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マックの文弊録

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2006.07.23
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◇ 7月23日(日曜日):旧水無月二十八日(癸丑):大暑、土用の丑

にとって本というものは、感動するか、触発されるか、或いはそのどちらでもないかの三種類でしかない。これは小説とか、専門書とかいった分類を超越する。ある書物が三番目のカテゴリーに分類されてしまえば、その著者が大有名人であっても、如何に装丁が立派であっても僕にとっては単なる駄本である。

日遠藤英紀という解剖学者の本を立て続けに二冊読んだ。東京大学農学部出身の解剖学者が書いた、どちらも新書版の本だ。最初に読んだのは「人体 失敗の進化史」(光文社新書)。もう一つは、「パンダの死体はよみがえる」(ちくま書房)である。

は「遺体科学」という生物学の新しいジャンルを開発し、これを推進なさっている。とにかく死体が手に入ると聞くや、この先生は文字通り「おっとり刀」で駆けつけ、その解体と分析に没頭するのである。法律上の問題があって、彼にとっての遺体には、現代に生きる人間の生々しいそれは含まれない。すべて動物の死体である。死体の出所は動物園が大半のようだが、それのみに留まらず、山野を跋扈する猟師からの戴きものや、皇居の敷地内で宮様が発見した狸の死体なども含まれるのだそうだ。それを死体と呼ばず「遺体」と呼ぶのが、彼のこだわりである。

の前に供される動物の遺体には、太古の過去から現在の彼(彼女)に至るまでの進化の過程が、骨のみならず、内臓や腱、膜といった軟組織にもぎっしり詰まっている。遺体の全てが、それぞれが祖先から辿ってきた歴史の所産である。臭いだの汚いだのと云っては畏れ多くも申し訳無い。まさに畏敬の念と探究心に突き動かされて、先生はメスを振るい、ピンセットを駆使するのだ。

々ヒトが直立二足歩行を始め、異常なほど巨大な脳を脊椎の上端に乗せるようになったのは、約200~500万年ほど前のこととされる。この本を読むと、その出来事が如何に恐ろしいことだったかが分かる。2億年ほど以前に四足歩行をするに理想的な形で設計され、営々と洗練の過程を経てきた身体各所の構造が、地球重力に対して90度その位置を転換させてしまったのだ。
90度といえば力学的にもベクトル合成できない位置関係だ。しかも今度は体の大部分は二本の心細い柱の上で、覚束なげに揺れている。四足歩行をしていた時は、足元さえちゃんと地に付いていれば絶対に転ばなかったのだ。今度は、ちょっと気を抜くと転んでしまう。タテのものは、自然の摂理に従えばヨコになってしまうのだ。
左様に脊椎動物にとって、「ヨコのものをタテにする」というのは、革命的といわば云え。むしろ身体各所にとっては暴虐とすら云えるほどのことだったのだ。
特にそれまでつり橋の如く美しい懸垂曲線を形成して、内臓を吊り下げていた脊椎は、タテになったお蔭で頂に大きな脳という荷物を載せ、常時軸方向に圧力を受ける柱になることを求められた。その所為で骨と骨との間の詰め物が潰れて外にはみ出し、ぎっくり腰などという病が生じた。
ズルズルと下にずり落ちようとする内臓を支えるために、骨盤は広がり、それでも重力に沿って脱出口を求めようとするために脱腸などという病気もできた。
自由になった前足(手)をぶらぶらと吊り下げている所為で、肩凝りが当たり前の現象になった。
一メートル以上の高低差にも拘らず血液を循環(上げ下げ)せざるを得なかった所為で、脳は常時貧血に傾き、逆に足はうっ血気味になる。これが嵩じてエコノミー症候群などというものを心配しなければならなくなった。
脳が異常に巨大化した所為で、オフィスワークなどという、生き物にとっては甚だ不自然な労働形態が生じ、メスもオスと一緒に働くようになった。その所為で妊娠、出産期はどんどん遅くなった。今深刻に取り沙汰されている少子化の進行も脳の巨大化と無関係では無さそうだ。
要するにヒトは設計ミスの隘路をひたすらDead Endに向けて突き進んでいるようなのだ。

の本を読む直前には、日頃の悩みの所為で、「痛風はビールを飲みながらでも治る!」(納 光弘著小学館文庫)、「御社の営業がダメな理由」(藤本篤志著 新潮新書)、「教養としての孫子の兵法」(高畠 穣著 日本文芸社)などという本を読んでいた。こういういわゆる「How to本」は、元来僕は嫌いで読まない。Aという問題を解くために、誰かの記したAという問題の解法を読むというのは、結局その「誰か」以上の理解を獲得できない。或いは、新しい洞察に至るとか、本質に迫る啓示を得るなどということは、金輪際期待できない。「How to本」は直裁であるが故に浅はかで、読んだ後味もよろしくない。
実際三冊もこんな本を読んでしまったお蔭で、覿面に欲求不満になってしまった。

れで、気分直しにと次は「Op.ローズダスト 上・下」(福井晴敏著 文芸春秋社)を読んだ。二分冊を重ねて見ると、その厚さは6センチを超える大作である。
たかがミステリーなどと侮る無かれ。緻密に練り込まれたフィクションは、大文豪の大作であれ、一篇の短い随筆であれ、ミステリーであれ、はたまた恋愛小説であれ、僕は大いに触発され、仕事や考え方、生き方の貴重なヒントを戴いたりする。(尤も、恋愛小説は、先ず僕は読まないけれど)

し、だ。正直言って余り面白くなかった。この作家は以前「亡国のイージス艦」を夢中になって読んだ記憶がある。ストーリーは、ウォーターフロントの新都心一帯がテロに攻撃される。放射能が無いだけで威力はそれに匹敵するT-Pexという凶暴な液体爆弾がテロリストの武器である。これを阻止しようとする公安と自衛隊の「はぐれ者」二人とテログループの間で熾烈な攻防され、やがて大団円に向かうのだが、背景や伏線に官庁組織内での暗闘、ほのかな恋愛、そして北朝鮮の影、米国の諜報組織、おまけにカリズマの如きIT長者まで出てくるとなれば、もう今日性テンコ盛り状態である。
しかし登場人物それぞれが、やたら内省的で多弁で、一家言を便々と披瀝したり、長大複雑な思考を巡らしたりする。それが鼻についてうるさくなってしまうのである。ストーリーそのものは今日的で面白いのだが、途中からその冗長さにくたびれて、飛ばし読みをしてしまった。多分バッサバッサとカットしていけば、単行本一冊に充分収まってしまうであろう。
切り詰められた文章で、速いテンポで読まされれば、読了時にはスカッとして、「あぁ面白かった」と爽快な気分になれる。しかし、登場人物それぞれのコンプレックスや内奥の想いに延々と付き合わされた後では、読み終わって「あぁ疲れた」とばかりにため息が出てくる。
そんな小説であった。

ささかゲップ気味の気分。丁度、大阪のお好み焼き屋で、豚焼き、モダン焼き、海鮮焼き、デラックスモダン焼きと、次々に食べさせられて、メリケン粉の大群襲来に胸焼けを起こしているような状態で、次に読んだのが前述の「人体 失敗の進化史」であったわけだ。

に述べたとおりの内容の、何のけれんみも無い、実に素直な科学啓蒙書なのだが、それはいっそ爽やかで、何となく懐かしい古巣に戻ったような気分になれたのである。学校で理論物理を専攻した僕にとって、時にこういう本を読むのは大事な事で、不均等にブレそうになっていた自分を、本来に戻す事ができるような気がするのだ。ま、本の整体師のようなものだ。

「人体 失敗の進化史」を読了して、著者の遠藤英紀氏の本を他にも持っていたはずだと思い出し、書棚から見つけ出したのが、「パンダの死体はよみがえる」である。この本は暫く以前に書評を読んで買ったのだが、何かの理由で読まないまま書棚の一隅に無聊をかこっていた。
主題を為すのは、クマの仲間であるパンダが、どうして主食の笹の枝を掴んで食べる事ができるかという謎解きの話である。人の掌では、親指と他の四本の指は向き合う事ができるように進化している。これはヒトに特有な機能であって、サルでは親指は不完全にしか他の四本の指には向き合わない。ましてやクマは掌の回りに指が放射状に配置されているから、親指は他の四本の指には金輪際向き合わないのである。

指が他の四本の指と対向するということは、つまりものを掴んだり握ったりできるということに他ならない。だからいつもパーしか出せないような手では、パンダは座り込んで笹の枝を掴んでむしゃむしゃ食べるなどという、登録商標のような人気のスタイルは取れないことになってしまうのだ。

藤先生が動物園で身罷ったパンダの遺体を追求していく内に、今までの定説であった、有名な「パンダの偽親指」だけでは、笹の枝を鷲づかみにすることが出来ず、骨格標本だけでは分からない軟組織にその秘密があることが解明されて行くのである。
これも又ミステリーの一種と云えなくも無いが、あくまで鋭敏な観察眼と論理的な推論の過程を追体験できるミステリーである。パンダの骨は、便々と鬱屈した感情を吐露したりはしないから当たり前だ。

しぶりにすっきりした気持ちになることが出来た。そうなると、頭も自由に回転するようになって、仕事にもはかが行こうというものである。
僕にとっての本は、そういうものなのである。






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最終更新日  2006.07.28 19:22:35
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