、自分の名前を自ら「MUー民‐ヒッポ」から、「ブーミン‐ヒッポ」に変えたのさ。 ここで、新しいことわざが生まれたのさ・・「ブタミンを摂りすぎると太ってブーミンになる(ブーミン・ブー民)」っていうことわざさ。 自分で自分の名前をカッコワルく変えるってのは、勇気がいることなんだゼ。 ・・・あはははは、おいらって、なんて健気でカッチョイイ妖精なんだろう・・あほほほほ・・・ ・・・ブーミンの独白が終わった。 ・・・さて、ブーミンは、今や、日本の街を歩いている。 すると、子どもたちが 「あ、ムーミンだ」 「あれれ、ムーミンがいる」 「わあ、ムーミンがいるよ」 などと口々に叫んで、ブーミンのところに寄ってくる。 その中の一人が 「ムーミン、あそぼ!」 と、興奮を隠しきれずに叫ぶ。 ブーミンは 「おいら、ムーミンじゃないよ。おいらはブーミンっていうんだ」 子どもたちは 「ブーミンだって?」 と大笑いを始める。 ブーミンは 「そうなんだ、おいら、ブーミンなんだよ」 子どもの一人が 「でも、あんたはムーミンそっくりじゃないか」と叫ぶ。 ・・・そこに、若い女性がやってくる。 その女性は 「あらっ、ブーミン‐ヒッポ、あたし、ブーミンを初めて見るわ。それにしてもあんた、ムーミンにそっくりね」 ブーミンは 「なんで、おいらの名前を知ってるんだい?」と訝る。 その女性は 「さっきのさっき、あんた演説みたいなのをやってたでしょ。あたし、それを聞いていたのよ」 ブーミンは 「ありゃりゃ、聞かれてたのかあ」 彼女は 「ブーミン‐ヒッポに、逆立ちしてごらん、なんてあたし言わないからね」 ブーミンは 「あははは、おいら、逆立ちは得意なんだ」 彼女は 「あははは、馬と鹿がかわいそうだから、逆立ちはしない方がいいわよ」 ブーミンは 「あははは、やられた。 ところでさ、フィンランドにムーミンっていう妖精がいることは知ってるんだけどさ、そんなに似てるのかい?」 その女性は 「そっくりよ。 あんた、ムーミンそのものじゃないの」 ブーミンは 「ふーん、そうなのかあ。ところで、あんたの名前はなんていうのさ?」 その女性は 「あたし、スオミっていうのよ」 ブーミンは 「スオミだって? それって、フィンランドのことじゃないか」 スオミは 「そうそう、そうなの。でもよく知ってるわね、そんな特殊なこと」 ブーミンは 「そりゃそうさ、気になってムーミンのこと、調べたことがあるからね」 スオミは 「そうなんだ。 スオミっていうのは、森と湖の国っていう意味なの。あたし、スオミ出身なの。それで、名前もスオミなの」 ブーミンは 「あんた、森と湖さん、ってとこだね」 スオミは 「そうそう、そうなのよ。 ところでね、ブーミンにご馳走してあげるから、あたしのおうちに来ない?」 ブーミンは 「わあ、うれしいなあ。おいら、おなかがペコちゃんなんだ」 スオミとブーミンは、彼女の住みかに行く。 ダイニングルームでスオミは 「ブーミンちゃん、あんたどんなブタミンがいいの?」 ブーミンは 「あははは、全部聞かれてたんだなあ。 あのさ、白ご飯にトトロ汁をかけて、その上に卵をのっけたのを食べたいなあ」 スオミは 「トトロ汁? なにそれ?」 ブーミンは 「あのさ、ムー大陸の山にいくと、トトロいもっていう美味しいのが生えてて、それを掘りだして、家まで持って帰るんだ」 スオミは 「へええ、トトロいもねえ。それをどうするの?」 ブーミンは 「まず水洗いして、皮をむいて、それから、オロシガネですりおろすんだ。 それが、トトロトトロしていて、美味しいのさ」 スオミは 「えっ、トトロトトロねえ。こっちの言葉では、トロトロっていうのよ」 ブーミンは 「へえ、そうなのかあ。でも似たような感じじゃないか。 それを、さましたまたは冷やしたスープにいれて、卵もいれて、よく混ぜるんだ」 スオミは 「それって、ヤマイモの類でしょ。トロロいもとも言うわね。 こんなイモでしょ。いろんなのがあるわよ」 と言って、スマホで、いろんなヤマイモの類の写真を見せる。 ブーミンは 「あ、これこれ、そっくりだなあ」 と言って、ひとつの写真を指さす。 スオミは 「あははは、やっぱりね。 それでね、日本には、トトロっていう、森の妖精みたいな子がいるのよ」 と言って、写真を見せる。 ブーミンは 「へええ、そうなんだ。 トトロって、ブタミンを摂りすぎて、ブーミンみたいにふとっちゃったのかな」 スオミは 「あはははは、ブタミンを摂りすぎると、ブー民になっちゃうのかもね。トトロについてはそこのとこは知らないけど。 でもね、トトロをすりおろしても美味しくないわよ」 と言って笑う。 ブーミンも笑って言う 「それから、そのできあがったトトロ汁を、白いごはんにかけて、その上に卵をのせて、それから、緑の葉っぱを小さく刻んだのを振りかけて、食べるんだ。ムー大陸には、野菜や野草や樹の葉っぱに、柔らかくて香りがいいのがいろいろあるんだ」 スオミは 「なるほどね。こっちでは、トロロ汁っていうんだけど、ムー大陸にも、似たような料理があったってわけね。オモシロイわね」 ブーミンは 「そこに真っ白なネコがいるね。尾も白いネコだね」 二人して笑う。 スオミは 「この子は、シロッピーっていうのよ。おいで、シロッピー」 シロッピーは、ニャオンと鳴いてスオミのところにやって来る。 スオミは、シロッピーを撫でる。 ブーミンもそのネコを撫でる。 スオミは 「それじゃあ、トトロ汁をつくってあげようか」 と言って笑う。 ブーミンも笑う。 ブーミンはシロッピーと遊ぶ。 ネコじゃらし的なオモチャがいろいろあるので、ブーミンはそれらを使って夢中になってネコと遊ぶ。 ・・・数十分が経つ・・・ スオミが 「ブーミンちゃん、できたわよ。テーブルにおいで」 ブーミンは 「わ~い」と返事をして、テーブルに行く。 シロッピーもついてくる。 三人はテーブルにつく。 シロッピーも椅子にのる。 ブーミンは 「わ~、美味しそうだなあ。 ムー大陸の頃を思いだすよ」 スオミは 「ムー大陸か、いいわね。 さあ、食べなさい、ブーミンちゃん」 ブーミンは、いただきま~す、と言って食べ始める。 ブーミンは 「美味しいなあ。久しぶりにトトロ汁を食べるよ。うまいっ!」 と言ってパクつく。 スオミは 「それはよかった。うんと食べるのよ」 シロッピーにも同じのが用意してあって、それを食べる。 ブーミンは 「あれっ、シロッピーも同じのを食べてる。かわったネコだね」 スオミは 「あははは シロッピーは、シッポも白いネコで、あたしが食べるものなら何でも食べるのよ」 と言ってさらに笑う。 ブーミンも笑って 「シロッピーって、スーパーにゃんこだね」 シロッピーが 「にゃおん、にゃおん」と声をあげる。 二人は大笑いを始める。 ・・・食事が終わって、いくらか経った・・ スオミが 「ブーミンちゃん、あんたどこに住んでるの?」 ブーミンは 「おいら、日本に来たばかりで、住むところがないんだ」 スオミは 「じゃあ、ここに住んでもいいわよ。 あたしは、シロッピーと二人暮しなんで、つまり一人暮らしだから、面白いブーミンが居てくれると、うれしいんだけどな」 ブーミンは 「わーい、ありがとう、スオミ」 ・・・ということで、ブーミンはスオミのところにやっかいになることになった。 ・・・何日かたって、 スオミが 「ブーミンちゃん、あんた、なんかやりたいことはないの?」 ブーミンは 「ウナギ釣りをして、ウナギのバカ焼きをつくって食べたいなあ」 スオミは 「ウナギのバカ焼き? なにそれ?」 ブーミンは 「あのね、ウナギをさばいて、バカ焼きにするんだ。 ムー大陸にはバカヤローっていう樹があってさ、ウナギにタレをつけて焼くと、そのでき上がりの見た目が、バカヤローっていう樹の木肌にそっくりなんだ、その樹の皮の見た目とそっくりなんだ。 だから、ウナギのバカヤロー焼きっていうんだけど、長すぎるから、普通はウナギのバカ焼きっていうんだよ。 それでウナギにつけるタレはいつの間にかバカタレって呼ばれることになったんだ」 スオミは顔中口だらけにして大笑いする・・口はひとつなんだが、スオミはスサマディック器用なんだろう。 ブーミンは怪訝な表情で 「なんで、そんなに笑うの?」 笑いを納めたスオミは 「ブーミンちゃん、あんた、バカっていう意味を知ってるじゃない・・カバが逆立ちすると、どうのこうの、って言ってたじゃない」 ブーミンは笑って 「あ、そうか、ムー大陸の言葉とこっちの言葉を区別することができなかったんだよ」 スオミは笑って 「じゃあ、今度、ウナギをとってきて、ウナギのバカ焼きをつくりましょ。 こっちでは、ウナギのカバ焼きっていうのよ・・その名前のいわれについては、いつか教えてあげるね。 あははは」 ブーミンは 「そうなのかあ、あははは」 スオミは 「ところでさあ、ムー大陸ってどんなところなのかしら?」 ブーミンは 「あのね、ムー大陸って、日本の南に実際にあったんだよ」 スオミは 「今ではそんな大陸はないじゃない」 ブーミンは 「そうなんだけどさ、今でも日本のはるか南にはいろんな島々があるじゃないか。 そんな島々は、元々はムー大陸の一部だったんだ」 スオミは 「へええ、そうだったのかもね。 それで、ムー大陸はなんで今はないの?」 ブーミンは 「天変地異が起こって、ムー大陸は海に沈んでしまったんだ」 スオミは 「それって大変なことじゃない」 ブーミンは 「そうなんだよ。 大変の最上級だったんだよ」 スオミは 「今現在、日本はなんかブッソーになってるけど、天変地異はこれからどうなっていくのかなあ?」 ブーミンは 「さあ、どうなのかなあ? そんなこと、オイラにはわからないよ」 スオミは 「ブーミンに読んで欲しい凄い本が十冊ぐらいあるんだけど、メンドクサイから、言わないでおこうね」 ブーミンは 「なんともイミシンな言い方だね」 スオミは 「あはははは、そうなのよ。ウナギのバカ焼きのバカヤローはなんとかかんとか、って話しもはいってるんだ」 ブーミンは 「ふーん、それはいいね。 そうそう、バカヤローっていう樹のあるムー大陸ってところは、スバラシイところなんだ、凄いんだぞ」 スオミは 「へええ、どんな風に?」 ブーミンは 「あのさ、みんなしてそのおかしな樹をやっつけたんだ。そいでもってムー大陸がきれいになったのさ。 おまけに気候もよくて、緑豊かで、水もたっぷりあって、海にも川にも魚なんかがたくさんいて、美味しいものがたくさんあって、地上の楽園ってとこなのさ」 スオミは 「ふーん、そんないいところがなんで沈んじゃったの?」 ブーミンは 「ムー文明が永くつづきすぎて、人びとは驕りたかぶり、つまり人びとの心がおかしくなったんだ。ムーの文化も文明も捻じ曲がっていったんだ。 どっちが先かといったら、同時進行でそうなったんだ」 スオミは 「ふーん、過去のどんな文明もそういう経過を辿った、っていうことは、歴史が証明してるわね」 ブーミンは 「ふーん、そうなんだね。 それで、ムーの社会が乱れに乱れたんだ」 スオミは 「過去のすべての文明もそうなったわね」 ブーミンは 「そいで、あちこちで大喧嘩千層が起こったのさ。さらには沢山の確信電信柱がドンドコドンドコドーンでムー大陸のあちこちにドデッカイ茸が沢山生えたんだ」 スオミは 「うーん・・やっぱりね」 ブーミンは 「それ以前から天候がおかしくなってて、暴風雨が吹き荒れたり、洪水が多発したり、めちゃくちゃカミナリが発生したり、夏に雪が降ったり、イナゴが異常発生したり、日照りがつづいたりで、作物の育ちがすごく悪くなったり、家畜や魚や鳥たちもどんどん減っていったんだ」 スオミは 「どんな文明もそんな経過を辿るみたいね。怖い話しね」 ブーミンは 「さらに、火山の噴火と地震が頻発するようになったのさ。人びとの病気も凄かったんだ酷かったんだ、甚造美容原ビーナスがバラマカレテいろんな病気に見舞われたのさ。麺液力もメチャクチャにされたんだ。おまけにいろんな違反駐車も頻発して恐ろしい事故だらけになったんだ。さらについに、地割れが頻発するようになって、ムー大陸は沈んでいったんだ」 スオミは 「なんて怖い話しかしら」 ブーミンは 「ほんとに怖かったよ。 でもおいらは妖精だから、なんとかきり抜けることができたのさ」 ・・・次の日・・ ブーミンが 「スオミ、何日か前話したとおり、ウナギとりにいこうよ、それからウナギのバカ焼きを作ってたべようよ」 スオミは 「あははは、ウナギのバカ焼きねえ。 その時、こっちでは、ウナギの蒲焼きっていうって話したでしょ。蒲焼きっていう名前の由来をいつか教えてあげる、ともあたし言ったわね」 ブーミンは 「うん、そうだったね。 おいら、カバに似た妖精だから、カバヤキのカバってとこに強く反応したんだ」 スオミは 「あはははは。カバを焼いたのに似てるってことじゃないのよ。 こっちではね、昔のむかしは、ウナギを縦に串刺しにして、丸焼きにしてたんだって。 その見た目が、ガマっていう植物の穂ににているし、ガマはカバともいうから、ウナギの蒲焼きっていう名前になったんだって」 ブーミンは 「わあ、よかった、安心したよ」 スオミは 「じゃあ、近いうちにウナギを捕りにいこうね」 ブーミンは 「うん、早くいきたいな」 スオミは 「ムー大陸では、ウナギの捕り方にはどんなのがあったの?」 ブーミンは 「三種類ぐらいあったんだ。 まず第一に、竿と細い紐と釣り針とエサで普通に釣るんだ」 スオミは 「それってこっちのと同じね」 ブーミンは 「だろうね。人間のやることは大昔から変わらないからね」 スオミは 「そのとおりよ。 さっきの話しで、人びとの退廃と文明の崩壊が起こってあとどうのこうのってとこも同じことになるでしょうね」 ブーミンは 「だろうね。そうならないよう祈ってるよ」 スオミは 「祈りで阻止できるような事態じゃないと思うんだけどね」 ブーミンは 「それはそうだと思うけど、自分の心の健康のためにも祈ることはいいことだと思うよ」 スオミは 「それってほんとだと思う。ブーミン、いいこと言うじゃない。 それから、超人的な人の祈りは、凄いんだっていう話しもあるにはあるわね」 ブーミンは 「あははは、ありがと。 そんな超人にもそんな事態は止められないだろうね」 スオミは 「うんうん、もの凄い超人でもそこまでの力は発揮できないでしょうね」 ブーミンは 「うん、そうだと思う。 それでさ、ウナギを捕る二つ目のやり方なんだけどさ、釣り針とエサをつけた釣り用の細い紐と細長い竿の組み合わせのをウナギのいそうな穴に入れて釣るのがあったんだ」 スオミは 「こっちでも、同じやり方があるのよ」 ブーミンは 「あと、ウナギは長い筒に入る習性があるから、それを利用した筒でウナギがはいったら逃げられないようなシカケにしたので捕まえる、っていうのもあったんだ。中にエサをいれたりもしたんだ」 スオミは 「全く同じね。こっちにもそんなのがあるわよ」 ブーミンは 「やっぱりね。そうだろうね」 スオミは 「どのやり方でウナギを捕る?」 ブーミンは 「そうだなあ。普通に釣るやつでいきたいな」 スオミは 「OK、あたしが全部準備しといてあげるね。釣り場所まで探しとくからね」 ブーミンは 「わーい、ありがと、スオミ。おいら釣りも大好きなんだ」 スオミは 「それじゃあ、三日後に釣りに行こうね」 ブーミンは 「うん、ありがとう」 ・・・三日後・・ 二人はウナギ釣りの一式をいくつかもって、川に出かける。 二人は釣りの準備をし始める。 ブーミンは 「このエサ、変わってるね」 スオミは 「これはね、魚肉ソーセージの細いのなんだ。常温で何か月も保存がきくし、安いし、気楽に手で扱えるし、食べたくなったら自分で食べればいい、っていうスグレモノなのよ。ぐちゃぐちゃしたエサを扱うのが苦手な人にはモッテコイなのよ」 ブーミンはその魚肉ソーセージを食べてみるではないか・・ 「うん、なかなか美味しいね。これがたくさんあれば、それと飲める水もあれば、どこかで遭難しても、生き延びられそうだね。アキがきても食べればいいんだからね」 スオミは 「それはいい着眼ね。ブーミン、なかなかいいこと言うわね」 ブーミンは 「おいら、ムー大陸の最期あたりで、食べ物にも困ったんだ」 スオミは 「あ、そうか、それって自分の体験からでた考えなんだね」 ブーミンは 「そうなんだ。そんな時、食べ物を得ようと釣りをするのもなかなか大変だったんだ。 釣り場は、喧嘩だらけになったしね。 畑も荒らされたんだ」 スオミは 「それじゃあ、これから先を予想して、一番長く保存のきくソーセージをたくさん買っておくのもいいかもね」 ブーミンは 「うんうん、そうだね、賛成!」 ・・・さて二人はウナギ釣りを始める・・ ・・・いくらか経って・・ スオミが 「うわっ、きたきた! 何かが食いついたっ」 スオミが釣り上げたのは、ウナギである・・それも大ぶりのやつである。 ブーミンは 「うわっ凄い、スオミって釣り名人か、超能力者のどっちかだね」 スオミは 「あははは、その両方なのよ」 ブーミンは 「あははは、それ、信じるよ」 そのあと、ブーミンの竿にもウナギがかかり、スオミのにもかかる。 二人で合計十匹のウナギと、その他の魚たちを釣り上げたのでアール。 「大漁だあ、大漁だあ」 と二人して叫ぶ。 ・・・さてスオミのスミカで・・ スオミが 「ブーミンは、ウナギのバカ焼き作れるの?」 ブーミンは 「もちろんさ。おいら得意なんだ」 スオミは 「どんな物が要るの?」 ブーミンは 「キッチンと、タレと、庭で炭火で焼くための一式だよ・・串もだよ」 スオミは 「OK、じゃあ、準備してあげるね」 ・・・さて準備は整った・・ ブーミンがウナギを捌き始める。 スオミが 「あらら、ブーミンちゃん、うまいじゃない」 ブーミンは 「えへへ、ムー大陸では、よくやってたからね」 ・・・ブーミンは全部捌き終える。 スオミは 「これがタレよ」 と言って、手渡す。 ブーミンはその味をみてみる 「ふーん、これがこっちでのタレなんだ。なかなか美味いね」 スオミは 「ムー大陸のと比べてみてどう?」 ブーミンは 「風味が全然違うけど、どっちも同じくらい美味しいよ。 前にも言ったように、ムー大陸のウナギのバカ焼きのタレはいつしかバカタレって呼ばれるようになったんだ」 スオミは 「あははは、ピッタリなネーミングね。 さあ、庭で炭火で焼けるようにしてあるから、始めなさいね」 二人は庭にでる・・・ ブーミンはウナギを串にさし焼き始める。 ・・・あたりに煙が流れる・・ ブーミンは 「うーん、いいニオイだなあ・・ウナギのバカ焼きにして蒲焼きだ」 スオミは笑いだす。 ブーミンも笑う。 ・・・でき上がったウナギのバカ焼きを室内に持ち込む。 スオミが食事の準備をする。 ドンブリに白いご飯をよそい、ウナギのバカ焼きをのせる。 スオミは 「山椒がないから、黒胡椒で代用ね。黒胡椒で充分おいしいんだから」 と言いながら、黒胡椒をウナギにふりかける。 ブーミンは 「山椒って何? 黒胡椒って何?」 スオミはスマホで映像を見せながら説明する。 ブーミンは 「このスマホ、ニオイがでないんだね。香りを知りたいよ」 スオミは笑いだし 「あははは、ムー大陸にはニオイのでるスマホかなんかあったの?」 ブーミンは 「こんなスマホに似たアイテムがあって、ニオイもちゃんとでたんだ」 スオミは驚いたようすで 「へ~え、それは凄いわね。こっちにはそんな物ないわよ」 ブーミンは 「文明文化的には、ムー大陸もこっちも同じぐらいなんだけどな」 スオミは 「そうなんだね」 と言いながら、サラダと味噌汁をならべる。 そこにシロッピーがやってきて、専用の椅子にのる。 ブーミンは 「シロッピーはちゃんとようすを見てるんだね」 と言って笑う。 三人のウタゲが始まる。 ブーミンは 「美味い、美味しい、黒胡椒の香りもなかなかいいね。 これに似た香辛料は、ムー大陸にもあったよ」 シロッピーが 「ずずずず~びちゃびちゃ~」と音を立てて味噌汁をすする。 スオミは笑って 「いつもこうなのよ、スープの類だとね」 ブーミンは 「シロッピー専用の容器を作ってあげるといいよ。 それにしても、味噌知るっておいしいね。 これで味噌のよさを知れるから味噌知るっていうんだろうね」 スオミは 「あははは、しるっていのは、スープっていう意味なのよ。 でも、ブーミンの説もおもしろいわね。 あははは」 ・・・次の日・・ スオミが 「ブーミンちゃん、今日は何しようか?」 ブーミンは 「あのさ、豆腐を作ってみたいな」 スオミは 「豆腐ねえ、お店に行けば買えるじゃない」 ブーミンは 「それはそうなんだけどさ、店に売ってないのを作りたいんだ。 ムー大陸でつくってたやつをね」 スオミは 「それってどんな豆腐なの?」 ブーミンは 「あのね、ムー大陸では、だいたい4種類の作り方があったんだ。 1番目は、こっちの豆腐と同じやつ。ニガリか凝固剤を使うんだ」 スオミは 「2番目はどんなの?」 ブーミンは 「あのさ、豆乳を固めるのに卵を使うんだ。よくかき混ぜて蒸すのさ。中にいろんな具材を入れたりもするんだ」 スオミは 「それって美味しそうねえ」 ブーミンは 「うん、おいしいんだ。 3番目は寒天で固めるのさ」 スオミは 「なるほどねぇ。それも美味しそうじゃない」 ブーミンは 「うん。4番目はゼラチンで固めるのさ」 スオミは 「それもいいわね」 ブーミンは 「あのさ、普通の豆腐だと、栄養のある水分がかなり出ちゃうから、その分栄養的には劣ってしまうんだよ。 あとのやり方だと、そういうことがないのさ」 スオミは 「うんうん、そうなるわね」 ブーミンは 「今回は、2番目の卵を使うやつでいきたいな」 スオミは 「あたしも興味がでてきたわよ」 ・・・次の日・・ スオミが 「ブーミンちゃん。その面白豆腐を作りましょ。 具材具類は何にする?」 ブーミンは 「あのね、キノコのおいしいやつと、トトロいもと、魚、栗、ウニ、柔らかくて香りのいい葉っぱ、そんなとこかな」 スオミは 「あらあら、美味しそうね。 それじゃあ、あたしも具材具類を考えて入れるわね。 二種類作ってみようね」 ブーミンは 「それいいね。賛成」 スオミは 「大豆から豆乳を作るのはメンドウだから、豆乳と具材具類を買ってくるわね」 ブーミンは 「うん、一緒に行くよ。そうしよう」 ・・・二人は買い物に行く ・・ブーミンは変装している ・・フィンランドの妖精に間違えられるのを避けるためだろう ・・なぜなら、ブーミンが外にいると、そうまちがえられて人々がキャーキャー言いながら寄ってくるから・・ ・・・買い物が済んで二人はスオミのスミカに戻る ・・ブーミンは、キャーキャー言われなくてホットしているのかもしれない。 変装したブーミンを見て、シロッピーが「にゃおん、にゃおん」と吼えながら?、ブーミンに寄ってくる・・ スオミもブーミンも笑う。 ブーミンは変装を解く。 スオミが 「じゃあ、始めましょ」 二人は豆乳に卵をいれよくかき混ぜ、それからそれぞれが選んだ具材具類をトウニュウする。 それから、ダシを入れ、塩を少し入れる。 ブーミンが 「おいら、薄味がすきなんだ」 スオミは 「あたしも同じくよ。 それにしても、これって茶碗蒸しに似てるわね」 ブーミンが 「茶碗ムシ? それって茶碗に虫を入れるの?」 スオミは笑いだし 「違うの。蒸し、っていうのは、熱い水蒸気と湯気で蒸すことなのよ」 ブーミンは笑いながら 「そうなのかあ・・虫っていえば、ムー大陸ではハチの子を調理して食べてたんだ。栄養があって、健康にいいって言われてたんだ」 スオミは 「同じね。こっちにもそんなのがあるわよ。ハチの子は美味しいわね」 ブーミンは 「やっぱりね。人間のやることはどこでも似てるんだね・・と言ってもおいらは妖精だけどさ」 スオミは笑いながら 「ブーミンは人間みたいよ。 それにしても、これって、ムー大陸の茶碗蒸しってところね。 それでさ、次回作るときは、ハチの子を入れようね」 ブーミンも笑いながら 「うん、賛成。 それにしても、茶碗蒸しっていうのはムー大陸のこういった豆腐そっくりなんだね。やっぱり人間のやることは、似たようなことになるんだね」 スオミもブーミンも笑う。 シロッピーもヨダレを垂らしながら?「にゃおん、にゃおん」と声をあげる。 ・・・さて、二人はムー大陸式豆腐を蒸しあげた・・ スオミとブーミンはテーブルにそれらを準備する。 スオミは 「ブーミンちゃん、これに合わせるのは、ご飯、パン、麺、のどれにする?」 ブーミンは 「あのね、これにはこっちのウドンが合うと思うんだ」 スオミは 「ふーん、ウドンねえ、合うかもね」 そう言って加熱したウドンをもってくる。 さて、ウタゲ(宴)の準備が整った。 もちろん、シロッピーの分まで準備された。 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と歌いながら専用の椅子に跳び載る。 ・・・それにしても、飼い猫ってのは、気楽で衣食住に困らず、悩みもなく、身のまわりの世話をされて、恵まれすぎた生き物でアール・・この先どうなるんだろうか・心配だ・・ 三人のウタゲ(宴)が始まる。 ブーミンが 「美味しい美味しい」と言いながらパクつく。 スオミも 「美味しいわねえ・・ ブーミンちゃん、あんたのとあたしのと、どっちが、より美味しい?」 ブーミンは 「どっちも、同じぐらい美味しいよ・・ これは何?」 と言って、具材の一つを摘まみあげる。 スオミは 「それはハンペンと言ってね、魚とトトロイモなんかで作った物なのよ」 ブーミンは 「へえ、そうなのかあ、美味しいね」 シロッピーが 「にゃおんにゃおん」 と声をあげる。 二人は笑いだす。 ・・・翌日・・ スオミが 「ブーミンちゃん、なんか面白い計画はないかしら」 ブーミンは 「あのね、ムー大陸にはスンゴイ伝説があったんだ」 スオミは 「あはは、どんなふうにスンゴイの? どんな伝説?」 ブーミンは 「あのさ、ムー大陸には世界樹っていう樹が生えていて、その樹とともにいろんな霊魂を祭ると、ムー大陸は安泰だ、っていう伝説なんだ」 スオミは 「ふーん、それって、ムー大陸がおかしくなってヒドイことになった時に流行って、そんななんやかんやが始まったんでしょ?」 ブーミンは 「スオミってやっぱり超能力者なんだね、そのとおりなんだ」 スオミは 「日本もこの世界全体もメチャクチャ酷いことになってるから、あたしもなんとかならないかなあ、って思ってるから、それぐらい思いつくのよ」 ブーミンは 「そうかあ、そういえば、日本もブッソーでヒドイことになってるね。街にでると、おいら、それを実感するよ」 スオミは 「そうそう、ブーミンって、なかなか感度がいいのね」 ブーミンは 「あたりまえさ、おいら感度バツグンの妖精なんだからね」 スオミは 「あははは、感度バツグンの妖精ねえ、面白い表現ね」 ブーミンは 「それでさ、その世界樹ってのは、ムー大陸で一番樹齢が永く、つまり一番古い樹ってことだったんだ」 スオミは 「それってありうるのカモね、それで、樹齢の永い樹探しが始まったんでしょ」 ブーミンは 「そうなんだよ、スオミも凄く感度がいいじゃん」 スオミは 「あははは、ブーミンが来てから感度バツグンになったのカモね」 ブーミンは 「あははは、それでね、そんな樹は、根っこをトンデモナク深く広く張り巡らせているから、スサマディー力をもっている、って言われてたのさ」 スオミは 「うんうん、こんなスサマディックヒドイご時世だから、日本にある世界樹を探しだして、その世界樹の周りでさまざまな神霊や霊魂を祭るといいのカモね」 ブーミンは 「それそれ、おいらの計画ってのは、そのことなんだ」 スオミは 「日本にある一番樹齢の永い凄い樹っていうのは、あたしの知ってる限り、屋久島にある縄文杉ね」 ブーミンは 「縄文ってなあに?」 スオミは 「あのね、昔むかしの大昔、縄文時代っていう時代があったのよ。 なんで縄文っていうのかっていうとさ、その当時に作られた土器・・土器っていうのは今の壷や茶碗なんかと同じような物ね。 そういった土器に、縄を押し付けた模様がはいっているからなのよ」 ブーミンは 「ふーん、人間って、いつの時代でも、何か飾りを作りたいんだね」 スオミは 「そうそう、それは絶対的にそうね」 ブーミンは 「それでさ、その縄文杉の樹齢はどれぐらいなのかなあ?」 スオミは 「それは、資料によって違ってるけど、推定の樹齢は、3000年から7200年、ということになってるのよ」 ブーミンは 「それってスゴイね。ムー大陸の世界樹と同じぐらいだね」 スオミは 「そうなんだ。 それでね、屋久島は、だいたい丸い島で、もの凄く高い山があるのよ。 その高い山に縄文杉が生えているのよ。 でもね、隣には種子島があるんだけど、その種子島は細長くひらぺったい島なの」 ブーミンは 「種子島って、ロケット発射の基地があるところだよね」 スオミは 「そうそう、ブーミン、よく知ってるわね」 ブーミンは 「そりゃそうさ、ムー大陸の近くにある日本についていろいろ調べたことがあるんだ」 スオミは 「・・となると、ブーミンは屋久島と種子島に行ってみよう、と言いだすんでしょ」 ブーミンは 「あははは、当たり!~」 ・・・五日後・・スオミとブーミンは旅客機の機中の人となった・・ 旅客機の中でブーミンが 「この超小型の携帯型ホコラはなかなかの優れもんだね」 スオミは 「そうそう、これ作るのは大変だったからね」 ブーミンは 「うん、スオミが巫女さん役をやってくれるってことで、計画がズンズン運んだね」 スオミは 「あははは、あたしは前にも言ったとおり超能力者なのよ」 ブーミンは 「釣り名人にして超能力者って、前に確認しあったもんね」 スオミは 「あははは、そうそう、屋久島の海では何釣ろうか?」 ブーミンは 「でっかいクジラを釣ればいいと思うよ」 スオミは 「それってなんてステキな提案なんでしょう・・あははは」 ブーミンは 「あははは、スオミならやれるよ」 スオミは 「あははは、やったるぜ! ってとこね」 ブーミンは 「スオミの超能力でそのクジラをこのホコラに閉じ込めて、縄文杉の横でたくさんの神霊たちと霊魂たちを祭るんだ」 スオミは 「うんうん、それってバカバカしくもスサマディー計画ね」 ブーミンは 「あははは、スオミならゼッタイにやれるよ」 スオミは 「あははは、感度バツグンの妖精のブーミンがそう請けあってくれるんだから、あたしにも確信ができるってもんよ」 ・・・二人は旅客機を降り、手間ひまかけて縄文杉のあるところに至る・・ 「わあ、ここは凄く神秘的だなあ。 おまけに縄文杉はトンデモナクでっかくて神々しいよ」 とブーミンは感嘆する。 スオミは 「まったくもってそのとおりね。 なんか神霊や霊魂が大勢いそうな感じもするわね」 ブーミンは 「そうそう、そうだね」 ・・さて、 縄文杉のほんのすぐ近くで、二人は超小型の携帯型ホコラの扉を開ける。 すると二人の目の前に妖精みたいなのが現れる。 その妖精は 「あたい、あんたたちが何やってるのか知ってるのにゃ」 スオミが 「あらら、ヘンな子が現れたわね。あんた、なんかネコに似てるわね。それにしても、あたしたちのことを知ってるなんて、不思議で思いっきりヘンな子ね」 その妖精は 「あんた、スオミなのにゃ。あたいヘンな子じゃないのにゃ。 あたい、ポタミンっていう名前の歴史ある妖精なのにゃ」 ブーミンが 「あんた、歴史ある妖精のポタミンだって? ふーん、ネコに似た妖精のポタミンちゃん、どんな風に歴史があるのさ?」 ポタミンは 「あのにゃ、あたいは大昔、メソポタミア文明の中で生まれた妖精なのにゃ」 スオミは 「あのメソポタミア文明ね。大昔の文明発祥の地のひとつね。アジアの一番西のあたりの文明ね」 ポタミンは 「そうそう、そうなのにゃ。 あたいが生まれた時、神様があたいを見つけてやってきて、『かわいい妖精が生まれたなあ』と言って、あたいに名前をつけてくれたのにゃ」 ブーミンは 「そういえば、あんたの名前、メソポタミアっていう名称にどこか似てるね」 ポタミンは 「そうなのにゃ。神様が『メソポタミア文明の中で、川の近くで生まれた子』っていう意味を含ませてつけてくれた名前なのにゃ」 スオミは 「ふーん、そうなんだ。 それにしても、ポタミンちゃん、なんであんた日本語をしゃべれるの?」 ポタミンは 「あのにゃ、あたい、光のような速さで世界中を飛びまわってきてるから、自然に日本語もおぼえたのにゃ」 スオミは 「そうなんだ。 でもポタミンちゃん、あんたなんであたしたちと、あたしたちの計画を知ってるの?」 ポタミンは 「あのにゃ、あたいは世界中を飛びまわってきてるから、そういったことはすぐわかるのにゃ」 ブーミンは 「ポタミンちゃん、あんた特別な妖精だからそんなスゴイ能力をもってるってわけだね」 ポタミンは 「そうなのにゃ」 スオミは 「ポタミンちゃん、あんたあたしたちの手伝いなんかをしてくれるの?」 ポタミンは 「うんうん、手伝うのにゃ。 あのにゃ、そのつもりで昨日はシロッピーと遊んできたのにゃ」 スオミは 「シロッピーは今、あたしのお友達のところにあずけてあるのよ」 ポタミンは 「それもわかってたのにゃ。 あのにゃ、シロッピーは、ウナギのバカやきが食べたい食べたい、にゃおんにゃおん、と言っていたのにゃ」 スオミとブーミンは大笑いする。 ポタミンは 「あのにゃ、あたいネコに似た妖精だから、特にニャンコに好かれるのにゃ」 ブーミンは 「だから、そんな『にゃんにゃん言葉』になったんだね。ポタミン‐ニャンコってとこだね。 でもポタミンの日本語はばっちりだよ」 ポタミンは 「そうなのにゃ。 あたい、世界中を飛びまわってきてるから、いろんな動物や鳥や昆虫たちとも遊んできてるんにゃ」 スオミは 「いやはや、ポタミンはとんでもない妖精なのね」 ポタミンは 「スオミ、違うのにゃ。 あたい、世界中を飛びまわってるから、『飛んでもある』妖精なのにゃ」 ・・・「とんでもない」は「途でもない」の変化した言葉で、「道筋にない」という意味なんだろう。「飛ぶ」という言葉ははいっていないんだが・・ 三人は大笑いする。 ポタミンは 「それからあのにゃ、大昔、メソポタミアあたりから、日本に行った、日本に来た人たちも大勢いるのにゃ」 ブーミンは 「なんでそんな人たちは日本に来たんだい?」 ポタミンは 「あのにゃ、あそこらあたりは、その当時戦争が多かったからなのにゃ」 スオミは 「なるほどねえ」 ポタミンは 「あのにゃ、あたい、どういうわけか、日本が気になっていたのにゃ。 だから、それもあって、あたい今ここにいるのにゃ」 スオミは 「それもあって、ポタミンはあたしたちの計画の手伝いをしようってわけね」 ポタミンは 「そうなのにゃ」 スオミは 「それはありがたいことね。 『飛んでもある』妖精のポタミンが手伝ってくれるなんて、成功まちがいなしね」 ポタミンは 「うんうん、そうなのにゃ」 ブーミンは 「ポタミン、ありがとう」 ポタミンは 「うん・・ あのにゃ、あたいおなかがすいてきたのにゃ」 スオミが 「海に行って、キャンプみたいなことやってみようか。 そこでおいしいものを集めて潮汁なんか作って食べようか」 ブーミンは 「賛成!」 ポタミンも 「賛成!なのにゃ」 ・・・さて三人は山を下り海際に行く・・ その渚で、スオミは釣りを始める・・ ポタミンとブーミンは食べられる野草や貝、海藻なんかを集める。 スオミは魚を何匹も釣り上げる。 スオミはリュックから 鍋とそのほかを取りだす。 それからスオミは、そこらへんに転がっている石を集め、カマドのような物を作る。 スオミは集まった食材を洗い、食べやすく調理して鍋にいれ、ミネラルウォーターを入れる。 海水も少し入れる。 ブーミンは 「わお、海の水も入れるの?」 スオミは 「そうなのよ。野性的でスバラティでしょ。 潮汁(うしおじる)の潮っていうのは、大元としては基本的に海水のことなのよ。今では塩を使うけどね」 ブーミンは 「ふーん、そうなんだ」 ポタミンは 「むにゃむにゃ、潮汁はミネラル満点なのにゃ」 スオミは 「そうそう、そうなのよ。もちろんキレイな海の水でないとダメなんだけどね」 ・・それから、そこらあたりに転がっている木材や竹などを3人で集めて、カマドに入れて火をつける。 スオミはそのカマドに準備の済んだその鍋をのせる。 やがて鍋はグツグツいいだす。 ・・・あたりに湯気が漂う・・ ポタミンが鼻を鳴らして 「美味しそうないい匂いがするにゃ」 スオミはその鍋に、塩のはいってない無塩の乾麺を入れる(これからは、塩を使った乾麺はすたれるかも・・なぜならこれからはエネルギーと水に苦労するようになるかも知れないから・・インスタントラーメン的なものはそうでないが)。 木の枝なんかでさっき三人で作った箸で、乾麺をほぐす。 さらにスオミはリュックから食器とその他を取りだす。 スオミはできあがった潮汁を三つの食器によそい注ぐ。 それから、香辛料を少し入れる。 やがて三人は野性的な箸で潮汁を食べ始める。 ブーミンが 「旨い、美味しい、野性的でスンバラティね」 スオミは笑いながら 「ほんと、大自然に一体化したような気分でほんとに美味しいわね」 ポタミンは 「大自然はあたいのお友達なのにゃ。 にゃにゃにゃ美味しいのにゃ」 ブーミンは 「さっきのさっき、縄文杉のところにいたわけなんだけど、こうなると、おいらたちの計画は成功成就まちがいなし、って思えてくるね」 ポタミンは 「うんうん、あたいは神霊と霊魂を大勢集めて連れてきて、そのホコラに入れてあげるのにゃ。 あたい、いつも飛びまわってきてるから、神霊と霊魂をものすごく大勢知っているのにゃ」 スオミは 「ポタミンちゃん、それは凄いわね。 やっぱり、歴史ある妖精で、飛んでもある妖精のあんたはスサマディーわね」 三人して笑う。 ・・・食む(はむ)(食べ物や食事は、「ハミー」といえる)ことを終え、三人はしばし海や山を眺めながら休憩する・・ ・・・やがてブーミンが 「スオミ、次は計画どおりクジラを釣ってホコラに封じ込めようよ」 スオミは 「あははは、それって冗談じゃないの?」 ポタミンが 「あのにゃ、あたい神様にお願いして、それができるようにしてあげるにゃ」 スオミは 「えっ、ポタミンちゃん・・今のそれ、マジに本気で言ってるの?」 ポタミンは 「にゃにゃ、モチのロンなのにゃ。 それくらいのこと、神様にはできるのにゃ」 ブーミンは 「やっぱりポタミンは特別製の妖精なんだね」 ポタミンは 「にゃにゃ、そうなのにゃ」 スオミは驚いた様子で 「ポタミンちゃん、それを実行するには、あたしどうしたらいいの?」 ポタミンは 「あのにゃ、スオミ、カエルをつかまえてきて、釣りをするとき横においておくのにゃ」 スオミは笑いだし 「そんなことで、うまくいくのかしら」 ポタミンは 「うまくいくのにゃ」 スオミは 「どんな釣りのやり方をすればいいの?」 ポタミンは 「あのにゃ、普通のやり方でいいのにゃ。さっきのやり方でいいのにゃ。 その時カエルを横においておくのにゃ」 ブーミンがオロロイタ様子で 「ほんとにそれでうまくいくのかなあ?」 ポタミンは 「おモチのロンでうまくいくのにゃ。 おモチを食べればもっといいのにゃ・・っていうのはジョーダンなのにゃ。 あのにゃ、あたい、神様に相談してきてるのにゃ」 スオミは 「信じられないけどさ、飛んでもあるポタミンの提案だからやってみようか」 ブーミンは 「それがいいよ。 そいじゃあ、カエルをつかまえてこよう」 スオミがビニール袋をブーミンに手渡す。 いくらか経ってブーミンはビニール袋にカエルを入れて戻ってくる。 スオミは釣りを始める・・横にそのカエルを置いて。 どういうわけか、そのカエルは海の方を見ている。 沖の方にでっかい何かが現れる。 それが岸辺に近づいてくる。 それは潮を高々と噴き上げる。 ポタミンが 「ほらにゃ、言ったとおりなのにゃ」 ブーミンが 「うーん、信じられないことも起きるんだなあ」 スオミは 「なんかワクワクしてきたじゃないの。このあとどうなるのかなあ」 ・・・天空から歌が聞こえてくる・・ ♪オータマジャクシはクジラの子 ♪ナマズの孫ではないわいな ♪そーれが証拠にカエル君 変身力を身につけて クジラに変身したんだぜ ♪だーから オータマジャクシはクジラの子 ♪ナマズの孫ではないんだぞ♪ ♪一方 クジラ君は♪ ♪カエル君の変身事件を知って クジラ君も変身力を身につけたとサ ♪そしてクジラ君は 「換える」ではなく カエルに変身したんだとサ ♪…ここで天空に初登場の妖精のアリエールちゃんとアリエーヌちゃんが笑いながら同時に声をあげて歌うには…♪ ♪これで、カエル君とクジラ君の交「換(換える)」条件が成立したんだわさわさワサビ-辛っ♪ ♪アリエールちゃんが・・ ♪あははは、それってアリエールなんだわさ・・・♪ スオミの竿になにかがかかり、引き上げられ、それはなんと、海に棲んでるオタマジャクシみたいなので、それを見た三人はザワつく。 ポタミンが 「にゃにゃ、このクジラの子のオタマジャクシはホコラの中で成長して、でっかいクジラになるのにゃ」 ポタミンがそう言うと、そのオタマジャクシみたいな姿のクジラの子はホコラの中に吸い込まれていく・・扉は開けてないんだが。 スオミとブーミンは驚いたような声をあげる。 スオミが 「ポタミンちゃん、次はあんたが言ったとおり大勢の神霊と霊魂をこのホコラに入れてくれるんでしょ?」 ポタミンが 「にゃにゃにゃモチのロンなのにゃ。縄文杉のところでそれをやってあげるにゃ」 ・・三人は縄文杉のほんのすぐ近くに行く・・・ ブーミンが 「ほんとにここは神聖な感じがするね」 スオミは 「ほんとにそうね。とてつもなく思いっきり神々しいわね」 そう言ってスオミは超小型ホコラの扉を開ける。 ポタミンが 「にゃにゃ、それじゃあ始めるにゃにゃにゃ」 ・・するとポタミンの姿が見えなくなる・・・ いくらか経って、ポタミンが飛んで戻ってくる。 ポタミンのうしろには、蛍のような何かが無数についてきている。 その無数の何かたちは、ホコラの中に吸い込まれていく。 スオミとブーミンはまたもやオロロイタような声をあげる。 ポタミンが 「にゃにゃ、これでいいのにゃ・・数知れない神霊と霊魂たちがホコラにはいったのにゃ」 スオミとブーミンが「やったー」という声をあげる。 三人はホコラと縄文杉に向かって祈りを数分間ささげる。 ・・それから三人はしばし休憩する・・・ ・・いくらか経ってポタミンが 「あのにゃ、あさって種子島の宇宙センターで大型ロケットの打ち上げがあるのにゃ」 ブーミンは 「さすが情報収集名人のポタミンだね。 おいら大型ロケットの打ち上げを見てみたかったんだ」 スオミが 「あたしたち、いい時にきたわね。ツイテルじゃない」 ブーミンは 「屋久島と種子島は船で結ばれてるんだ。打ち上げに間に合うように種子島に行こうね」 スオミとポタミンは 「賛成」「賛成なのにゃ」 ・・・二日後、三人は種子島宇宙センターに姿を現す・・ ブーミンが 「いよいよ打ち上げが始まるね」 スオミが 「うんうん、ワクワクしてきたじゃない」 ポタミンが 「あたいも楽しむのにゃ」 ・・・大型ロケットの打ち上げが始まる。 三人ともすっかり見とれている。 大型水素燃料ロケットが噴射する水蒸気の一部はたちまちモウモウとした湯気に変わる。 上昇していくロケットはやがて見えなくなる。 いくらか経つと、打ち上げが成功したという情報が流れる。 三人は「やったー」と声をあげる。 しばらくすると、太陽の反対側に虹が現れる。 三人は「虹がでた~」とつぶやく。 虹をよく見ると合計五つの虹になっている。 一番下の虹は短い中途半端な虹ではあるが、ほかの四つは大きなアーチを描いていて、上と上と上にかかっている。 ブーミンが 「五つも虹がでるなんて、スンバラティーね」 スオミが 「まるであたしたちの計画を祝福しているみたいね」 ポタミンが 「うんうん、縁起がいいのにゃ」 ・・・三人は屋久島と種子島での出来事に満足して、スオミのスミカに向かう・・ ・・・さて、スオミのスミカで何日か経った・・ ある朝スオミが 「ブーミンちゃん、今度は何しようか?」 ブーミンは 「あのさ、ウナリ寿司を作ってたべようよ」 ポタミンが 「にゃにゃ、なんかヘンな名前のハミーなのにゃ」 ・・・既述しているように「ハミー」とは食べ物とか料理とか食事・飲食のことでアール。 「食む(ハム)(食べる・飲む)」を活用すればそうなるナリス・・それにしても、ポタミンがそんな言葉を使うとは、驚きでアール・・いや当然なのかもしれない・・・ ・・・で、何日か遡ると、ポタミンもスオミのスミカに居ることになったのでアール・・ ブーミンは 「ムー大陸のハミーなんだよ。 こっちの、チラシ寿司とか五目寿司とかバラ寿司なんかに似てるんだけどさ、 『うーん』と唸るぐらい美味しいんだ」 スオミもポタミンも笑いだす。 スオミが 「だからウナリ寿司っていうのね。 イナリ寿司のモジリかとちょっと思ったんだけど、 面白そうね、作ってみようか」 ポタミンが 「うーん」とうなって「にゃにゃ、あたいも手伝うのにゃ」と言って笑う。 スオミもブーミンも笑う。 シロッピーが「にゃおん、にゃおん」と声をあげる。 三人は笑う。 スオミが 「ブーミンちゃん、それ作るにはどんな食材が要るの?」 ブーミンは 「あのさ、『ルチタ』といろいろさまざまなんだけど、ルチタと果物とか野菜とか海産物とか、卵と調味料なんだ」 スオミは「ルチタってなあに?」 ブーミンは 「あのね、ルチタっていうのは、炊いた『うるち米』の省略形で、ムー大陸でも、『うるち』と『炊く』っていうのは同じ発音なのさ。 うるち炊いた『ウルチタイタ』の省略形が『ルチタ』なんだよ」 スオミは 「へええ、日本もムー大陸とすごいつながりがあるのね」 ブーミンは 「そうなんだよ、エイゴの『ライス』も、同じ語源からきてるんだよ」 スオミは 「あ、そうか、エイゴのライスはアルファベットで綴るとウルチに似てるわね」 ブーミンは 「そうそう、そうなんだよ。お米の始まりと語源とが同じくムー大陸にあるんだからね」 スオミは 「ふーん、そうなのかあ」 ブーミンは 「それでさ、ルチタの他には、さっき言った、果物とか野菜とか海産物とか、卵と調味料なんだ」 ポタミンが 「にゃにゃにゃ、おいしそうなのにゃ」 シロッピーがヨダレをたらしながら?「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 スオミとブーミンは笑う。 スオミは 「具体的に、ルチタ以外にどんな食材具材や調味料が要るの」 ブーミンは 「あのさ、おいしい果物とか野菜とか海産物とかサシミ、卵とか、強いお酒とか酢、塩と砂糖なんかなんだ」 スオミは 「それってなんか複雑そうに思えるわね」 ブーミンは 「そうなんだよ、結構複雑だね」 ・・・次の日・・ スーパーなどで食材類を調達した三人は「うなり寿司」を作り始める。 ブーミンが 「あのね、加熱すべき野菜類は、当然加熱するんだ。生の方がいい野菜類はもちろん生で使うんだ」 と言って、野菜の調理を始める。 スオミは 「果物類はどうするの?」 ブーミンは 「果物類は、食べるのにちょうどいい大きさに切って、強いお酒につけておくんだ・・今回はこっちのブランデーを使うんだ。ブランデーの香りがなかなかいいからね」 ポタミンが 「この生の野菜はどうするのにゃ?」 ブーミンは 「それは酢につけておくんだよ」 スオミが 「この加熱した野菜はどうするの?」 ブーミンは 「それも酢につけておくんだよ」 スオミが 「この加熱した魚介類はどうするの?」 ブーミンは 「半分は酢に、半分はブランデーにつけておくんだよ」 ・・・いくらか時間が経つ・・ ・・・さて、ブーミンはルチタ(ご飯)を硬めに炊き上げる。 それからブーミンは炊き上げたルチタをウチワであおぎながら、粉末酢と塩と砂糖を少しずつ振りかけてまぜる。 さらにブーミンは卵10個をボウルに割り入れ、塩と砂糖を少し入れてよくかき混ぜる。 そしてブーミンはタマゴヤキを作り始める。 ブーミンは 「ウナリ寿司のタマゴヤキは、こうやってよくかき混ぜながら作るんだ」と言いながら、フライパンに入れた卵液を箸でかき混ぜつづける。 スオミが 「スクランブルエッグみたいね」 ブーミンは 「今のところそうだね、でもこれからが違うんだよ」 ブーミンはタマゴヤキの素をかき混ぜつづける。 ブーミンは 「これくらいになったら、ちょっと弱火にして蓋をしてさらに加熱するんだ」 数分が経つ。 ブーミンは 「もうよさそうだね」 と言って、蓋をとり、フライパンを踊らせてタマゴヤキをひっくり返す。 それからブーミンは一分くらいタマゴヤキをやく。 ブーミンは 「もういいだろうね」 と言って、火を止める。 そしてタマゴヤキをまな板にひっくり返して落とす。 ブーミンは 「これこれこれ、両面にホドヨクコゲメがついてるね・・これが香ばしくておいしいんだよ」 と言って凄くぶ厚いタマゴヤキを切る。 切る幅は厚さ一センチの半分ぐらいである。 ブーミンは 「これは五重巻き毛糸タマゴといって、うなり寿司にはうってつけなんだ」 スオミが 「豪快なタマゴね。錦糸卵は頼りないけどね」 それからブーミンは 「酢とブランデーにつけておいた具材類を取りだすんだ」 ブーミンは取りだしたそれらの具材たちを寿司桶に入れたルチタに混ぜ込む。 そしてその酢とブランデーを三つのスプレー容器に入れ、塩と砂糖も少し入れる・・そしてよく振る。 さらに寿司桶の寿司にサシミ類をいろいろのせる。 毛糸タマゴものせる。 それからブーミンはワサビとマヨネーズを端っこに多めにのせる。 ブーミンは 「これをみんな、食べたいだけ自分のウツワにとるんだよ」 三人は自分のウツワにとって盛る。 スオミはシロッピーの分まで用意する。 ブーミンは、 「これにこのスプレーを噴射しながら酢とブランデーを吹きかけて食べるんだ」 スオミは笑いながら 「おやおや、おもしろい食べ方ね」 ポタミンが 「ネコにはアルコールは禁止っていうけど、シロッピーは大丈夫にゃのかにゃ」 スオミが笑いながら 「シロッピーは尾も白いネコで、しかもトンデモないスーパーにゃんこで、アルコールも大好きなんだ。 この間なんか、喜んでワインをたくさん飲んで、ケロっとしてたんだ。もっと欲しいっていう感じだったのよ・・・ ・・・っていうのは100パーセント冗談で、ネコにアルコールは禁物だから、シロッピー用にアルコール抜きのを作ってあるんだ」 シロッピーが 「にゃおんにゃおん」 と声をあげる。 スオミは 「シロッピーのには、またたびスプレーをかけてあげるからね」 シロッピーが 「にゃおんにゃおん」と言いながら専用の椅子にのる。 ・・・全員がテーブルにつく・・ スオミは「うーん」と唸って 「いやはやズイブンと思いっきり美味しいわね」 ブーミンも「うーん」と唸って 「ウナリ寿司食べるのは久しぶりだなあ、旨い旨い、懐かしいなあ」 ポタミンも「うーん」と唸って 「これについて聞いた時は、名前がヘンだし強いお酒を使うにゃんて思いっきりヘンにゃハミーだと思ったんにゃけど、すごにゃく美味しいにゃ」 三人は「うーん」と言って笑いはじめる。 シロッピーは 「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 三人の笑い声と唸りはしばらくつづく。 ・・・四人はハミーを食べつづける・・ ・・・そのうち特にポタミンが酔っぱらってきたようだ。 ポタミンが 「にゃにゃにゃ、ほんとにおいしいハミーなのにゃ、にゃにゃにゃ」 と言いながら、椅子から降り家の中を飛ぶようになる。 シロッピーも椅子から降りてポタミンを追いかける。 ポタミンはあちこちぶつかりながら飛びまわる。 ブーミンは 「ポタミン、しっかりするんだよ」 ややあって、外から 「みーんみーんみーん」 という何かの鳴き声が何重奏もで聞こえてくる。 ポタミンはドアを開けて外にでる。 いくらか経って、ポタミンが戻ってくる。 シロッピーがにゃおんにゃおんと声をあげる。 ポタミンは 「あのにゃ、今の鳴き声は、ミンミンゼミたちのお祝いの声だったのにゃ。 ポタミンとブーミンには、どっちにも、『みん』がついてるから、宴のお祝いに、『みんみんみん』と歌ってあげたんだ、とミンミンゼミたちが言ってるのにゃ」 ポタミンはドアを閉め忘れていた・・ミンミンゼミたちがたくさん部屋に入ってくる。 ミンミンゼミたちは、部屋の中で「みんみんみん」と歌いあげる。 ブーミンとスオミは、ブランデーと酢のスプレーをセミたちに吹きかけて喜ぶ。 ミンミンゼミたちは、よりいっそう大きな声で歌いまくる。 ・・・やがてミンミンゼミたちは部屋からでていく。 ポタミンとブーミンは「みんみん同志なのにゃ」「みんみん同志なんだよね」と言って握手をかわす。 スオミは笑う。 ポタミンが 「スオミのあだ名をスオミンってすれば、スオミもみんみん同志になるのにゃ」 三人とも笑いころげる。 シロッピーが 「にゃおんにゃおん」 と声をあげる。 外でミンミンゼミたちが、また合奏を始める。 ・・・次の日・・ スオミが 「うなり寿司もおいしかったし、きのうは楽しかったね」 ポタミンが 「にゃにゃ、美味しくて楽しかったのにゃ。 あのミンミンゼミたちって感心な友達なのにゃ」 ブーミンが 「ほんと、きのうはよかったね。 ・・あのさみんな、おいら面白いこと考えたんだ」 ポタミンが 「それって何なのにゃ?」 ブーミンは 「幻のウナギ‐ハミー、ひまつぶし、っていうやつなんだ」 スオミが笑いだし 「ひつまぶし、っていうウナギのハミーならこっちにあるわよ」 ブーミンも笑って 「あはは、それをもじったハミーなのさ」 ポタミンが 「にゃにゃ、ひまつぶしなんて暇な人間のすることなのにゃ。 ブーミンはヒマジンなのにゃ」 ブーミンは 「そうなんだよ、おいらヒマジンなんだ。 イマジン‐力も旺盛なのさ」 ・・『イマジン」は動詞だが、ここではこう使うしかない。「ウォークマン」も似たようなもんだ(ウォークは歩くこと、とか、散歩という名詞にもなるが)・・・ 三人して大笑いする。 シロッピーが、にゃおんにゃおん、と声をあげる。 スオミが 「ひまつぶしハミーってどんなの?」 ブーミンが 「あのね、ウナギのバカ焼きを細かく切るんだ、ウナギ一匹を300個よりちょっと多くになるようにカットするのさ」 スオミが笑って 「それって作る方もヒマジンじゃない」 ブーミンもポタミンも笑う。 ブーミンは 「それから、そのカットしたウナギのバカ焼きを大皿にのせて広げるんだ」 スオミが 「なんかメンドクサそうなハミーね」 ブーミンは 「そうなのさ、作る方も食べる方もヒマジンでなきゃできないっていうシロモノなんだ」 三人は笑う。 ブーミンは 「それから、ウツワに盛ったルチタを横におくんだ。 そしてそのウナギのバカ焼きをひとつひとつ箸でつまみ上げてルチタに載せていくんだ」 ポタミンは 「にゃはは、にゃんてメンドクサそうなハミーなのにゃ」 ブーミンは 「まだまだなんだよ、これからが凄いんだ。 つまみ上げる時その数を数えていくんだ」 スオミは 「あはは、ほんとメンドクサなハミーなのね」 ブーミンは 「なんのなんのまだまだなんだよ。 数がわからなくなったら、全部元に戻してやりなおすのさ」 ポタミンは 「にゃはは、そこまでいくと、バカらしいのひとことなのにゃ」 ブーミンは 「そうそう、バカらしいから、成功したアカツキには、ウナギのバカ焼きに、ウナギ用のバカタレをかけるんだ。 前にもいったとおり、ウナギのバカ焼き用のタレは、バカタレって呼ばれるようになったんだからね」 スオミは 「あははは、そのハミーって、いろんなところでバカらしいし、コッケイだし、マジでヒマジンでないとやれないシロモノなんだね」 ブーミンは 「あははは、オフザケハミーとも言えるね」 三人は大笑いする。 ・・・そのあと、三人とシロッピーは、ヒツマブシを食べる。 ポタミンが 「にゃにゃにゃ、ヒマツブシでなくてよかったのにゃ」 と言って笑う。 スオミも笑いながら 「ほんと、ヒマツブシなんか食べたら半日かかりそうね」 ポタミンは 「スオミ、ヒマツブシを食べたら、そのあとにゃ、クタビレテ眠っちゃうかもしれないにゃ」 スオミは 「ポタミンちゃん、眠って夢の中にヒマツブシがでてきて、ナニコレってそれを蹴とばしちゃうかもね」 ポタミンは 「スオミあのにゃ、その時身体が自然に動いて何かを蹴とばすことになるのにゃ。 その何かっていうのは、ブーミンなのにゃ、にゃははは」 三人は笑う。 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ポタミンは 「ここでブーミンの名前をあたいが変えてあげるのにゃ。 ブーミン‐ヘッポなのにゃ。 ヘッポヘッポヘッポちゃん、かわいいにゃ。にゃはははは」 スオミもブーミンも笑う。 ブーミンは 「あははは、不評だなあ。 でもさ、ヒマツブシはおいらのイマジンする世界の中にだけある幻のハミーなんだからね」 と言って笑う。 ・・・次の日・・ スオミが 「ブーミンちゃん、昨日の想像の世界はお笑いの次元だったわね。 さあ、名誉回復よ、何か面白いのを提案しなさい」 ポタミンが 「そうなのにゃ、そうなのにゃ、ブーミン、ガンバルのにゃ、にゃにゃ」 ブーミンは 「それじゃあ、ムー大陸のお菓子のひとつを作ってみようか。 その名前はコチョレートっていうやつなんだ」 ポタミンが笑いながら 「にゃはは、コチョレートにゃんてオカシナお菓子に決まってるのにゃ、にゃははは」 スオミも笑いながら 「お菓子は全部可笑しに決まってるからね」 三人は笑う。 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ブーミンは 「みんなあのね、一言断っておくけど、コチョレートってのは、ムー大陸のお菓子のひとつなんだけど、名前はこっちの言葉に翻訳したのなんで、ちょっとズレてるところがあるし、そのお菓子の原料‐素材も細部で違ってるところがあるんだからね」 ポタミンが 「むにゃむにゃ、わかったのにゃ」 スオミは 「そりゃそうでしょね。ブーミン提供の今までのムー大陸ハミーたちがそうだったからね」 ブーミンは 「うんうん、そうだよね。 それでさ、コチョレートの材料‐素材と、お菓子用のアイテムのそろった専門店に行って、それら全部を調達したいんだけどな」 スオミは 「あるわよ。そんなお店ならあたし知ってるわよ」 ポタミンは 「にゃにゃ、あたいも行きたいのにゃ」 ブーミンは 「おいらは街にでる時は変装するんだけどさ、ポタミンも変装するつもりなのかい?」 ポタミンは 「うーん、どうしようかにゃ」 スオミが 「ブーミンのばあいは、フィンランドの妖精に間違われないようにするために変装するんだけど、ポタミンは変装しなくてもよさそうね」 ポタミンは 「うんうん、あたいもう日本のあちこちで姿を現してきてるのにゃ。問題はないのにゃ」 ブーミンは 「種子島でもそうだったからね。 ポタミン、うらやましいなあ。 今、日本ではあちこちにいろんなキャラクターのキグルミを着た人たちがいるからね。 ポタミンもその中の一人なんだろうって思われるのかもね」 ポタミンは 「うんうん、そうにゃのかもにゃ。 ・・・それにしても、コチョレートにゃんて名前を聞くと、コチョコチョってくすぐられてるような感じがするのにゃ」 三人は笑う。 ブーミンは 「あははは、コチョレートってのは、ポタミンをオチョクッテるのかもね」 スオミは 「うんうん、オチョクッテルわね。おまけに、チョコレートのモジリみたいな感じもするしね」 ポタミンは 「にゃにゃ、ほんとにそうなのにゃ」 ブーミンは 「あははは、種明かしは、コチョレートができ上ってからのお楽しみってことさ」 ・・・三人はその専門店に買い物にでかける・・ ・・・ブーミンは例によって変装しているが、ポタミンはさっきの話しのとおり変装していない・・ ・・・やがてスオミが 「あ、ここよ」と、 とある店を指さし立ち止まる。 三人はその店にはいる。 三人はあちこち移動して見てまわる。 ・・・ブーミンが 「わあ凄い、いろんな食べ物の材料‐素材と、お菓子用のアイテムがそろってるなあ」 ポタミンは、はしゃいだ様子で 「にゃにゃ、見てまわるだけで楽しいのにゃ」 スオミは 「ここはオトギの国みたいね。 さてさて、ブーミンは一体何を選ぶのかしら」 ブーミンはあちこち見てまわりながら、さまざまいろいろをカゴにいれる。 その様子を見てポタミンが 「にゃにゃ、すごいのにゃ」 ・・・数十分後、三人は会計をすませ店をでる・・ ポタミンが 「ブーミンの作るコチョレートにゃんて、いろいろ想像してみるんにゃのけど、まだはっきりとは想像がつかないのにゃ」 スオミは 「あははは、いずれにしてもコッケイなものになりそうね」 ブーミンは 「あははは、コッケイ‐ケッコウ‐コケコッコー、ってとこなのさ」 ・・・遠くからニワトリの声が聞こえてくる・・ ・・・コケーコッコー‐コッケイ‐コケケッコー・・ 三人して笑う。 ポタミンが 「あたい、耳がおかしくなったのかにゃ。 あのニワトリ、ブーミンに悪ノリして合わせてるみたいにゃのにゃ」 スオミとブーミンはそれぞれ、 「ポタミンの耳はしっかりしてるよ、自分にもそんな風に聞こえたよ」 といったような言葉を発する。 またまた三人とも大笑いする。 ・・・三人はスオミのスミカに戻る・・ シロッピーがにゃおんにゃおん、と三人を迎える。 ブーミンは変装を解き、 「さあ、これからが腕のみせどころだよ」 と言って、キッチンでお菓子づくりをはじめる。 スオミとポタミンは、そのお菓子づくりを興味ぶかそうに見つめる。 ・・・ブーミンは、チョコレートを湯煎して溶かし始める。 溶けたところでブーミンはそれにコショウを振り入れてよく混ぜる。 スオミが 「ええっ、コショウを入れるの?」 とオロロイタ様子をみせる。 ポタミンもオドロイタ風で、 「にゃははは、ヘンなハミーになりそうな予感がするのにゃ」 ブーミンは 「あははは、後で名前について説明するからね」 ブーミンはバナナの皮をむいて別の容器に入れそれにアーモンドの粉末とシナモンを振りかけてつぶしてよく混ぜる。 さらにそれにゆで卵を入れつぶして混ぜ、それにプランデーを入れて、ハチミツも少し入れてよく混ぜる。 ポタミンが 「にゃはは、いったい何をやってるのかわからないのにゃ」 スオミは 「ブーミンちゃん、あんた、なんか錬金術でもやってるような感じね」 ブーミンは 「あははは、錬金術ねえ、おいらの作るこのコチョレートは、不老長寿のお菓子なハミーになるのかもね」 三人は笑う。 ブーミンは 「ムー大陸では、一時期錬金術がはやったことがあるんだ」 スオミは 「こっちでもそんな時期があったのよ」 ブーミンは 「あ、そうなのかい」 ポタミンが 「大昔のメソポタミアででもそんなことがあったのにゃ」 ブーミンは 「人間のやることって、どこででも似たようなもんなんだなあ」 ポタミンは 「そこにゃのにゃ、その錬金術をやってるところからフェニックスが飛び出したっていう目撃情報がたくさんでてきたのにゃ」 ブーミンは 「フェニックスだって? それって不死鳥だよね」 ポタミンは 「そうなのにゃ。それから、そのフェニックスは大昔のメソポタミア文明のあたりを飛びまわるようになったのにゃ」 スオミは 「ポタミンちゃんはフェニックスを見たことがあるの?」 ポタミンは 「あるのにゃ。 それどころか、フェニックスと何度も遊んだことがあるのにゃ」 ブーミンは 「そりゃあスンゴイなあ。おいらもフェニックスと遊んでみたいなあ」 ポタミンは 「あたい、今の時代になってからはフェニックスに会ったことはないのにゃ。 それでにゃ、大昔フェニックスと遊んだときに、フェニックスが『ポタミンを祝福してあげよう』と言って、あたいに金色の粉みたいなのを振りかけてくれたのにゃ」 スオミは 「それは凄いわね。 だからポタミンは凄い能力が増したのかもね」 ブーミンは 「そうに違いないよ」 ポタミンは 「うん、そうなのかもにゃ」 ・・・三人の会話が途切れる・・ ブーミンはお菓子用のシリコン製の型をもってきて、まず、たくさんあるヘコミそれぞれに、湯煎してあるチョコレートを入れる。 それからバナナにいろいろを混ぜたペーストを小さく丸めてそのチョコレートにのせる。 ・・・そのシリコン製の型はタコヤキ器の小型版っていうところでアール。加熱はしないんだが・・ それからブーミンは、のせたペーストたちの上に湯煎してあるチョコレートをかける。 それが冷えコチョレートができあがる。 ブーミンはコチョレートをウツワに取り分けテーブルにならべる。 みんなが席につく。 さあ、食べよ~ みんながそれを食べ始め、「おいしい、旨い」と騒ぎだす。 シロッピーもそれを食べ「にゃおんにゃおん」と声をあげる・・これはブランデー抜きでアール。 ・・・そこでブーミンは 「みんな、コチョレートの名前の由来がわかる?」 スオミが 「コショーを入れるから、コショレートが元になってるんでしょ」 ポタミンは 「それをもじってコチョレートになったはずなのにゃ」 スオミは 「もともとはチョコレートなんだからね」 ブーミンは 「あたり~ みんな、さえてるな~あははは」 ・・・ポタミンが歌いだす 「♪ こちょこちょこちょこちょコチョレート ♪ ブーミンヒッポのコチョレート~~」 みんな笑う。 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ・・・さて・・みんながコチョレートを食べおわる・・・ ・・・スオミが 「今日はクリスマスね。 あんたたち、クルシミマスっていう伝説知ってる?」 ポタミンが 「にゃにゃ、クルシミマスってクリスマスのことにゃのにゃ?」 スオミは 「ポタミンってカンがいいわね。そうなの、今日はクルシミマスね。 伝説によれば、昔むかしの大昔、三太っていう人がいて、多くの人たちにいろんな物を配っていたんだって。 でもね、この時期になると寒さで凍えて動けなくなったんだって。 それで、三太苦労す、三太は凍えてクルシミマスって言われることになったんだって」 と、紙に書いた『三太苦労す、クルシミマス、苦しみ増す、苦しみます』という文字を示しながら言う。 ・・・さて、大晦日が近づいてくる・・ スオミが 「あのねみんな、あたしブーミンに触発されて創作料理を考えたんだ」 ブーミンは 「さてはて、どんなハミーなのかなあ?」 ポタミンは 「おもしろそうなのにゃ」 スオミは 「ジャッポコ‐辛れーピカンチ、っていうハミーなのよ。 辛れーっていうのは、男性がよく使う、辛いの変形なんだ」 ポタミンが 「にゃははは、ヘンな名前のハミーなのにゃ」 ブーミンは 「あははは、おかしな名前の料理だなあ、それだけですんごく笑えるよ、あははは」 三人は笑いころげる。 スオミは 「あははは、まずは面白いネーミングで笑いをとろうと考えたのよ。 それから、ハミーの名前によって、印象が変わるってこともあるからね」 ブーミンは 「あははは、そいでさ、ジャッポコってなに?」 スオミは 「ジャパンを面白く変形したのよ」 ポタミンが 「ピカンチっていうのは、ブラジルのポルトガル語で、辛いっていう意味だったと思うのにゃ」 スオミは 「さすが飛んでもある妖精のポタミンね、そのとおりよ。発音が面白いから入れたのよ。 それに、日本語でいえばピカイチってとることもできるでしょ。 ピカイチハミーよ。 あはははは」 三人は笑う。 ブーミンは 「ってことは、なんか日本式の辛いハミーなんだろうね」 スオミは 「あははは、そうなのよ」 ポタミンは 「大晦日にそれを食べたいにゃ」 スオミは 「うんうん、そういう計画をしてるんだ」 ブーミンは 「楽しみだなあ」 ・・・さて大晦日になった・・ スオミが、 「さあ、みんな、『ジャッポコ‐辛れーピカンチ』を作るわよ」と言ってそれを作り始める。 スオミは、ジャガイモの芽をとり皮をむき、電子レンジで加熱する。 それにバターを入れ、よくすりつぶして混ぜる。 人参、キノコ、ホタテ、アスパラガスなどを順序よく煮る。 別な鍋の牛乳に大豆の粉とゼラチンを入れ軽く沸騰させ火を止める。 その牛乳の鍋に、さっき作ったバター入りのつぶしたジャガイモを入れ、よく混ぜる。 さらにそれに、さっき煮た具材類を入れる。 温度が下がったところで、それに麦ミソとカレー粉、ショウガとニンニクを入れ、よく混ぜる。 ブーミンとポタミンは笑いだす 「味噌とカレー粉を入れるの?」 「カレー粉と味噌を入れるのにゃ?」 スオミも笑いながら、「そうよ。 それでね、温度を下げてから味噌を入れるのは、味噌の中にウジャウジャいるいろんな善玉菌たちが熱でやられないようにするためなのよ。善玉菌は胃腸にいいからね。 とは言ってもね、生味噌を摂るのは時々ぐらいでいいわね」 ポタミンが 「ふーん、そうなのにゃ。 でも、なんでカレー粉をその時入れるんにゃ?」 スオミは 「カレー粉を温度を下げてから入れるのは、カレー粉の香りがとばないようにするためね。特に煮すぎると香りがとんじゃって、とんでもないことになっちゃうからね」 ポタミンは 「あたい、飛んでもある妖精なのにゃ」 三人とも笑う。 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 スオミは 「それからね、麦ミソを選んだのは、あたし、麦ミソの香りが好きだからなのよ」 と言いながら、三人のどんぶりにルチタと蕎麦を少なめによそい、その上に小さく切った糸コンニャクをのせ、『ジャッポコ‐辛れーピカンチ』をかける。 スオミは 「ブタミンを摂りすぎると太ってブー民になっちゃうから、糸コンニャクの出番ね」 三人は笑う。 シロッピーの分も準備する。 四人はテーブルにつき、それを食べ始める。 ブーミンが 「うん、すごくおいしいね」 ポタミンは 「にゃにゃ、おいしいのにゃ」 スオミは 「これ、想像して初めてつくったんだけど、なかなかイケるわね」 ポタミンは 「にゃにゃにゃ、『ジャッポコ‐辛れーピカンチ』はおいしいのにゃ」 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ・・・正月のさまざまな行事たちも過ぎ去りみんなフニャケタ状態になる・・ そんな時スオミが言う 「さてみんな、お正月の早い段階のいろんな行事の期間も過ぎ去ったわね。 オセジ料理もおいしかったわね」 ・・・昔は正月の行事はもっと長期にわたってさまざまいろいろあったようでアールスが、ここではそういうことにするナリス・・ ポタミンが 「にゃははは、オセジ料理作ったのは誰にゃのにゃ?」 スオミは 「あのねみんな、どこかの国の言葉で、『オセジ』っていうのは、凄くおいしい、っていう意味なのよ。 飛んでもあるポタミンなら知ってるでしょ。 あはははは」 ポタミンは 「にゃにゃにゃ、知ってたはずにゃんにゃけど、もう忘れたのにゃ。 にゃはははは」 ブーミンは 「あははは、おいしいハミーばかりたくさん食べつづけると、おいしさも半減しちゃうって言いたそうだね」 スオミは 「そうそう、ブーミンなかなかいいこと言うじゃない。 そこでなんだけどさ、今夜はグータラ鍋を作って楽しもうね」 ポタミンとブーミンは笑う。 スオミは 「ちょっとフザケすぎたかな・・でもこれくらいフザケルのがいいのよ。 それでさ、オセジ料理のとこに戻って、それ作ったのはモチのロンであたしよ。 お雑煮もつくったしね。あんたたちも食べたでしょ。 おモチを食べながらイロイロ論じたわね、モチロンね」 ブーミンが 「あははは、スオミってダジャレ名人なんだね。 そいでさ、スオミが作ったハミーたち、全部おいしかったよ。オセジ料理なんて言う必要はないよ」 スオミが 「さっき言ったジョーダンなんだけど、どこかの国の言葉で、『オセジ』っていうのは、凄くおいしい、っていう意味なのよ。あはははは」 ポタミンが 「にゃははは、スオミの言うオセジ料理、おいしかったのにゃ。 そうにゃんにゃけど、あたいが今言うのは今度のヘンにゃ名前の鍋もののハミーについてなのにゃ。 もうジョーダンとマジなのが混ざってわかりくい話しになったんにゃけど、グータラ鍋にはオセジが必要になるってスオミが宣言してるみたいな感じがするのにゃ」 スオミは 「あらら、ポタミンもいいこと言うじゃない。たしかにジョーダンとマジな話しが混じってわかりにくい会話になったわね」 ・・・おせち料理はおいしいのでアールス・・ ポタミンは 「にゃはは、そうなのにゃ。 スオミ、グータラ鍋ってどんなハミーにゃのにゃ?」 ブーミンは 「あははは、前回、スオミの『ジャッポコ‐辛れーピカンチ』で、名前でうんと笑ったんだけどさ、またネーミングで笑わされるんだなあ」 スオミは 「お正月の行事も済んで、みんなフヤケテ‐フニャケテ『グータラ』って感じになってるでしょ。 だから、グータラ鍋なのよ。 あはははは」 ・・・「フニャケテ」っていうのは、「フヤケテ」の拡張言葉で、おまけに「グータラ」っていう意味まで入っているのでアールス・・あほほほほ・・・ ポタミンは 「にゃははは、そいでもってにゃ、グータラ鍋ってどうやって作るのにゃ?」 ブーミンは 「たぶん、普通やらないようなオカシナ具材具類のメチャクチャな取り合わせを鍋に入れるんじゃないかな?」 スオミは 「あははは、ブーミン、いい線いってるじゃない」 ポタミンは 「にゃははは、あたい、フニャケテ‐グータラグータラしにゃがらグータラ鍋を作って食べてみたいのにゃ」 ・・・さて食事時が近づいた・・ スオミは 「さあみんな、グータラ鍋を作るわよ」 スオミはそう言ってテーブルにカセットコンロと鍋を準備する。 スオミは 「鍋に残り物をなんでも入れるのよ」 ポタミンは冷凍庫を見て 「にゃにゃ、おいしそうなタラがあるのにゃ。 グッドなタラなのにゃ。 グータラなのにゃ」 と言ってそのタラを鍋に入れる。 みんな笑う。 スオミは笑いながら 「ポタミンはグータラ鍋を格上げしたわね」 ブーミンも笑いながら 「ポタミンにまでダジャレ病がうつったんだね」 スオミは 「あはは、ちゃっぱもいれようね」 と言って、茶の葉をいれる。 ポタミンは 「ちゃっぱってなんなのにゃ?」 スオミは 「ほら、みてのとおりよ、緑茶の葉っぱよ。 これがなかなかいいんだから」 ポタミンは 「ふーん、そうなのにゃ」 みんなは冷蔵庫にあった残り物を鍋に入れる。 オセジ料理の残りも鍋でニューヨークすることになる。 ポタミンは冷凍庫にあったアイスクリームを鍋に入れる。 スオミが 「こらこらポタミン、なんてことをするの、コラコーラ」 と大きな声をあげる。 (豆知識:「おい、こら」っていうのは、元々は鹿児島弁ナリス。たぶん「おのれ、これは」の音が変化したものだと思う) ポタミンは 「スオミが言ったとおりにしてるのにゃ。グータラグータラ」 と言って笑う。 ブーミンは 「ポタミン、デザートも一緒に食べられて手間が省けるね」 と言って笑う。 ポタミンは 「そうなのにゃ。グータラグータラ」 と言いながら近くにあったチョコレートも鍋に入れる。 スオミは 「あたし、もう知らない!」 と言って笑う。 ポタミンは 「スオミ、あたいが全部知ってるのにゃ。にゃはは」 ブーミンは 「ポタミン、味の想像までついてるのかい?」 と言って笑う。 ポタミンは 「おいしいことまちがいなしなのにゃ。 だってにゃ、スオミの計画どおりにゃんにゃから」 スオミは 「あはははは。そうなのよ、絶対おいしいのよ。みんなそう思って食べるのよ」 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ・・・さて、グータラ鍋ができあがる・・ するとそこに三人が見たこともないなにかがポッと現れる。 そのなにかが歌い始める・・・ ♪ ズンダラボッチャ ズンダラボッチャ ズンダラボッチャ ボッチャッチャッチャ ♪吾輩は妖精ズンダラボッチャボッチャッチャッチャでアール 宇宙の果てのズンダラボッチャ妖星からやってきた 吾輩は宇宙一カッチョイイ妖精ズンダラボッチャなるウマシカ妖精ズンダラボッチャなのでアール あほほほほ ♪ ズンダラボッチャ ズンダラボッチャ ズンダラボッチャ ボッチャッチャッチャ♪ 歌い終えたそのなにかは 「吾輩はおなかがへったのじゃじゃじゃ。 吾輩の妖星ズンダラボッチャは天変地異で食べ物がメッチャクソ減ったのじゃじゃじゃ。 そいでもって吾輩は宇宙をさまよい飛んでここに来たのじゃじゃじゃ。 いいもの見っけ、とはこのことじゃじゃじゃ・・ あんたらのグータラ鍋をちょこっと食べさせてもらうぜよ。 ぱくぱくもぐもぐズンダラボッチャ ボッチャッチャッチャ・・・」 そのなにかってのは、ブルドッグに似た妖精のようだ。 そのズンダラボッチャは、その鍋をもって野蛮にズンドコ食べて飲んでいく・・そのハミーは熱いはずなんだが、平気で食べ飲みしていく・・・ 三人はアッケにとられ目を丸くしてその様子を見ている。 ・・・いくらかしてスオミは 「なんてあつかましくて失礼でずうずうしい妖精かしら」 と言って顔をしかめる。 ズンダラボッチャは 「うまい、おいしい、美味にしてデリシャスなのじゃじゃじゃ~ グータラ鍋はおいしいのじゃじゃじゃ~ あんたたちの味と料理のセンスはバツグンじゃじゃじゃ~」 気をとりなおしたスオミは 「なによ、このヘンポコなポンコツ妖精ズンダラボッチャ、 ゲボゴボバッタンガボアボギャ~~~」 と大声をあげる。 すると、 そのズンダラボッチャ妖精はたちまち消え失せたではないか。 ブーミンは 「さすが、スオミ、超能力者だね。呪文みたいなのが効いたね」 スオミは誇らしげに 「あたり前よ、あたしはものすんごい呪文をいくつも知ってるのよ」 ポタミンは 「スオミ、すごいにゃ。あたい、今のヘンテコリンな妖精の素性を調べてくるにゃ」 そう言ってポタミンは姿を消す。 ポタミンは ズンダラボッチャ妖精をつかまえ問いただす。 戻ってきたポタミンは 「あのズンダラボッチャ妖精は怯えて震えてちぢこまってうっ伏してたのにゃ・うつ伏せに伏していたのにゃ。 それでにゃ、そのデタラメボンクラ妖精が言ってたとおりなのにゃ。 神様もそのとおりだと請け合ってくれたのにゃ」 スオミは 「あははは、ポタミン、よくやったわね」 ブーミンは 「ポタミン、すごいじゃん、あはははは」 ポタミンは 「にゃははは・・ ・・・でもにゃグータラ鍋が空っぽなのにゃ」 ・・・次の日・・ スオミが 「昨日のあの妖精、ブルドッグに似ていて名前はズンダラボッチャ、あははは・・・ ・・それにしてもよくもまあ遠い遠い妖星から地球にまで来たもんだわね」 三人は笑う。 ブーミンは 「この広大な宇宙にはあんな酷い妖精もいるんだね」 ポタミンは 「あたい、グータラ鍋を食べられなかったのが悔しいのにゃ。 にゃにゃ、今度あのヘンポコ‐ズンダラボッチャに出会ったら、『こら、ズンダラ、めっ、めっ』って叱ってやるのにゃ、にゃにゃにゃ、にゃはははは」 三人は笑う。 (((ズンダラボッチャ妖精・・・ その名前の由来について・・ それは筆者がパッと思いついて名づけたのでアールスが、あとから考えてみて、こじつけてみるに・・ どこかの方言に「ズンダレ」という言葉がある・・これは「ズレダレ」の音が変化したもので、「ズレてダレている状態にあること」といったような意味である。 これは特に服装について言う言葉であって、服装が「ズレてダレている状態にあること」という意味である。 だらしがない、しまりがない、という意味も含んでいる。 「ズンダレ」・・ そこからの連想で「ズンダラ‐ボッチャ」と思いついたのかもしれない。「ボッチャ」は面白い発音ということで思いついたのでアールス。 最初からこの存在を「ズンダレ野郎」という風な「ズンダレ」にしようと思っていたので、そうなんだと思う。 そこの方言で似たような感じの言葉に 「ガンタレ」というのがある。 これは「オンボロ」という意味である。 この「ガン」は意味からいって、たぶん「ガレ」からきていると思われる。 枯れ(ガレ)がガンに変化したのだろう 枯れ(ガレ)には、「枯れはてたさま」「尽きはてたさま」という意味がある(冬枯れの景色とか)。 「タレ」は「バカタレ」とか「クソッタレ」についている「タレ」であるのは間違いない。 総合すると、「枯れはてたようなオンボロ」ということになる。 次は、「ガンタレオン」とか「ズンダレオン」というカメレオンに似た妖精を登場させようか。 そこの方言に「もっちゃげ落とし」というのもある。これは相手を言葉で持ち上げておいてそのあと落とす、という意味ナリス。 「持ち上げ落とし」の音が変化したものでアール。 共通語的な「ぶち明け→ぶっちゃけ」も同じような変化でアール。 その他にもそこには、 「俺が家→おいげえ」っていうのもある。 「俺のうち→おれんち」も意味は同じナリス。 他にも、 「じゃっどん」というのがある。 これは、「であるけれども」が変化した言葉である。 どこかの方言に「だども」というのがあるが、それと同じような変化である。 である→じゃ→だ、や、ちゃ、という変化は必然ナリス(じゃ、の次に、「や」、と、「だ」、がでてきたのだろう。「じゃ」は、「や」とか「ちゃ」に変化する)。 それにしても、「ジャッドン」という発音は強そうな恐竜みたいで面白い。 ・・緊急速報です、「ジャッドンザウルス」が現れました、とか、オモティロイ。 他にも、 「じゃっど」というのがある。 これは「であるぞ」が変化したもので、「だぞ」という意味である。 「そうだぞ」というところである。 ・・それから、九州弁に「よか」とか、「うまか」とかある。 この変化は、共通語にもある(ついこの間気づいたナリス)。 ・・・以下は筆者独自の推測である・・ 「うまか」は、うまくある→うまかる→うまか(る、が欠落・・こういう欠落という現象は言語においては多くある)と変化したものだろう(現在形なので、「る」の欠落はOK)。 共通語の「うまかった」というのも同じ原理ででてきている。「うまくあった」→「うまかった」という変化である(過去形or現在完了形なので「かった」は消えていないが」)。 つまり、九州弁の「うまか」と、共通語の「うまかった」の「うまか」は同じ原理ででてきたのでアール。 以上、そうだと思う。 ・・そういった言葉と音の変化も面白い。 他に・・ そう名づけた時に、これを知っていたのかどうか定かではないが、「ズンダ餅」とか、「ズンダモン」という言葉がある・・これは東北発祥にある (「ズンダモン」はその時は知らなかった。あとで知った。これは、ズンダ餅から派生したキャラクターの名前だそうだ。「ズンダ餅」もその時知っていたかどうか覚えてない)。 「ズンダ」というのは元々は「ぬかみそ」のことで、そこから見た目の状態が似ている「枝豆のつぶしたもの」もそう呼ばれるようになったそうである(色は違うが)。 味つけしたズンダをまぶした餅がズンダ餅である・・おいしそうだなあ・・・ 「ズンダ」の元の音は「ジンダ」である「ジンダ」は、漢字語からきている(珍しすぎる漢字語である(むずかしい、むつかしい、むかつしい、むかむか、JK)。 その漢字語も一回変化した(メンド草・・変化したあとの「ダ」は国字《日本で作られた漢字》である・・そういうのはいくつもある)、ということをも付け加えておこう。 (「ぬかみそ」をジンダとかズンダという人や地域が今現在いる・あるのだろうか?) ・・国字といえば、『鱈』は国字である。今ではチャイナもこれを使っている。 さらに国字といえば、近代・現代文明‐文化における『漢字を複数連ねた漢字語』のほとんどは、日本で作られたのである。 学術用語もそうである。 それらをチャイナも取り入れて使っている・・・ ・・ちなみに、山形名産の枝豆の品種は「だだちゃ豆」というんだそうだ。「だだちゃ」というのは「おやじ」という意味なんだそうだ(これはわかりやすい、だっちゃ)。 おやじが酒のツマミに食べるからだろうか。 ズンダにしてもダダチャにしても、スカッと気持ちのいい発音ナリス。 ・・それから、鹿児島の名産に、ボンタン漬けっていうのがある。 これは、ボンタン(ザボン)という大きなカンキツ類の果物の皮を砂糖漬けにしたものである。 ボンタンというのは面白い名前だが、その名前の由来はこうである・・1772年の秋、台風を避けて鹿児島の阿久根港に入いった清国の船が、その果物をもたらしたのであるが、その果物の名前がわからなかったので、船長の「謝文旦」の名前をとって、ボンタンと名づけたんだそうだ。その船長が「ボンタン」と名のったんだろう(日本語の音読みでは、普通はブンタンだが)。 チャイナ語っていうのは、時代や地域によって、発音が全然違っていたり、かなり異なるのである。 近代や現代のチャイナでは、そういった昔の、発音や地域別の発音を知ることにおいて、日本での音読みを参考にするそうである(チャイナにそういった文献がないとは不思議な感じがする)(そういうチャイナでは、漢字を使ってのコミュニケーションは昔からできたんだそうである)。 で、日本での音読みには、呉音、漢音、唐音、宋音、といったのがあるので、それらを参考にするんだそうだ。 さて、鹿児島には他にもボンタンアメとか、アイスのシロクマとか、カルカンとか、その他いろいろ名物がある・・ジャンボという餅のお菓子もある。これは、両棒がなまったものだろう。串を二本使う餅菓子である。・・・ (((以下、これは、次に書くためのメモ‐ナリス・・ +新登場バカラノボッチャ妖精 (ガンタレオンかズンダレオンという名前にしてもよさそうだ) それは馬にも鹿にも見える妖精 その妖精は、虹色、赤、青、白、・・・などの馬を天空で引き連れ世界の国々に行って上空から叫ぶ「バカタレどもが~~」 その妖精はトランプゲームでバカラ(カバの逆立ち遊戯)もやるヤカラでもある。 ・・・それに関連して、黙示録6:1・・幻‐幻想文学において・・ 四頭の馬(白、赤、黒、青い馬)が登場・・・さてはて黙示録か・・・で、その妖精は、バカラノボッチャ妖精という名前もいいが、ガンタレオンかズンダレオンという名前もいいと思う) ・・ついでに・この世界について・・これからは工業製品とか商品とかその他さまざまはガンタレオン‐ガラクタンになっていくだろう・・TT; ・・ついでに・・トラブルダ大塔猟によって 世界各国やロズアンゲレルスなど超絶パニクリマクル・・それは世界のナゴヤ化鴨ダックと怒鳴るどダック・・なんとか名古屋はなんとか・とはいえもたないが))) スオミは 「あのヘンポコ妖精は、グータラ鍋はバツグンにおいしいとか言ってたわね。あはははは」 ブーミンは 「そうだったね。 ポタミン、それで満足しとこうよ。あはははは」 ポタミンは 「うん、でもにゃ、あいつの味覚なんかズンダラボッチャなのにゃ、にゃはははは・・にゃにゃ、これは取り消すのにゃ。 だけどにゃ、というか、だからにゃ、というか、にゃにゃ、あたい、新しいハミーをかんがえたのにゃ」 スオミが 「へえ、それってどんな料理なの?」 ブーミンは 「ポタミンにも新しいハミーを作るっていう病気がうつったね」 三人は笑う。 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ポタミンは 「そうなのかもにゃ。 それでにゃ、そのハミーは、 『にゃんたん麺』 っていうのにゃ」 スオミとブーミンが笑いだし、ついでポタミンも笑う。 スオミは 「『にゃんたん麺』だなんて、タンタン麺のモジリのネーミングでしょ?」 ブーミンは 「おいらもそう思ったよ。モジリネーミング症までポタミンに伝染したね」 ポタミンは 「にゃははは、そうなのにゃ。 それでにゃ、それ作るためのいろんなのを買いに行きたいのにゃ」 スオミは 「なんか特殊なのが要るの?」 ポタミンは 「要るのにゃ。 あのにゃ、この間ブーミンがコチョレートを作る前に行った、あのオトギの国みたいなお店にも行きたいのにゃ」 ブーミンは 「なんか、型でも買うのかな」 ポタミンは 「そうなのにゃ。型のいいのを探すのにゃ」 スオミは 「『にゃんたん麺』って言うからには、ネコの型が欲しいんでしょ」 ポタミンは 「スオミ、すごいのにゃ。そうなのにゃ」 三人は笑う。 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 スオミは 「それじゃあ、三人で買いに行きましょ」 ブーミンは 「おもしろそうだね、行こう行こう」 ポタミンは 「にゃにゃ、早く行くのにゃ」 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ・・・準備を整え三人は買い物にでかける。 ・・・最初はそのオトギの国みたいな店で・・ ポタミンは 「にゃにゃ、これなのにゃ、気に入ったのにゃ」 と言っていろいろ選んで買い物を続ける。 スオミとブーミンもなんやかんや見てカゴにいれる。 ・・・三人は次に食料品店にはいる。 三人はそこでも、さまざまをカゴにいれる。 買い物を済ませた三人はスオミのスミカに戻る。 三人を迎えたシロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 三人はシロッピーをナデナデする。 ・・・やがて、 準備を整えたポタミンは 「ニャンタン麺をつくるのにゃ」 と言って料理を始める。 ポタミンはボウルに小麦粉をいれ、さらにトトロいものすり下ろしたのをいれ、タマゴと大豆の粉末もいれる。 ポタミンはそれにほんの少しカンスイと塩を加え、よく混ぜて練り始める。 ポタミンは 「にゃにゃ、いい感じなのにゃ」 と言ってシリコン製のネコの型をもってくる。 その型には小さなネコがたのクボミがたくさんある。 ポタミンはその型に練り上げたネタをホドヨク詰め込む。 スオミが 「これがニャンタン麺の正体ね」 と言って笑う。 ブーミンもポタミンも笑う。 ポタミンは 「にゃははは、ネーミングだけで全部わかっちゃうにゃんて、あたい、なんか失敗したってことかにゃ?」 ブーミンは 「いやいや、ポタミン、それっておいら大成功なんだと思うよ」 三人はまた大笑いする。 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ポタミンは、シリコン製のネコの型に詰めた麺の素を電子レンジにかける。 ポタミンは麺の素を新たに詰めて、それを何回か行う。 ポタミンは 「いったんホドヨク加熱しておかないと、茹でたとき型崩れしちゃうのにゃ。だからこうするのにゃ」 スオミは 「にゃるほどねえ。ポタミン、なかなかやるじゃない」 三人は笑う。 ブーミンは 「にゃんという配慮なんだ」 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ポタミンは 「つぎはスープと具材たちにゃのにゃ」 ポタミンは鍋に水を入れコンロにかける。 その鍋に、ひき肉、キノコ、手羽先、干し大根の細切り、トトロイモなどを入れ、煮る。 煮あがったところで、さっき作ったネコ型の麺を入れ、軽く煮て、さらにニンニクとショウガのスリオロシ、味付け料とラードを入れる。 ポタミンはでき上ったそれを、3つのネコの絵入りのドンブリによそい注ぎわける。 シロッピー専用のウツワにも同じくよそう。 ポタミンは、それら丼のトッピングとして、 ザーサイ、 すりゴマ、 ゆで卵、 紅ショウガ、 を飾り、ラー油をかける。 ポタミンは 「にゃにゃ、シロッピーおいで、これにオシッコを少しずつ入れるんにゃ」 と言って、シロッピーを抱き上げ、丼に近づく。 スオミとブーミンは驚いた様子で目を見張る。 すぐにブーミンは 「おいおい、ポタミン、にゃんてことを」 ポタミンは 「にゃはははは、ジョーダンなのにゃ」 スオミとブーミンは大笑いする。 ポタミンは 「にゃにゃ、シロッピー、この丼の前でにゃおんにゃおん、と歌うのにゃ」 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 三人は笑う。 ポタミンは 「これでニャンタン麺のできあがりなのにゃ」 三人とシロッピーは席につく。 ポタミンは 「さあ、シロッピー、にゃんとか言うのにゃ」 シロッピーは「にゃおんにゃおん」と声をあげる ポタミンは 「ほらにゃ、シロッピーが食べなさいって言ってるのにゃ」 スオミとブーミンは大笑いする。 三人とシロッピーは食べ始める。 スオミが 「なかなかイケるわね、ポタミンもやるじゃない」 ブーミンは 「ポタミン、おいしいよ、旨い」 ポタミンは 「シロッピーからの祝福がはいってるからにゃ、そうなるのにゃ」 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ポタミンは 「担々麺の担っていうのは、担ぐっていう意味なのにゃ。昔中国で天秤棒で担いで売り歩いてたって話しなのにゃ。 だからにゃ、ニャンタン麺は、ネコを肩に担いで食べるのが正式の食べ方なのにゃ」 三人は笑う。 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげて椅子からおりてポタミンの肩にのる。 三人はドッと笑う ポタミンは 「シロッピーはいい子なのにゃ。 それからにゃ、ニャンタン麺のタンは、ネコちゃんの『ちゃん』と同じにもとれるんにゃ。ネコたんってことなのにゃ、にゃはははは」 三人は笑う。 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ブーミンは 「それにしてもポタミン、さっきのあのオシッコの件では、冷や汗がでたよ」 ポタミンは 「にゃははは、汗をかくのはいいことにゃんにゃ,サウナの代わりになるのにゃ」 スオミは笑いながら 「スオミつまりフィンランドのサウナって気持ちがいいんだから。健康にもいいしね」 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 スオミは 「ここのすぐ近くにサウナの施設があるわよ」 ブーミンは 「今度行ってみようよ」 ポタミンは 「行くのにゃ行くのにゃ。シロッピーも連れて行くのにゃ。 そしたらにゃ、今度こそシロッピ-がブーミンにオシッコをひっかけるのにゃ」 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ブーミンは 「そうなると大汗をかきそうだなあ」 三人は笑いながらハミーを進める。 ややあってブーミンは 「ポタミンはシロッピーのオシッコにこだわってるみたいだけど、それって健康にいいのかい?」 ポタミンは 「にゃははは、そんなこと知らないのにゃ。 ニャンタン麺っていうネーミングから、そういうことになったんにゃ」 スオミは 「シロッピーのオシッコを水で薄めて植物にやれば、なかなかいいみたいよ。あたしお花でやったことあるんだ」 ポタミンは 「にゃにゃ、それなのにゃ。 今度、シロッピーのオシッコで育てた野菜を使ったニャンタン麺を作るのにゃ」 三人は笑う。 シロッピーも笑う?じゃなくて、「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ブーミンは 「ニャンタン麺については、いろいろオカシナことがあるんだなあ」 ポタミンは 「にゃはははは、そうなのにゃ」 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 ポタミンは 「それからにゃ、担々麺の話しをしたから、ついでに話すのにゃ」 ブーミンは 「なんか面白い話しなのかな?」 ポタミンは 「ちょっと面白いのにゃ。 ラーメンのことなのにゃ。 ラーメンって言葉は元々は、中国の麺の種類のことなのにゃ。 手延べそうめんのように、手で引き延ばして作る麺のことなのにゃ。 Lで始まるラーは、引っ張るという意味なのにゃ。 手延べLa-ミエンなのにゃ。 それって料理なのじゃないのにゃ。 手延べそうめんって言ってるようなものなのにゃ」 ブーミンは 「ふーん、そうなのかい。 手延べそうめんっていえば、料理のことじゃないね。麺の種類のことだね」 ポタミンは 「うんうん、そうなのにゃ。 それでにゃ、今、世界に広まってるラーメンは、日本語のRで始まる日本の麺料理なのにゃ。日本語のRはL音にちかいけどにゃ」 スオミは 「にゃるほどねえ、豆知識が増えたわよ」 ポタミンは 「だからラーメンは中国の料理じゃないのにゃ。日本の料理なのにゃ。醤油も日本発祥なのにゃ」 ブーミンは 「ふーん、そうなんだね」 ポタミンは 「それからにゃ、醤油のことを欧米ではソイとかソイソースっていうんだけど、それは鹿児島弁で、醤油のことをショイとかソイとかいうからなのにゃ。 初期のパリ万博に薩摩藩が展示館を建ててさまざまを出品したのにゃ。 それから昔、鹿児島とイギリスの関係が深かったからそういう名前になったのにゃ」 スオミは 「ふーん、そうなんだ」 ポタミンは 「だから、大豆のことをソイビーンっていうことになったのにゃ」 ブーミンは 「にゃるほどねえ、ソイとかソイソースやソイビーンの語源はほかからは全くでてこないからなあ。中国語からも全然でてこないよ」 ポタミンは 「うん、こういった豆知識はいいもんなのにゃ。 今のは大きな豆の大豆知識なのにゃ」 スオミは 「あははは、そうだねえ、・・ あ、そうだ、豆知識といえば、この間のウナリ寿司のことを思い出したわよ。 最初、ウナリ寿司ってイナリ寿司のモジリかとチラッと思ったんだ。 でね、イナリといえば、スオミつまりフィンランドには、イナリっていう町があるのよ」 ・・・次の日・・ スオミが 「あのねみんな、今日はカニ‐ハミーを作って食べようか」 ポタミンは 「にゃにゃ、おいしそうなのにゃ」 ブーミンは 「カニねえ、さてどんなハミーなんだろ」 スオミは 「今日はあたしが全部やるから、あんたたちはシロッピーと遊んでなさい」 シロッピーが「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 二人とシロッピーはネコジャラシ的なオモチャたちで遊び始める・・・ ・・・1時間ほど経つ・・ スオミが 「さあ、みんな、できたわよ~ 食卓においで」 ポタミンは 「にゃにゃにゃ」 ブーミンは 「わーい」 シロッピーは 「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 三人はテーブルに行って席につく。 テーブルの上にはそれぞれ大皿が置かれている。 シロッピーの席には小さめの皿が置かれている。 皿たちの上にはそれぞれいろんなハミーが置かれている。 ポタミンは 「にゃにゃ、にゃはははは、へんなハミーなのにゃ。 小さいカボチャ丸ごと2個、 ジャガイモ丸ごと2個、 魚のすり身の大きなボール2個、 大きな厚揚げ丸ごと2個、 小さめの大根丸ごと、 大きな人参2本丸ごと、 ブロッコリー丸ごと、 なんかがが載せられてるにゃ」 ブーミンは 「あはははは、 でもさ、タルタルソースとトマトソース系のディップも添えられてるよ。 丸いパンも丸ごと載せてあるね」 スオミは 「シロッピーの皿には、それらをカットした小さいのが丸ごと、と、タルタルソースとディップね」 味噌汁もそれぞれの横に置かれている。 スオミはなにかオモチャみたいなのをテーブルに載せる。 スオミはそれに向かって 「カニポン、カニポンダンスを踊りなさい」 と言う。 すると、そのなにかは踊りだす・・二本のハサミを振りかざしカシャカシャさせて、カニのように動きだしてダンスする。 ポタミンが 「にゃははは、これってカニのオモチャなのにゃ?」 スオミは 「そうなのよ、でもね、オモチャだけど凄いのよ。言葉でコントロールできる優れものなのよ。 最新のAIコンピューター制御なんだから。 それでね、この子の名前をカニポンって名づけたのよ」 カニポンは「ポンポン」と声をあげながら、ハサミを振り立て踊ってみんなに挨拶する。 ブーミンは 「すごいなあ、よくできてるなあ」 スオミは、キッチンバサミを6っつ持ってきて、三人の皿の横にそれぞれ置く。 スオミは 「カニハミーはこうやって食べるのよ」 と言って、両手にハサミを持ち、まずはカニのように上にあげ、それからハサミをカシャカシャやりながら、皿のハミーをハサミで切って別のハサミでつかんでタルタルソースやディップをつけて食べ始める。 ポタミンとブーミンは大きく笑いだす・・ 二人の笑いは止まらない・・・ スオミも笑いながら 「うんうん、なかなかのもんね。 これは海と山と平原の幸を使った特製のダシで煮込んだんだからね。 仕上げ前にいろんな香辛料も入れたんだ」 ブーミンとポタミンもスオミと同じようにして食べ始める。 ポタミンは笑いながら 「にゃにゃ、おいしいのにゃ、食べ方の珍しさがおいしいソースになってるのにゃ」 ブーミンは 「あははは、ポタミンの言うとーりだね。 おもしろくて美味しいよ」 スオミは笑いながら 「カニポンちゃん、シロッピーに食べさせてあげなさい」 シロッピ―は「にゃおんにゃおん」と声をあげる。 カニポンは「ポンポン」と声をあげ、 シロッピーの前に行って、カニポンのハサミたちでシロッピーに食べさせ始める。 片方のハサミでハミーを押さえ、別なハサミでカットし、それをハサミでつかんで、タルタルソースやディップをつけてシロッピーに食べさせる。 シロッピ―は「にゃおんにゃおん」と声をあげて食べる。 その様子を見ている3人は、大笑いする。 スオミは 「タルタルソースは足りたかな?」 ブーミンは 「充分足りたよ、タルタルだったよ」 三人とも笑う。 ・・数日後・・・ 三人は熱気球とハングライダーをやりに遊びにでかける。 目的地に着く。 三人はまずは熱気球に乗り上って上空を散策する。 ブーミンが 「わあ、いい眺めだなあ」 スオミは 「わお、凄いわね。 あれっ、あそこに見えるのは何かしら? ヘンなのがいるね」 ポタミンが 「あれってなんかヘンなのにゃん、あたいが見てくるにゃ」 と言ってゴンドラから出て見にいく。 戻ってきたポタミンは 「にゃにゃ、あのにゃ、あれは男の人がタコを散歩させてるのにゃ」 スオミもブーミンも笑いだす。 ポタミンは 「にゃははは、あのにゃ、その人がいうには『このタコとは海で知り合ったんだ。こいつは今はぼくのうちで生活してるんだ。で、今散歩させてるんだ』だってさ。 そいでにゃ、 そのタコが言うには『吾輩はタコである。名前はもうある、ハッポンじゃじゃ丸。 この野郎は渚で吾輩を踏んづけたんじゃじゃ丸。 そいでなそのバツとして今はこいつの家に住んでメンドウみさせてるんじゃじゃーぜ。 そいでな、今この野郎を散歩させてるんじゃもんじゃほいさっさ。 こいつが運動不足になるといかんからなんじゃらほい』だって。 にゃはははは」 三人は大笑いする。 ・・・空の散策が済むと三人はそれぞれハングライダーに乗って怖い思いをする。 ・・それが済んで・・・ スオミが 「やだやだ! あたし、もうハングライダーには二度と乗らない。面白いんだけど怖すぎのマックスなのよ。寿命が縮んだじゃない。やだやだ!」 ポタミンは 「にゃにゃ、スオミがそうなのは想像がつくにゃんけど、あたいは飛べるし世界中を飛び回ってきた飛んでもある妖精なんにゃから、面白くもにゃんともなかったのにゃ。怖くもなかったんにゃ。つまんにゃいのにゃ」 ブーミンは 「おいらもスオミと同じ立場だね。 それでさ、今回のプランはおいらがだしたんだから、スオミ、ポタミン、ごめんよ」 スオミは 「ブーミン、あやまることはないのよ。みんな賛成したんだからね。人生にはいろいろあるのよ」 ポタミンは 「そうなのにゃ。ブーミン、あやまることはなんにもないのにゃ。いい経験になったのにゃ。あやまったら、『ブーミン、めっめっ』てとこなのにゃ」 三人は大笑いする。 ・・3日後・・・ スオミが 「みんな、今日は、スゲパティ・ニッポリタンを食べようね」 ポタミンは 「にゃははは、そんな名前のハミーにゃんて初めて聞くのにゃ」 ブーミンは 「あははは、またまたスオミの新機軸が始まったね」 ポタミンは 「その名前、にゃんか、スパゲティ・ナポリタンに似てるんにゃ」 ブーミンは 「あ、そうだね、ポタミン、鋭いなあ」 ポタミンは 「スオミ、それって、もじりネーミングなのにゃ?」 スオミは 「あははは、ポタミン、よくわかったわね。そうなのよ」 ブーミンは 「ってことは、麺のハミーなんだろうね」 スオミは 「あはははは、そうなのよ」 スオミは 「それじゃあ、食材を買い出しにいこうね」 ・・数時間後、三人は食材たちを買ってスオミのスミカに戻る。 スオミは 「さてと、みんな、スゲパティ・ニッポリタンをつくるわよ」 スオミは冷や麦を折って炊飯器で炊き始める。 ブーミンが 「ええっ、冷や麦なのにそんなことするの?」 スオミは 「そうなのよ、これは塩を使ってない無塩の冷や麦なんだ。 だからルチタみたいに炊けばいいのよ。 無洗米と同じく洗わなくてもいいしね」 ポタミンは 「にゃーるへそ、それだと水やエネルギーと手間がすごにゃく省けるにゃ」 三人は笑う。 スオミは 「そうそう、塩を使ってある乾麺は、お水たっぷりで茹でて、それから水洗いするでしょ。だから、今ポタミンが言ったとおりなのよ」 ブーミンは 「にゃーるへそ、まったくもってそのとーりだね。パスタやインスタントラーメン的なのは、別として」 三人はまた笑う。 スオミは 「そうなのよ。パスタにもこの手が使えるんだ」 ポタミンは 「にゃるほどにゃ」 スオミは 「それからね、パスタは、ボウルに入れて水も入れて、電子レンジにかけて炊き上げれば、いろんなタイプの麺に仕上げることができるのよ。 うどん風とか、やきそば風とか、つくれるのよ。 柔らかくなりすぎたらチンして水分を飛ばせばいいし、硬すぎたら水を加えて柔らかくすることもできるんだ」 ポタミンは 「にゃにゃ、すごいにゃ」 スオミは 「赤飯もこの手で簡単に作れるんだ。まず、ドンブリかボールに入れた小豆と水をレンチンして、それからモチゴメと水をチンして、それらを混ぜ合わせてさらにレンチンするんだ。水加減がポイントになるわね」 (下略) (上略) ・・・以下これは、このセクションのずっと後ろに書くべき内容なんだが・・・ 結論をまず記そう・・・ 後ろの方にでてくる、「1+2+3+4+・・・=マイナス1/12」(三人の数学者が『一応』証明している)問題の「マイナス1/12」がどこからでてくるか、という問題なんだが・・・ 数学においては、線には幅がないという設定をしている・ (数直線についてもそうだろう)・ (点には位置だけがあって大きさはない、ともしている)。 しかし、現実においては、幅のない線もなければ、大きさのない点もない。 いちばん小さな素粒子を点とみなしても、大きさはある(揺らいでいるが)し、それを並べて線にみたてても、線に幅がでてくる。 さて、そこで、線に「1/12π(単位なし!)」の幅があれば、その「マイナス1/12」を「見える形で理解」できる(上述にある「揺らぎ」があったとしても、その平均値をとる、とする)。 ……ということは、点(上述)の直径も「1/12π(単位なし!)」であるのかもしれない…… (後略) ・・・これで物理学における発散問題は解決するのかもしれない… ……もうひとつ、詳細に既述している「プラス∞と∞とマイナス∞は隣り合って並んでいる(プラスゼロとゼロとマイナスゼロは隣り合って並んでいる)」という数学理論において、「∞の絶対値は、不思議なことにゼロである(プラス∞とマイナス∞の絶対値はそれぞれ無限大だが)」によっても、物理学における発散問題は解決するのかもしれない…… …それと、詳細に既述しているように、その理論から言えば、宇宙がビッグクランチを起こしたら(起こすか否かも詳細に検討して既述)、ビッグクランチの実体-実態のもつ無限大の重力が反転して無限大の斥力になって、ビッグバンを起こす、のかもしれない・・・ …… (加筆) ・・・つづく鴨duck・・・(と、怒鳴るどダック…JK…)・・・ (下略) ☆☆☆ by西山浩一(C)(春楽天・世界人) 研究者も西山浩一 Copyright(C) All rights reserved. お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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2026.03.06 01:08:23
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