名作落語大全集

2024/07/25(木)05:06

落語「た」の96:田能久(たのきゅう)

落語(2293)

​【粗筋】  阿波徳島の在、田能村出身の役者で田能久、伊予宇和島で出演していたが、お袋が急病だとの知らせに、芝居の扮装を片付ける暇もなく家路を急ぐ。法華津峠を越え、鳥坂峠に差しかかると、化け物が出るという木こりの忠告も聞かずに峠を越えようとし、途中で日が暮れたので木こり小屋に泊まることにする。ここに大蛇の化身である老人が現れるが、名前の「田能久」を「たぬき」と聞き違え、「お前も狸なら化けてみろ」と言う。芝居の扮装と鬘で、女や坊主、果ては石川五右衛門にまでなって見せると、大蛇もすっかり信用し、互いの苦手も打ち明けて親戚付き合いをしようということになった。大蛇の苦手はヤニで、体につくと骨まで腐ってしまうという。田能久は、金を見ると人が変わってしまう、金が仇の世の中といって一番怖い、と答えた。 ​  さて、翌朝麓に下ると木こりにこの話をしたので、木こりたちは大蛇を見付けるとヤニをぶつけ、大蛇は悲鳴を上げて退散した。田能久が家に帰ると、母親の病気はすっかり良くなっていた。安心して寝ると、夜中にドンドンと戸を叩く音がする。血だらけになった大蛇の化身が現れて、「よくも裏切ったな、これでもくらえ」と何かを投げつける。悲鳴を上げたのを聞いて、大蛇は満足して帰って行った。   何を投げ付けられたかと、明るい所で見ると、小判で一万両。 ​【成立】  岩波文庫の『桃太郎・舌きり雀・花さか爺』に高知県の民話として載っている。芸能の盛んな阿波徳島を舞台としたのは噺家の総意であろう。他の地名も全て実在のものを用いている。橘家円蔵(4)は峠を法月峠、戸坂峠としていたが、三遊亭圓生(6)が現地取材により、粗筋の法華津峠、鳥坂峠に改定した。「棚牡丹」とも。 ​  上方では主人公が沢村田之助の弟子で田之紀という下回り役者。題名も「田之紀」となる。   民話では大蛇に食われないように、自分が「たぬき」であるとだましに掛かる。それよりも粗筋にあるよう、向こうで勝手に聞き違える方が面白い。もっとひどいのは、大蛇がいきなり本当の姿で話を始める。これはいかにも不自然。それなら、どこからともなく声を掛けられ、名乗ったのを「たぬき」と聞き違えて姿を現す……この方がずっともっともらしい。  また最後も、民話では金を投げていると分かって、わざと悲鳴を上げる。これも、何か分からずに悲鳴を上げなければ落ちが生きない。実は落語でも、昔は千両箱を投げ込んだ例があるようだが、まとめてドスンと置かれても、上げる悲鳴は効果的ではない。 ​【一言】  この金を自分でつかったばかりでなく村人のためにも使い、残ったお金でもって江戸に小さな芝居小屋を建てた……。これが現在(いま)の歌舞伎座でございます。……いや、嘘です。/大蛇はなんとか命だけはとりとめて山の奥のそのまた奥に引っ込んで、ボソッと行ったという。「人間は狸だ。」(立川談志(7:自称5)) ​​【蘊蓄】  岡鬼太郎が、朝寝坊むらく(6)が死んだとき、「別に惜しむべきというほどのこともないが、むらくが死んだ。肺病で死んだというが、一説によると、ヤニをなめさせられたのではないかということであるが、これは楽屋オチだそうで筆者には判らず」と書いている。むらくはかなりの大物の持ち主として有名だった。岡氏は「田能久」を知らなかったようだ。 ​

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