山梨県歴史文学館 山口素堂とともに

2021/11/06(土)15:19

『近世俳句大索引』 安藤英方編

俳諧資料室(27)

 『近世俳句大索引』 安藤英方編 編者略歴 明治二十五年四月二十日北海道札幌市に生まれ、翌年父母の郷里鳥取県気高郡美穂村下味野(現鳥取市)に移し育てられ、四十三年、鳥取県立第[中学校卒業、上京して国学院大学に入り、大正五年同大学国文科卒業。翌年十一月まで佐々政一博士の助手、一年あまりの軍隊生活、大正十三年まで成城学校教員、昭和二年明治書院に入り編集に従事。現、同社監査役・編集顧問。著書『新注方丈紀』。 昭和三十四年十一月一日 刊発行 明治書院 前書き 本書は、どちらもずっと前に故人となられた伊藤松宇・服部畊石の両先生のすすめ、とくに松宇翁の薦導と援助によって、これまた早く他界された佐々醒雪先生の『俳句大観』の増補修正を意図して、一万一千句を収載するそれの五倍を目標にして、今から二十五年の前に書写に着手し、二年ばかりつづけてから中絶したなりになっていたものを、このたび整理補修して版行したものである。原稿の分量は目標をはるかに越え、三句索引として一巻にまとめることは至難と考えられたので、このたびは初句だけの索引とするにとどめた。すなわち、本書は、明治以前の俳句およそ六万を、その初句もしくは第六字以下ををもめて、五十音順に配列したもので、初句だけによって、モの句の全形とあわせて作者・出典・季別などを知ることができ、さらに類句をたずねる便をも兼ねモなえている。本書の配列順序に用いた五十音は、歴史的な正式に従った。とくにやまとことばは、歴史的かなづかいに従ったため、本書には原典のかなづかいを改めてかかげた場合が少なくない。着手の動機となった『三句索引 俳句大観』が大胆にそれを行なって統一的に文字を用いているのにならって、書写の際にすでに実施していたので、今急にこれを比校し復元することは編者として不可能に近く、そのままにしたのである。ただし誤用されている原典の文字をそのままにして、右側に(ママ)と注記してある所もある。字音かなづかいは、原則として発音による現代式に従った。ただし、例外を少し残した。すなわち『芭蕉」「銀杏」「蝶」の類は、それそれ「ばせを」「いてふ」「てふ」のように書かれているものと見て、おのおのその部に入れた。これらは、原典にそう書いてあるものの多いこと、及び、すでに俳句の世界ではやまとことば化されて常識となっていて、発音式にすればかえって混乱をおこすように思われる。同じ理由で、「地」のごときは、濁音の楊合にも「ち」の部に編入した。文字は、やむをえず改めたもののあることは前に述べたが、必ずしも改めるを要しないような時でも、変改した場合がある。着手にあたっての心構えが、普通一般読書人の机辺にあって、実用上・便宜上の要求に応ずることを主眼としたことによる。したがって、原典には送りがなをつけないで漢字だけ用いてあるものに本書で戌送りがなを添えるとか、漢字をかなに改めるとか、ほとんど全巻にわたって誤りなく読まれるように配慮してある。配列するに際して、漢字が少なくとも二様に読めるため、いかに読むかの判断に逢ったことがしばしぱあった。(イ)音読すべきか訓読すべきか。(ロ)訓読するとして、いかなる訓読をしたらよろしいか。やむなく二様に読んで、二箇所に揚げたちのもあるが、無理でないかぎり一箇所にとどめた。ルビは、(イ)原本にあるがままに残したもの、(ロ)原本になくて新しく加えたもの、(ハ)原本にあるのに本書で省いたもの、などがある。基準は、一般の人々に誤りなく読まれるようにというところにおいた。各句の左側下方に細字で示すのが出典名であるが、まれに書名でなしに書簡・真蹟・伝説などとしたところもある。出典名は、もとより字数の少ないものはその全部を示しだのが多いが、しばしば出る書名は、誤解のおこらない程度に略号を用いた。書名の下の⑥⑩などは季、(上)(一)(後)(附録)などは巻名その他で、原典探索の便を考慮したのである。同一作者の同一句と思われるにかかわらず、収載書の異なることによって、漢字とかなと違うとか、同じ漢字でも別の字が使われているとか、また送りがなの有無、かなの違いなど、まちまちの場合がある。そのときには、読みあやまられない表記にして一句を揚げ、いくつかの出典は、.成立の年代順に示すことを原則にした。しかし、季別を記入する関係上、同一季としているものをまとめ、また季別に編されていない出典は、その成立は古くても下部におくこととした。   同一作者の同一句のように見えても、ただ漢字とかなとの差という程度ではなく、字数に差があったり、語彙の違うものである揚合には、これらは別の句として、どれもこれも揚げることにした。また、同一の句であっても、出典の異なることによって作者名を異にするものは、これをならべて揚げた。ただし、作者名が異なっていても、それは年代その他によるので、実は同一作者であることの明白なものは、そのどれか一つの名を定めて一句だけ揚げた。 その収められている発句を一句も残らず本書に再録した書名ならびに編著者名は、おおよそ下記の通りである。◯守武千句(守武)◯梅翁宗因発句集(素外)◯歌仙 大阪俳諧師(西鶴か)◯とくとくの句合(素堂)○俳諧七車(鬼貫)◯鬼貫句選(太紙)○初心もと柏(言水)○今宮参(来山)○続いまみや草(什山)○冬の目(荷兮)○春の日(荷兮)○曠野(荷兮)○曠野後集(荷兮)○ひさご(珍蹟)○猿蓑(凡兆・去来)○炭俵(野坡ら)○続猿蓑(沾圃)◯貝おほひ(芭蕉)○野ざらし紀行(芭蕉)○鹿島紀行(芭蕉)○笈の小文(芭蕉)○更料紀行(芭蕉)○おくの細道(芭蕉)○嵯峨日記(芭蕉)○芭蕉発句集(松什)○芭蕉句選(華雀)○芭蕉句選拾遺(寛治)○蕉黄句後拾遺(康工)○芭蕉新巻(蚕臥)○俳諧一葉集(仏兮・湖中)○泊船集(風国)○芭蕉庵小文庫(史那)○枯尾花(其角)○唐菜(其角)○続虚栗(其角)○五元集(其角)○玄峰集(嵐雪)○杉風句集(梅人)○野披吟艸(嵐之)○去来発句集(蝶夢)○丈草発句集(蝶夢)蓮二吟集(一浮)○牝枝秀句集(北海)○韻塞(事由・許六)○篇突(事由・許六)○卯辰集(北枝)○深川(洒堂)○有磯海(浪化)○となみ山(浪化)○陸奥衛(桃隣)○千鳥掛(知足)○其袋(風雪)○其便(泥足)○籮葉集(也有)○籮の落葉(也有)○うづら衣(也有)○千代尼句集(既白)○大祇句選(嘯山・雅因)◯大祇句選後編(五雲)○蓼太句集(吐月)◯藤村句集(凡董)◯藤村翁文集(忍雪・其成)○蕪村句集拾遺(秋声会)○新花摘(蕪村)○井華集(几董)○白雄句集(碩布)○半化坊発句集(車蕾)○暁台句集(臥央)○竪並年(都實)○しをり萩(曉台)○秋の日(暮雨門)○幣ぶくろ(士郎)○佐渡日記(旦水)○爪じるし(欄芝)○夜のはしら(曉台)○曾皮可理(巣兆)○一茶発句集(一茶門)○一茶発句集(一具)○おらが春(一茶)○風俗文選(許六)○作家奇人談(玄々一)○続作家奇人談(青々)○近世略人伝(蒿蹊)○芭蕉翁絵詞伝(蝶夢)○俳諧古選(嘯山)○俳諧新選(嘯山)○古今俳諧明題集(涼袋)○類題発句集(蝶夢)○新類題発句集(蝶夢)○俳諧故人五百題(亀足)○発句五百題(白雄)○俳諧発句題叢(大筇)○発句類聚(了輔)○俳諧故人続五百題(一具)、その他数点。 以上のほかの大部分の書名は、上記の請書などによって揚げた句が、まだ他に有力で権威ある書物にもあることを確かめて書き加えたものである。 本書には補遺の部が添えてある。そのわけは、(イ)最初から判読が困難なので、あとまわしにしておいたもの、(ロ)いちおう整理をおえてからさらに俳書数点の追加を企てて本編中に収めきれなかった部分、およそこれらをまとめて配列したものであるから、本組とあわせ見られることを希望する。ここに整理を終って印刷に.かかってみると、不満足の点が多く目につく。何と言っても、すべてで六万に過ぎない。20近世俳句の広大からすれば、百花園の中の一枝にもあたらないだろう。それにしても、つぎつぎと蔵本を惜しみなく貸し与えて励まされた松宇翁は言うまでもなく、近年になって、高木蒼梧氏や志田延義博士、そのほか、いろいろの方面の多くの方々の支援・配慮・助力を受けて来た。限りなき感謝のまごころをささげ、あわせて大方の叱正をおねがいする。  昭和三十四年八月十五目 編者

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