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2014.01.12
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清沢満之(きよさわまんし)と言っても、現代人には、ピンとこない人になっている。哲学上の重要な人物であるが、「哲学史」にも、あまり取り上げられない。西田幾太郎といえば、京都大学の有名な、でも読んだことのない哲学者という形で知っている。明治時代、西田の数年に存在したのが清沢満之である。日本で初めて哲学というものを語りだした人である。なぜ、その存在が薄くなってしまったか。41歳という若い年齢で亡くなり、本題の仕事に入るまえに、この世から消えてしまった。といっても著作物は大量に残されており、全集が2種類出ている。もう一つは浄土真宗と言う宗門に関わり、一宗教団体の人間ということで、学会関係者から無視されたことが大きい。現代人からすると、明治時代の哲学的文章をすんなり読めなくなっていることも縁遠くなっている要因だ。

岩波文庫に「清沢満之集」という一冊が入っている。この本の校注を書いた山本伸裕先生が座長の読書会に参加し、清沢満之の一端にふれる機会をもった。山本先生は東京大学東洋文化研究所の研究員をされている。若い先生である。読書会では、「満之集」のなかの「臘扇記(ろうせんき)」が取り上げられた。これは満之の私的な日記で、本来著作物として発表されたものではない。

清沢満之は、親鸞の「歎異抄」を世に出した人物として知られている。今では真宗の重要著作になっているが、江戸時代を通じて真宗では禁書であった。宗教上の組織というのは不思議な所で、教祖が決めたことに反対の意見が通らない。封建的で、密室的なところがある。満之は宗門改革ののろしを上げるが、巨大宗団にとっては蚊が飛び回っている程度のことで、坊さんは葬儀と法事に飛び回っている。宗派を離れて、独自に自分の学的世界を作れる人であったが、宗派に恩義を感じていた満之は、そうした行動がとれなかった。

山本先生が、この本の解題で指摘していることは重要だ。清沢名で発表されている文章は、清沢本人の校閲を経ていない、別人が書き加えているものが大分あるという。これは東京大学のゼミで清沢の文章を読んでいて気付いたという。清沢だったら、こうは書かないだろうと思われる文章が散見されたことだ。清沢の弟子は、大抵真宗の坊さんだ。自分の説教に都合がいいように修正してしまう、という暴挙が行われていたようだ。これは清沢の考え方が、真宗を踏まえているものの真宗を超えているところがあるのだ。こういうところが清沢がただの坊さんではないことの証だろう。

清沢の文章は、明治時代のものなので、やはり読みずらい。慣れてくれば、その独特の味が感じられるが、現代語訳でその一端に触れる事もできる。岩波現代文庫のシリーズのなかに「清沢満之語録」という現代語に訳したものが出ている。このなかに清沢の重要な文章は網羅されている。

 






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最終更新日  2014.01.12 13:53:54
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