アメリカ初体験
天気がいいと気分も晴れますね。 高校の時に、一年休学をしてアメリカの高校に留学をしたことがあります。(親に言わせれば遊学だそうです)1年のプログラムで4月に渡米して数十人のグループで全米各地に夏の間ホームスティして語学勉強して9月から公立高校に入るというもので、僕はワシントン州(D.C.ではありません)バンクーバー(カナダでもありません)という町にひと夏過ごすことになりました。 最初にスティしたホストファミリーは母子家庭のところで子供は僕と同じ年でも彼はバイトや友達とよく遊びに行ってなかなかなじめなかったので一ヶ月ぐらいして別のホストファミリーに変わりました。たぶん僕があまりしゃべれなくコミュニケーションが取れなかったのが原因だったかもしれません・・・。 次のホストファミリーに変わってからも何度か遠い親戚の家に行くのでと小旅行などに誘ってくれた。ほんとにいい人たちでした。 2番目のホストファミリーはごく普通のアメリカの家庭でそこの人たちとはすごくうまくなじめました。お父さんは結構アウトドアが好きでおまけにバイクも好きお茶目でよく話をしまし,お母さんは気さくな方で話しやすかったです。子供は一人、中学生の男の子である意味僕の精神年齢が同じなのかしゃべりやすく、また近所には小さい子供が多かったので僕の英語もみるみる上達しました? どうやら僕の英語能力は小学生並ということが判明した。でも物怖じせずしゃべれたのはそういう環境だったのかもしれません。家から学校まではそこそこ距離がありましたが自転車を購入してからは僕の行動範囲はかなり広がりました。 学校と家のまでの間には仲良くなった友達の家が2件ありよく寄り道したものです。学校の近くは州のニックネームのように(エバーグリーン)大きな木々があり家の前にはバーグ(木のチップ)が敷きつめられそこの通りを通るといいにおいがし、たまにリスが走ってりしていた。 僕の住んでいた地区は町のどちらかというと東のはずれでお店とか少なくどちらかというと川を挟んで南側にあるオレゴン州のポートランドのベットタウンみたいなところでとても静かでいいところでした。英語がぜんぜん出来なかった僕でも、不思議と3ヶ月過ぎると夢は英語でしゃべってるんですよね(笑)普段日本人とばかり遊んでいなかったこともあり変な話それ以降、読み書きはぜんぜん出来なかったけどしゃべって意思表示はできました。 ここでの出会いがなければそれから先に続く海外はなかったと思います。長期滞在の場合よくカルチャーショックなんて言葉ありますが、ほんとあちらの生活になじめなく途中帰国した人もいましたし、言葉がどう?っていうよりも人と人とのつながりなんだなぁ~って思います。 これぞアメリカ!(当時個人的に思う)=ホームステイ版=1、やぱり自宅には草刈機があり子供はバイト代稼ぎで草刈ってます。2、朝食はシリアル・・・・おまけに牛乳のボトルはデカイです3、道は果てしなく遠かった(笑)車社会です。