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カテゴリ:哲学・認識論
隠れてキリスト教を信仰していたような隠れキリシタンのように、
実は物理がわかっています! という隠れ物理屋さんはどうでしょう。 もちろん物理である必要はありません。 数学、生物、化学でも構いません。 「はい! 隠れ物理屋さんになりま~す!」 仲良しの哲学屋さんが挙手してくれました。 喜ばしい限りです。 しかし、大学の教授も電車の中で見る限り、ただのおっさんですから、 隠れとも言えそうですが。 ---------- 二酸化炭素が何故、温暖化の原因になるのか知っていますか? 今そこで、スイカを買っていったおばちゃんは知っています。 放射能について、具体的に説明できますか? 駅横にある花屋の兄ちゃんは説明できます。 太陽電池の仕組みを知っていますか? 行きつけの店のシェフは知っています。 黒い服が、白い服に比べて熱を持ちやすいのは何故ですか? がきんちょAは半分知っています。 おお!隠れが沢山います。 ・・・半分は妄想ですが。 ---------- 最初の段階として、まず自分が理解することが大切です。 普及活動は、各自の判断にまかせます。 それは、知識を伝えることは、かなりの技術が必要だからです。 威力のある知識は、扱いが簡単ではありません。 そのような知識がいい加減に伝わってしまうのは、大問題です。 あいまいな知識は伝染病のごとく、有害無益です。 知識を与えられた人間は、それを確認する力がないのがほとんどです。 正しい正しくないではなく、 信じるか信じないかで、知識は存在できるのです。 ---------- 知識と信仰は、扱いが似ています。 振りかざすだけでは、何も生み出しません。 学問とは自己満足です。 一人で奥ゆかしく堪能するのも一興でしょう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2008.08.16 01:43:12
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