|
テーマ:今日の出来事(288644)
カテゴリ:ひとりごと
今日は父の四十九日。
父の骨を墓に収めてきた。 法要後の食事のとき、叔母から父の少年時代の話を聞いた。 父の実父は大変厳格で、自分の価値観で子供たちを縛り付けるタイプだったそうだ。 一方、父の実母は、何でも受け止めてくれる、心の優しい母だったそうだ。 父の実母は、父が小学2年生のときに亡くなった。 実父も僕が生まれる前に亡くなったので、僕はふたりのことを知らない。 父は、6人兄弟の末っ子、そのうち4人が姉。 端正な容姿で頭が良くスポーツも万能だったので、4人の姉から大変可愛がられたようである。 大阪の陸軍幼年学校在学中に終戦を迎え、その後、地元の高校に入学し、生徒会長を務めたが、先生と対立し、転校したそうだ。 ママ母も受け入れることができず対立したそうだ。 これらの話を僕は初めて聞いた。 父は頭の回転が早く、人より一歩先を読むことができたそうだが、一方、生意気で短気、すぐに目上の人とぶつかったそうだ。 荒っぽいところがある反面、傷つきやすく寂しがり屋。 感受性が強く、少し情緒が不安定な少年時代だったようである。 僕は父を見てきて、この短気な性格さえ直せば、もっと成功するのにと、ずっと思っていたのだが、何だか、その理由が少し分かったような気がする。 父の実母がもう少し長く生きていたら父の性格も随分変わっていたのかもしれない。 神童と呼ばれ、4人の姉達に可愛がられ、チヤホヤされたが、何か満たされない気持ち。 そういうものがあったのではないか? ありのままの自分を認め、受け入れてくれたのは小学2年生のときに死別した実母だけだったのだろう。 僕は大人になってからも30代後半まで母が、ずっとそういう役割を果たしてくれたし、父も母が亡くなってから、何だか丸くなり、晩年は僕の話をよく聴いてくれた。 父は短気だが、心は純粋で優しかった。 無条件の共感的理解。 これはカウンセラーの要件であるが、子供を思う親は、そういうことを学ばなくても自然と身についているのだろう。 少年時代、満たされなかった父の気持ちを感じると共に、僕が大人になるまで、そういう役割を果たしてくれた父や母に対して感謝の気持ちが込み上げてきた。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[ひとりごと] カテゴリの最新記事
|