2868945 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

マックス爺のエッセイ風日記

マックス爺のエッセイ風日記

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
2020.09.24
XML
テーマ:★人生論★(325)
カテゴリ:人生論
<最近観たテレビドラマを通じて>

  

 文学新人賞を取った三女の梅が、五郎を連れて故郷の豊橋に帰った。朝ドラ「エール」の話だが、久しぶりに撮影を再開し、新たな物語のスタートがこれだった。作曲した軍歌「露営の歌」が爆発的に流行したことで、裕一は一躍時の人となる。音は買ってもらったオルガンで、子供たちを相手に音楽教室を開く。暫しの平安を破るかのように、長女の夫の職業軍人が訪ねて来る。太平洋戦争への突入で一変する国民の暮らし。あの暗く重苦しい時代を、朝ドラは今後どう描くのだろう。
 
                 

 大河ドラマ「麒麟がくる」も再スタートした。いきなり足利将軍の暗殺だ。次の将軍を巡って、暗躍を始める武士と公家。細川、三好、斯波、松永、朝倉、六角そして織田。いよいよ武士による天下統一を巡って戦国時代が動き出す。しかし三好氏があれほどまでの実力があったことを初めて知った。元々は甲斐源氏につながる一党らしい。しかし将軍に担がれる足利の末路が哀れだ。

 私は徳島県で勤務したことがあるが、当時の土成町に「御所」と言う地名があるのを不思議に思っていた。なぜそんな辺鄙な場所に「御所」がと。今回の放送でその謎がようやく解けた、三好氏の一派が担いだ将軍家の血筋(公方様)を一時匿っていたようだ。町はその後阿波市と名前が変わった。歴史と時代の変化を興味深く眺めて居る。明智光秀の今後に注目したい。結局光秀は何をしたかったのだろう。

  

 日曜日の夜に再放送の韓国歴史ドラマ「太陽を抱く月」最終回を見た。王と王妃の数奇な運命と純愛物語を楽しませてもらったこの半年間。お決まりの宮中の権力闘争と妃らの悪だくみに嫌気がさすが、今回は絵に描いたような結論で最後に救われた思いだ。しかしなぜ朝鮮民族は「絵空事」の歴史を好むのだろう。同時並行で観た「百日間の郎君様」も似たような粗筋。あれが朝鮮民族の理想な歴史館なのだろう。

 ドラマだからあれで済むが、現実の歴史は真逆。つまり歴史を正視しない民族の本質が現れている。いつの場合も自分たちの民族の歴史はこうあって欲しいとの立場から、平気で歴史を捏造する。だから韓国国民の8割が祖先は両班(やんぱん=貴族)だったと主張。実際は1割もおらず、8割の人が平民または奴婢(どれい)だったことを恥とする。きっと「反日」にもつながる精神構造、病理なのだろう。

            

 「敬老の日」に因むTVを観た。ドキュメンタリー番組の方は、97歳の夫が95歳の認知症の妻を介護する実話。夫は不自由な体の妻を労わり、筋力をつけるための筋トレすら辞さない。物凄い情熱と夫婦愛。それを実の娘(映画監督)が撮影する。しかも決して手出しをしない。実に勇気ある行動だ。あの年齢まで生きることすら困難だと思うのに、何という人間の底力だろう。

  

 ドラマの方は一部だけ観て眠ってしまった。ドラマだからの話だが、夫の隠し子の相談に乗り、夫の愛人を自宅に招いて話す老婦人。この世にそんな出来た女はいないだろうが、ドラマとは言え、人生のあり方を考え直すに十分だった。人は何に生き甲斐を感じ、何を思いながら人生を閉じるのだろう。状況こそ違え、私も今似たような心境にある。最後は愛する者の腕に抱かれて死ねたら本望と。

        

 現実そのもののドキュメント番組もそれを撮る監督も凄いが、ドラマを描く作家や脚本家も凄いと思う。時は絶え間なく移ろい、人生は過去へと遠ざかる。生きてこの世に在ることの意義。その間に観たさまざまな事象。暑く苦しかった夏は終わり、虫の音がすだく秋へと向かう季節。女は高い天に向かって祈る。そして男は豊穣の地に臥して祈る。与えられた命にひたすら感謝して。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2020.09.24 00:00:12
コメント(0) | コメントを書く
[人生論] カテゴリの最新記事


PR


© Rakuten Group, Inc.