沖縄の俳句とわたし(9)
梅雨明けの碗持ち寄りて朝豆腐 翁長 悠 古い沖縄の絵図を見ると、頭の上に「たらい」を載せた女の人が歩いているのがある。これは物売りの姿。「ムムウイアンガー」と言うのは桃売り小母さんの意。ただし桃と言っても本土の桃ではなくヤマモモのこと。魚を売って歩く小母さんもいるが、暑い沖縄では直ぐに鮮度が落ちてしまうため、魚も油で揚げることが多い。 鮮度の良い魚は「イマイウ」と言う。「イマ」は獲れ立てで「イウ」は魚。「さしみ」と端的な看板もたまに見かける。刺身に出来るほど鮮度の良い魚と言う意味だ。さて句の豆腐は朝に売りに来たもの。それをお碗を持って買いに行く風景だ。戦後の日本では、自転車に乗った豆腐売りがラッパを鳴らして売りに来た。そのラッパが、まるで「トーフ」と聞こえるような音だった。 私達が豆腐売りから買ったのは木綿豆腐。これは結構堅いものだ。ところが沖縄でお碗を持って買ったのは「ゆし豆腐」だと思う。豆乳が熱いうちに「にがり」を加えるとプリン状に固まる。これを水に曝さず、直接容器に掬い上げたものが「寄せ豆腐」。「ゆし」は「寄せ」が訛ったもので、とても軟らかい。 昔はにがりの代わりに海水を使ったそうだ。今でもまれに海水で作った豆腐の話を聞く。私が沖縄に赴任したのは平成元年だが、スーパーでビニール袋に入ったブヨブヨの豆腐を見た時はビックリしたものだ。それが「ゆし豆腐」との出会いだった。ゆし豆腐はそのまま醤油をかけて食べても美味しいし、味噌汁に入れても美味しい。 一方「島豆腐」と呼ばれる堅い豆腐もある。過重と時間をかけて含水量を減らすために堅くなるのだが、沖縄では水に曝さずに暖かい状態で売ることが多い。こちらは沖縄料理の定番である「ゴーヤチャンプルー」には欠かせない素材。堅い豆腐の仲間には荒縄で縛れるほどのものもあるようだが、私はまだそんな堅い豆腐に出会ったことはない。 沖縄で大豆が収穫されるのは5月か6月。その新しい大豆を使って作る新豆腐が梅雨明けごろには出回る。そんな賑やかな朝の風景が句から伝わって来る。さて、豆腐が原料の沖縄名産をご存知だろうか。豆腐を発酵させて作る「豆腐よう」がそれ。まるでチーズのような味をした珍味。何故豆腐があんな風になるのかとても不思議だが、泡盛には良く合う一品。まさに沖縄食文化の代表格だ。