「昼下がりの情事」、という映画があって、オードリー・ヘップバーンがチェロの音大生の役で出てくる。この日本語のタイトルはとても思わせぶりで印象に残るが、原題は「Love in the afternoon」で、何となくがっくりする。英語ってそういうことが多い。afternoonを昼下がり、loveを情事と訳した日本語のセンスが素晴らしい。今だったらこんな訳は付かないのではないだろうか。
ヘップバーンだけが悪いのではないが、役者、女優が役の上でチェロを弾くのを見ると、笑ってしまう。のだめカンタービレは、相当役者達ががんばって楽器をそれらしく弾いたけれど、チェロ弾きの菊池君はそれらしく見えない。その最大の理由は、左手指の遅さだ。チェロ弾きの左手指が弦を押さえる速さと力強さは大変な物なのだ。初心者の左手を見ていると、むにゅっと弦を押さえるように見える。あれでは手全体をポジションに置いたまま小指で太いC線を止めることは出来ない。上級者やプロでは指自体に命が宿っているような動きだ。非常に速く重いが、大して高く上げない。
この速度は音程のパリッとしたキレの良さに必須だ。これがないと、音程の変わり目に経過音が聞こえるので、子供の時ずいぶん訓練した。弓を置いて、左手で弦を押さえるというか叩く。それだけで音程が聞こえる。音程が下がっていく音型では、左手指が弦を離れる瞬間はじいて音程を出す。こうやて左手だけで音楽が聞こえるように訓練した。
電車の中や授業中、自分の右手をチェロのネックに見立てて、弦を叩く練習をした。手首の小指側の付け根に軽い骨の出っ張りがある。これは尺骨という骨(肘と手首の間=前腕には二本骨があるが、肘の出っ張りから小指の付け根にかけて伸びている骨が尺骨)の茎状突起という出っ張りである。右手の指を自分の左肩の触れさせておき、右手の甲を弦だと思って叩く。このとき、正確にこの尺骨の茎状突起をヒットするように練習する。左手の各指で叩くが、特に薬指、小指は弱いので、正確にこつんと茎状突起をヒットするように、訓練していた。上手くヒットすると、尺骨全体に振動が伝わる。練習が進むと、指を高く上げなくても、強い力で弦を押さえられるようになる。この茎状突起を狙うことで、意図した場所に正確に指先が落ちるトレーニングにもなる。
ところで、チェロの指番号はピアノと違う。ピアノでは親指が1,小指が5だが、弦楽器は人差し指が1で小指が4だ。5はない。0は開放弦あるいはハーモニクスである。0の下に短い縦棒をつけた変な記号があって、これは親指を示す。