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昭和25年当時、水俣の各所に、狂い歩くネコが見られるようになったという。時を同じくして住民の間にも、奇病と言われる原因不明の病気が発生していた。
普段食べている魚が、有機水銀に汚染されていようとは、住民の誰も気付くことなく食されていた。 その頃チッソはネコ実験により、その病気の原因が有機水銀によるものであると知っていた・・・ チッソ水俣工場からは、その後も絶え間なく、排水規制法をはるかに越えた工場廃水として、水俣湾に放出していた。水俣病の原因となる有機水銀汚染の排水を、である!! それから数年後昭和35年、熊本大学医学部によって確認された後も、国・県は昭和44年規制法成立までの9年間、被害拡大を抑える対策をとることは無かった。あまりに遅い公害規制法であった。 水俣病関西訴訟は、国・県の責任を明確にして平成16年10月15日結審した。。。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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