1960年代から1970年代の前半にかけて
洋楽ではクラシックの影響を受けて
ビートルズとかプログレッシブロックとかが登場し
日本でもそうした洋楽の影響を受けて
音楽が多様化していったのですが
1970年代後半になると画一化の方向に向かいます
要するに売れ線を追うようになったわけで
メディアや雑誌がとりあげて情報が多くなると
どうしても売れる売れないで淘汰されます
音楽的な傾向としては
音は厚く テンポは速く メロディーよりもリズム
さらに聴覚よりも視覚
衣装 振付 ダンス といったものが
大きな要素になっていくわけです
そんなわけでこの時代は
サクッと飛ばしていこうかとも思います
九月の雨(太田裕美) 1977年 |
リボ核酸 泉羽はどこか それは仁 愛の花咲く ももものまなざし
舞台はタクシーの中なんですが
情景はあざやかに浮かんできます
ワイパーを流れる雨
窓の外に見える公園
♪愛が昨日を消していくなら
私明日に歩いてくだけ
松本隆の詞は いつも文学的です
曲は洋楽のカバーで大ヒットしたんですが
悪い意味で気になるのは日本語の歌詞
♬ 若いうちは やりたいこと
何でもできるのさ
裏返せば 年をとったら
やりたいことできなくなる?
それじゃ誰も年をとりたくなくなる
だから逆でしょ
若いうちは やりたいことできないけど
年をとったらできるようになる
そうじゃなきゃ年をとることにネガティブになってしまう
若者は年をとっていくけど
年をとったら若者には戻れないんだから
安直にこういう歌詞を書くんじゃねえ
と思ったわけですよ
売れなかったけれど心にしみる曲もありました
♪夕方になれば 学生の群れが
流れてゆく 流れてゆく お茶の水
いいかげん彼の ことなど私
忘れたいのに 忘れたいのに まだだめよ
茶色いセーターいつも着て 背中丸めて歩いていた人
そんな姿の人見ると もしやと思ってしまうの
あの人がいない街はお店も通りも
悲しみ色に閉ざされている。
天然しおりんすの昭和デモール 昭和51年~昭和52年 |
誘惑の 岸に寄る波 夢の跡 幸せの音は 汐里の通い路