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パラリンピック最終日のマラソンでちょっとした出来事があった。テレビでは放映されてない。浅草観音の前で片腕切断の選手が急に立ち止まり、頭を下げた。どこの国の選手か。雷門の前は観戦の人が多くいた。観客の人へのお礼の挨拶か、宗教施設とわかって、神様へ挨拶したのか、不明である。観客から拍手がわいた。選手は最後尾だ。1、2分立ち止まっても影響ないと判断したのだろう。 パラリンピックの参加選手、とくにアジアの南の島国から来た人には、王様の命令で来たとか、スポーツなどやったことがない人が入っている。そのスポーツのルールも知らない状態である。大きな競技場、世界からの大勢の障がい者との出会い、インタビュアーから付きだされるマイク。日本という国のすごさ。本人にとって世の中がひっくり返るほどの出来事である。観音様は神がいらっしゃる所というのはわかる。本当は道路に正座した頭を下げて、手を合わせなければならないが、時間がない。マラソンという競技などどうでもよくなってしまう。国を背負って戦うなどと意識などどこかへ飛んでしまう。パラリンピックの面白さは、こういうところにある。この人の出身国は名もない島国。障がいがあるとか、ないとか関係ない。人は自分ができる仕事をやって、一日のんびり過ごす。パラリンピックは、こういう純無垢の、生の人間と出会える機会である。コロナ禍で無観客が要請されたが、雷門の前に集まった観客は、日頃忙しい日本人とは違う外国人に出会ってビックリすると同時に感激しただろう。 東京パラリンピックは2021年8月24日開会式が行われた(この様子は次回掲載予定)。パラリンピックの歴史を振り返ってみる。73年前の1948年、第2次世界大戦で脊髄損傷となった元兵士のリハビリテーションとして、英国の医師、ルートビッヒ・グットマン博士がストーク・マンデビル病院でスポーツ大会を開いた。車イスの選手がアーチェリーを行った。1952年にオランダの軍人が参加し、国際大会になった。グットマン博士は「五輪の年は開催地でスポーツ大会を開催したい」と提案し1960年ローマでストークマンデビル大会が開催された。後にこれが第1回パラリンピックとされる。23か国から400人の選手が参加した。1964年の東京五輪の後、ストークマンデビル大会が東京で開かれた。国立別府病院の中村裕博士が奔走した。この時、下半身マヒを意味する「パラプレジア」とオリンピックを組み合わせた「パラリンピック」という造語が作られ、世界的に使われるようになった。つまりパラリンピックという用語は日本発祥なのだ。 ところが当時の日本の選手は冒頭の南の島の選手と同様、素朴・無垢だった。リハビリ病院の運動会と考えていたが、外国選手は、家族を持ち、仕事を持ち、スポーツトレーニングを十分積んで、「勝つ」ことが参加目的だった。外国の福祉のレベルが違うということがわかった。国の福祉関係者は慌てた。すぐに国内スポーツ大会を組織し、専門機関として「日本身体障害者スポーツ協会」を65年に設立。指導者の養成も始めた。リハビリ施設の問題も浮上した。障がい者運動も起こり、行政と堂々と渡り合う障がい者も出てきた。さらに運動は面として広がり、街づくり運動、鉄道駅の構造、ノーマライゼイションという理念が広がり、学校の障がい児の特別教育も問題とされるようになった。 ジャーナリズムも障がい者スポーツに違う目を持つようになった。新聞は障がい者のスポーツは社会面に掲載していた。野球や相撲やプロレスとは違うという認識である。最近はスポーツ面で扱うようになった。東京パラリンピックは特設欄も設けられた。NHKも変わった。64年のパラリンピックはちょっとしたハイライトと一部の競技の中継だけだった。今年の東京パラリンピックは3つのチャンネルで朝から夜まで放送した。看板の大河ドラマを中止しての放送だった。開会式と閉会式は手話と字幕のついた別バージョンの放送もあった。朝の番組で一日の競技の紹介する番組はユニバーサル放送という実験的放送もあった。ユニバーサルとは「すべての人のために」という意味である。字幕を付けるのは入力という時間がかかる。人が話した後、数秒後に字幕が表示される。これを同時に表示するために映像を数秒前に撮影し、放送時に字幕を同時につけるという手法である。アメリカではテレビ自体に字幕表示を行う機能のないテレビは売ってはいけないという法律がある。聴覚障がい者向けの放送であるが、多民族国家であるアメリカでは英語の音だけでは理解できない人も多くいる。老人は字幕でその意味を確認できるというメリットもある。不思議なことにアメリカにテレビを輸出しているのは日本の電器会社である。字幕表示機構などは日本では開発されている。各家庭のテレビのリモコンにその機能がすでに付いている。古いテレビには付いてない。どうして今になっても文字の手入力が必要なのか、わからない。残念ながら日本には字幕表示を義務付ける法律はない。日本の福祉は、今だにそういうレベルだ。 もう一つNHKの話題である。障がいを持つキャスターの登場である。NHKは1年半前にキャスターを公募していた。パラリンピックの放送の準備はこの頃から始まっていた。取材して、それを文章にして、テレビカメラの前でプレゼンができるか。相当の大実験である。NHKの記者としての研修、日本語の発声訓練、さらにテレビ用の化粧、服飾、カメラの前でのトレーニングと大変な準備が必要である。NHKには多くの福祉番組があるので、内部に多くの専門家はいる。場合によっては外部の専門家の援助依頼も可能である。満を持しての登場であった。さて、これらの人が本物のキャスターになるか、これからの課題である。すこし「おしゃべり」がおかしいキャスターを日本の多くの人が許容できるか。誤解しないでもらいたいが、この「おかしい」は非難の意味ではない。個性なのだ。本人も含めて周囲が「個性」と認識できるか、が問題である。「完全・完璧」を求める社会の変革ができるか。NHKは、岩盤のような日本人の意識をぜひ粉砕してもらいたい。NHKのデレクターの中には、こういう状況を見通して、超ユニークな番組を作ってくれる人のあることを期待しよう。 芸能界は瞬間的、一時的世界である。障がいを持つ人がキャスターに採用されたからといって、安住してはいけない。「次」を考えておくことが重要である。 (次回、更新は10月10日の予定) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2021.09.26 10:26:35
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