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風が伝えた愛の詩

風が伝えた愛の詩

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May 22, 2008
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カテゴリ:夢想
愛しているということばを、初めて夫から言われたのはいつだったろうかと梨莉子は記憶を遡りかけて、すぐにやめた。
やめたというよりもそれほど前でないのだからすぐにおおよその時期にゆき当たったのだ。

先月。勝弘が入院する一週間ほど前のことだった。
いつものように梨莉子が勝弘の足や背中をマッサージし終わって、勝弘の隣に横になった時だった。
「愛してる」と、その時勝弘は言ったのだ。「梨莉子いつもありがとうね」と続いていたから、そういう感謝の気持ちが根底にあって起こった言葉であるらしい。と、梨莉子はそれを耳の奥に収め、心の中でそのことばをその意味とともに反芻してみた。「愛してる、ありがとう、あれ?初めて言ってくれたんじゃないの?」と咄嗟に思ったけれど、それは口には出さず、すぐに感慨に似たうれしさに変わって行くのを楽しみながら受け止めていた。

結婚して一年半も経って初めてというのは、普通の人の感覚からして変だなと首を傾げるだろう、梨莉子も普通ならそんなことは有り得ないと思うからだ。けれど、梨莉子と勝弘の間では何ら違和感をもつものではなく、梨莉子はごく自然にその言葉を受けとったのだ。


勝弘と梨莉子は籍を入れる2ヶ月ほど前に知り合った。
調理師である勝弘の働いている店に、梨莉子はアルバイトに行った。当時梨莉子は一人暮らしをしていたので、非常勤である梨莉子の月々のお給料はほとんどその生活費になっていて、夏休みのバイトで少しの貯えでもできればと思ってのことだった。「どうして調理補助のアルバイトなんだろ」というのは梨莉子本人も人に聞かれてからなんでだろと思ったくらいで、さして理由などなかった。強いていえば、料理が好き、お酒が好き、お酒好きの友人マコと「いつかふたりでお酒の飲める店を持ちたいね」などと話していた時期でもあったことが、唯一最もらしい理由として頭の中に浮かぶばかりで、飲食店でなければという理由にはちょっと遠い気もする。

「ただなんとなく。」でも、それまでにいくつもの飲食店アルバイト募集の広告には数日間ずつ迷い、結局ただの一件にも応募せずにいたこと、勝弘のその店の広告を見た時には迷いもせず、次の瞬間には受話器を持ち上げて応募していたことを思えば、梨莉子自身にも説明がつかないような何かの縁か導きがあったとしか思えないような成り行きであり展開なのだ。
勝弘は勝弘で8か月もの間仕事を休んでいて復帰したその日、これまたアルバイト初日で入っていた梨莉子と顔を合わせいるわけであるし、この復帰するに当たったいきさつにもまた何かの縁か導きとでもいうべき要素があったのだから、人と人との出会いほど神秘的なものはないと後になっても梨莉子はよく思うことがある。

勝弘は休職前、他の会社に変わることが決まっていたという。それがまだ内々の段階にあった時に心臓を悪くして入院。2ヶ月の入院の後、約半年間の自宅養生。内定していた転職の話は無いものとなり、途方にくれた勝弘は母の淑子の勧めで占い師のもとを訪れたという。

勝弘はそれまで、今の職場をやめるつもりでいたが、占い師はいとも簡単に職場に一度は戻れと言ったそうだ。10月に大きな転機があるからと。転職はそれからでも遅くはないと。
まさかその頃復帰したばかりの職場で今の妻となるべき梨莉子と出会い、10月には入籍するなどとは、その時の勝弘はもちろん知る由もなかったのだから、これまた出会いは神秘である。


二人が初めて顔を合わせた時、勝弘は梨莉子にそれほど惹かれるものを感じた訳ではなく、梨莉子もまた同じだった。お互い、とっくにそれぞれ結婚をしていてもちっともおかしくない年齢であって、その二人が独身の顔をつきあわせたわけだから、その可能性、そう、結婚という可能性はないわけではないなくらいの予感はあったかもしれない。けれど恋心については皆無であるというほかない。

当時、そんな二人の微妙な心境を知ってか知らずか、パートである吉野さんは梨莉子によく言ったものである。

「お互いに独身なんだから結婚しちゃいなさいよ。愛情なんてなくても結婚生活は成り立つんだから」と。

梨莉子はそれを聞きながら、愛情のない結婚生活なんて考えたくもないと思ったものである。

勝弘と梨莉子が近づいたのは8月に入ってすぐのことである。そのころには仕事の仲間、梨莉子にとっては先輩として勝弘と話をする機会が少しずつ増えていたわけだが、その二人の休みが重なっていることを何気ない会話の中で知って、勝弘はすかさず、「パイロットオブトレビアン2」を一緒に見に行かないかと映画に誘ったのがきっかけであった。梨莉子はそれの1も観ていなかったのだが、「いいですね、行きましょうよ」、軽い気持ちで返事をしていた。

そして当日、梅田へ向かう電車の中で二人は落ち合った。京の橋という途中の駅で勝弘は乗ってきた。初めてみる彼の私服は黒色のカットソーにジーンズ。梨莉子は反対に白のカットソーに白地のスカートといういでたちだった。

デートという意識もなければお互いに特別な感情を持ち合わせてはいなかった訳であるから、電車で落ち合った時でも互いを特に意識することもなく、差し障りのない会話をごく自然な成り行きの中で交わしていたに過ぎない。
そして、この日の帰りには勝弘がプロポーズをし、梨莉子が三日後に受諾するというなんともハイスピードな展開を見せるのだが、そんなこともこの行きの電車の中では知る由もない二人であった。
<続>





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最終更新日  May 23, 2008 01:00:01 AM
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