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カテゴリ:Voyageur 旅
朝から、ドライバーのダニエルは機嫌があまりよくない。
その日の天気は朝から雪がふりはじめていました。雨にもかわるような。。。 観光・・・ユネスコ世界遺産の モンサンミッシェル修道院までの旅。 パリからノルマンディー地方まで(東京から名古屋までの距離) これを往復して最終的にパリに20時までにかえって来なければならない。 一日で約800キロ。 良かったら地図でも見てみてね。車を運転する方は想像できますね♪ すばらしい距離です♪ウフ。 ささ、みなさんバスに乗って♪ 途中・・・ダイアナ元皇太子妃が交通事故で亡くなった現場を通り過ぎます。 パリのリッツホテルで恋人のドディアルファイド氏と食事を取った ダイアナはパパラッチにつけられていると気付き、ホテルの後ろに 車をまわしてもらいその場からリッツを抜け出し、 死へのドライブと向かった。 ドライバーが飲酒していたとかしていないとかの さまざまな情報があるが・・ いまだに定かではなく、ドライビングテクニックの誤りによって 1,2,3,4・・・・ ・・・13本目の柱に激突。 二度と戻らぬ人となってしまいました。 ダイアナの最後の言葉・・・・ 「もう・・私にもうかまわないで」 本当に疲れきっていたのでしょうね。ご冥福をお祈りしましょう・・・。 この通りを通るだけに、いろいろ考える。 二階建てのバスはフランスの法律では90キロ以上出しては いけないという規則があり、どう考えても・・・ 走行速度が90はでている。 私にはわかった。 ダニエルにサービスエリアでショコラを買って、話を聞く。 なんでも機嫌の原因は奥様と朝からケンカらしく、、今はプロに徹してくれと持ちかけました。 ダニエルは「それだけじゃない、こんな無茶な話があるかい、パリに20時?!ばかいってんじゃないよ、どれだけのプレッシャーか!? あんたにわかるかい!!」 私の答え「わかりません」 大爆笑!! ささ、人数を数える。 全部そろいましたわぁん♪ ダニエル~ C’est Bon!セ・ボ~~~~~ン♪(大丈夫) このブログのタイトルでもあるQue C’est Bonとは食事のとき にgoodという意味で使ってもいいですし、OKと同じ意味を持ちます。 さあ、バスに乗り込み、パリを立ちましょう♪ それだけが本当に命をかけて、というところ。 みなさまご存知でしょうが・・・バスの横転などの海外での 事故は本当に多いので・・。心のなかでずっと唱えていました。 ニュースで聞きますでしょ? どうか無事に往復できますように・・・・ ほんと、すごいスピードだったので・・マジな話、結構日本で の大切な方々の顔がとりあえず浮かびました。汗 クマちゃんをはじめ。。。うう。涙 のどかな感じですよね? 走ること4.5時間 ようやく到着しました。 さあ そこは・・・・ ユネスコ世界遺産 モンサンミッシェル修道院 ルパン三世で使っちゃったよ、いいのか、おいって感じですが。 皆さん、大きな声をあげます。 「す、すばらしい」 外からみただけで背筋がスーッとするような 神秘の修道院です。 ノルマンディー地方南部、サン・マロ湾はヨーロッパでも潮の 干満の差が最も激しい所として知られています。 潮の満ち引きの差は15メートル以上。 このため、湾の南東部に位置する修道院が築かれた岩でできた小島は、かつては満ち潮の時には海に浮かび、引き潮の時には自然に現れる陸橋で陸と繋がっていた。 島の入口には潮の干満時刻を示した表示があり、満潮時には浜に 降りないようにと記されています。 最も大きい潮が押し寄せるのは、満月と新月の28-36時間後といわれており、引き潮により沖合い18kmまで引いた潮が、猛烈な速度で押し寄せます。 このためかつては多くの巡礼者が潮に飲まれて命を落としたという言い伝えがあります。 モンへようこそ ベネディクト派である・・ わたしたちの 修道院へ・・・・ さあ、階段をゆっくりあがりなさい。 この入り口から・・・・・ 少し歴史を紐解きますと・・・ アヴランシュの司教 オベールにより大天使を奉る聖堂がトンブ山に建設された708年、モン・サン・ミッシェルの長い歴史がはじまりました。 簡単にご説明します。 キリスト教にもたくさんの宗派があります。なかでもベネディクトとプロテスタントとありますが、この修道院はベネディクト派の修道院でした。 ベネディクトは質素という表現がふさわしいか地味がいいか・・とにかくそのようなな雰囲気ですので修道院は派手な飾りなどはありません。 ベネディクト会の修道僧がそこに居を構えるようになる一方、山の下方に向かって村が広がっていき、14世紀には岸壁にまで至っていました。 英国との100年戦争の際にも遂に侵略されることのなかったモンサン・ミッシェルはフランス国家のアイデンティティを象徴しているといえます。 革命による修道会への散会から1863年までの間、修道院は監獄として使用されました。 この修道院自体の階段などは、兵庫県の姫路城よりはラク~に上がれます。 ですが問題のこの場所はほとんどイギリスに近い場所で、フランスのツアーがあってもここだけはパリからのオプションで約2.3万はかかります。 一日ここだけでつぶれてしまうからでしょうか、軽いフランス国内旅行です。 ここに関係する方は宿泊してミサを行います。 さあ・・中庭に入っていきましょう。 この中庭で、修道院のものたちは、せめてもの幸せな時間を求めるのでした。 海と天の間に浮いた形の回廊は、散策、瞑想、そして唯一の会話の場所。 ここに来れば、皆様とお話ができる・・・ どうかこちらに来て腰かけて なにかお話しましょう。 いやすため・・・いやされるため・・・ささやかな場所であるこの中庭 そして・・・畑を耕し、作物を作り、出来上がれば 皆で食し、ささやかな娯楽と表現します。娯楽の場だったのです。 この場所を 有名な モンサンミッシェルの中庭 と呼んでおります。 柱をゴシック芸術といいます。この建物は独自のスタイル。 モン・サン・ミッシェル(ミカエル修道院)は 他の修道院とは全く異なるスタイルを持つ、まさにユニークなモニュメントだといえるでしょう。 建築スタイルはもちろん修道院内の生活規範にも影響を受けています。 彼らが祈りと仕事に没頭できるように・・・・・ この日は無事にパリに20時到着。 やったぜ!っテ感じでした。少し涙も出て・・・ ダニエルとはエアー・キス、そして最高の握手をかわし別れました。 こんな日は最高の食事をしなきゃ!!!!!私偉い!!!! その後、マリーちゃんは、パリ市内のらーめん屋にいったのだ! たん熊という名前だったかな。 すいませーーん★チャーーーシュウーーーーメーーーン おねぎゃいしますーーー。 (疲れてるのでこんな感じ) やっぱりらーめんサイコーーーーー♪♪♪わたしを止めないで~~~~!!!! ♪♪♪ すっかり気持ちも晴れて♪私はメトロを乗り継ぎアパルトマンに向かうのでした。 これはモンサンミッシェルの観光名物の オムレツです。 リンクいただいている、パリ好きなマダム・鈴香さんリクエストで載せてみました♪ 相当・・・卵をあわ立てているようですが・・・ 個人的には口の中に入れてアッという間になくなるようなそんなオムレツでした。 味はないので上にかけるソースをつけながら食べます。。。 美味しいですか?と聞かれればまぁ・・・(^.^) C'est bon!でしょうかね~。。。。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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