<“PBR1倍”割れが底値にならないのは当たり前>
日経平均株価が9,000円台を下回ってから既にふた月近く、更に言えば、PBRが1倍割れとなる水準を下回って早3カ月近くが経とうとしています。東日本大震災によってドスンと下がった後にリバウンドがあり、「ショック安は終わったからPBRの1倍水準が株価の下値目途になる」という説が一般には信頼されました。確かにGWの狭間には一日だけ辛うじて日経平均株価は10,000円台を回復しました。でも私は「弱気派筆頭」と言われながらも「もう一度9,000円割れをトライするでしょう」という見通しは変更しませんでした。そして実際にPBR1倍という水準はほぼ何の意味も成さず、この夏のソブリン・リスクの高まりと共に日経平均株価はスルスルと底抜けしてしまいました。
現在、新聞紙面等から確認出来る日経平均株価のPBR1倍の水準は約9,100円、原稿執筆時点(10月23日現在)においてその水準には400円超足りません。ただ結論から言えば「“PBR1倍”割れが底値になる」というのは、理論上も、今までの私の経験則からも、それは外れて当たり前だと思っています。逆に言うなら、PBRは株価の教科書的な理論としては正論ですが、実務的には極めて使い勝手が悪い、或いは実務に応用し辛い指標だと言うことも覚えておいて欲しいと思っています。もちろん、参考指標にはなります。
<解散価値と株価の関係がPBRの意味>
そもそも株価の根源的な価値は、ある時に企業が事業活動を止めたと仮定し、それが解散した場合に総ての資産と負債を精算した解散価値、すなわち一株当たりの純資産が元になります。それを時価と比較してあまりに掛け離れて高かったら割高と考え、その解散価値近くまで売り込まれていたら割安だと考えるということが出来ます。これを指標として利用しようとしたのがPBRという考え方です。PBRとは「時価÷1株当たりの純資産」という式で計算されます。これは正に教科書的には正当な理論です。
ただ問題のその1は生きている企業のその瞬間時々の解散価値を正確に把握することは不可能に近いということです。一番単純な例を挙げれば、その企業が保有している外貨建て資産の価値を考えてみてください。輸出入をしている企業の売掛金や買掛金がそれに相当しますが、為替相場が日々刻々と変動するように、これらの円換算後の価値は日々刻々と変動します。その結果として解散価値も動きます。これは時価のあるものすべてに該当します。また生産設備や車両なども、実際に売却精算したら幾らになるかなど解りませんが、帳簿上には資産価値として計上されています。帳簿上は減価償却をしていますが、それらの総和と時価を比較してPBRを求めるのですから、中古車買取価格が車種や色などによってまちまちなことからも明らかなように、前提にかなり机上の空論的な仮定が多く含まれることはお分かり頂けると思います。
因みに、日経新聞紙上、毎日の朝刊の証券面に「純資産倍率:PBR」という欄があります。そこにはこう書いてあります、「前期基準」と。どういう意味かと言えば、今現在の状況で言えば企業の資産状況を最も正確に把握する方法である前期決算の貸借対照表上の総資産を利用しているということです。3月期決算の企業の場合ならば、通常は2011年3月末で締めた財務諸表から算出される過去の数値ということになります。
<終わった期の数値が表わすもの>
企業は生き物です。日々事業活動を続けることで、毎日変化しています。各企業の経理部の人達に毎日仕事があるということは、毎日なにがしかの収入や費用が発生しているということです。これすなわち総資産残高に変化をもたらします。そして今年のように大災害が発生すれば、その直前と直後とでは劇的な変化を起こしていることだってあります。その一番解り易い例が東京電力でしょう。3月11日以前の東京電力と、大津波に原子力発電所を破壊された後の東京電力とでは物理的な状況だけ考えても全くの別の企業になってしまっています。「損害賠償などで債務超過になる」という話も直後から出ましたが、それすなわち解散価値がマイナスになるということです。
それでも今現在、投資家として確認出来る東京電力の純資産(連結ベース)は3月決算時点で1兆6,025億円、6月末時点で1兆510億円となっています。これを元に計算される一株当たりの純資産で時価を割って得られるPBRという指標に、どんな意味があると思われますか? タイムマシーンで来年3月末の純資産が解るのならば別ですが…。
<PBRが有効なのは、最低限増益局面が続いている場合>
東京電力の例で明らかなように、実務でこれを利用しようとすると、現時点の純資産が特定出来ないことが最大の問題となります。
問題のその2は、収益環境が悪くて最終赤字となる場合にはPBRは役に立たないということです。最終損益が赤字になるということは、企業の純資産が日々目減りしているということです。働けば働くほど、存在そのものがコストであるという状況は、どこまで先の期間でものを考えるかにもよりますが純資産は日に日に減少して行きます。仮に合理的にその瞬間の純資産を計算出来たとして、その時点においてのPBR1倍は、実は風前の灯に等しいということです。
しかし逆のケースを考えると、今この時点ではPBR1倍割れの企業でも、将来の純資産(それが解るとして)で考えるとPBR1倍以上になるかも知れない例があるということです。このことからも明らかなように、少なくともPBRが有効なバリュエーション指標として役割を果たす為には、最低限最終損益が増益基調であることが必要だということです。ならば、大きな災害に国中が動揺し、企業の損益状況の行方など確からしくない局面において、PBRの1倍割れ水準が下値目途になるという議論が如何にナンセンスなものであったかは誰の目にも明らかに感じられるのではないでしょうか?
(「原点回帰その2」へ続く)