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 NOB1960@ Re[1]:無理矢理持ち上げた結果が…(^^ゞ(10/11) Dr. Sさんへ どもども(^^ゞ パフォーマン…

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2006年03月31日
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「氷雪の叫び(その7)」

翠蘭が金波宮にまで行って戻ってくるまでの四日間、翔岳の意識は回復しなかった。陵崖は根気よく湯菜をずっと食べさせていたが、翔岳の容態に改善は見られなかった。それから十日あまりが経ち、十二月になった頃、結局翔岳は意識を取り戻すことなく息を引き取った。それまでに翔岳の一族の了解が得られたという連絡が届いていたので、翔岳の亡骸は鴻基の街の郊外に埋葬された。原因不明の客死ということで、葬儀に参列したものは数えるほどだった。遣士代行となった翠蘭、陵崖、そして虎嘯である。葬儀を終えて、翠蘭が挨拶をする。

「虎嘯さん、お忙しいところありがとうございます」
「いや、ケッコウ長い付き合いだったし、俺も慶の生まれだからな。ここであいつも満足してるのかな?」
「虎嘯さんなら堯天に?」
「いや、俺は慶から追い出されたものだからな。その時が来たらこの隣にでも葬ってくれると嬉しいな」
「でも、夕暉さんたちは…」
「構わんさ。どうしてもというならあとで移し変えればいいだろう?まぁ、いつになるかもわからんがな」
「…そうですね」

虎嘯もまた泰麒の看護をしたりして『げんばく』の毒素に犯されている危険性が高く、翔岳のように命を失うかもしれないのだ。だからついこういうことを口にしてしまったのかもしれない。仙になると寿命について考えることなどない。仙籍を返上するまで余程のことがない限り命を落とすことはないからだ。

「そういえば一人増えたんだよな?」
「連絡員の香萠が常駐することになりました。が、今は関弓に行ってもらっています」
「連絡員?」
「ええ、何かあった時はもちろん、何もなくても十日に一度くらいは関弓と往復してもらっています」
「それじゃ落ち着かないよな」
「ええ。ですが、私が動くわけにも行きませんし、陵崖ですと騎獣が可哀想ですからね」
「…妖魔のせいか?」
「そうです。普通の時でしたら陵崖に頼むのですが、こういうときですから。落ち着いたら陵崖に頼みます」
「なるほどな。じゃあ、気を落とさずにな」
「はい」

こうしてささやかな翔岳の葬儀は終わった。

  *  *  *  *

年が改まった。どうにか冬をやり過ごし、暦の上では春になったが、戴の春は遅い。とはいえ、上元の祭りは民の楽しみである。この日ばかりは街中に燈籠を吊るして、その灯りの美しさを楽しむのだ。昼には白圭宮の外殿で祝の式典が行われる。昨年は泰麒が臥せっており、自粛気味だった分、今年の式典は華やかになっていた。泰王の横に泰麒の姿もある。文武百官が居並ぶ中で唯一帯刀を赦されているのは大僕の虎嘯で、己の大刀と泰王の宝刀を持ち、泰王の後ろに控えていた。遣士代行の翠蘭も末席に連なっている。皆が満面に喜色を浮かべ、あれこれと話をしていた時、どこからか低い唸り声が聞こえてきた。

(…うぐゎぁぁぁぁ…)

「何だ?何の音だ?」
「妖魔か?」
「まさか、王宮の中で…」

諸官があれこれ推測をしている時、泰王の横にいる泰麒の顔が歪み、胸を押さえるようにして屈みこむ。それを見た虎嘯が声を上げる。

「台輔!」
「ううう…」
「泰麒、どうしたのだ?」
「や、辞めろ、大人しくするんだ…」
「泰麒?一体何を…」

(…うぐゎぁぁぁぁぁ…)

泰王が泰麒の顔を覗き込んだ時に先ほどよりも大きな唸り声が轟いた。そして、泰麒の足下から赤い獣が出現した。泰麒の使令、傲濫である。と同時に女怪の汕子が泰麒の後ろに現れ、泰麒を支えようとする。その時獣が咆哮した。

「…ご、傲濫、も、戻るのだ…」

泰麒の声に瞬時止まったように見えた傲濫だが、何かを振り切るように再び咆哮すると、泰麒に向かって邪悪な笑みを浮かべた。その表情を見た瞬間、虎嘯は宝刀を抜き放って李斎に持たせ、己の大刀を手に李斎と泰麒を背に庇うように前に出て叫ぶ。

「速く逃げろ!後ろを見るな!」
「虎嘯!」
「これが俺の仕事だ。あんたたちは生き延びるのが仕事だ。速くしろ」

虎嘯は大刀を構えて傲濫と睨みあっている。気迫だけで立ち向かっているようなものだ。その時、末席にいた翠蘭は外殿を飛び出し、大声で叫んだ。

「妖魔だ!妖魔が出たぞ!王と台輔が危ない!王師は、近衛は速く参集しろ!」

この声に近くにいた十人前後の衛兵が反応した。

「妖魔だって?台輔の使令はどうしたんだ!」
「その使令が背いた。何か冬器を貸せ!弩を用意しろ!王がやられてもいいのか!」

衛兵の一人は翠蘭に槍を放ると兵舎に走った。翠蘭は残りのものと一緒に槍を構えて外殿に取って返した。が、遅かった。多くの官吏が血の海でのた打ち回っていた。玉座の近くには大刀を掴んだ腕だけがぽつんと落ちていた。虎嘯のものだろう。奧のほうの扉が壊されており、そちらのほうから切れ切れに悲鳴が聞こえてくる。翠蘭は大刀を拾うと叫びながら走った。

「あっちだ!足下に注意して急げ!」

翠蘭は死体やその一部、あるいはそうなりかけているものたちを避けて飛ぶようにして壊れた扉から飛び出した。二百歩くらい先に赤い大きな獣の姿が見えた。その向こう側に白い女怪の姿がちらりと見える。獣が咆哮する。翠蘭は勢いをつけて獣に向かって槍を投擲した。そして大刀を持って駆け寄る。衛兵たちより五十歩は先行していた。翠蘭の投げた槍が獣を掠めるが、獣は意に介さずに何かをしている。翠蘭が斬りつけようとした時、獣が跳んだ。勢い余ってたたらを踏んだ翠蘭が獣のいた場所を見てみると、血塗れになった李斎が倒れていた。翠蘭は李斎を抱え起す。

「泰王君!大丈夫ですか?」
「た、泰麒が攫われた。泰麒を…」
「台輔を?」

李斎の向こう側には汕子のものであった身体がバラバラに落ちていた。翠蘭が獣の逃げたほうを見ると衛兵が取り巻いていた。が、鎌首を一振りする毎に数人ずつ屠られていく。妖魔の前に人は無力なのだ。弩を持った兵たちが駆けつけたときには獣は衛兵を蹴散らし、逃げ去っていた。その蹴散らしている間に獣は絶えず口を動かしていた。そう、麒麟を食べていたのだ。ちらりと見た時に既に上半身が見えなかったので、翠蘭は駆けつけても無駄だと観念した。そして李斎を見る。もともとなかった右腕に加え、左腕も見当たらない。左肩の辺りから袈裟懸けにざっくりと切裂かれている。もはや助かるまい。李斎の流す血が翠蘭の官服を赤く染めていく。

「た、泰麒は…」

李斎の縋るような視線に翠蘭は静かに首を横に振る。翠蘭の瞳からこぼれた雫が李斎の顔に落ちたとき、口から大量の血を吐き、ガックリと力が抜け、李斎の瞳から意志が抜け落ちた。その時、二声宮で白雉が堕ち、二声氏が泰王崩御を触れて廻った。翠蘭はゆっくりと李斎を横たえ、瞼を閉じさせた。そして乱暴に涙を拭うと、外殿の方から駆けて来る官に声をかけた。

「ここだ。泰王君はここにいらっしゃる」

虎嘯が使っていた大刀を傍らに置き、立ち上がって近づいてきた官たちに拱手する。官たちは李斎を見て絶句する。が、やがて口を開く。

「台輔は?台輔はどちらに?」
「……」

翠蘭は小さく首を横に振って応えた。官たちは再び言葉を失い、あるものは跪き、あるものは慟哭した。翠蘭は官たちに一礼してその場を辞すことにした。血塗れのまま王宮の門をくぐるのは問題だが、誰も咎めなかった。翠蘭は家に帰りつくと、連絡員の香萠を呼んだ。香萠は翠蘭の姿に息を呑んだが口に出しては何も言わなかった。

「関弓経由で金波宮に至急知らせてくれ。泰台輔の使令が錯乱、泰王君、泰台輔、および大僕の虎嘯殿その他多数を殺害、逃亡とな」
「復唱します。泰台輔の使令が錯乱、泰王君、泰台輔、および大僕の虎嘯殿その他多数を殺害、逃亡。以上ですね?」
「ああ、頼む」
「はい」

香萠はすぐに厩へと駆けて行き、関弓へと飛んでいった。起居に陵崖が濡れ手ぬぐいを持ってきて、翠蘭に手渡す。

「とりあえず、着替えを」
「…わかった」

翠蘭は受け取った手ぬぐいで顔を拭い、袖から出ていた部分を拭いた。溜め息を一つ吐くとのろのろと立ち上がり、房室へと向かった。陵崖に背を向けたまま翠蘭は呟いた。

「やっと春になったというのにな。また長く厳しい冬になりそうだ」

陵崖は何も応えず、翠蘭も応えを期待していなかったのか、そのまま房室へ消えていった。





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最終更新日  2006年03月31日 12時20分16秒
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