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カテゴリ:時事
たけしの番組で、普通の日本人数人が震災に遭遇した見知らぬドイツ人家族を震災から救い、仙台から東京までリレーしたというのをやっていた。途中からみたがザッピングをとめてみる。
ひとりが救い金をわたし、ひとりが外国人収容場所に届け、ひとりが移動手段になり(東京行きのバスが出発済だった)、ひとりが新潟の友人まで届けつつパスポート再発行に電話をかけき、友人は暖かい食事を与え恐縮している家族をリラックスさせるべく日本酒を飲ませたそうだ。パスポートもめどがつき上越新幹線経由でなんとか脱出できたという。 途中からみたにも関わらず素直に感動する。ドイツ人家族はその体験をテレビで語り募金を募ったという。行動でかえすドイツ人もまたすごい。感謝の伝え方というのはあるものだ。 日本人のいうガンバロウはヨーロッパのひとの軽い肩のたたき方とは違うもっと強いものです。という台詞が響く。 すげえ。無私の精神。自分にできるだろうか。 子供のころだったらできる!と迷わずいえたけれど、守る者ができた自分には自信がない。つまらない大人ですみませんママン。 しかし。 日本人すごいよ!と一般論にする傾向に逆に日本人の自信の喪失を感じてしまったのだが。それはへそ曲がりなみかたなのは認める。 かくいう私も日本人すげえよスレみたいなのは好き(というより大好き)でついつい読んでしまうし、やたら民族的尊厳を叩くやつとその教育には怒りを覚えるのだけれど。 「いやいや日本人なんてとてもとてもすみませんすみません」と自虐にみられかねない謙遜しているぐらいがちょうどいい。ぺこぺこしながら頭突きして前に進む。それが日本人だ。卑屈ではない。奥ゆかしさだろう。誇りはある。 はやく自虐できる体力が戻ってきますように。(♂) お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012年02月26日 01時55分13秒
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