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カテゴリ:B'z 楽曲レビュー
いきなり 「孤独のRunaway とめないでよ 後悔は少なめのmy life!」とほぼイントロなしで始まるこの曲は当時インパクト強かったです。小学生だったので正直歌詞はさっぱりよくわからず、そして大人になっても聞き流し続けてもイマイチよく分からず、歌詞とにらめっこしてようやく意味が分かる(!)、というものでした。 この歌、少しトリッキーで誰の視点から歌っているのか定まらないとよく意味が繋がらないんですね。さて、社会派とも言われる歌ですが、むしろ私らーきいは哲学的な内容だと受け止めています。一体何を表現した曲なのでしょうか、早速見ていきましょう! 歌詞のフルバージョンはこちら ”JUST A RUNAWAY 止めないでよ 出だしです。まず英単語Runawayの意味ですが、「逃亡、脱走、家出、駆け落ち」など様々なのですが後述の状況を考えれば逃亡、家出、というところかと思います。意味はつまり「ただ逃げ出しただけさ、止めないでくれよ。後悔は少なめの俺の人生さ」というわけですね。
状況の歌いだしが始まります。この部分の歌い手をここでは主人公としましょう。「おまえ」というのはおそらく男友達かと思います。「明け方にはお前、どっかに行っちまったてたんだよな。連絡もくれなかった。それに大好きだった彼女も、友達も、順調だった仕事も全部ほったらかしにしてさ」読めば普通に理解できる部分ですね。逃げ出した理由を主人公は推測します。「なにが不満だったんだよ、金? 同じ繰り返しの毎日? きっと今お前はこんな風に(Like this)叫んでるんだろうな」。 主人公にとって「おまえ」はかなり近い友人だったのかもしれません。日々の生活が嫌になった理由が推測できる、そしてどこかでこんな風に叫んでいる、ということもお見通しなのですから。 ”JUST A RUNAWAY 止めないでよ サビです。上記の「こんな風に (Like this) 」にかかる部分なので主人公の推測とも言えますが、ここで視点が変わり「おまえ」のセリフパートになったとする方が理解しやすいと思います。上記2行の 「JUST A RUNAWAY 止めないでよ 後悔は少なめの MY LIFE」 意味は冒頭に書いた通りです。さらに「おまえ」は続けます、「いきなり逃げちまったのはやっぱり許されないよな、だってそれが世間の仕組み・常識でそうなってるんだから」。 「おまえ」は周りから許されないのは分かってて逃げ出したんです。それでも別に後悔しているわけじゃない、ということですね。 ”物を置かない主義のおまえの部屋に残されていた 何が大事だったの 視点はまた主人公に移ります。「おまえ」が心配になったのか、主人公は友人である「おまえ」の部屋を見に行きます。「おまえ」はミニマリストだったんでしょうか。そんなにモノがない部屋にサボテンがポツンと窓際から街を見下ろしています。それを見て主人公は「おまえ」が街を見下ろして笑っているようにみえたのでしょう。ここでいう「街」とは「世間のみんな」を暗示しているのではないかと思うんです。なぜ「おまえ」が世間を笑っているかは後述します。 仕事仲間はみんないきなり消えてしまった「おまえ」に対してあきれ返っています、仕事に大きな穴があいているのでしょう。でも、それも一時的なこと。みんなまた普段の暮らしに戻っているということです。 「出て行ったやつ」というのは「おまえ」の事でしょう。主人公はまだ彼が突然消えてしまった理由や思惑を掴み切れていません。主人公が目を閉じれば「おまえ」の口グセが思い起されるわけです、そう「 後悔は少なめの MY LIFE 」ですね。そしてサビと間奏をはさみ最後のサビへ続きます。 ”JUST A RUNAWAY 止めないでよ JUST A RUNAWAY 止めないでよ ラスト2回のサビはまた「おまえ」視点に戻ります。 「おまえ」はそれなりに順調で周りともうまくやっていた、日々の業務も堅実にこなしていて彼がいなくなったら周りが困ってしまうくらいにはしっかり仕事をしていました。でもその「おまえ」はどうしても単調で出来上がった毎日に耐えられなかったんですね、なぜか? 決まったコースに乗ってしまい、予想ができてしまう未来に耐えられなかったのではないでしょうか。あと何年で昇進し、それから何年たったらまた昇進できるかもしれない。「大好きだった女」と結婚し、子供は二人くらい、会社から通勤一時間くらいの場所にローンを組んでマンション買って、小遣いは多分に月にいくらくらいで毎朝ごみを家の外まで出しにいって会社へ通勤、定年近くまで働かないとローンはまだ返せない、、、 そんな事を考えていって、逃げだしたくなってしまったのではないでしょうか。だから「愛を殴って、義理を蹴飛ばして、今までの関係ぶっ壊して、みんなから嫌われてもいいから、、、、でもいいから、別の未来を見たかったんだ」それが「おまえ」の心境なんだと解釈しています。まさに希望を夢見た「孤独の逃亡(Runaway)」です。 「おまえ」はさらに呼びかけます、「みんなだってそうだろ? 愛人(新しい恋愛や、新しい夢の比喩)さがしにいきたいだろ? 現状に満足してないんだろ? ぶっ壊せよ、平和に見える日常を。あんたの心が身軽なんだったらそんなところに長居してないでさあ、違う未来を見に行こうぜ。俺がそうしたみたいにさ!」そう言っているんじゃないでしょうか。上記で記載した「世間を笑うサボテン(=おまえ)」の意味はここに繋がってきます。つまり「とは言ってみたものの、でもお前ら、俺みたいに全て捨てて逃げ出して他の何かを探す勇気なんて、どうせないんだろ? だったらそのまま同じ場所でずっと同じことやってりゃいいさ!」と、「おまえ」は世間に対しこう嘲笑っています。少なくとも主人公にはそんな風にとれたのかもしれません。深読みになりますがサボテンの花言葉の一つは「燃える心」。「おまえ」は逃げましたが決して諦めてはいないと取れなくもないでしょう。 もう「おまえ」にはもとの日常に戻るつもりはありません。「いろいろなくしちゃったけど、これでいい。後悔は別にしてないぜ、あっても少な目さ」と言っていますから。また「baby, here we go!」の部分ですが、「Baby(恋人)」に対し「さあ、(一緒)にいくぞ」と呼び掛けているようにもとれます。また別の解釈になりますが、一番近かった恋人は捨てずに一緒に連れて行こうとしているとも解釈できます。 おわりに! この歌詞の構図は「主人公」と「おまえ」の2人の視点で紐解く事で上記のように解釈が可能です。どうでしょう、一人の男の「生き様、彼なりのロマン」を歌った歌だと思いませんか。この歌は平成の始まりに書かれたものですが特に令和の今、彼が希望を失った「先の見えてしまう未来」というものはなくなりつつあり、むしろ「不確実に支配される未来」が到来している気がします。そういう意味では今の世の中だったら、彼がどこかに逃げ出す必要はなかったのかもしれません。この歌詞が書かれたのは日本経済がかげり始めたとはいえまだまだ力強かった1990年、考えようによっては心の自由というのは経済とは反比例して今よりもずっと少なかったのかもしれませんね。 この解釈はあくまでも数ある解釈のひとつです。1番メロを付き合っていた恋人に逃げられた、とする解釈も一つかと思うんですが、そうするとどうしても全体解釈が難しくなってしまうので止めてしまいました。 さてこの歌を上記の解釈でひとつのメッセージにするならどうなるでしょう、僕は「自由に生きろよ、選択はいつだってお前の心にあるんだから。後悔は少なめで!」という風にとれるでしょうか。ロックな歌詞ですよね、大好きです。 この記事がよかったら下のバナーをポチっと! また、私らーきいはB'zのいちファンです。もしB'zの楽曲で解釈が難しいな~というものがあれば下のコメント欄からお知らせくだい! 気合を入れて解釈を書かせていただきます!
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最終更新日
2022.08.10 02:43:03
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