カテゴリ:仕事
一度、悪夢のような採用をしてしまったことがあった。
当時の会社の場所は、込み入った道ではないが、ちょっと勘違いしやすい場所にあったので、面接の途中で道に迷って電話してくる人がよくあった。 彼女はその中の一人だった。 ただ、彼女が電話してきた時の声の感じが結構よれよれで「なんじゃ、こいつ?」という感じがあった。 10分くらいたって「スミマセーン」と言いながら、泣きそうな風情でオフィスにはいってきた。 私と当時のマネージャーで、それじゃという感じで面接を始める。 うちの仕事の関係上、面接は日本語と英語といっぺんに同時進行で行い、それぞれに適切に受け答えできるかどうかを見る。 彼女は話し出すと、どちらかというと英語のほうが話しやすいという趣きでどんどん会話が進む。 顔立ちはわりと人目を惹く感じなのだが、私はなんとなくピンとこない。 人目を惹く顔立ちに係わらず、たたずまいのあちこちがなんだかずれている感じがするのだ。 直接お客さんに会う仕事でもないし、上等な服を着てくる必要はないが、彼女の全体はどこかちぐはぐというかすっきりしない。 話自体にもあちこちに大仰な誇張が感じられる。 サービス業に面接に来ているからだろうが「私はサービス業を一生かけて突き詰めたいんです!」と言う。 そこまで言うか、と突っ込みたくなるのを押さえ、彼女の話をいろいろ聞いていると、日本で勤めている時には電話の応対などで賞をもらったこともあるそうだ。 面接が終わった後、マネージャーと「どうする?」と相談。 「んー…なんかねぇ・・・」と私。 自分の印象を的確に表す言葉が見つからない。 その当時のうちの面接には、私たちのじかの面接以外に、電話での受け答えを審査する段階があった。 うちの会社の東京のオフィスにいるK女史が最後に厳しく面接者を電話でチェックする。 S女史は、うちのサービスはあくまでも日本人相手なんだからということで、英語だけいくらできてもダメで、日本の感覚を残し、日本でよしとされる敬語や話法がペケだと落としてしまう。 私とマネージャーの間では、ちょっとなんとなく決めかねる人材とみた彼女を、K女史はかなり気に入った。 それだけならよかったのだが、イギリス人だけで成り立っている人事課も彼女をめちゃくちゃ気に入った。 私とマネージャーだけが一部、不安を残しながらも彼女を採用することになった。 出勤するようになった彼女は、トレーニングの間も、トレーナーを相手に自信満々。 長くカールさせた髪をはらっと手でかきあげながら「ええ、ええ、そういうことは全部日本で勉強したことですから。」とか「あ、その部分は私は以前エキスパートだったんです。」などとのたまう。 その時、彼女以外にもう一人採用した子がいて、今も毎日一緒に仕事をしているのだが、その子なんか、彼女がどんな講義を受けてもあまりに朝飯前顔をしているので、こんなデキる人と一緒にはやっていけないから辞めようかと思っていたくらいだ。 彼女の本性が露呈し始めたのはそれから間もなくだった。 トレーニングを終わり、少しずつ簡単な仕事からふり始めてやらせてみると、なんか何をやらせても全部方向性が違うほうへ彼女は動き始めるのだ。 人間のものの考え方というのは、仕事とはもっと前の次元の話である。 彼女のものの考え方というのは、いわゆる普通の常識とは大きくかけ離れていた。 仕事の内容で一つ一つ教えていっても、それがまったく積み重ならない。 お客の一つの頼みごとの処理を、まったく違う方向に引っ張って進めてしまうので、こっちが気がついた時には軌道修正もできない。 たった一つのリカバリーとしては、違う方向へ進めた分だけバックして、正しい方向へ一からやり直す。 毎日の一つずつの仕事がすべてこれだから、彼女だけがいつも誰もいないオフィスで自分の尻拭いをすることになる。 私は私でいろいろと山積みの仕事を抱えているので、当然彼女と二人で残ってしまうことになるが、彼女は私が彼女のために残っていると勘違いして謝ったりするが、問題はそういうことではない。 そのうちにおかしなことが起こり始める。 彼女は英語を話すほうが好きなので、うちの課の同僚よりも、周りの課のイギリス人その他と世間話を始める。 誰となかよくなろうとそんなことは構わないのだが、周りの課から漏れ聞く話では、彼女は「本当は私はマネージャーにもう一歩なんだけど、ポジションが空かないからポジション待ちなのよ」等々すごいことになっている。 仕事中は、相変わらず想像もできないような失敗をやらかしてくれて、こっちは注意せざるを得ないのだが、そういう時の彼女ははた目に見ると、美人が叱られてしょげかえっているような風情に見えるようだ。 そうだ。 彼女には実は「女優の素質」ととてつもない「虚言癖」があったのだ。 その頃、彼女のプライベートな部分で「大事件」が起きた。 会社の上層部も彼女の身の上を深く考えてやらなければならないような「大事件」だった。 私もそういう例が過去になかったので、最初にそれを知った時は息ができないくらい驚くような「事件」だった。 彼女には会社から特別な休暇が与えられて、しばらく来ないことになった。 その頃、周りのスタッフからは「彼女が電話でお客と話す声を聞いているだけでおかしくなりそうなので、彼女にはもうここへ二度と戻ってもらいたくない。」という苦情が相次いだ。 採用に係わっているこっちは、わけのわからん一人を取ってしまったばっかりに他のがんばっているみんなにとても申し訳ない気持ちになった。 でも、私たちの彼女に対する見方より、会社そのものが彼女の「事件」後の立場に深く同情し、彼女の籍を置いたままにしているから新しい人も雇えない。 彼女は休んでいる間も仕事に復帰満々だったらしい。 その後、私が日本へ一週間出張したが、オフィスに戻った時にはなんと彼女はマネージャーから引導を渡され、速攻で退職しているという展開になっていた。 驚いたが、会社やみんなのためには本当によかったと思わずにいられなかった。 彼女がうちの会社にいた頃の毎日は、まるで、誰かから逃げようとして足が動かない夢の中のような怖さがあった。 あの時のことがあるから、今の面接と採用は本当に気を使う。 面接に来る人はできるだけ自分に合っていて、できるだけお金になる仕事を探す緊張が誰にもあるのだろうが、採用するほうの緊張は採用する側にしかわからないなとつくづく思う。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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