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カテゴリ:旧日記
昨日名古屋駅(名駅)のナナちゃん人形の前を通りますと、何と路上で活動している人が沢山いてビックリいたしました(^_^;)
大阪だけではなく、名古屋でも結構いるんですね。 そんな訳で本日は名古屋の路上についてです。
と言っても、軽く名古屋で路上している人を見かけただけなので何とも言いようがない様な気もするのですが、それと言っては始まりませんね...。 ははは(^_^;) 大阪では、自作の絵をポストカードにして販売する形式の多い路上活動ですが土地柄によって違いがある様で、名古屋では墨と筆で和紙に詩などを書いている人が沢山居ました。 大阪でも居るには居るのですが、梅田や難波などで1~2組ぐらいではないでしょうか。 簡単に言うと、相田みつお氏の作品に類似したものです。 しかし普段見る大阪の路上とは違い、まだまだ発展途上の感じがあり丁度大阪の4~5年前にも似た、活気がありました。 大阪では、路上活動をする若者が定着した感があり、現在熟年期に差し掛かっていて、事に作品、販売方法、ディスプレイ、などここ数年皆が切磋琢磨した結果、良い物は残り、良くない物は消えていき、ある種の定跡にも似た伝統が受け継がれ、良い意味でも、悪い意味でもさしたる違いが無くなって来た様に思うのです。 確かに大阪では、一定のクオリティーを皆が持ち合わせ路上販売という市場を確実に成長させ、ある意味でのサブカルチャーを作り上げて来たのですが、熟年期に差し掛かった今、 市場が必ずも健全な物とは言いがたく、目新しさ、新鮮さ、期待感などとを感じる事が出来ません。 路上販売というものは、あくまでアマチュアな活動であり(ここでの路上販売とは、イラストレターなどのを目指す若者を差す)、プロではないのです。 ですから、やはりお客さんが求める物は完成などされていなくとも、見た事の無い新鮮な作品、荒削りでも良いから、可能性を感じる事の出来る作品、そんな物を求めているのではないでしょか?? 凄く上手で、まるで映画や雑誌の表紙の様な作品を並べても、プロの作品には足下にも及ぶはずもなく、『何が見た事あるポストカードだなぁ~』で終わりです。 初めの内は、猿真似でも、自己満足の同人誌的作品でもいいから、ほんの一欠片でもいいから、『これが俺だ!!』と言う熱いものを出す努力を皆がもう少し持つ事により、市場が路上ならではの、新鮮さ、面白さを取り戻し、まるで夏祭りでの夜店の様な、大しておいしくもないフランクフルトを美味しくさせる魔法をかける事が出来るのではないでしょか?? 発展途上の名古屋では路上活動をしている者皆が、わくわくしているのが伝わり、偶々通りかかったお客さんをも、『何かありそう!!』と思わせる、大阪の路上が無くした魔法があるあったのです。
あくまでも、路上活動とは作品の宣伝活動の一部であり、絵描きが本来する事は絵を描く事だと思います。 絵を描いたり見せたりする足がかりとして、路上活動をするのはとても良い事だと思います。 しかし、もし真剣に絵を描いて行こうと思うのなら、路上活動と制作、売り込みなどをバランスをとりながら、取り組んで行くのが最善の様に私は思うのです。 たかが路上、されど路上。 それ以下でも、それ以上でもありせん。 あくまで、ローカルな活動です。 路上で得られるものもあれば、路上で獲られないものもあります。 あまり固執せず、しかし軽視せず。 そんな感じではないでしょうか?? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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