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考える面白さはこの上なく美味/意識・人間・心・世界・なんでも・霊魂研究/世界は大激動し始めた

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2018.01.07
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筆者がネット上に書いている(載せている)記事sの多くは、主要な言語sにおいては、翻訳されておるようじゃす。

その翻訳は大変そうじゃす――さらに加筆形式になると翻訳も読むことも大変じゃろうす――しかるにできるだけ早くアップロードした方がよいでせふと筆者は考へておるのじゃす――。

特定の専用ソフトを用いれば、そこらの困難は大きく減じられることは周知じゃろうす。

で、一応仕上げたら(といってもさらに加筆していくじゃろうすが)告知しませふ(これは過去にも書きもうした)。



(――筆者が書いている記事sは、書きなぐりのようなものであって、どれもが不完全であり、これからも加筆と訂正をつづけていきもうす――

――それと・・・学校で学んだ内容以外については、本スレッドの論などを研究するのに必要な程度(かそれ以上)の習得しかしていないのじゃす。なにもかも知っているなどということは全くありもうさん)。



・・・筆者の研究とウェブへのアップロードも極めて大変じゃす。

しかるに、筆者は苦しひながら、やり甲斐・生き甲斐を感ずるのでさういふことを続けておるのじゃす(――本スレッドなどの記述量は膨大なので、読み返すことも大変であり、重複や間違い、いいかげんなところ、加筆修正すべき個所sも多いでせふが、そこらについてはご了解あれかし――)。

・・・ともあれ、筆者が英訳せずとも済み、ありがたひことじゃす。よき時代になりもうした。

それらをぜひ有効・有意義に活用してくだされ。







本スレッドには、心脳科学(仮説)本体の一部、質の科学(仮説)、世界哲学などと、それらに関連した内容を載せておりもうす。

本スレにある設問シリーズは千差万別じゃす。

「運命のノートシリーズ」も書いてありもうす。

「チャプター加筆形式」の記事シリーズでは、これがチャプター#3じゃす。



「チャプター加筆形式」の記事シリーズとしては、#1~#2~#3のほかにも、膨大な文章を書いている(3月25日・今加筆中の#3は、#882である)



筆者は、このシリーズをいつ書かなくなるかわからないので――人間はいつ死ぬかわからない、という意味をも含めて――すべての人間が、なんにおいてもそうじゃす――、メモのような書きつけをも載せておきもうそう。















毎日あちこちに加筆しているのじゃすが・・・

さて、今回は・・・

1月13日の分が膨大じゃったので、読んでいる・翻訳している方々が消化不良を起こさなひように、少し載せることにしませふ・・・といっても大量に載せることもありもうすが・・・











グチを一言・・・

読み返さず新しい内容を書くことはかなり気楽にいけるんだが、本文を読み返して加筆やら推敲をなすことは、意欲と調子がでてノリノリの状態にならないときわめてむずかしいケースがかなり多い。

筆者の得意技の寝ぼけたような心脳の状態では、そういったことは大変だ。そういうばあいはうんざりすることもけっこう多い。自分で好きでやっているにもかかわらず「これを読み返して手を入れるのか。いったいなんの罰ゲームだ! 」といったところである(笑)。





・・・つひでに・・・

筆者は、ウェブ上に載せる文章も、だいたい一発殴り書き、がほとんどで、読み返して加筆訂正することはまずはないままに、載せている、という実態にありもうす。

加筆訂正推敲はそのうちやろう、ということなんじゃらす。

それでなければ、筆者の身体も頭も、もたない、といったところなので、ご了承あれ。

何も書かないよりはマシだと思し召しあれかし。



(・・・ここでコフィーカフェブレイクを・・・

――「オボシメシ」とは、新種のウメボシと白ご飯を併せた、ウメボシおにぎり(おむすび・地域によっては)のことではないのじゃらすが、そうオボシメシしてウメボシおにぎりを食べるのも一興でせふ――;

・・・ついでに・・・

「おにぎり」、というのは、手でおにぎりを作る様子からの具体的なネーミングで、

「おむすび」というのは、ご飯粒をくっつけてひとまとめにする(結ぶ)、といった感じで、ちょっと抽象的なネーミングになっている、と思う。

「おむすび」も、手でそうやってご飯粒をくっつけて「ひとまとめにしている様子」からきている、とすれば、「おにぎり」と似てくるが――)











☆☆☆







加筆用(どこかに挿入):







日本語のクオリア研究の一環として・・・



「多い」という形容詞はヘンなやつだ。

「多い人たち」などとは用いない。

それは慣用であって使わないだけであって、「多い人たち」としても意味はわかるにはわかる。

つまり、形容詞のくせに名詞を修飾形容せず、叙述用の形容詞となっているわけである。



叙述用だが、普通は動詞を組み込まない。

「人が多い」、「人出が多い」、といったふうだ。

しいて動詞を組み込めば、「人が多い状態にある」、「ヒトデ、ではなく、人出が多い状態にある」、といったふうになるだろう。



で、「人が多い」について検討して見ると・・・、

助詞「が」に、「状態にある」という意味が含まれていると思う――その動詞を省略してもその意味が残っている、という感じである。

しかも、助詞「が」には、「その」という定冠詞的な意味も含まれている。



・・・ということで、別な方面にまで入ってみた。





さて、少し前に遡って・・・

そのばあい(「多い人たち」、と言いたいばあい)、「多くの人たち」「数多くの人たち」などという形態になる。

しかし、それでもなにか含みが入る。なんらかの範囲を想定して、その中で、といった意味合いが入るようなところがある。



「少ない」もある程度そういったところがある(まだよくは検討していないが)。

「少ない人」とは用いない。

しかし、「少ない人手」で大きな効果を挙げた、とは用いる。

「少ない労力」で大きな効果を挙げたもOKだ。

「少ない」も曲者の形容詞だ。

(もっとよく研究してみたいが)



「美しい」は自然に使える。

「美しい花」、「花が美しい」などと。



・・・ついでに・・・参考・・・

日本語では、上述のように、複数形でも単数形を用いることが多い。

そのばあい、それらは単数形でなく「集合名詞」であって、複数形と同じ扱いをしている、と解釈できる。

・・・以上、参考・・・





前に遡って・・・

なぜそういうことになったのか――「多い」の慣用法など――、研究するのもおもしろそうだ。

日本人の心性の何かがそこから垣間見えるかもしれない。



・・・で、もっとよく追究してみると・・・、

「多い」は「大いなる」からきているのではないか。

「大いなる」=「偉大な」といったところだろう。

そういうことで、昔、「大いなる」を「多い」として用いるとき、心にひっかかりがでたのではないだろうか。

「多い人」=「大いなる人」という意味にとれて、不自然な感じがする、と。

そこで、「数多くの人たち」、とか、「多くの人たち」などと、用いるようになった、と。

そうすると、「人が多い」はどうなんだ、ということになる。

「多い人」だと、「大いなる人」という感じが強くでるが、

「人が多い」では、「人が大いなる状態だ」という意味合いにとりにくい、と感じる。それで、「人が多い」は用いる、と。



・・・まあ、そういうことで、そうとうな歳月の経過後も、そういう用法になっているのではないか、

と考えてみた(試みに考えて理解しようとした)・・・









加筆用(どこかに挿入):





起源情報スペクトルの 組み合わせ



スパースコーディング(効率がよい)

それらの間にある類似性



生体内に5万~10万もの種類のタンパク質がありうる――遺伝子sの数から言うとそういうことになる――。



「――タンパク質の種類が5万~10万もあれば(実際にありうる・ある)、それらの組み合わせで、無数にして無限の心的内容を融通無碍に構成表現できるだろう――記憶も実質的にそこに対応する――」

それがあればこそ、「エピソード記憶を意味記憶へとコード化する」(別なところに既述「・・・さらに、

「古いエピソード記憶が、意味記憶へと変化する機序について、ニューロン回路レベルで検証すること、そして、意味記憶をコード化するニューロン群の存在をつきとめること、などが求められる」

といったような文書内容(by理研)もある(あった)。」)が実行できるというものだろう。











加筆形式の論#3(膨大な量になった)(本論稿とは別)



2015年8月24日分~2018年1月7日分・・・



さて、前チャプターまでに、「タンパク質(など)」が、あらゆるすべてのさまざま――既述を参照――いちいち書く時間がない――を担保しているのだろう、と何度か述べた。

そこでは、ひとつのタンパク質(など)が、複数の情報量子sを発信、複数の情報量子sを受信、する働きがあるだろうから、そういう担保能力・担保実態・担保事象が発生するのだろう。

つまり・・・ひとつのタンパク質(など)が、ひとつの心的内容情報スペクトル要素ではなくて、複数の心的内容情報スペクトル要素sにかかわるので、担保能力が生じるのだろう。

それは規模の小さい一種の情報スペクトルである。――それを、「心的内容起源情報スペクトル、略して起源情報スペクトル」と呼ぼう。

で、起源情報スペクトルと情報スペクトル要素sが心器によって「理活」され、ひとまとめにされ、心的内容情報スペクトルとなる。

さらにそれ「心的内容情報スペクトル」が意識器に送り込まれ「経時変化波動モード意識内容」になる。



1・そこにおける「起源情報スペクトル」に、心脳における論理の根本があるのだろう。

それが、森羅万象あらゆるすべてのさまざまを心脳が扱うべく担保しているのだろう。



もちろん、「理活」にも論理がある。それは「理活」の論理である――それについては別なところで述べよう――。



複数ではなくスペクトル要素ひとつだけを発受信する情報物質――タンパク質など――だとそこには何の論理もないと思われる――まずは理由があってそう考えたが、いやそれは間違いである、という結論に至った。

ひとつだけを発受信するケースにも論理はある・・・論理ゲートの一種というか、情報の行く先を選ぶというか、そういった働きをもちうる。詳しくは別なところに記す。長くなるのでここでは省略(いちいちすべてを書いていたら滞ったりしてしまう)・・・。



心器も理活において、そういう担保能力――森羅万象あらゆるすべてのさまざまを心脳が扱えるということを担保する能力――をもっているだろう。

そこにおいて・・・、

特に前者「上述・1」には「どちらが先か問題」がある。――既述を参照。いちいち書く時間がない。あとにも記そう――。

まずはそう感じたが、いや、前者だけではなく「心器での理活」においてもやはり同じことが言える。――既述を参照。いちいち書く時間がない。あとにも記そう――。



さらに、タンパク質(など)の物質的な形状や働きなども、あらゆるすべてのさまざま――既述を参照・いちいち書く時間がない――を担保しているのだろうと既述しているが、非物質的な領域だけではなく、それは現実におけるさまざまな物質面の本質をも、特に肉体的なさまざまをも含めて、担保しているだろう。

繰り返しになるが、先に述べた「森羅万象あらゆるすべてのさまざまを心脳が扱うべく担保しているのだろう」という実態は、主に非物質的な次元――つまり、「脳~心器~意識器で扱う心的内容~意識内容」について言っている。

そこでは、「主に」非物質的な次元、としたわけだが、それが物質的な次元にも大きくかかわっているだろうということをここでは主張している。



――そこらを言葉sの羅列でかんたんに説明すると・・・

生体の構成があり、生体から発される情報があり、それら情報を心脳で扱えるということがあり、それらを含めて、人と人や女と男のさまざまな関係――心的・心理的・肉体的・物質的などにおける関係やかかわり――においても、恐ろしく巧妙にさまざまが噛み合っている(――マイナスに噛み合うケースも多いが~つまり不快をもたらすことも多いが――質の対生成と質時間回帰からそうなる――)。

しかも、人間はさまざまな物をつくりだすし、さまざまな研究をもするし、さまざまな学問も創りだすし、さまざまなシステムや機関、団体や社会に国家までつくる。

・・・直近上に述べた内容は、そういったことすべてを抽象的に記述している――。





それらに関連して以下も書いておこう・・・



さて、――繰り返しになるが――、タンパク質などの情報物質が、あらゆるすべてのさまざまを担保しているのだろう、とずっと以前から書いてきているわけであるが、具体的な事象・実態に言及すると・・・

たとえば、微生物の世界にもそれがある、と思わざるをえない実態がある。

微生物、発酵、腐敗、の世界でも、気が遠くなるほどの「できのよさ」がある。そこでは複雑にさまざまが関連し合いかみ合い、生物にとってきわめて有利な実態・状況が実現・発現している。

中にはマイナスな面sもあるが《質の対生成と質時間回帰》、全体的かつ基本的に生物にとって有利だ。

生物にとって自然がそういう有利な実態をもたらさないと、生物の生存はかなりむずかしいだろう――と言うより、生物は存在しないし存在できないだろう――。

そこらも――そういった実体と実態も、タンパク質などの情報物質が、物質的にも非物資的にもあらゆるすべてのさまざまを担保しているところから生まれるのだろう、と思われる。



――注:

実体は物質的な存在である

実態は非物質的な存在である

実態の前面に実体がある、

かつ、   

実体の背後に実態がある――



(ここにも「どちらが先か問題」がある――あちこちに記述――)



おまけに、その担保が有効に働くような自然環境・世界環境~条件、に大自然~世界がなっている――試行錯誤というか試行が繰り返されそこに落ち着いたという実体と実態の可能性をも含めて――という実態もあるといえる。

・・・既述しているように、ほかの領域sにもそういう――できのよい――現実・事象実態sが多く存在する。



で、以上の驚くべき実体と実態は、生物――原始的微生物~植物~昆虫~動物など――における種々さまざまのもろもろ――生体内~生体外における――に至ると頂点に達する。

それらを知ると驚いてうーんと唸り失神するほどだ(・・・JK:実際には気絶はしないが。しかし、かなりはなれた次のパラグラフ――大幅に加筆したのでそうとう後ろになったが――の内容における実態においては失神する人sもいるだろう・・・JK・・・)。



そこの主要な一部をいいかえると、

「生物~動物~人間の生体のシステムも同じくとてつもなく精密絶妙である、それを試行錯誤で創り上げるには、無限の歳月がかかるだろう、というくらいのもんだ」、

ということになる。

それらについては既に書いている――なんらかのデータ、なんらかの知性、などなどがないと・かかわっていないとうんぬん――そのデータも永遠の歳月の経過においてランダム~試行錯誤的に得られたものと、知性が考えて得られたもの、それら両方がからまってなされたもの、うんぬん――、といったぐあいだ――。





・・・とまずは思ってそう書いたものの・・・考えられることはすべて考えつくそうという立場こそ筆者のものだ――現実がそれに対応しているかどうかは、別な問題として――筆者の研究はすべてそういう立場にある・・・



さてそこで・・・、

タンパク質などの情報発受信物質(有機物、非有機物など)に、生物を発生させ進化させる「実態~機能」の働きが備わっているのかもしれない――あるいは完璧に(完璧ということはないだろうが)、あるいは不完全ながら――。



なぜそう考えるのかというと・・・、

情報物質は意味ある情報をもっているケースがあるだろうからだ。

仮説としてだが、心脳での情報発受信物質の働きを考えれば、それに納得がいくというものである――本論で何度もしつこく述べている――。



・・・ただ、それら情報発受信物質の情報がどう活用されて「生物の発生~進化」が起こるのか・・・、

そこの機序を考えてみると・・・、

対象となる「情報発受信物質1」と「情報発受信物質2」を考えて、「1」と「2」の間で

(どちらかが主体になるケースと両方が主体になるケースがあるだろうが)

結合するに必要な対象かどうか対象からの情報によって判断し――まるで知性があるかのごとき表現であるが、それは単純な反応だ――結合したり結合しなかったりする、

と、まずは考えてみた(試みに考えて理解しようとした)。



その結合には、エネルギーが必要なケースとエネルギーを放出するケースがあるだろう。

以上は単純化した表現だが、そういった反応が複雑に絡み合って、「生物の発生~進化」が起こるのだろう、と考えてみた。

そこではもちろん、なんらかの知性的な存在の干渉もあるだろう。



で、元始原初の海などに有機物sが生成されると――熱やカミナリそのほかなどによって――、以上の反応が進んでいく、と、考えられる――ここを書いていて、上述は「オパーリン」の説をさらに進化させた仮説だと気づいた・・・情報発受信物質からここにたどり着いたわけである・・・「仮説」といっても、試みに考えて理解しようとしただけであるが・・・――





――以上も、何でも考えてやろう精神のもとにあるだけであって、現実がそれに対応しているのかどうかは別な問題である。筆者の研究はすべてそういう立場にある――





・・・ついでに関連するので記そう・・・

微生物を含めて生物は自然界に存在するさまざまを活用して生体を構成し代謝を行い生きている。

そこにおいて、範囲を狭めてミネラルに着眼すると、生物の生体はミネラルsをも有効に活用している――自然界に存在するミネラルsを生体の構成や体内でのさまざまな化学反応~情報活動などに有効に活用している。

そこらに存在する材料がどういうわけか、生物においてもピッタリと活用できるわけだ――工学やその他の生産活動などにも活用できる――。



・・・たとえば、カルシウムなどは骨を構成する物質であるが、生物体内の代謝にも必須である――代謝用のカルシウムが足りなくなると、骨から取りだして用いたりもする――なんというできのよさだろう――。



・・・ミネラル以外の元素s~物質s~自然環境やエネルギーなども同じくそうである。なんという神秘~不思議だろう。



・・・たとえば水・・・

水素と酸素が結合した物質が、地上の常温では、無色透明で流動性のある液体である水。



今や、それについて、かなりの程度、物理学的・化学的に説明ができるのだろうが・・・、

それでも、この宇宙にそんな物質が生まれ、それが地上で種々さまざまに活用されている、その背後にある原理というか根本というか(物理学・化学などを超えた非物質的な根本原理)、その不思議、その神秘、それにはほんとうに驚き感動してしまう。



自然界や生物、宇宙を構成している種々さまざまな物質的要素sのほとんどが同じくそう――有効に活用されている――である(――中には害のある要素sや物質sもあるが――)。



まさに大自然には無駄がない・・・ただしそれらがすべてプラスに働くかというと残念ながらそうではなく同じものsがマイナスに働いたり、有効に働かない存在s~害のある存在sなどもあるが・・・。

それでもなお、自然界について「信じられないできのよさである」、という感想は素直にでてくる。



その「できのよさ」はどこからくるのか?

その「できのよさ」を担保しているものはなにか? 





――付記:「できのよさ」を繰り返し用いているので、言い換えたいんだが、それに代わるピッタリの表現を思いつかない。

「完璧にちかい整合性」、

「かみ合いのかなりの完璧性」、

「つながりの非常な完全性」、

「さまざまで無数の存在要素s――物質的にも非物質的にも――のつながり相互依存かみ合いのそうとうな完璧性」、

「さまざまで無数の存在要素s――物質的にも非物質的にも――をなんらかにさまざま構成すると、さまざまで無数の意味と意義のある構成物s――物質的にも非物質的にも――が生まれる、その素晴らしい性質」、

「物質的にも非物質的にも、でき上がりに至る過程とでき上がりの優秀性」、

などという表現を考えてみたが、長くなり略せず今ひとつイマイチしっくりこない。

やはり「できのよさ」が「できがよい」。

しかしこうやって言い換えてみると、ここでのテーマについての認識が深まるので、言い換えもいいものだ・・・:以上、付記――。





さて、そこで・・・

上述の「物質的な面」について言うと・・・

本論で何度も述べている「タンパク質などの情報物質がさまざまを担保うんぬん」はまったくそれには該当しないだろうか? 

それとも、なんらかの反映はあるか? 

つまり、上述の「物質的な面」においても、タンパク質などの情報物質が、そのできのよさを担保しているか――部分的にせよ――どうか、という問題提起をなしているところである・・・



(――ここは中途半端に考えてメモして、ほったらかしていた。

もっとよく考えないとイカん、烏賊ん、烏賊くんだ・イカの燻製・

(^Q^)ではないが・JK・・・

――;)



(――今、あとから加筆しているんだが・・・なんか・・・文章の整合性がとれないかもしれない・・・全部精密に読み返すと、筆者の頭がもたない・・・オンボロ頭でも一応保護してやらないと――)



・・・これはむずかしい。

どう考えればよいか・・・



頭の中にはっきりせずモヤモヤとして中途半端な観念・アイディアが煙のごとく広がっているんだが、そこをスッキリさせたい・・・



で、ばあい分けして考えていこう・・・

まず・・・



1・それについて考えるにあたって、

タンパク質などの有機物が存在しない領域と、

タンパク質などの有機物が存在する領域に、

分けることができる。

前者は主に非生物の世界~無機物の領域である。

(――生体・生物体の中にも無機物は存在するが――)

非生物の世界において、無機物が発受信する情報スペクトルが活用されているか否か、という問題と設問にここでは落ち着く。





(――突然ながらここの流れを遮断する加筆メモ:有機物のような複雑な分子でなくても、情報発受信物質でありうる・ミネラルのイオンとか、酸と塩基、水分子、気体分子その他・・・。

太古の海の中でそういった情報物質が情報スペクトルを発信して、それが生物の発生に有効に働く・働いた、という可能性もある――)



(――先にも書いたが、あとからいろいろ加筆しているので、文章の構成がますますおかしくなっていくようだ・・・困った困った・・・つまり雑記書きなぐりということ・・・整理するのはあとになる・・・――)





さて、カッコなどからでて・・・

それは・・・たぶんほとんど活用されていないだろう。いくらかは活用されていそうだが。

・・・うーん・・・むずかしくなってきた・・・単純には結論できない・・・

そういった領域においては、さまざまな無機物がさまざまに結合しているわけだが――たとえば岩石――、

その結合において、無機物が発受信する情報スペクトルがかかわっているかどうか、という問題と設問にここでは帰着する。

(――加筆メモ:あ、そういう展開か。筆者は今日はノリノリでないので、どうにもしまらない――)



それはもう定義の問題になる。

そういった結合をもたらす結合力は、「無機物が発受信する情報スペクトルの一種」によっている、と定義すれば、そういう表現ができる。

一方・・・

そういった結合をもたらす結合力は、「無機物が発受信する情報スペクトルの一種」によっていない、と定義すれば、そういう表現ができる。



さてそこで・・・

そういった結合力をもたらすのは、「無機物が発受信する情報スペクトルの一種」である、と定義~表現していいかどうか、ということになる。

で、そういった結合力は、なんらかの力の粒子を交換することによって、生じると、現代物理学では記述する。

上述では結合力と記しているが、それは結局は、なんらかの力(相互作用)と同じである。



で、物理学では4つの力(相互作用)があるとされている・・・



*電磁気力(電磁相互作用)――電場と磁場による力――静電気がホコリを吸い付けるとか、磁石が鉄に吸い付くとか、モーターが回る・スピーカーから音がでる、などという事象で理解できる。(この記述でいいかな)





*重力(重力相互作用)(万有引力)――物質と物質の間に働く力――たとえば物を持って手から離せば下に落ちる。そのばあい、その物と地球が同じ力で引っ張り合っているからである、と一応理解できる(地球は質量が膨大なので、その物に引っ張られていても動かないように見える)。

一般相対性理論では、質量(物質)の存在によって空間(時空)が曲がるから重力が発生すると記述するが、重力子(未発見)の交換によって重力が発生すると考えれば、前者の表現でもいいわけである。

質量のない光ですらと前置きして、光について言うと、

曲がった時空を進むので光の進行方向が変わるという捉え方と、

物体と同じように、光が重力を受けて進行方向が曲がるという捉え方、

そのふたつの捉え方ができる――それらふたつの捉え方による物理学的結果や数値は同じである(ブリタニカにそういった記述があったと記憶する――どこかに既述――。ここでの記述表現は筆者独自)――。(この記述でいいかな)



*強い力・核力(強い相互作用)――クォークや原子核の核子(陽子と中性子)を結合させる力。(この記述でいいかな)



*弱い力(弱い相互作用)――原子核をβ崩壊させる力(陽子・中性子・電子などを崩壊させる力。重力子と光子以外のすべての素粒子が関与しうる)(これだけは、結合力の反対の力・崩壊力である)。(この記述でいいかな)





さて、現代物理学においては・・・

電磁気力(電磁相互作用)では、光子の交換によって力が生じると記述される。

あとの3つの力(相互作用)は、それら専用の粒子の交換によって発生すると記述される。



で、ここでの問題~課題・設問は、

無機物どおしに結合力をもたらすのは、「無機物が発受信する情報スペクトルの一種」である、と定義~表現していいかどうか、

ということである。

結論として・・・

広義には一応OKとしよう。



・・・ただし・・・

「情報スペクトル」を「情報スペクトル要素」とした方がいいと言えるだろうか? 

つまり、そういった粒子が振動数のスペクトルもっているかどうか、というはなしなんだが、それらは個々にはスペクトルをもっていない――測定器ではひとつの振動数を示す――といったところだろう(この記述でいいか? )。

この記述の中においては、「情報スペクトル」を「情報スペクトル要素」とした方がいいと言える、ということになる・・・。





さらには、「情報スペクトル要素」よりも、「なんらかの粒子。なんらかのエネルギー要素」と呼んだ方がいいだろう。

・・・これは、粒子のスペクトル要素が情報をもちうるか、という問題なんだが・・・

それは振動数(物質波としての)という情報はもっている。それ以上の情報はもっていない(――速度・運動量~エネルギーはもっている――)(粒子が複数だと、エネルギースペクトル、質量スペクトル、などあり)ということになる。

それをどう解釈するか、という課題がここにはある。



で、

粒子崩壊のスペクトルについて考えると・・・

そこから出てくるのは、複数の粒子sと光子など(光子も粒子~量子の一種であるが)である。

それは一種のスペクトルとみなすことができる。

そのスペクトルを情報として扱うことがあるかどうか、という問題がここにある。



上述を総合して・・・

結合力を担う粒子は、単一のエネルギースペクトル要素をもっているケースと、一種のスペクトルをもっているケースがあるが、

ここでは、それらがなんらかの情報になるか否か、という設問に至ることになる。

もちろんなりうるが、実際に情報として活用されるか否か。

――実際に情報として「活用されうる」とは思うが――

たぶん心脳における情報の一種としては――心的内容・概念的な用途には――用いることはできないだろう。





――付記:情報スペクトル要素も「量子・粒子であり、エネルギー要素」である。そこは上述と一致している。

であるから、もやもやとした問題追究の観念の雲が筆者の頭の中で発生していたのだろう。



それらがすっきりと解明された――結合力・エネルギーだけの存在と情報をもたらす存在とは異なる、と――:以上、付記――





・・・ついでに参考を・・・

上述の「スペクトル」についてなんだが――音(弾性体の中を伝わる縦波。音は、疎密波・圧縮波。空気もこのばあい弾性体に分類される)や物質中における波の伝播(音もこの中に入る。地震などにおいては、縦波と横波がある)においての「スペクトル」は除いて言って――、



1・対象のエネルギーレベルの変化によって出てくるもの、



2・対象が光子を放出するもの、



3・対象が光子を反射して出てくるもの、



4・対象がぶっ壊れて出てくるもの、

対象に高エネルギーが与えられぶっ壊れて出てくるもの、



5・対象sが結合・融合して出てくるもの、



の5つに、オーザッパッパに分類できるだろう? (ほかにもあるだろうか? )。

「1」、「2」、「3」、では、光子として出てくるといえるだろう(例外はあるだろうが)。

「4」においては、(幾種類もの)粒子(s)と光子として出てくるだろう。

「5」においては、数ない種類の粒子(s)と光子が出てくるだろう。



(この記述でいいかな?)



(――その光子について言うと、振動数はさまざまである――)

(――その粒子について言うと、いくつもの種類があり、それらのもつ速度はさまざまである――)

(――ついでに・・・赤外線やそれに振動数が近い光子、加えて、超長波~長波の一部、などは、生体内における情報スペクトル要素~情報スペクトルとして活用可能だろう・・・他にも活用可能なものがあるだろうが。さらに、未知のエネルギーの系のもつスペクトルもその候補として考えることはできる・・・。

それ以外の粒子sは活用できないのではないか・・・断定はできないが――)





さて・・・

・・・上にたくさん加筆したので、いくらか遡って・・・

再掲:「で、ここでの問題~課題・設問は、

無機物どおしに結合力をもたらすのは、「無機物が発受信する情報スペクトルの一種」である、と定義~表現していいかどうか、

ということである」

についての二番目の解答なんだが・・・

狭義には不可である。

なぜなら、それらは「情報」ではなく、「力とエネルギー」だけについての領域にあるからである、という結論に落ち着く。



――この問題でなんかもやもやとしていた筆者の頭の中の霧が晴れた・・・ここで連想して・・・そういえば、霧島、朝霧高原、という山や高原があるなあ・・・連想ゲームもおもしろい・・・「連想という事象は、対象sの一部sが共振して起こるのだろう。あるいは、脳のニューラルネットワークででも起こるだろう」という心脳科学的展開でここを締めておこう――





・・・参考:どこかに既述しているが、男と女が惹きあう(引き合う)あるいは反発しあう――ばあいによっては、片方はひきつけられ、もう片方は反発する、といった事象も起こる(複雑じゃらす)――、とか、

人間どおしが惹きあう(引き合う)あるいは反発しあう――ばあいによっては、片方はひきつけられ、もう片方は反発する、といった事象も起こる(複雑じゃらす)――、とか、

任意の人物について言って、その人の趣味・好みにあう対象――娯楽、観賞、趣味、学問、そのほかにおいて――にひきつけられる、とか、

そういった精神的な「ひきつけ」や反発は、情報スペクトルからでてくる。



そこらのところをすっきりと把握するためにこうやって考えてきたところである・・・:以上、参考・・・。

――まだうしろに続く――



以上は、

「上述の物質的な面について言うと・・・

本論で何度も述べている「タンパク質などの情報物質がさまざまを担保うんぬん」はまったくそれには該当しないだろうか? 

それとも、なんらかの反映はあるか? 」

ということを考えるにあたっての「ばあい分け」としての「ひとつめのケース」についての検討の展開であり、非常に長くなった。

それ「ひとつめのケース」を「1・」と記した。その上で、ここに至る間に、別な検討内容におけるばあい分け用の「1・」「2・」「3・」「4・」を入れたので、そこはわかりにくくなっている。

そう前置きして~途中置きでもあるが、以下進めよう・・・



2・タンパク質などの情報物質が発受信する情報スペクトルが、物質的な面を担保していない領域・分野はあるだろう。

――たとえば、タンパク質などが、生物において単に生体を構成しているだけ、それらの発する情報スペクトルはそこでは活用されていない、といった面を、これは主張している。



3・生物において、その生体を構成するタンパク質などが、それが発受信する情報スペクトルを活用しているケースはあるだろう。



(加筆)





以上は、

はるか上に記した「生物そのほかにおける種々さまざまなできのよさ」、「森羅万象におけるさまざまなできのよさ」、

が「どこから来ているか」、

という課題と設問における考察の中にある・・・

そう前置き~途中置きしておいて・・・



ついでに記しておくと・・・

何かを作ったり修理したり工夫したりするばあい、身近にある素材・物・材料などがぴったりと合うことも多い。

さらに言うと、そういった何かを選ぶばあい最初の1~2回で選んだものが有効であることも多い。

完璧を期してそういった回数を重ねていくと、正反対の結果に至ることも多い。――これは筆者の体験内にある結論である――。



さてそこで、思いつくままに、その可能性、つまり、

――「生物そのほかにおける種々さまざまなできのよさ」、「森羅万象におけるさまざまなできのよさ」、が「どこから来ているか」、という課題と設問における追究内容――

を並べてみよう・・・



気絶するほどの限りなく永い時間の経過を経て、ようやくそういうできのいい宇宙・世界・自然界が出現した、と考えることもできる。

「物理定数その他のできのよさ」もそこにはいる。

地球の大きさや諸条件、太陽系における地球の位置、自転・公転などが今現在のように非常にいい条件にあることも、それで説明がつく。

現在の宇宙・世界に至るまでに宇宙は世界は自然は無数のさまざまな試行~失敗を重ね、さまざまで無数の試行錯誤を重ね、ようやく現在の宇宙世界自然にたどり着いた。そこでは生物も繁栄できる条件も整っていて、現在のような地上になった。

そういうふうに考えてみることができる。

・・・たいていのもの・事象・実態は、時間経過とともにいいところ(なんらかにバランスのとれたところ)に落ち着くことが多い――ただし、それもさらに時間が経つとズレてきて落ち着かなくなる。質時間回帰である――・・・。



・・・その他には・・・もっと短い時間の範囲で現在に至ったと仮定するなら・・・

優れた大きな知性的な存在――遂行力をももっている――があって、その知性(単数あるいは複数)があらゆるすべてのさまざまのもろもろを考えだし、それに基づいてその知性が「不思議な。非接触の。遠隔操作の。あるいは接触しての」遂行力でもって現在の世界に至るべく、さまざまもろもろを調整してきて、現在の世界に至った・・・、と考えてみることもできる。



そこでは、まずは、1・その知性は自分で考えてそれらさまざまで無数のデータsを築き上げたのであるとするが、

あるいはそれに加えて、

2・さまざまなデータsも既に存在していてそれも活用した、と考えてみることもできる。

そこでの可能性として、「1・」単独、「2・」単独、「1・」と「2・」混合、を考えることができる。



それらのばあい、その知性はどこから発生したのかどこから来たのか、後者を加えると、それらデータsはどこから発生したのかどこから来たのか、という謎と問いがでてくる。

(――それに類似した謎sと設問sはいろんなところででてくる――既述――)



さらに、上述の複数のケースの組み合わせ、という可能性も考えられる。

つまり、試行~試行錯誤、なんらかの知性的存在(単数あるいは複数)とその「不思議な。非接触の。遠隔操作の。あるいは接触しての」遂行力、なんらかのデータs(知性が考えて創り上げたデータとなんらかに存在しているデータ)などの組み合わせがなされて現在に至った、と。



・・・さてここで・・・

・・・試行には、大きく分けてふたつのケースがある。

完全なランダムによるもの(――完全なランダムを生じさせることができるのかどうかも問題になるが――)、

と、

なんらかの知性的存在やデータがかかわっている(コントロールしている)もの、

である。

(――この後者は、そのコントロールやデータの豊富さなどについて言えば、それらの程度においてさまざまな段階がありそうだ――)。



そこには、なんらかの「枠組み」というものがあるのかもしれない。ランダムなる試行においても、その「枠組み」が働いて、「有効な・意味のある成果」が上がりやすくなっている、という可能性はあるだろう。

――たとえば、布地やカーペットなどの捩れやシワ~不揃いなどの中に、人間にとって意味のある形状を見いだすことは簡単である。壁の汚れや木目や樹木の樹皮や形状においても同じくそうである。雲の形についてもそうである――。



そこでは、ランダム(のはず)による結果が、人間にとって意味のある形状をとることがある、ということであるが、そこになんらかの枠組みがあるのではないか、という可能性にここでは言及しているわけである。



――ランダム(のはず)による結果が、なんらかの秩序を生むという研究はいくつか既にある――。



で、すでになされている以上に、ランダムについての研究も必要だろう。

そこにはなんらかの枠組みがあるだろう。

それと同じテーマについて、別な表現でいくつも既に書いている。





(・・・上に加筆したため、前に書いていた以下これ、は重複することになったが、そのまま残しておこう・・・そこでは、先にも少し触れたように「その一部・再掲・・・それについては既に書いている――なんらかのデータ、なんらかの知性、などなどがないとうんぬん――そのデータも永遠の歳月の経過においてランダム~試行錯誤的に得られたものと、知性が考えて得られたもの、それら両方がからまってなされたもの、うんぬん、といったぐあいだ。――。」(それ以外に、過去にはより詳しく述べている)、といったことが考えられる。・・・)



ところで、現在の宇宙論における仮説で、「現在の宇宙は○○回目の宇宙だ」などという説もあるが、

無限の歳月(相対論を基に無限の時間、とか、別な基準で無限の歳月、などと考えられるが、それについても既にネット上に書いている)

を経ていないと、とてもそういうできのよい宇宙・世界はできあがらないのかもしれない。



さて、直上に長々と関連のあるセクションを挿入したが、ここでそれ以前に遥かに遡って続けよう・・・



さらに強調すると、人間においてはさらに超弩級に驚嘆すべき実態となる・・・

人間以外に比してより複雑で精妙な「心脳~心~意識~心的内容~意識内容」までもつようになり、さらに種々さまざまなもろもろ――知的活動によるさまざまな創出――物質的あるいは非物質的な(詳しく既述)――をつくり出しあるいは発見し、その中に住むようになる・・・そういった途方もなくもの凄い世界が「ゲノム+わずかなアルファと経験と学習」だけからでてくる可能性はゼロ・絶無である。

タンパク質などの情報物質がそれらを担保していないとそういった世界は絶対に形成できないし成立しない――それについて詳しくは以下や別なところsで論じる(煩わしいので、ここでも重要な単語sは単数で用いる)・・・。



・・・そこにおいては、ノンコードDNAの一区画s~ノンコードRNAについてはうしろで述べる~の働きの解明も待たれる。

(――あとから加筆:ノンコードDNAの一区画sも凄い働きを持っているに違いない――)・・・。



(・・・以下を含めて、ここらのところにも、昔から特に気になっていた内容が多い・・・)



・・・このセクションは後日加筆・・・生体内には、mRNAとtRNAその他などだけでなく、さまざまなノンコードRNAがあることが近年わかってきた。ノンコードRNAとは、ノンコードDNAから転写され生成(生合成)されるRNAである。

ノンコードDNAとは、遺伝子としてのコードsをもたないところの領域・DNAの、である。

それは、DNAの大きな領域でありDNAの98パーセント以上を占める、――それらはいわゆるジャンクと言われている――、というのだから驚く(――驚き桃の樹サンショの樹の中の二種類の樹sも、ノンコードDNAの世話になっているのだろう・withジョーク――;)。



少し逆行するが(この書き方がよいと考えた)、

ノンコードDNAの少なくとも70パーセントはRNA対応になっている(それ以外は、いくつかの範疇の働きや特性をもつ)。

で、ノンコードRNAのいくつか程度はその働きがわかっているが、それ以外のノンコードRNAの働きはわかっていない。

しかし、それら働きのわかっていないノンコードRNAは、アミノ酸の数100以下の小さなタンパク質に対応している可能性はある。――以上は既知の知見としてよいと思われるので出典は記さない――。



(――ノンコードRNAであると判定する観測計測も暫定的にして不正確であり、現在の段階では、こういう記述しかできないレベルにある・・・

・・・ここはあとで加筆・・・「観測計測」と書いたが、どういう単語というか用語をあてればいいかしばらく考えた結果、寝ぼけ頭なので「観測・計測」しかでてこなかった。

しかし全然適さないと思った。で、あとになって「測定・分析」がいいのではないかと思い至った。そういうことで、「観測・計測」を「測定・分析」「解析」としよう。

だいたい、「観測」という用語は天文観測といった事柄に用いるはずだが、量子論などにおいても用いる。・・・字義からいってもそれでよいはずである。

「計測」は工学的な響きがあるが広く用いてもいいだろう。そういうことであるから、遺伝子関連を伴う生物学に、「観測・計測」を用いても意味はわかるだろう。

で、ここでのばあい、より複雑であるから「分析」を入れるべきだろう。そういうふうに考えてみた。

・・・ついでに記すと・・・

こういうふうに研究においては、さまざまなもろもろが頭にこびりつくぐらいでないと、研究はできない。

さらに言うと、四六時中考え続けているような感じでないと研究はできない。

心底興味をもって没頭しつづけないと研究は不可能だ。・・・



・・・ここの括弧内において少し前に戻って・・・

ここらの既知としての知見は、だいたいそうだと見做されている、というところである――)。





・・・カッコの中が長くなったが、本筋に戻って・・・

それが事実であれば、遺伝子に対応している普通のタンパク質以外に多数の小さなタンパク質が生体内に存在している可能性がある、ということになる(――そういう記述のある文献を見たことがある――)。



そうであるとすると、その物質的働きのほかに、情報発受信物質としてのたんぱく質の数が大幅に増えることになる。

もちろん、情報発受信物質としてのRNAの数も大きく増えることになる・・・。

おまけにRNAは触媒としても働く――リボザイム――遺伝情報をもちうるし、触媒としても働く――この知見(事実だろう)は非常に重要である・・・。



(・・・以上の知見は既知だとみなせるので、出典は記さない・・・)



そういうことになると、脳~心脳における心的内容情報の数も大幅に増える。さらに酵素としてのタンパク質の種類や数が増える、といった系統に関連する可能性もでてくる。

くわえて、生体内の代謝などの要素の数も大きく増えることになる。

さらに、生物の受精~発生~生体化~成長などにおける、「活動要素s」も大幅に増える。



以上、それでこそ、それらすべてが――心脳活動や生体内の代謝などと生物の受精~発生~生体化などが――成立するはずだ、という感想がでてくる――そうでないと成立しそうにないと――。



・・・ついでに、遺伝子、ゲノム、DNA、染色体、の関係を記しておこう・・・まちがいがあるかもしれないが・・・そこらを端的にすっきりと説明した文献に出会ったことがない・・・

遺伝子は4種類のヌクレオチド(特定の種類sの塩基+糖+リン酸)sから成るDNAという巨大分子の一区画であって、遺伝情報~RNA・タンパク質に対応する「ヌクレオチドの塩基によるコード」をもつ(ウイルスを除く。一部のウイルスはRNAが遺伝子となっている)(――ただし、現在までの生物学において、そうであるとされているのであって、遺伝にかかわる素子のようなものはDNAにおける他の要素にもある可能性はある。それに関連してすでに述べたが、情報発受信物質としての素子として、DNAの何らかの区画や素子のようなもの、RNA、タンパク質、その他、が考えられる――)。



DNAについての解説は、上述に含まれている。

ゲノムというのは、対象生物の遺伝子すべてについての「ヌクレオチドの塩基によるコード」データなどの総体であり(――これから先、それ以外の遺伝情報s・その他も必要だということがわかってくるだろう――)、

さらに目指すところはそれらデータそれぞれが遺伝子としてどういう発現を生体においてなすか、という実態内容の解明だろう。

染色体(――特定の色素に染まる――)はDNAプラスアルファであって、いってみれば、DNAとDNAの支え物質とカバーのようなもの、さらに、活動に必要な素子的な成分sとプラスアルファなどをDNAに加えたもの? だろう。(――以上の記述でいいだろうか? 以上に間違いがあったらいつでも訂正しよう――)・・・

 

(・・・ついでに記すと・・・他のところでも何回か述べたが、科学といえども「途上」にあるわけである・・・この「途上」というのは・・・「発展途上」では語弊があるので、「途上」としかいえない。

科学には発展もクソもシッコ・JK・もない。

それは、「科学の対象を科学において現実どおりに正しく見極めるという究極に至る途上」にある、という意味である。

・・・科学をやっているという主張のもとに、対象を間違えて捉えているケースがあるとすれば、それはその科学の落ち度でありクソでありシッコである。・・・クソとシッコをいれたジョークを入れたのでついでに・・・いや、クソとシッコはこのばあいあわない。前述のジョーク「~~もクソもない――成句である」を発展させようと書いただけであるが、クソもシッコも有益に用いられた結果でてきたもので、廃棄物ではないとみることができ、肥料として用いることのできる有益なものであるので、このばあい不適当だ。ここではただ、○○もクソもない、という表現に乗っかっただけである・・・。

・・・ということで、ここでは言葉の質・クオリアで遊んでみた。日本語の質・クオリアの世界は豊穣である・・・)





・・・ところで、受精卵内にある、「発生始動素子・因子(物質+α)」はなんだろう?  

遺伝子だけでは何も始まらないだろう。

まずは、卵か精子がもっていた「素子・因子」それに加えて、それらのもつ情報発受信物質だろう、と考えられる。

さらに、母胎やその系に近接したところにある情報発受信物質も、そうである可能性がある――既述――。

さらに発生が進んでいく実態においても、どう考えてみても遺伝子だけでは進行していくはずがない。

そこらには、さまざまな「素子・因子s」が関わっているはずである。直近上に述べた対象sのほかに、その過程では、さまざまな「物質的素子s」が生成(生合成)されていくはずである。



・・・さらに・・・遺伝子以外のDNAの一区画s、さきに記したノンコードDNA、ノンコードRNA、そこから転写された小タンパク質(まだ確認されていない?)などが、その候補の一部となる。



・・・注:・・・そこでの転写の開始コードも終止コードも、普通のそれらとは異なるはずだが。それらが同じであれば「ノンコード」ではないからだ。そこにおいて、アミノ酸数100以下のDNA内のコードについては、どうなっているのだろう? 最初からアミノ酸数100以下のタンパク質対応コードについては検討していなかったのだろうか?

 それらもRNAに転写されるのであれば、転写の開始コードも終止コードもそこにはあるはずだ《そこに対応する小タンパク質もそうだ》。

――ノンコードRNAのうち、いくらかの働きはわかってきてるようだ? 

さらに、そこらはこれから知るべき課題内容――筆者にとって――である。・・・:以上、注・・・



(下略)















息抜きタイム・・・

大晦日、Oh味噌か、味噌仕立ての年越しそば、なんてあるのかな・・・

ないのならつくってしまおうホトトギス







加筆用(どこかに挿入):







「心的内容情報スペクトル要素」

または

「エネルギー・非経時変化・粒子モード情報スペクトル心的内容」=「心的内容情報スペクトル」、



プランク時間、

との間に関係があるだろうか? ・・・「1」(設問)



まず、「心的内容情報スペクトル要素」の周期・・・これにはさまざまな周期がある。

本論で、「心的内容情報スペクトル要素」としての仮説のひとつとして赤外線を例に挙げているが(ほかにもさまざまが考えられる)、赤外線で考えてみよう・・・



赤外線の周期の範囲は、その振動数が高いので、その無数にある周期はわずかずつ異なる。

普通、0,7~1000マイクロメートルの波長範囲の電磁波を赤外線という。



で、結論として・・・

プランク時間は「赤外線の振動数の周期(範囲がある)」=「心的内容情報スペクトル要素の単位時間・周期(範囲がある)」より桁外れに小さい・・・「2」。



(加筆)





つぎに、

「心的内容情報スペクトル」において・・・

「心的内容情報スペクトルの単位時間」=「心的内容のひとコマ分の単位時間」とプランク時間の間には関係があるかもしれない・・・

・・・と思ったが、これは前者「2」よりも単位時間(周期)が大きい――前者「2」における最大単位時間(心的内容情報スペクトルによって、それは異なる可能性もあるし、一定である可能性もある)に等しいだろう・・・「3」。



(研究中)



(加筆)



で、結論として・・・

仮に赤外線で「心的内容情報スペクトル」を形成したとして(この単位時間は一定であるか、範囲があるか、どっちだろう)、

プランク時間はその単位時間より桁外れに小さい。





で、上述の問い「1」の答えとして・・・

「関係があるとしなくてよい」。



・・・・・・厳密に計算して、たとえば、上述「3」と「4」が共にあるいはどちらかがプランク時間の自然数倍――桁外れに大きい自然数倍だが――になっているかどうか計算してみるのもおもしろそうだ・・・

・・・そこにおいて、自然数倍になっていたら、上述の問い「1」の答えとして「関係がある」としてもいいが・・・

(・・・その計算・・・めんど草草・・・大草原の小さな答え・・・)・・・・・・



(加筆)



――以上には、「時間の定義」と「エネルギーの値の定義」が関係しているが、「時間の定義」を変更したら、それに応じて「エネルギーの値」も変更される、「エネルギーの値」を変更したらそれに応じて「時間の定義」も変更される、という関係にある。

つまり、今のままの物理学のやり方でいい、ということである。

そこにおいて、量子のもつエネルギーが、最小値・基本値の自然数倍かどうかを検討すると、たしかに自然数倍であると言っていいということになる。

エネルギーが広がっていて、そのエネルギーの薄いところで共鳴が起こりそのエネルギーが吸収されても、エネルギーはひとまとまりであるから、そこに吸収されるということである――





(加筆)





――それでもなお・・・まだなにか謎がある・・・、

なぜこんな付記を書くのかというと、なにか割りきれないところがあるからである・・・

・・・ここらあたりの内容に関連して、もやもやとした謎の雲と霞と霧が筆者の頭中にかかっている・・・

この問題については以降にゆっくりと書いていこう――



・・・で、その問題はそのままにしておいて、時間について言うと・・・

現在の時間は基本的に、地球の自転と公転に関係している。元もとはそこから算出したはずだ。

たとえば、今回の春分から、次の春分までの期間・時間を、月、日、24時間、60分、60秒、(円の区分けからきているのだろう? アナログ時計の文字盤にそれがよく現れている――12と6+5進法と10進法などのこと)と分割して、そこからきているのだろう。

現在では、その時間にもっとも忠実な原子時計をその基準にしているが、基本はそういうことだろう。

その原子時計において、その原子の振動をいくつカウントして1秒にするか、というと、先述の既にある「秒」を元にしているわけである。



・・・そういう決め方の時間で、秒、も決まったわけだ。

それは、なんと言えばいいか・・・、宇宙・この世界の本質においては、偶然による決め方だ。

そういうことであるのに(この文言について言っても、これだけではわかりにくいが)、量子力学では、電磁波においては、1Hz増えるごとに、プランク定数の絶対値の値のエネルギーがその電磁波に与えられる(この表現はちょっとおかしいが)、そして、電磁波のHzは自然数だけである、というように解釈できる文献しかない(――筆者の知る限りでは――)。





――ここからは、もやもやとした問題認識にどうにも整理がつかず、重複した内容を含めて書いていこう――

・・・よって、文章構成もなし、である・・・





で・・・

1・小数点以下の値のある周波数の電磁波があるはずである。

それは電子回路によっては可能だ。

そのばあい、その周波数に自然数を足した周波数の電磁波はいくらでも生成できるだろう。

たとえば、123.321Hzの電磁波を発生させたとして、そのHzga1上がるごとに、hの絶対値分のエネルギーが増える。



・・・何を言いたいのかというと、小数点以下の周波数をもつ電磁波の表記にお目にかかったことがないので、それがあるか否か、という問題認識にとらわれた、そういう電磁波もあるはずだ――、ということを言いたいのである――



・・・以上は、先に述べた時間の決め方からでてくる、Hz(回数/秒)とは別な問題なんだが・・・



(加筆)



・・・どうにも表現がむずかしい・・・



で、まずは、頭の中のもやもやをメモしていこう・重複を含めて――ここまでも、そういったメモなんだが・・・



――上述「1」・・・どんな周波数の電磁波も存在するか否か?



――先にも述べたが、基本振動数1(時間の定義の問題がそこにはある)の電磁波は、プランク定数の絶対値のエネルギーをもっている。

1Hz振動数(周波数)が増えると、プランク定数の絶対値のエネルギーだけエネルギーが増える。



結局・・・、周波数1未満の振動数の電磁波は生じないだろう。



しかし、周波数1以上の電磁波について言うと、自然数の周波数だけではなく、小数点以下何桁もの値をもつ周波数の電磁波は存在するはずである、と思える。

繰り返しになるが、電子回路の組み方で、そういう周波数の電磁波を発生させることができる。



その「小数点以下何桁もの値」に下限値はあるのだろうか? それがプランク定数からでてくるだろうか? ――この表現は逆・つまり大自然の在り方からプランク定数がでてくる、その中でのこと――なんだが、普通に書くとこういうことになる。



で、

周波数の上限値は、プランク定数からでてくるだろう――この表現は逆・つまり大自然の在り方からプランク定数がでてくる。その中でのこと――なんだが、普通に書くとこういうことになる。





(頭が困っている)





――以上の謎について、うまく表現できない――



(加筆)





――頭の整理がつかないので、繰り返しを含めて書いていこう――



さらに・・・

先にも述べたが・・・



電磁波の周波数の上限はどこにあるのだろうという問題もある。

それについては、先に述べたとおり、プランク定数からでてくるのではないだろうか?



――もやもやとした謎の雲と霧と靄が、頭の中にかかっていて整理がつかないので、どうにもヘタクソな記述になっている――



下限は一応1Hzだろう? が、上述の内容からいくと、ゼロコンマいくつか、という電磁波(超超長波だ)もある? 

――既に述べたが、それはないだろう。

電磁波としては、1Hzが下限だろう。



しかし、

プランク定数分の1秒あたりのエネルギーをもてる周波数の下限が1Hzだとして、

先に述べた時間の定義から言って、電磁波のHzがきれいに自然数になるとは思えない。



先の「1」:

1・小数点以下の値のある周波数の電磁波があるはずである。

それは電子回路によっては可能だ。

そのばあい、その周波数に自然数を足した周波数の電磁波はいくらでも生成できるだろう。

たとえば、123.321Hzの電磁波を発生させたとして、そのHzが1上がるごとに、hの絶対値分のエネルギーが増える――つまりそのばあい、次は「124.321Hz」になるだろう。



(――ヘンな謎・問題に頭をつっこんでしまった・・・ややこしいナゾナゾしい――)



――謎だ謎だ謎だ~~~――





・・・で、少し整理すると――いいかげんにしか整理できないが・・・



*時間の定義は偶然によっている



*それは宇宙の本質とつながっていない



*そうであるのに、量子論においては、自然数Hzの電磁波しかでてこない



*それはどう考えてもおかしい



*時間の定義がそうなのであるから、電磁波が自然数Hzになっているとしたら、それは偶然だ。その偶然が起こる確率は、無限小に近そうだ・・・「A」



*電子回路によっては、自然数Hz以外の電磁波を発生させることができるはず



*自然数Hzでない電磁波もいろいろ飛び交っているのだろうか?



*もしそうなら、そこにある法則はなんなんだろう? 





*いやまてよ、プランク定数が、今現在の時間の単位から、電磁波が自然数Hzになるように決められていると言えるのだろうか? ・・・「問題X」



*上述・・・「問題X」について考えていこう・・・

???

どう考えても、電磁波のHzが自然数になるはずがないと思う

今現在の時間の定義の中で、そうなるはずがない

???

・・・なにか間違っているだろうか・・・

(――悩ましい――)



・・・上述「問題X」について・・・

・・・それはないはずだ・・・

プランク定数が発見される前に、「1・時間の単位・秒が『偶然に則って(先述)』定義されている」

・・・電磁波の周波数はその「秒」と、「2・自然界にある電磁波の発生原理」、「3・電子回路によって発生する電磁波の発生原理」、に則って決まる。



その「1」だけによってでも、「問題X」についての解答は「そうは言えない」となり、「A]が答えになると思われる。

それに、「3」では、端数をもつ周波数の電磁波を発生できるはずである。



次に「2」について考えてみよう・・・

それを考えるにあたって、今現在用いられている原子時計の振動数について考えてみよう。

まず、「自由な原子・分子」に対して外乱がなければ、その振動数は一定、とされている(――これも誤差がでるというか、極めて桁外れに小さくだが一定ではなさそうだが――)。

そこにおいて、その理想的な条件・自由かつ外乱のない条件で、その振動数をカウントしたとしても――1s分のカウントをしたとしても、きっかり1sにならないだろう――つまり極めて桁外れに小さい端数がでるだろう――。

そのことは、自然界で発生する電磁波の周波数は自然数になっていないということを意味する。

つまり、「2・自然界にある電磁波の発生原理」において、電磁波が発生したケースにおいても、その電磁波の周波数は自然数になっていないということである――コンマ以下、値が並ぶということ――。

次に、自然界では、「自由かつ外乱のない条件」はありえない(わずかに例外はあるかもしれないが)。

その条件のもとでは、「原子・分子」の振動数は一定ではない。

たとえば、今現在正確性がもっとも高いセシウム原子時計においても、誤差10兆分の1という結果をもつ。

そのことは、その周波数は自然数になっていないということである――コンマ以下、値が並ぶということ――を意味する。



その「正確性がもっとも高い(上述)」、「(これは初出だが・・・)水素メーザーは数時間程度の周波数安定度が優れている」という表現・記述――文献にあった――自体も、上述と同じく、その周波数は自然数になっていないということを意味している――コンマ以下、値が並ぶということ――を意味する。





\(やっと結論がでたー)/

「電磁波の周波数は自然数になっていない――コンマ以下、値が並ぶということ――」

「ただし、ある周波数からひとつ上の周波数の電磁波の周波数はプラス1になっている」





・・・それであるのに、量子力学においては、「電磁波の周波数は自然数になっている」かのような記述しかないようだ・・・





・・・そこでもう一回繰り返しておこう・・・

「電磁波の周波数は自然数になっていない――コンマ以下、値が並ぶということ――」

「ただし、ある周波数からひとつ上の周波数の電磁波の周波数は、前プラス1になっている」







*上述とは着眼を変えて・・・既述しているが・・・プランク定数については、時間の定義を変えても、エネルギーの方の値が、それに応じて変わるから、問題にはならない。



・・・推測・未確認なんだが・・・

プランクの時代には、電磁波の周波数を精密に計測する装置はなかったはずだ。

よって、周波数をキレのよい自然数にした可能性もある。

エネルギー量子がひとつ増えれば、周波数もひとつ上がる;それなら、周波数もキレのよい自然数にしよう、ということだったのではないか? 



・・・しかも、現在の精密な周波数計測機器においても、コンマ以下は切り上げか切り下げしているのではないか? 







(・・・一応結論はでたがまだ研究中・・・どこかに誤りがあるかもしれないので・・・)





(加筆)





以上の研究は次の設問からでてきた・・・



【「心的内容情報スペクトル要素」

または

「エネルギー・非経時変化・粒子モード情報スペクトル心的内容」=「心的内容情報スペクトル」、



プランク時間、

との間に関係があるだろうか? ・・・「1」(設問)】





さて、心的情報スペクトル要素も、心的情報スペクトルも、関係があるケースと関係がないケースがあるだろう。

つまり、

プランク時間の自然数倍――極端に桁外れの自然数倍だが――になっているケースと、そうはなっていないケースがあるだろう。

それで何の問題もない。

☆☆☆

その根拠は・・・、

上述のさまざまと、プランク時間の定義――その定義は、プランク定数、真空中の光速、重力定数、からなされており、





(研究中)







(加筆)





☆☆☆





西山浩一(世界人・春楽天)





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Last updated  2018.01.07 12:15:40
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