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土曜日の書斎 別室

土曜日の書斎 別室

満洲事変

昭和史断章  太平洋戦争への道


 
    第二章  擅権ノ罪

  第三十五条  司令官外国ニ対シ故ナク戦闘ヲ開始シタルトキハ 死刑 ニ処ス

  第三十七条  司令官権外ノ事ニ於テ已ムコトヲ得サル理由ナクシテ擅ニ軍隊ヲ進退シタルトキハ 死刑又ハ無期若ハ七年以上ノ禁錮 ニ処ス

  第三十八条  命令ヲ待タス故ナク戦闘ヲ為シタル者ハ 死刑又ハ無期若ハ七年以上ノ禁錮 ニ処ス



陸軍刑法 (明治41年法律第46号) から抜粋。


満州事変




1


 
  昭和6 (1931) 年9月18日夜。
  満洲 (現中国東北部) ・ 奉天郊外柳条湖。

  南満洲鉄道と付属地の警備を主任務とする 関東軍 は、 自らの手で線路の一部を爆破。
  満洲の政治主権者である張学良軍閥の仕業として、 一斉に軍事行動を開始 した。

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( 『戦争と人間  第一部 ・ 運命の序曲』 )

  張作霖暗殺から三年余・・・。
  一度は頓挫した 満蒙分離構想 ・・・東北三省を中国本土から切離し、 日本の支配下に置こうとする計画が、 横暴極まりない手段をもって、 実行に移されたのである。
  日本の運命の重大な岐路となった 満洲事変 である。

  高級参謀 ・ 板垣征四郎大佐 は、 北大営の中国軍兵舎砲撃と、 奉天城内への進撃を同時に下令した。
  既に、 北大営に照準を合わせ、 待機姿勢に在った 24糎榴弾砲 が咆哮。
  中国軍兵舎は、 忽ちにして粉砕された。
  この巨砲は、 謀略の決行に備え、 隠密裡に、 奉天に運び込まれていたものである。

  奉天総領事代理の 森嶋守人領事 は、 急報に接するや、 戦闘行動の即時停止を要請する為、 特務機関へ直行した。
  特務機関には、 板垣大佐を始めとする関東軍参謀連が詰掛け、 今や・・・臨時の戦闘指揮所として機能していた。

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(山本薩夫監督作品 『戦争と人間 第一部 ・ 運命の序曲』 )

  「攻撃命令は、 司令官閣下が出されたのですか?」
  「本庄閣下は、 旅順の司令部に居られる。 緊急突発事件であるからして、 自分が代行指揮を執っている。 我が重要権益たる満鉄線が攻撃を受けた以上、 是に酬いるは当然至極ではないか?  軍は規定の方針通り・・・」
  「中国側は無抵抗主義で行くから、 速やかに鉾を収めて貰いたいと、 総領事館へ再三に渡って電話が入って居ります」
  「もう遅い。 統帥権 は発動した!」
  「いえ!  遅くはありません!!」

  森嶋領事は、 食い下がった。

  「今すぐ停戦命令を出していただければ、 我々が責任を持ち、 外交交渉で解決致します」
  「総領事館は 統帥権に容喙干渉 するのか!  ソレが総領事館の方針か?」

  板垣大佐は、 矢庭に威丈高に成った。
  一度腰砕けになったら、 全ての計画が破綻する。
  三年前の二の舞である。
  軍の陰謀である事が露見する。
  首謀者は、 免官程度では済まない。
  陸軍刑法 による厳重な処罰が待っているのである。

  特務機関長代理の 花谷正少佐 は、 軍刀を抜放つと咆哮した。

  「統帥権に干渉する者は叩ッ斬る!」








2


 
  関東軍の無法極まりない行動は、 国史に拭い難い汚点を残すものである。
  それは、 明治期の先人達が、 長年月を費やし、 心血を注いで、 営々と築き上げて来た、 日本の国際的信用を、 一夜にして失墜させてしまったのであった。
  自国の軍隊をコントロール出来ない国家 が、 信頼と尊敬を得られる訳がないのである。

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(山本薩夫監督作品 『戦争と人間 第一部 ・ 運命の序曲』 )

  国際社会の激しい批難が日本に集中される中・・・。
  関東軍は、 政府の不拡大方針を無視して、 進撃を続行。
  東北三省 (奉天省 ・ 吉林省 ・ 黒竜江省) の軍事制圧を完了する。

  首謀者としての役割を演じたのは・・・。
  関東軍作戦主任参謀 ・ 石原莞爾中佐
  同高級参謀 ・ 板垣征四郎大佐
  同奉天特務機関長 ・ 土肥原賢二大佐 等である。

  然し、 全てを 関東軍幕僚の独断専行 に帰してしまうと、 事変の本質を見誤る。
  彼等の上級者として、 彼等を監督 ・ 制御する立場に在りながら、 謀略が実行に移されるのを黙認・・・或いは積極的に支持した将官連がいる。

  関東軍司令官 ・ 本庄繁大将
  朝鮮軍司令官 ・ 林銑十郎大将

  軍政 ・ 統帥の長としての責任に於いて、 謀略の事後追認を成した者がいる。

  陸軍大臣 ・ 南次郎大将
  参謀総長 ・ 金谷範三大将

  省 ・ 部の枢要に在って、 謀略計画の策定に深く携わった者達がいる。

  参謀本部第一部長 ・ 建川義次少将
  参謀本部第二部支那課長 ・ 重藤千秋大佐
  同支那班長 ・ 根本博中佐
  同ロシア班長 ・ 橋本欣五郎中佐
  陸軍省軍事課長 ・ 永田鉄山大佐 等々・・・。

  事実上・・・組織包みと呼んで良い 陸軍中央 の関与が、 明確に認められる。
  更に、 政友会幹事長 ・ 森恪 の如く、 田中義一内閣時代から一貫して、 対中国強硬路線 を推進して来た政党人・・・。
  又、 大川周明 の如く、 出所の怪しい工作資金を供与する事で、 謀略支援に一役買った 反動政治団体 代表の存在にも注目しなくてはならない。

  満州事変は、 そうした巨大な背景の下に成就した 国家規模の一大謀略 なのである。
  この背景を解明する事は、 昭和史の本質に迫る重要な作業とも成り得よう。
  無論、 当時の日本国民の大多数は、 終戦に至るまで、 事態の真相を知る事はなかった。

  然しながら、 今日・・・。
  真実の一切が白日の下に曝された時点に在って、 尚も知らないと弁じ立てる事は出来ないのである。









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