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振り向けば ご恩を受けし 人ばかり @@@@@@@@@ 八月はお盆月ということもあり、お墓参りお仏壇参りと手を合わせる機会が多いと思います。 この「拝む」という行為は「恩を噛みしめる」意味の「恩噛む」から「おがむ」となったといわれています。 確かに、今私がいるのは親をはじめご先祖さまのいのちが受け継がれての私の存在です。 そのいのちに対する感謝のあらわれとしてご先祖供養をするんですね。 またこの人生を振り返ってみても、 親からいのちをもらい育ててもらった恩はもちろん、 先生や師匠、上司等々導いていただいた方々を考えると計り知れないものがあります。 今年は四年に一度のオリンピックがありました。 メダルを獲得した日本人選手は皆 「自分独りで取ったんじゃない。まわりの方のおかげです!」 というようなことを感激の言葉として話されていました。 ここに至るまでいろんなおかげがあったことと思います。 どの選手にもドラマがあり感動的でした。 特に印象深かったのは女子レスリングの吉田沙保里選手でした。 北京でオリンピック二連覇。その後外国人選手からも徹底的に分析され、まさかの敗戦。 それからの自分の戦い方に不安と迷いが出たそうです。 しかし、負けた悔しさをバネに猛練習。 「そのおかげで自分は更に進化し成長している!」と。 そしてこのロンドンオリンピックでは圧倒的な強さで三連覇を見事勝ち取られました。 これは脚光を浴びた選手だけの話ではなく、 アナタも振り向けばいろんなご縁で出会ったり、別れたり、 直接的間接的に影響し合って、沢山の方と関わった結果としての今なのです。 それを仏教では〈縁起〉といっています。 心の思索が深まってくると「偶然」と思っていた出会いも、 その字の如く「然るべくして人に禺う」というように出会う運命であり、 さらには出会わせた大いなるモノの〈はたらき〉を感じずにはいられなくなります。 すると人に感謝だけでなく、その出来事や時機、またそうしむけてくださった大いなるモノへの感謝に繋がり、 感慨深いものになります。 それが神さまか仏さまかご先祖さまかはわからないけれど 手を合わせ天を仰ぐしかできない心境になるのです。 それを昔から「お天道さん」と言ったり「お陰さま」と言ったりしてきたのが日本人なのですね。 なにごとのおはしますかは 知らねどもかたじけなさに 涙こぼるる 西行法師 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2012.08.22 08:35:59
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