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カテゴリ:舞台・音楽・芸能パーフォマンス等々論
2023//9/10 オペラ『浮かれのひょう六機織唄』新演出(梅組) おぺらしあたーこんにゃく座公演、俳優座劇場、台本:若林一郎、作曲:林光、演出:大石哲史、 ひょう六:吉田進也、お糸:鈴木裕加、お縫:飯野薫、 お母あ:花島春枝、かすけ:沢井栄次、庄屋:武田茂、お糸の父:富山直人、村の娘達:沖まどか・熊谷みさと・小田藍乃・ 小林ゆず子・入江茉奈・彦坂仁美・川中裕子・高岡由季、下男たち:高野うるお・壷岐隆邦・金村慎太郎・佐山陽規(客員)、ピアノ:入川舜、 ![]() 図1 浮かれひょう六機織唄 このオペラ、よく出来た人情話、笑いとホロリに丁度良く彩られ定番になり得る話ではないか。 口説く男が仕向けられてきた本来の目的は見えているが、私は村の財の要の機織りを一人で担う身。堕ちたいのはやまやまなれど、と懊悩する内に、何と姉が横から堕ちて道行き模様、そっと機織りの秘伝を姉に託して、口説き男の使命も成就させましょう! この和製オペラ、何と1977年に初演、翌1978年に再演された後、林光の生前は封印され、今回が新演出でのほぼ半世紀ぶりの上演なのだそうだ。今回の萩京子さんの解説にも書かれていたが、林光は日本語のオペラを、西洋音楽の伝統に乗っ取りながらやりたかったのだ。 それは、1970年頃まで、日本の音楽は邦楽と洋楽、古典・クラシックと大衆・ポピュラーの4つに、綺麗に仕切られていたこと、レコードのレーベルがはっきりと分かれていて相互乗入は禁断の業であったこと、という様な当時の事情を知らないと、理解し難いquestになってしまっているかも知れない。オペラと名のついたものは、あくまで洋楽クラシックの延長と宿命づけられていた! 1978年はこの流れの中で、ニャンスケの記憶の中では、最も衝撃的なことが起きた。サザンオールスターズ桑田佳祐の「勝手にシンドバット」が邦楽の世界に殴り込んだのである。日本語を楽曲に合わせるシステムを根本からひっくり返した。洋楽が自然な(しかし桑田流の極めて個性的な)日本語と完全融合した。古典正調洋楽の流れではなく、大衆音楽から洋楽と日本語の自然な結びつきが達成されていた。もちろんこの前駆には1960 年代後半からの北山修、吉田拓郎、井上陽水、YMO、ユーミンなど、今や歴史上で語られるような人々の活動が数え切れないとしても。 洋楽ベルカント発声で明治以来の1音符1音ルールを守りながら日本語でオペラというのは土台帳尻が合わず無理なんで、音符一つが1語で行かないと! 明治の初めの考え方がずれていたんじゃないかなあ。 浮かれひょう六の舞台はいつの間にかニャンスケの思いをあらぬ方向に展開させてしまったのだ。 多分林光が思っていたのとは違う音(発声)で楽しく面白く和製オペレッタが出来上がっていた。 ![]() CD/林光 追悼コンサート「夢へ……」/オペラシアターこんにゃく座/FOCD-9582 ![]() CD / オペラシアターこんにゃく座 / 林光:オペラ「森は生きている」 / FOCD-9048 ![]() CD / オペラシアターこんにゃく座 / 林光:オペラ「森は生きている」 / FOCD-9174 ![]() CD オペラシアターこんにゃく座 林光追悼コンサート「夢へ……」 / フォンテック お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2023.09.23 10:54:32
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