ベイエレンの「豪華な食卓」はなぜ怖いのか?
オランダが歴史上一番輝いていた(かもしれない)17世紀。富裕層の邸宅の壁は画家たちの風俗画で飾られた。これはそんな食材の写実表現で一世を風靡したアブラハム・ベイエレンの「豪華な食卓」のひとつだ。
「金銀の器、果物、磁器、海老、蠣などが、サテンや繻子(注:サテンと繻子は同一)のテーブルクロスの上で確かな質感ときらめくような色彩、そして秀でた構成力で描かれている。」(篠田達美、建畠哲*『騒々しい静物たち』新潮社より)宗教上の戒めとしての「ヴァニタス」(虚栄)の寓意など、どっかに吹っ飛びそうだ。
一番映えるアングルからの構成だから、右上に盛られた果物(モモ、ブドウ)はすべて正面視点(キュビスムを先駆?!)で描かれているし、その下、重量感たっぷりのブドウの房は宙に浮いている。左右上と中央下のかじられたモモは、中央の銀器の根元にうずくまったネズミ(ヴァニタスの警告か、アリバイか?)のしわざか?
中央下部のテーブルクロスの膨らみに惑わされるが、よく見るとその上のトレイはテーブルから半分近くはみ出している。よって上の銀器はいつ墜落してもおかしくない。オレンジの皮を剥いだのは海老のしわざか?
その横の懐中時計は完全に重心を失っている。これが共和国オランダの凋落を予示しているなら、海老は来たるべき大英帝国か…してみると、この豪華な食卓を輝かしているのは、一瞬後に「ガッシャーン」と大音響とともに崩壊する直前の危うい美しさに違いない(モンス・デジデリオの倒壊のまっ最中より、ある意味怖い)。
*僕の好きな詩「テラス異聞」(『そのハミングをしも』思潮社所収)の作者は美術評論家でもあった。