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テーマ:Jリーグ(228)
カテゴリ:サッカー全般
5月15日は、Jリーグで最初の公式戦が行われた日です。
1993年5月15日、東京・千駄ヶ谷の国立競技場でヴェルディ川崎VS横浜マリノスの試合が行われました。試合は1-2でマリノスが勝利しましたが、この試合で先制点を決めたのが、ヴェルディのヘニー・マイヤーでした。 彼はJリーグに定着できず、1993年度という1年限りで去ってしまいました(オランダに帰国)。その後、彼はどこで何をしているのか。興味深い記事が日刊スポーツに掲載されていました。 Jリーグ第1号!波瀾万丈の元V川崎マイヤー氏直撃(15日、日刊スポーツ) Jリーグは15日、新型コロナウイルス感染拡大を受け、初めて中断期間下で開幕記念日を迎える。93年5月15日から27年。横浜マリノスとの開幕戦で第1号ゴールを決めたヴェルディ川崎のFWだったヘニー・マイヤー氏(58)が取材に応じた。退団し、日本を離れた後の浮き沈み激しい人生や、新型コロナウイルス感染拡大から立ち直りつつあるオランダ国内の現在を紹介した。 【取材=エリーヌ・スウェーブルス通信員】 -新型コロナの影響は 「いつもの仕事が、すべて中止になった。学校(育成年代の指導)や市(アムステルダム市の事業で、低所得者向けの教室も開いている)での仕事。今は自宅でビデオ電話をしたり、ワークショップをして過ごしている。新たにスタートした仕事も1つある。老人ホームの内庭で20分ほど体操をしたり、入居者のケアをすることだ。コロナが収まったも、たとえワクチンができても、この気持ちがなくならないよう、気をつけないといけない」 -オランダの状況は 「(4月下旬から)12歳までの児童が練習できることになった。ルールが少し緩和されてきた。僕が主に教えているチーム(18~19歳)は練習できていなかったけど、こちらも4月末から(再開)。練習を見たいけど、やっぱり僕は60(歳)近いので、他人と接触する仕事が禁止されている。仕方ないね」 -経済的には 「うちの会社(サッカースクール)は、ここ数年、利益が出ていた。内部留保があったので給料は安全。クビになることはなさそうだ。世の中の状況を考えれば恵まれている。(オランダリーグが中止になり)プロサッカーの解説の仕事は収入ゼロになったけど(レストランやカフェが閉まっていて)家族で外食や映画館に行けていないので、出ていくお金も減った」 -ヴェルディを退団してオランダへ戻り、98年に引退。前夫人と離婚し、2男3女を育てるため専業主夫になった。選手年金に頼る生活を「お金が尽きるまで」10年間も続けた。その後、再婚。子育てが一段落した後はサッカースクール「ゴールデンシュー(MVPの意味)」を設立した。現在は 「ポジティブだよ。はじめは6~12歳の選手たちを教えたり、アマチュアクラブのU-17の監督をしたりしていた。前の奥さんとは難しい関係だったけれど、新型コロナで大変になったことで、関係が良くなってきた気がする。子供のことで相談することが増えて、ビデオ電話をすることが増えた」 -波瀾(はらん)万丈の人生。現役時代の89年には、スリナム航空の墜落事故で多くの選手仲間を失った。一方、末っ子の3男(23歳)がヒップホップ歌手になるなど喜ばしいことも。マイヤー氏の人生経験から、この難しい新型コロナ禍を乗り越えるため、選手やサポーターに言えることは 「僕が思うに、サポーターと選手のモチベーションは全く違うものだ。サポーターにとっては、サッカーはあくまでも遊びの1つ。生活、仕事、子供は別にあるから。寂しいかもしれないですが、私生活は続く。反対に選手は仕事、人生がサッカー。メンタル的に難しい。ここは、クラブからのサポートが大事になる。練習や試合ができず、チーム全員で一緒に過ごせない時期に、クラブがどのように選手をモニタリングするかが重要だ。オランダは、メンタル系も見るコンディションコーチが多いので、うまくやっているはず。21世紀の素晴らしい技術を使いつつ、選手にはタフなメンタルを持ってほしい」 ◆ヘニー・マイヤー(Hennie Meijer) 1962年2月17日、オランダ領ギアナ(現スリナム)の首都パラマリボ生まれ。オランダ国籍。83年に同国2部テルスターでデビュー。アヤックス時代の87年に代表入り(1試合無得点)。91年にフローニンゲンを過去最高の3位に導き、オランダ1部のMVPに輝いた。同国1、2部通算148得点。93年にV川崎入り。当時の年俸は推定4050万円で鹿島ジーコ氏の4100万円とほぼ同待遇も、11試合2得点で7月に退団。その後、オランダ1部カンブールへ移籍した。182センチ。 (引用終わり) 現在、ヨーロッパのサッカー界では、 ドイツが16日、デンマークは28日、ポーランドは29日にそれぞれ公式戦再開の予定です。一方でフランス、オランダ、ベルギーでは今季のリーグ戦は打ち切り(オランダでは優勝チームも決めず)。スペインではリーガエスパニョーラが6月20日に再開予定・・・となっています。 最後に、Jリーグ開幕戦の出場選手(スタメン)、試合結果を。 (1993年5月15日 Jリーグ・開幕戦=国立競技場=) 19時29分キックオフ 観衆:59,626人 ヴェルディ川崎 1-2 横浜マリノス (スタメン) -横浜M- 監督 清水秀彦 GK 1 松永成立 DF 2 平川 弘 3 勝矢寿延 4 井原正巳 5 小泉淳嗣 MF 6 野田 知 7 エバートン・ノゲイラ 8 水沼貴史 10 木村和司 11 ダビド・ビスコンティ FW 9 ラモン・ディアス (得点) 後半 3分 エバートン・ノゲイラ 後半14分 ラモン・ディアス -V川崎- 監督 松木安太郎 GK 1 菊地新吉 DF 2 中村 忠 3 ルイス・カルロス・ペレイラ 4 加藤 久 6 都並敏史 MF 5 柱谷哲二 8 イェーネ・ハンセン 10 ラモス瑠偉 FW 7 ヘニー・マイヤー 9 武田修宏 11 三浦知良 (得点) 前半18分 ヘニー・マイヤー (控え選手) -横浜M- DF 12 永山邦夫 MF 13 山田隆裕 FW 14 三浦文丈 15 神野卓哉 GK 16 横川 泉 -V川崎- MF 12 永井秀樹 14 北澤 豪 FW 13 戸塚哲也 15 阿部良則 GK 16 藤川孝幸 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
May 16, 2020 05:41:21 AM
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