旅行記其の二~ひめゆりの塔~ラストまで
チョイスミス。それは・・・バス。行きに乗ってきた高速バスに乗って那覇まで帰ろうと思っていたのですが、その高速バスが既に1時30分にターミナルを出発していたのです。これはマズイと焦ってしまったのが運の尽きでした。運転手さんに聞いて那覇ターミナルまで行くバスに乗ったは良いんですが、高速ではなく一般道を遠回りするバスに乗ってしまったんです。高速で飛ばしても1時間以上かかるもの一般道で更に遠回りするとなると2時間以上は見なくては・・・失敗しました。次があれば同じ轍は踏みません。で、那覇に着くと午後4時を回っているではありませんか!スケジュールを強行するか変更するかの選択が迫られましたが、基本的に沖縄にもうこれる機会は少ないと判断し強行することに!ひめゆりのの塔までは那覇からバスで糸満まで30分かけて行きそこから乗り換えて15分ほどで着くと前日の調べではあったのでそれにしたがってはやる気持ちを抑えつつ糸満行きのバスに乗り込みました。しかし・・・30分経ってもバスは一向に糸満へ着く気配がありません。10分、15分と過ぎ心の焦りはピークに・・・結局着いたは良いのですが1時間かかってしまいました。ちょっと、自分の情報検索能力に不信感を抱いた瞬間でした。しかも、その後が頂けなかった・・・。なんと、ひめゆりの塔方面へ行くバスは一時間に一本あれば良いほどダイヤが少なかったのです!そんな状況に糸満へ沈み行く夕日をただただ呆然と見るしかありませんでした。糸満へ沈み行く夕日この失敗を踏まえて、これから沖縄へ行く方へ忠告いたします。ひめゆりの塔、平和記念公園方面へ行くならなるべくスケジュールの早目に組み込みましょう。マイカーやレンタカーを使う方は別ですが、バスを使うとなると日が落ちてからバスを長く待つのはかなり心細いものです。バスで移動するよりもこの辺り一帯はタクシーで移動すると良いと思います!行こうかなと思われている方は参考になさって下さい。ちなみに、僕は糸満からタクシーでひめゆりの塔まで行きました。突然ですが皆さんは『ひめゆりの塔』を見たことがありますか?これが世に言う“ひめゆりの塔”です。僕は、“塔”と呼ばれていたのでもっと背の高いものを想像してたのですが、まさしくこれがひめゆりの塔なのです。低い理由としては、建立当時アメリカ占領下にあったことや終戦直後の物資が少ない時代に作られたからと言う見方があるそうです。この塔が建てたらたのには見えづらいかもしれませんが、この巨大な穴が関係しています。この穴で何があったのか?時は第二次世界大戦末期。沖縄はアメリカ軍の激しい攻撃に遭っていました。病院は負傷した日本兵で一杯。その病院の一つに世に言う“ひめゆり学徒隊”(名称はこの隊に所属していた女性達の学校の校誌名である“乙姫”と“白百合”を合わせたものだという)が看護要員として従軍していた南風原陸軍病院がありました。連日激しい攻撃を受ける中、ついに病院にも危険が及ぶようになり、重症患者を置き去りにし、逃げられる者は地下壕へ潜んだのです。写真の穴はその地下壕として使われていた穴で、その当時は“第三外科壕”と呼ばれていたそうです。その後更に戦局は悪化。ひめゆり学徒隊は解散を命じられます。そんなことはお構いなしにアメリカ軍は壕にまで攻撃の手を伸ばします。第一、第二外科壕にいた生徒達は攻撃を察し、脱出しましたが、第三外科壕にいた生徒、職員はそれに気付かずアメリカ軍の投じた爆弾によって壕にいた96名のうち15名を除く全員が死亡。と、言う悲惨な出来事が起こった穴なのです。現在は塔の他、壕の上に犠牲者の慰霊碑が建立されています。テレビとかで中東の街が爆撃されたなどの報道を良く目にする僕としては、リアルにそういった場面が展開された場所を見ることでようやく“テレビの中の出来事”だったことが目の前でも起こりうる“リアル”なんだということをまざまざと見せ付けられた気がします。やっぱり、怖いな。そして“怖かっただろうな”時間が無くてしかも、資料館も閉まっていたので次訪れるときはもっと詳しく見てみたい施設です。平和記念公園と共に!さて、旅行記。ひめゆりの塔が見終わり、そろそろ次の目的地へ・・・と、思ったとき。目の前を貴重なバスが通っていってしまったではありませんか・・・。あと、一時間待つ気は暗かったこともあり一切ありませんでした。そしてここでもタクシーの運転手さんに助けて頂きました!たまたま、タクシーで娘さんを迎えに来ていた運転手さんに違うタクシーを手配して頂きました!本当に感謝です!さぁ、これで目指すは最後の目的地・首里城!首里城へ行く前にタクシーの運転手さんとかなり話し込んでしまいました。沖縄県ではまだ石原裕次郎が人気があること、沖縄の高校野球についてなどなどその中でも、これから向かう首里城についての話は興味深かったです!琉球は日本よりも中国の方が公益が盛んだったんです。中国王朝にはかなり気を遣っていたらしく、クーデターで政権が変わった際にも、中国王朝を不安がらせては行けないと、新支配者が前の支配者の苗字を名乗ったというエピソードも教えて下さいました!楽しかった!で、その首里城。結構良い写真が撮れたので、ドドーンと掲載します。行ったことはありませんが、日本のお城というよりか中国のお城に近い印象です。何と言っても城壁が高いことが印象的!迫力がありましたよ!そして、行って思ったのが首里城は夜が良いです!ライトアップされた首里城は非常にロマンチックですよ!ちなみに、沖縄の夜景も見ることが出来ます!是非是非、カップルで行ってみて下さい!首里城を見終わったあとは真っ直ぐホテルへ。到着したのは午後8時過ぎ。実に14時間にわたる沖縄旅行でした・・・。本当につかれた・・・。なら早く寝ろよって感じですよね・・・。この感動を今日のうちに書き留めておこうと思ったらこんな時間・・・。早く寝ます。明日は東京。一泊。旅もいよいよ大詰めです。1日1日を大切に出会い、縁を大切に明日も楽しい旅になりますように・・・。