つづき
居酒屋御藤にて、柴崎、御藤との三人で喋っていると、時間を忘れるくらいに楽しかった。僕に現存する唯一の友達らとの久しぶりの酒を伴った宴である。
『チャチャ』を入れる母もいない。僕が好き勝手に喋っても、ちゃんと僕の話を聞いてくれる仲間である。
占いの持論を展開したり、恋愛の話をしたり、若い頃の話をしたりして場を盛り上げていた。
時は夢のように流れ、居酒屋御藤は午前零時の閉店時間となった。
そろそろおひらきかというタイミングで、御藤がガールズバーに飲みに行こうと言い出した。
無銭の僕だが、場の流れで一緒にガールズバーへ。
店内に入ると、若いホステスが二人立っていた。二人とも十九歳のギャル。
客を寄せるためか、胸元を開けて谷間を露出している。
女性の谷間を生で見たのは何年ぶりのことだろう。
もう、谷間だけでドキドキしていた。
楽しい楽しいガールズバー。
ガールズバーだけに、僕が長年、大金を投入して通い詰めたスナックよりは若干ショボイが、それでも僕が大好きな夜の世界。
あまりにも突然に降って沸いた、酒と女の両方を一度に楽しめる夢の世界へのお誘い。
僕はおおはしゃぎしていた。
しかし、どこからか込み上げてくる悲しみ、虚しさ。
そして、虚空の極みへ・・・。
居酒屋御藤でビールを飲みすぎたので、ガールズバーではオレンジジュースを飲んでいたのだが、それにより、アルコールが抜けてしまったのである。
ふと気付けば、僕は深い悲しみのどん底に叩き落とされていた。
何故、昨日、僕はあんなに激怒したのだろうか。
しかも、親族のいる前で・・・。
確かに、母の『チャチャ』入れにムカついたし、親戚の叔父さんが弁当を決めない事に苛立った。従妹も僕の話を真面目に聞いてくれなかった。だけど、母に物を投げつけて、大声を張り上げて激怒する場面だっただろうか。
皆、楽しく酒を飲み、楽しく話をしている。
それを僕が、一方的にぶち壊したのだ。
祖母の一回忌を、無茶苦茶にしてしまったのだ。
居合わせた親族らは、さぞ、気分を悪くしただろう。
それに、本来ならば自立していなければならない年齢の僕が、老いた母を相手に何をムキになる必要があったのだろうか。
精神病で引き篭もっていても飯を食わせてくれる母。僕は実家を放り出されたら食べることもできないし、誰かに助けてもらうこともできない。
また、お金のない乞食を助けてくれる奇特な人もおそらくいない。
まさに、母は僕の命綱。
猛反省。
猛反省に次ぐ、猛反省。
本当に僕は駄目な男だ。
腐っているとは思っていたが、最近は芯まで腐って来た。
僕なんかが生きていたら、みんなに迷惑を掛ける。
気が付けば、僕は暗い気持ちになって自殺を考えていた。
ガールズバーには、御藤、柴崎、僕の三人で座っていたが、他にも客がいた。入れ替わり、立ち代って、ふと気付けばカウンター席の八席が満席になっていた。席に座れず、立って飲んでいる人までいるような気配がする。
そして、誰かが僕を睨みつけているような感覚が僕を襲う。しかも鬼の形相で睨みつけている。
酒が抜けて、長期間の引き篭もりによる対人恐怖症の症状が出てきたのだろうと思った。
「人が怖い・・・」
こんなに怖い想いをするくらいなら、僕は家で引き篭もっていた方がマシだ。布団をひっかぶって、部屋の片隅で安全を確保していた方が落ち着く。
やっぱり、僕はまだ社会復帰は無理だな・・・。
怖くなって、隣の席に座っていた柴崎に、「柴ちゃん、人が怖い・・・。人が怖くて仕方が無い」と訴えた。「はぁ?」と言った反応だった。
ホステスの一人が、「そろそろ閉店時間です」と言った。
その瞬間、僕を睨みつけているような感覚が消えた。八席が満席で立って飲んでいる客までいるような他の客の気配も消えた。
ふと客席に目をやると、全然、満席ではなく、実際には僕ら三人の他に客は二人。
しかも、一人は温厚そうな人で御藤と仲良く喋り、もう一人は疲れて寝ている。恐怖を感じる人など、誰もいないのである。
一体、何だったのだ、あの恐怖感?
ふと、店内の一角に怪しげな人形が置いてあるのに気付いた。
その人形からは、霊気というか妖気というか、とんでもなく嫌な気が出ている。
何気なくホステスに「あの人形、どこで手に入れたの?」と聞くと、「やっぱり?」と聞き返された。
何人かの霊感の強い客は解るらしく、何人かが人形周辺や店内で霊の気配を感じて、ホステスに訴えたそうだ。
まさに、冬の怪談・・・。
霊感の強い僕は、直感で自殺をして酒を飲みに来られなくなったお客さんの霊だと思った。
ガールズバーの御代は、御藤と柴崎が折半して払ってくれた。
僕は、言わなければいけない「ありがとう」を言えなかった。
ありがとうと言ってしまうと、僕が御藤と柴崎よりも格下の人間となってしまい、二人がもう誘ってくれないのではないかと思った。
あくまで今回は借りただけ。次は僕が奢るから、その時はありがとうを言わないで欲しい。
大事な友達ほど、素直にありがとうと言えないものなのかも知れない。
帰り際、コンビニに寄って、霊に取り憑かれないように粗塩を買った。
そして、僕の体と、一緒に帰宅した柴崎の体にふりかけた。
僕は体が軽くなり、柴崎は乗っていた自転車のペダルが軽くなったそうだ。
夜の世界は楽しいけれど、霊を含めて危険がいっぱい。憑依されたら大変だ。
気をつけよう・・・。
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